流水落花 | ナノ
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バチャスペ
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 会合が終わった次の日は、最近のトウリにとって一番気持ちが安らぐ日だ。
 定期的に行われるのは悩みの種だが、終わればしばらくはあの社殿での重たい空気を味わうことはない。
 同胞たちと思う存分、里への不満やうちはの高潔さを語ったおかげか、父の機嫌も悪くない。
 もちろんその時間も、次の会合が迫るごとにすり減っていくが、その短い期間だけは、トウリの心に重石はなくなる。



 トウリの班は、結成してから二年目も半ばを過ぎた。多少トラブルはあったものの、総合的に見てチームは評価は良い。
 相変わらずコカゲは無口で俯いてばかりだが、任務に必要な意思疎通は取れている。依頼人との交渉もメイロを中心に行うことで、互いの得手不得手を補い合い、トウリの写輪眼をうまく使うことで様々な依頼を請け負ってきた。
 並外れた動体視力、印を結ぶことなく瞬時に幻術に嵌めることができるなど、利便性の高い写輪眼だが、トウリのそれはまだ完成形ではない。
 父や母曰く、光彩の中に浮き上がる巴がそれぞれ三つ揃って、初めて写輪眼の本来の力を出すことができる。
 トウリの赤い光彩には、まだ一つずつしか浮かばない。あと二つ、揃えなければならないことは分かってはいるが、思うほど簡単ではない。



 三日がかりの任務を終えた次の日、トウリは休みを与えられた。
 前日の夜は、明日は何をしようかとあれこれ考えながら床に就いたが、起きても予定は一向に決まらない。
 外は晴れ晴れとしていて、このまま家に籠っていてはもったいないと、行く宛てはないものの、朝食を終えると家を出た。
 トウリの家は地区の西の方にあり、そこから南へ歩くと小川がある。まだアカデミーにも通わない幼い子たちが、魚取りや水遊びを楽しむ憩いの場所だ。
 着いた小川の淵には、珍しく誰の姿もなかった。幼子たちは今日は別の場所で遊んでいるのだろう。
 先客のいない川べりに腰を下ろし、絶えず流れる水面をぼうっと見やった。
 本でも持って来ればよかった。取りに戻ろうか。ここで今お茶でも飲めたなら。うちはの煎餅でも買いに行こうか。
 頭はよく動いても、体はちっとも動かない。何かやらなくては、と考えてはいるが、単純に表せばやる気が出ない。
 動くのが億劫なのは、三日間で蓄積した任務の疲労が、一晩の睡眠で解消されなかったためだろう。
 もったいない気もしたが、時には無為に過ごす時間も必要だとトウリは思った。何をするでもなく、川の流れに馳せる時間など、見方を変えれば貴重だと。

「何だ、トウリ。暇そうだな」

 背を丸め、両手で頬を支えたトウリに声がかかる。
 はっと振り向くと、長い睫毛をたたえた両の目と自分のそれが交差した。

「シスイ!」

 思わず声が明るくなった。シスイは返事代わりに歯を見せて笑い、トウリの隣に座る。

「休みか?」
「うん。昨日まで任務だったから。シスイも?」
「非番だ。いつ呼ばれるか分からないって、なんか落ち着かないよな。この間も結局、昼になる前に招集受けたし」

 シスイが両手を後ろにつけ天を仰ぐ。まだ声変わりを済ませていないシスイの喉に膨らみはなく、つるりとした孤を描いている。

「『瞬身のシスイ』だもん」
「うわ。トウリまでそう呼ぶか」

 近頃耳にするようになったシスイの二つ名を口にすると、照れくさいのか気まずいのか、癖毛の頭をがりがりと掻いた。
 『瞬身の術』という体術がある。全身を巡るチャクラをコントロールし、瞬間的に肉体を活性化させ、尋常ではない速さで移動する。瞬時に消えるその様から『瞬身』と呼ばれ、シスイはその術の扱いに特に長けている。
 一族の中で、他里にまで個人の名が広まっている者は、実はあまりいない。族長であるフガクなどを含めても、片手ほどしか挙がらないだろう。
 うちは一族そのものがすでに名が知られており、個々で挙げる必要がないというのもあるが、基本的にうちは一族は里の警務部隊に所属する。
 忍の基礎や仲間との連携を身で覚える下忍時代や、先の大戦などの例外はあれど、うちはのほとんどは警務部隊に属し、里の警備任務などを一任されている。
 他里と接触する可能性のある任務に就くのは、ごく限られた者であり、シスイもその一人。
 シスイの忍としての能力は、うちはの若手の中でも飛び抜けた評価を得ていた。そのため、里側の強い要望により、終戦後にもかかわらず警務部隊ではなく里の忍に属したまま、任務を受けている。

「このままずっと、里の忍としてやっていくの?」
「そうだな。里の治安を維持する警務部隊の任務も大事だけど、オレは里の外でも木ノ葉を守りたい」

 惑う素振りも見せずシスイは言い切る。その強い意思にいっそ胸がすく思いだったが、若干の寂しさもあった。
 自分はシスイほどに優秀ではない。シスイのように里側に熱望されることはないまま、うちはの慣例に従い、数年後には警務部隊に転属になるだろう。
 今は共に里の正規部隊という繋がりがあり、多くはないが、任務の受付所で顔を合わせることもありはした。
 だがトウリが警務部隊に所属すれば、会える場所が一つ消えてしまう。約束でもしなければ、こうして地区内や里のどこかでばったり会うくらいになる。

「――シスイの写輪眼は、完成しているのよね」

 ふと、日頃から頭の片隅にあった疑問が狼煙を上げたので、トウリはシスイに訊ねた。
 唐突な問いにシスイは目を見張ったものの、すぐに短く肯定する。

「どうやったら完成するの?」

 父に訊ねるのは恐ろしい。声をかけるだけでもたいへんな勇気がいる。
 母は、すぐに父に何でも話すので、トウリが写輪眼について問うたといえば、それも筒抜けになる。知られて困ることではないが、苦手な父と写輪眼について話したくはなかった。
 質問できる相手はシスイくらいで、訊ねられる機会があればと前々から思っていた。
 シスイは今度はすぐには答えず、しばらく口を閉じ、流れる川のきらめきに目を向ける。

「トウリが写輪眼を開眼したのは、どんなときだった?」

 訊ね返されて、言葉に詰まった。
 トウリの写輪眼は、シスイがくれたおはじきを犠牲にして得たもの。そのことはまだシスイに打ち明けていない。
 誤魔化そうにも、どこまで曖昧にすればいいのか分からず、トウリの舌は回らず、口内でさ迷う。

「無理に言わなくていい。でも、言いたくないくらい、思い出したくないことがあったんだろ?」

 血の気が一気に引いたように、顔を白くして黙り込むトウリを慮り、シスイは語らずともよいと続けた。ようやくトウリはホッと息をつき、無言で頷く。
 おはじきのことはいつか言わなければならないと思っているが、そのときがくることはやはり怖く、また先延ばしにしてしまった。

「オレの考えだけど。写輪眼は、何かを失って得る力だ」

 持論だと前置きし、シスイは言う。

「失って……じゃあシスイも、何か失ってしまったの?」
「ああ」

 恐る恐る問う自分と違い、シスイはきっぱりと返した。

「失って、失って。その先で、手にするものがあるのが、写輪眼なんだ」

 失うことで得る力。
 言い得て妙だと、トウリは納得する。
 トウリが写輪眼を得たのは、トウリの大事な物を父が粉々にしたからだ。
 シスイからの贈り物を奪われた悲愴と、無残にも砕いた父への怒りに支配されたあの瞬間に、トウリの目は紅く染まった。
 得るために失う必要があるのなら、完成させるにもまた、何かを失う必要があるのか。
 完成された目を持つシスイが何を失ったのか。考えると胸が痛い。
 シスイにはきっと、トウリには分からぬ悲しみの楔が深く打たれている。トウリはその楔を抜くことはできない。
 できないことが無性につらく、また、完成された写輪眼を得るには、再びあのような悲しみや怒りに涙しなければならないことにも、絶望を差し出された気分だった。

「トウリ。お前は、これからのうちははどうあるべきだと思う?」

 シスイの声は、普段より少しだけかたかった。揺れる木ノ葉のように身軽で陽気なシスイは、どこにも見当たらない。

「会合では里に反発する声もあるし、穏便にやっていこうって声もあるだろう。お前はどう思う?」

 脈絡のない質問。口にするにはあまりにも抵抗のある問題。
 会合で大人たちが激論を交わす中、子どものトウリに見解を求められたことはない。
 だからこうして問われると答えはすぐに出てこないが、シスイも分かっているようで、トウリが口を開くのを静かに待っている。

「私は……」

 言ってもいいのだろうか。自分のような子どもが、うちはの大人のように。

「里にはいろんな人がいるって、前にシスイは言ったよね」

 過去にシスイが自分に説いた言葉を持ち出すと、シスイは頭を縦に振る。

「私もそう思う。アカデミーでうちはじゃない子と友達になって、卒業してメイロやコカゲや先生と一緒に任務をこなして……里は本当に広くて、たくさんの人がいる。里の外にも」

 任務で里外にも出るようになった現在、アカデミーに入る前のトウリの世界は、本当に狭く小さかったと振り返る。
 いつも決まった相手と会い、決まった場所にだけ足を向ける。自分たち一族のような黒髪に黒い目を持つ者以外は、背景としか認識できない世界。
 そこから一歩踏み出すと、世界というのは数多の色で創られていた。
 六年ほどの短い人生を、根底から覆されることが何度もあった。
 世界は広い。里にはうちはだけに用意されたものは何一つなく、皆で分け合い、支え合って生きていかねばならないと知ったとき、『うちはトウリ』は改めて誕生したとも言える。

「うちはを偏った目で見る人もいるけど、そうじゃない人もいる。なのに前者ばかりに目を向けあげつらって、うちはを理解してくれる人たちのことは蔑ろで、里が、里が、って……」

 キンセは九尾が里で暴れたあとも、トウリの友として離れることなかった。
 メイロやコカゲやケイセツも、これまでと変わらず、トウリを拒むことはなかった。
 通う忍具店や茶店も、トウリがうちはだからと言って差別はしない。
 会合で激怒する大人たちは、うちはを厭わず、里の仲間と認識している者のことなど気づかないのだろうか。
 もしかしたら、彼らにとってそんなことは論ないことだから、その存在の尊さを理解できないのかもしれない。
 うちはは里の頂点に在るべきもの、里はうちはを迎え入れ、敬畏の念を注がれて当然だとでも思っているのか。
――ただのトウリの見解だ。うちはの中にも、里と共にあろうと提示する者は何人もいる。

「みんなと仲良くできないのかな……」

 一言でまとめるなら、トウリがこれからのうちはに望むのは、里とのよりよい共存。
 里がうちはを隅に集め監視している状況に、妙な息苦しさを感じるのは確かだ。この処遇を黙って受け入れ続けろと言うわけではない。
 かといって、乱暴に事を運んでもほしくはない。戦争は終わり、争いはなくなったはず。九尾の件で燻ぶっている火種を、自らが風を送るのは得策ではない。

「でも、こんなこと言ったら、きっと父様は怒るの。父様はうちはが一番大事だから、こんなこと絶対に言えない。父様にも、誰にも、怖くて言えない……」

 願いはある。けれど、やすやすと口にはできない。シスイの前だからやっと言葉にできた。
 産まれ落ちたときから、トウリは父の意に反することは許されていない。父が赤といえば、真昼の水色の空も赤くなる。
 一族に説くなど、一族を至上とする父を説く行為。トウリにはそう思えて仕方なく、そして恐ろしくて足がすくみ、喉は締められ何も紡げない。

「そうか」

 トウリの頼りない願望をしかと聞いたシスイは、優しく相槌を打つ。視線はやわらかくトウリを刺した。
 殊更あたたかな態度を、トウリは深く読んでしまう。
 きっとシスイは、こんな弱々しい意見なんて欲しくなかった。もっと確固とした態度と策を求めていた。自分にだけではなく、父や大人たちにも言ってほしかった。
 そんな思いを悟られぬよう、ひときわ自分に優しくあろうとしているのだと、一度考えてしまえば、そうとしか思えなかった。
 しかし、シスイの求めていた答えとは何だったのだろうか。
 期待に応えるということは、一族の大人たちに進言するということか。
――では、シスイは大人たちに意を唱えるつもりか。
 手練れの、二つ名を持つ忍とはいえ、シスイはまだ子どもだ。若輩者の戯言とでも嘲笑われ、もしかすると咎を受けるかもしれない。

「ねえ、シスイ。変なことを考えたらだめよ」

 シスイが傷つくことは避けたい。
 仮に彼自身が望んだ結果だとしても、トウリは絶対に、シスイを失いたくはない。
 おはじきのように、うちはの大人たちに砕かれては、トウリの写輪眼は完成するどころか、トウリの心が潰えてしまう。
 心配するトウリに目を瞬かせると、シスイは口元をゆるめ笑った。

「大丈夫だ」

 手は伸びて、トウリの頭の上へ。お互い成長し、シスイの手も大きくなった。けれど撫でる仕草は、昔から変わらずやさしい。
 『大丈夫だ』と言われても、トウリはちっとも安心できない。
 自分もシスイに、『大丈夫』と声を注いだことがあるから分かる。
 『大丈夫』と呼びかけるのは、何と返せばいいのか分からないときに、実に都合のいい言葉だ。
 心を乱し揺れる相手を落ち着かせるのに、当たり障りなく、何の根拠も支えもない言葉。
 それでもトウリは、シスイのために大丈夫のふりをした。ここでトウリがいつまでも不安を抱えていてはシスイの負担になる。
 シスイが与える優しさに目を閉じ、どうか誰かシスイを守ってほしいと、うちはの行き先を思うよりも強く願った。



09 換え羽の雛

20201027
(Privatter@20201019)


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