02

「では次にこれを。楡の木、ドラゴンの心臓の琴線、繊細で優雅な魔法を好む」
 楡の木!シャルルは純血の魔法族が好むこの芯材を使った杖が欲しかった。期待と不安でどきどきする気持ちを抑えて、祈るように手首を振る。シャルルの期待を嘲笑うかのように杖はうんともすんとも反応を返してはくれなかった。

「ふむ、この杖は相性が悪いようじゃな…」
 高貴なイメージのある楡の杖がまさか自分に合わないとは…シャルルは肩を落とした。もう三本も失敗しているし、わたしに合う杖なんてもしかしたらないのかも…。

 胸の前でぎゅっと握られた小さな手をヨシュアがそっと包み込んだ。
「大丈夫だよ、シャルル。わたしも杖選びには随分かかったけれど、ぴったりな杖が見つかったからね」
「お父様…」
「自分の一生を預ける杖だ、じっくり探していこう。きっとお前のための素晴らしい杖が見つかるよ」
「はい!」
 シャルル沈んでいた心がヨシュアの励ましで浮上し、シャルルは頬を染めて返事をした。

 そうよね、オリバンダーは昔からの有名な杖店だし、きっとわたしの杖も見つかるはず…!
 シャルルそれから数本試した杖はどれも窓を割ったり、旋風を起こしたり、箱を崩したりと良くない結果に終わったが、シャルルは不安になる度にヨシュアの励ましを思い出して前向きになるようにと努めた。
 シャルルシャルルの不安と反対にオリバンダーの顔を楽しそうに輝いていく。
「これは珍しい組み合わせじゃが…月桂樹に不死鳥の尾羽根、14インチ。決闘に最適でしなやか」

 白くきめ細かい杖を手にした瞬間、シャルルの体を爽やかになにかが走った感覚がした。
───これが、わたしの杖…。
 振る前からシャルルには分かった。興奮で息が詰まる。ふー…っとゆっくり深呼吸したあと、シャルルはもったいぶるように優雅に腕を振った。

 杖の先から光が迸る。深い海の、晴れ渡る空の、瑞々しい草木の、様々な碧の光が噴水のように湧きだしてシャルルの周りを踊った後、溶けるように消えた。
 神秘的な光景にその場にいた3人は言葉を失いただ見惚れた。

「…ブラボー!美しい!」
「とても綺麗な魔力だった」
 ふたりに拍手され、シャルルは照れたように笑みを浮かべる。
 でも、満更ではなかった。自分も見とれてしまうような魔力と、それを見せてくれた杖が誇らしい。
 光に照らされ白さが際立つその杖をそっと撫でると、杖が答えを返してくれた気がした。

 待ち望んだ自分だけの杖を手に入れたシャルルは、隠し切れない喜びを口元に浮かべ、次の店へと向かった。1人でだ。
 ヨシュアはシャルルには重い教科書や、魔法薬学で使う鍋などを買いに行っている。ダイアゴン横丁には何度も訪れたとは言え、天使のように愛らしいシャルルが、ふらふらと甘い蜜を求める蜜蜂のように誰かを誘って連れていかれてしまうのではないかと、心配で心配でたまらなかったが、シャルルがむっとして「もうこどもじゃないのよ?レディとして扱ってちょうだい」とそっぽを向けば、仕方なしに別れることを許した。

 とは言え、そうひとりでうろうろもさせられない。だから、時間を取られる制服を作りにシャルルを向かわせたのだ。
 マダム・マルキンの洋装店はショーウィンドウにかっちりして上品なスーツや、流行の色柄の女性用パーティドレスが飾ってあり、しっとりとした雰囲気だった。そして、それらの隣にはホグワーツの制服が置かれていた。

 扉を開けると鐘の音が響き、ふくよかな女性が振り向いた。
「あら、あらあらいらっしゃい。お嬢ちゃんはホグワーツ?ひとりなの?偉いわね、こちらにいらっしゃい、寸法を測りますからね」
 マダムは口を挟む間もなく話し続けるので、シャルルは口を閉じた。ショーウィンドウとは真逆の雰囲気の女性だ。馴れ馴れしく触れられることや、気品さもなく親しげに話しかけられることは初めてだったので、シャルルは少し眉を下げた。
  マダム・マルキンの10の言葉に、ええ、とか、そうね、とだけ返していると、また鐘が鳴った。店中に響き渡るその音は、マダムのようでぴったりだと内心思う。

 店に入ってきたのは、ワインレッドのミモレドレスに暗い紫のローブを纏った上品な女性と、手を引かれた少女だった。黒髪のボブヘアの、釣り目の女の子だ。
 マダムの話を鬱陶しそうに振り払い、黒髪の少女はシャルルの隣に並んだ。上を向いた少し丸い鼻が子犬のようだ。
「名前は何?」
 シャルルを横目で見ながら唐突に女の子がそう言った。ツンと顎を上げ、腕を組んでいる。
「シャルルよ。シャルル・スチュアート」
 この子は純血に違いないとシャルルは分かっていた。少女の来ているミニドレスはピンク色が眩しく、少女には可愛らしすぎると思ったが、光に照らされてつやつやと波打っていた。上等な絹で織られているオートクチュールだろう。

 シャルルが微笑むと、彼女の姓を聞いた少女も、片眉を釣り上げて、シャルルの顔をまっすぐ見た。
「パンジー・パーキンソンよ」
 少女が口元を釣り上げて、勝気そうな瞳で片手を差し出した。パーキンソンは聖28族に数えられる、純血中の純血家系だ。シャルルは目を見開いて、すぐに手を握り返した。
「あなたもホグワーツなの?」
「ええ、あなたも?」
「ええ。寮はどこに入りたいの?わたしはもちろん、スリザリンよ」
「あなたと同じ部屋になれたら素敵ね」

 ふたりは微笑み合った。パーキンソンは初めの態度より随分と穏やかになって、あれこれと話しかけてくれた。
「うちのパーティーに来たことないわよね?」
「ええ、あまり大きなパーティーには出たことがないの」
「どうして?」
 シャルルは肩を竦めた。
「知らないの。お母様もお父様もなんだかとっても心配性で」
「じゃあ今度うちに招待してあげるわ。お友達だけのちいさなパーティーを開いてあげる」
「ほんとうに?お誘い楽しみにしてるわ」

 制服を受け取ったシャルルが店を出る間際、パーキンソンが振り返って言った。
「わたしのことはパンジーでいいわよ」
「ありがとう!わたしのこともシャルルって呼んで、パンジー!また会いましょう」
「スリザリンでね」
「スリザリンで!」
 思いがけず手に入った純血の友達にシャルルは嬉しくなった。洋装店を少し進んだ先にあるアイスパーラーで腰掛け、バニラアイスを食べながらヨシュアを待つ。
 きっとヨシュアは喜んでくれるだろう。パンジーは勝気で真っ直ぐな物言いをするが、明るく溌剌としていて、話しやすかった。お喋りも楽しかったし、若い女の子の流行に詳しかった。

 アイスを食べ終わる頃、キャリーバッグを引いたヨシュアがやってきた。来る時は持っていなかったものだ。  
 シャルルの体に合わせた大きさで、銀とダークグリーンの色合いが上品だった。持ち手のところに銀の蛇が巻きついている。
「これは?」
 シャルルが駆け寄って、期待を隠せない様子でヨシュアを見上げた。
「入学祝いだよ。ホグワーツに行くにはたくさんの荷物を入れなければいけないだろう?気に入ったかい?」
「もちろん!とっても素敵…これ、スリザリンがモチーフでしょう?わたし、もっとスリザリンに入りたくなっちゃった」
 蛇の頭を撫でると、舌がチロチロと動いた。シャルルはこのサプライズプレゼントが大いに気に入ったのだった。


 入学までの2ヶ月間はあっという間に過ぎた。教科書を読んで、書いてあることをすべて理解するのは難しかったが、とても楽しかった。シャルルがもともと知っていたいくつかの呪文もあった。
 アナスタシアは薬草学と魔法薬学に長けていたし、ヨシュアは闇の魔術に対する防衛術と呪文学が得意だった。

 大人になっても規則を無視する傾向は変わらなかったため、悪い笑みを浮かべて、ヨシュアはシャルルに魔法を使わせてくれた。
 もちろん、一度で覚えることや、全ての理論や魔法を理解することは出来なかったが、1年生で習うほぼ全ての内容はおおかた頭に入った。
 シャルルのスポンジのような柔らかな脳みそが面白いくらいするすると色々なことを吸収していくのがヨシュアには面白く、誇らしかった。

 入学することを寂しがる、可愛い弟のメロウともきちんとシャルルは交流を測った。姉のすることはなんでも知りたがる彼に、ていねいに魔法を教えるのは、簡単ではなかったが楽しい作業だった。アナスタシアは入学前から杖を扱うことに関して歓迎的ではなく危険を感じていたが、ヨシュアはむしろ推奨していた。
 ありとあらゆる場面へ対処するために、こどもたちが理知的で好奇心旺盛、そして実践的であるのは喜ばしいと考えていた。闇の時代は生きたアナスタシアも、その考えは分からなくもなかった。なにしろ幼い頃からアナスタシアは"名前を呼んではいけないあの人"や"死喰い人"の恐ろしさについて、いっとう口を煩く教育してきていたので。

 その教育のおかげか、せいか、シャルルの中には"例のあの人"への畏怖、反感の他に、魔法界の在り方、純血、思想への尽きない考察、疑問、そしてアナスタシアが唾棄すべきだと考えるであろう、"例のあの人"への深い興味と一種の強烈な感情すら浮かびかけていた。

 シャルルにはシャルルなりの、ある意味で新たらしい純血思想というのが根付き始めていたのだ。


 8月にはパーキンソン家のティーパーティーにも招かれた。アナスタシアもヨシュアも聖28族との繋がりを喜び、快く送り出してくれた。アナスタシアは、内申は不安でたまらなかったが、、
 パーキンソンの屋敷は、石造りの厳格な作りで、パンジーとも、パンジーの母とも印象が異なっていたが、裏庭にある庭園や薔薇のアーチは恐ろしく彼女たちに似合っていた。そこで、パンジーとシャルルはパーティーを抜け出して、ハウスエルフの作る特別なおやつと共にこっそりと逢瀬を楽しんだ。
 パーキンソンとスチュアートでは、やはり、大きく家柄が劣るが、シャルルはパンジーによく気に入られた。対等な物言いどころか、少し高慢な口ぶりをしても、パンジーはシャルルを許した。ふたりはよく気があった。
 パンジーもシャルルも、お互いが高貴な血と、正しい思想を持っていることを確信していた。


 とうとうその日がやってきた。9月1日。今日はシャルルがスチュアート家から巣立つ日だ。拙いながらにもシャルルが軽量化魔法と空間増量魔法をかけたキャリーケースをハウスエルフが持ち、ヨシュアとアナスタシアの腕にそっと腕を組ませた。

 頬が熱い。興奮していた。ヨシュアを見上げると、シャルルを穏やかな瞳で見つめた。「姉様」メロウが服の裾をそっと掴んだ。
「僕のことを忘れないで」
 今にも泣きだしそうな顔だった。愛おしくなって、シャルルは力いっぱい彼を抱きしめた。シャルルの心音がトクトクと響くのを、メロウは涙目で感じた。
「メロウ、いい子で待てるね」
「はい、父様」
 メロウはまだ小さいため、マグルの世界に連れていくのをアナスタシアは拒んだ。メロウは置いていかれたくはなかったが、ヨシュアがアナに賛同した。
 ふたりは、時にシャルルへの教育以上に、メロウに過保護だった。それはシャルルが優秀だからだろうとメロウは考えていたが、違う要因が絡んでいた。
 ハウスエルフに預けられ、メロウは涙目で3人を見つめた。

 ヨシュアが3人の頭を順番に杖で叩く。頭の上から爪先まで、氷水が全身をひやりと這う感覚がして、ふたりがシャルルの視界から消えた。同様にシャルルもふたりの視界から消えただろう。目くらましの呪文だ。腕にぎゅっと力を入れると、左側のアナスタシアの手がそっとシャルルの背に添えられ、体の強ばりがほぐれた。
「決して腕を離してはいけないよ」
 返事をするように腕を引く。パシッ。ちいさな音と共に屋敷から3人が消えた。


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