01

 11歳の誕生日。今日はいつもよりもっともっと特別な日だ。シャルルは朝から上機嫌で心臓をドキドキと高鳴らせていた。

 目が覚めた時、枕元にあったプレゼントは母親のアナスタシアからだ。繊細なレースをあしらい、幾重にもシフォンが重ねられた真っ白なワンピースをさっそく身に纏えば、小さな天使のようだった。光の輪を輝かせた黒髪が、白い生地に眩しいほど映える。
 ふわふわした足取りで階段を降りれば、広間にはいっぱいの煌びやかなプレゼント達が。親戚達から送られたものだろう。

 食事は朝から豪勢だった。忙しい父親…ヨシュアも今日は食卓に並び、シャルルにキスを落とす。仕事に出る前に、ヨシュアはプレゼントをくれた。大きな箱をワクワクしながら開けると、シャルルの背丈の半分ほどもある真っ白なテディベアだった。ルビーの瞳がきらきら光っている。
「ああ、なんてことなの!ずっと欲しかったの!」
 感動でシャルルはぎゅうとテディベアを抱きしめた。ふわふわの体毛が彼女を包み込む。ダフネが自慢してきて以来、ずっと欲しいと思っていたのだ。

「ありがとう、お父様」
「いいんだ、おめでとう、可愛い小さな天使」
 弟のメロウからは可愛い手鏡を貰った。アナスタシアと一緒に選んだらしい。水色をメインに、水晶があしらわれた丁寧な意匠の手鏡だ。
「お姉様、おめでとう!ぼく、これが似合うと思って選んだんだ。気に入っていただけるといいけど……」
 不安そうにもじもじ言うメロウを抱きしめる。
「一目で気に入ったわ!とっても可愛いプレゼントをありがとう」

 さっとほっぺに朱が差した愛らしいメロウに微笑みが零れる。今年のプレゼントもとっても嬉しくて、シャルルは幸せだったが、まだ物足りなかった。今日は特別な日なのだ。

 そわそわとしながら本に目を落としつつ、窓辺で空を眺めていると、遠くから何かが一直線にやってくる。

 シャルルは飛び上がった。待ちに待った梟だ。
  梟は優雅に窓で羽を休めると、待ちきれないとばかりに頬を上気させるシャルルに嘴を寄せた。手紙を咥えている。
 半ばひったくるように受け取ったシャルルを、梟は不機嫌そうに睨んだが、シャルルは全く気付かずに手紙を見つめた。

「ついに来たわ!わたしもホグワーツに入学できるのね!」
  シャルルは封筒にキスする勢いで、中の手紙を読む。マクゴナガルから送られた、正真正銘の入学許可証だ。

「お母様!お母様!」
  いつもは上品に振る舞うシャルルが、スカートを翻して走るのを見てアナスタシアはくるりと目を丸くした後、可笑しそうに微笑んだ。愛しい娘は、どうやらそれほどまでにホグワーツの入学が嬉しいらしい。

「あのねっ、あのねっ、ついに来たの!ねえ、わたし早く準備に行きたいわ!」
「まあ、そんなに焦らないで。明日、ヨシュアがダイアゴン横丁に連れて行ってくれるわ」
「とっても楽しみ!ああ、早く行きたい」

  うっとりと瞳を煌めかせるシャルル。メロウがむすりと彼女を見上げた。
「お姉様、ぼくを置いて行ってしまうの?」
「ごめんねメロウ、でも冬休みにはきっと帰ってくるわ。きっとね」
「絶対、でしょう!お姉様はぼくと離れてさみしくは思わないの?」
「とってもさみしいわ!もちろん、そう思うに決まってるでしょう?けれどとっても楽しみな気持ちもあるの」
 浮かれた様子のシャルルには、彼の甘えにも今は心乱されてはくれないようだ。メロウはつまらなそうに肩を竦めた。

「お母様、わたしは当然スリザリンよね?きちんと入れるかしら?」
「もちろん入れるわ。わたしもヨシュアもスリザリンだったの。とても誇り高い、素敵な寮よ」
「わたし絶対にスリザリンに入りたいの!」
「ええ。けれど、レイブンクローも悪くないわ」
「お母様はレイブンクローの末裔の一族ですものね!でも、やっぱりスリザリンよね。おんなじ寮に入りたいもの」
 きらきらした瞳に見つめられる。アナスタシアも娘にスリザリンに入って欲しかった。
「わかっているとは思うけれど、お友達はきちんと選ぶこと。純血の名に相応しい振る舞いをすること」
「はい、お母様」
  シャルルは素直に頷いた。小さい頃から言われ続けてきた教えに染まり切っていた。あるいは、それ以上に、シャルルは純血主義者だった。

 アナスタシアは満足そうに自慢の娘の髪を撫でた。一束掬うと、小さな白い耳がちらりと見える。
  アナスタシアの白魚のような指を、流れるように黒い波が滑り落ちてゆく。艶やかに光り輝く、美しい髪だ。アナスタシアの銀髪とも、ヨシュアの茶髪とも違う。天使の輪を浮かべるこの黒髪はあのひとに似ているのだ。スっと筋の通った形の良い鼻や、少し上向きの薄い上唇も。

  アナスタシアは娘の成長を喜びながらも、憂いていた。愛らしく、美しく育つシャルル。入学すれば、もう隠し続けることはきっと出来ない。シャルルが真実を知るいつかは、きっと、そう遠くない未来だ。



  久しぶりの漏れ鍋にシャルルはキョロキョロと視線を彷徨わせる。今日は入学準備のために、ヨシュアとダイアゴン横丁へ赴いていた。
 趣味の悪いローブを羽織った老婆や、珍妙なマグルの格好をした魔法使いたち、小汚いパブ。雑多な雰囲気は馴染みのないものだ。あまり好きなものでもない。

 けれど、今日のシャルルには何だが何もかもが輝いて見えた。だから明らかにマグル生まれだろう子供がシャルルとぶつかっても、いつもならば顔を顰めただろうが、今日だけは微笑みさえ浮かべた。

「ご機嫌だね、お姫様」
  からかうようにヨシュアが手を差し出した。その手を取り、シャルルは気取ってどこかのマダムのように言う。
「当然ですわ。今日は大人の身嗜みのためのお買い物ですもの」
 ふたりは見つめあって同時にくすくす笑った。

 石畳のアーチを恭しく手を引かれくぐれば、薄暗いパブから、華やかで賑やかな魔法界だ。

  ふたりはまず真っ直ぐにオリバンダーの杖店へ向かった。シャルルの強い要望だ。家では、ヨシュアの先祖の杖を貸してもらって魔法の練習をしていたが、やっぱり自分ぴったりの杖が欲しかった。未成年の魔法使用はもちろん犯罪だが、「狡猾な魔法族は賢く魔法を使う」と唇の端を釣り上げ、ヨシュアが匂いを隠す魔法を部屋に張ったのだ。
  仮に見つかっても優秀かつ、法律関係の仕事に就き、顔も広いヨシュアなら、あっという間に握りつぶしてしまうだろう。

 オリバンダー杖専門店は古臭く埃っぽかったが、所狭しと並べられた箱や薄暗い店内が神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 ついにわたしだけの杖が手に入るのね…!

 シャルルは胸がざわめいて落ち着かない気分になった。微かに震える手をぎゅっと握る。
「ようこそいらっしゃいました」
 店の奥から亡霊のように現れたしわがれた老人にシャルルだけでなく、ヨシュアまでもびくりと肩を微かに揺らす。

「これはこれは懐かしい…あなたは確かスチュアート家の長男でしたかな?」
  老人はヨシュアの暗いブラウンの癖っ毛をジロジロと眺めて呟いた。「杖は…スギの木にドラゴンの髭、忠誠心が高く馴染みやすい。」
「よくお覚えで」
「覚えていますとも、そう、今まで売ったすべての杖の持ち主をね」

  オリバンダーはシャルルへ視線を移した。「杖腕はどちらかな?」
「右腕です」
  メジャーがシャルルの腕を測り、顔を図り、鼻のあたりまできたところで、ぱしりと手で払い不快げに顔を背けた。

  目をぎらぎらさせて、オリバンダー老人はシャルルをじろじろ眺めた。居心地の悪さに身じろぎし、内心で眉をひそめ、なんて不躾な方なのかしら、とシャルルはおもった。

「ふむ、興味深い…この子はスチュアートよりもブラックの家系の特徴が見られるが──」
  オリバンダーが続けようとした言葉を、ヨシュアの硬く冷たい声が遮った。
「Mr.オリバンダー。早く私の娘の杖を選んでもらおうか」
「ほう…?」
  眉をぴくりと上げたオリバンダーはそのまま何も言わずに奥へと下がる。

 シャルルは、突然厳しい顔になった父親を不思議に思いそっと見上げたが、ヨシュアはすぐにいつもの優しく悪戯気な微笑みを浮かべた。
「ではMs.スチュアート、これなどはいかがかな?スギの木に不死鳥の羽根、振りやすい」
  もしかしたらこれが自分の杖になるかもしれない…!
 手渡された杖を持ち、シャルルは少し緊張しながら手首を軽くスナップさせた。

 ───ガチャンッ!!
  途端にカウンターのランプが砕け、辺りに破片が散らばった。シャルルはびっくりして杖をひょっとカウンターに戻すと、恐る恐るオリバンダーを見上げる。
  しかしオリバンダーは気にした様子もなく「これは違うか…ならば…」と違う棚を調べ、また新しい杖を手渡した。
「あの…」
「気にしなくてかまいませんよ、いつものことなのでな」
 そう言いつつ、オリバンダーは杖をシャルルの手に押し付けるようにして握らせる。

「クリの木、ドラゴンの心臓の琴線、薬草学に最適」
  シャルルは先程の惨状を思い出し、控えめに杖を揺らした。しかし、これも駄目だった。バサバサと棚の箱が横薙ぎに払われ、彼女は眉を下げた。
[ back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -