さよならは知らないまま | ナノ
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 春高二日目。東京体育館の人の数は昨日よりも減ったように見えるし、そうでもないようにも見える。地方から来ている場合は滞在するだけで費用がかかるので、一回戦で敗れた高校はすぐに地元に戻る場合がほとんど。
 昨日勝った烏野は、今日もまた会場に足をつけられた。明日もそうであるために、今から稲荷崎に勝ちにいかなくてはならない。
 試合は第二試合。こういうときの順番は精神的にどう影響するのだろう。待ちきれないと言う選手もいれば、もっと時間が欲しいと言う人もいるだろう。烏野のメンバーは半々、といったところだ。
 時間が来るまで、選手たちは別会場で調整。その間、私と仁花ちゃんはメインアリーナに残って第一試合を見学した。

「私、みんなに伝えてきますね」
「うん。お願い」

 予定よりも試合が早く進んでいる。そのことを仁花ちゃんに告げに行ってもらい、私はそのまま残った。
 試合が終わり、第二試合に向けてコートの整備や準備が進められる中、私は烏野戦ではなく、音駒戦が行われるコートの方へ移動する。

 清水先輩がうまく話を通してくれて、私は音駒と早流川工業戦を見学できることになった。
 烏養コーチからは、観ていて思ったことをすべてメモしてくれと言われたので、記録用のシートと、気づいたことをすぐ書き留められるようノートは必須。
 二階席は応援団でほとんど埋まっているので、三階まで上がって一番前の席に腰を下ろした。二階席より高い分、下で観るよりコート内の動きを俯瞰で把握しやすい。

 音駒と早流川工業は、どちらも特徴としては守りに重きを置いているチーム。どちらが粘りが勝るのかが試合の行方を左右する――とコーチが言っていた。
 合宿所ではみんなビブスを着ていたので、ユニフォーム姿でコートに立つ音駒の選手を見るのは初めてだ。今日はセカンドユニフォームなので白地に赤だけど、開会式で着用していたのはジャージと同じくらい真っ赤で、ちょっとだけ黒が入っている。人混みの中でもすぐに音駒だと気づくくらいには目を引いた。

「音駒と……早流川工業……っと」

 記録用シートに、今のうちに書けるだけのことを書いていく。合宿で何度も顔を合わせてはいるけど、余所の学校と親しくなったのは数人で、今でも音駒の人たちは名前より番号で覚えている人が多い。
 合宿所でよく話した他校の人といえば、一番は女子マネージャー。あと、女子マネの皆さんほどではないけど、一年間だけ同じ中学だった赤葦くん。
 赤葦くんはよく木兎さんと一緒に居るので木兎さんにも一応認知はされていて、さらに木兎さんと親しい音駒の黒尾さんからも顔と名前は覚えられている。
 その黒尾さんが、どうやら私を見つけたらしい。最初は別の人を見ているのかと思ったけど、どうもあの含みを持った眼差しは自分へ真っすぐ向けられている。
 後ろの観客の邪魔にならないよう、座ったまま会釈をすると、黒尾さんは応えるように手を挙げた。やっぱり私を見ていた。ということはやはり、コートに立つ選手から観客席に座る人物の視認は十分可能。

「やっぱりこっちに座っててよかった……」

 烏野も同時刻に試合が始まるのに、マネージャーがこちらの観客席に座っているなんて思わなかっただろう。なのに見つけたということは、私だと分かったということだ。三階席なのに。
 黒尾さんが目ざといだけかもしれないけど、気づく人は気づく。自分の判断は間違っていなかったと、背筋は冷えたけどほっと息を吐いた。



 音駒と早流川工業の戦いは、とにかくラリーが長かった。どちらもボールを拾って上げて、拾って上げてを繰り返すので、点が入るまで時間がかかる。
 抜群のレシーブ力を誇る音駒なのに、今日はなんだか調子が悪く見えた。近くに座っていたどこかのバレー部が、セッターへ上がるボールが乱れていると言うのを耳にして、孤爪くんがやけにコート内を動いているのに気づく。
 いつも音駒は、セッターの孤爪くんが一歩も動かずともいいように丁寧にボールを上げるのに、今日はあっちこっちに走っている。
 孤爪くんはあまり体力がない、と彼と親しい日向くんが言っていた。もちろんスポーツをしていない女子の私よりはあるだろうけど、日向くんたちみたいに試合中ずっと跳んだり走ったりを続けていられるほどのスタミナはないと。
 でも頭の回転はとびきり速く、常に最善手を見つけてゲームを動かす司令塔を、孤爪くんが務めている。
 だから早流川工業は、時間をかけて孤爪くんを疲れさせ冴える頭を鈍くさせたいのだと、素人目線ではあるけれど、音駒がどんな強みを持ったチームかなんとなくでも知っているから分かった。
 一セット目は取った。でも二セット目は残念ながら落としてしまいそう。このまま三セット目に入るかと思いきや、長いデュースを音駒が制した。
 音駒が勝つと、真下の応援団は歓声を上げ、選手の名を叫び頑張りを称える。私も拍手を贈り、記録シートを見直して記入を終え、三階席を後にした。



 一階まで下りて、コートから見えないだろう位置で得点板を確認すると、烏野と稲荷崎はまだ二セット目の途中。なんとこちらが先に一セット取っている。
 ひとまずは安心したものの、試合の流れは川下りみたいに荒々しくて、お互いに自分たちが舵を取るべく攻め合っている。
 応援しているのは、勝ってほしいのは烏野なのに、人の合間を縫って目で追ってしまうのは宮くん。
 上げられたボールを打つだけじゃなく、侑くんの代わりにチームメイトへトスしたり、日向くんと影山くんを真似た速攻を侑くんとやってみせたり、私の想像以上に宮くんのバレーはすごかった。
 本当に、もっと早く見ていればよかった。烏野の私が宮くんのバレーをこの目で追えるのは、この日を過ぎたらもう叶わないかもしれないのに。

 二セット目を取られ、これで勝負が決まる三セット目。
 どちらも譲らなくて、コートの中だけじゃなく外の空気もひりつき、心臓はずっと駆けていて壊れてしまいそう。
 点を取った。取られた。取った。取られた。25点を過ぎての攻防に一喜一憂して、選手でもないのに呼吸が浅くなる。
 そしてとうとう、宮くんたちの速攻を日向くんたちが止め、烏野がもぎ取った一点が得点板に足されて、試合は終わった。



 応援してくれた人たちへの挨拶を終え、選手はみんな着替えに向かった。ずっとコートに残って戦っていた部員の足取りはふらついていて、支えられている人もいた。
 清水先輩は監督やコーチと共に大会運営委員の下へ。私と仁花ちゃんはお昼の準備。注文していたお弁当とお茶を抱え、みんなが座れる場所を探す。
 運よくまとまった席が確保できて、着替えを終えたみんなに携帯で場所を知らせると、あまり間を置かずに数人が来た。キャプテンと東峰先輩、すっかりくたびれている月島くん、山口くん。

「西谷たちが寝ちゃってな。スガたちが連れて来るから、食べられる奴は先に食べておこう」

 キャプテンが言うならと、みんなに弁当箱とお茶を手渡した。仁花ちゃんや、戻って来た監督や清水先輩たちにも先に食べてもらい、その間に私は音駒戦の記録シートをコーチに見せながら、自分なりにまとめた所感を伝えた。食事の邪魔になって申し訳ないが、記憶が薄れないうちに報告してしまいたい。
 コーチは箸を進めながら記録シートを眺め、私のつたない説明に耳を傾ける。

「なるほどな。さすが音駒だ」

 端の上がった口元から褒めた言葉を発したその横顔は険しい。
 相手の作戦にわざと乗って、じわりじわりと自分たちのペースにたぐり寄せる。圧倒的な力で叩き潰そうとしてきた白鳥沢も怖かったけど、研いだ爪をいつの間にか立てられ、深く裂かれるのも怖い。全国レベルの学校はどこも恐ろしい。
 日向くんたちもやっと現れ、全員にお弁当が行き渡ったところで私も昼食に入った。余所の学校の試合を観戦しつつ、白米や玉子焼きを口に運ぶ。

「会うんだよね?」

 隣に座った清水先輩が、周りのざわめきに混じるほど小さな声で私に耳打つ。
 昼食のあと、応援団の移動が終わってバスが空いて、また昨日みたいにコーチが知り合いに捕まらなければ、私たちもすぐに宿へ戻る。それまでは自由時間で、買い物したり観戦を続けていてもいい。

「そのつもり、ですけど」

 ジャージのポケットには、ケティちゃんの根付けが入った小袋を入れている。いつ宮くんに会ってもいいようにと準備しているものの、連絡はいまだ取っていない。
 今朝、チョビちゃんから宮くんの連絡先は一方的にメールで教えてもらった。宮くんは了承しているのかと送れば、言ってないけど大丈夫でしょと返された。

『今日は夕方までバイト入ってるから、あとで連絡先をきかれても反応できんよ』

 そう続けて送られると、チョビちゃんの配慮に感謝するほかない。
 チョビちゃんからのメール画面に表示された番号やアドレスへ連絡すれば、宮くんとすぐ繋がる。それはいいのだが、心の準備がまだできていない。
 清水先輩が武田先生に呼ばれ、席を立つ。黙々とご飯を食べつつ、どうしようかどうしようかとそればかり考える。どうするかなんて、もう決まっているのに。

ひとしれず淵に立つ


20230707

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