最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 『何か異常はないか?』という質問は、これで何回目だろうか。木ノ葉病院の特別処置室に、半ば軟禁状態でベッドに転がされているオレへ、ミナト先生が、医師が、上層部が、うちはの者が、代わる代わる訊ねる。その度にオレは『ありません』と答える。
 新しい左目は、その機能を十分に果たしている。近視や遠視、乱視などの症状もない。ただ開き続けていると体内のチャクラが否応がなし消費されるため、縦に走る傷を早く塞ぐ意味でも、左目はできるだけ閉じているようにしている。
 目を開けているだけでチャクラが消費されるのは、一族以外が写輪眼を移植したからだろうとうちはの者が言い、体が本調子に戻り次第、写輪眼の力がどこまで使えるのか確認すると告げた。
 オレが任務中に失ったはずの左目の視力は、オビトの力によって息を吹き返した。移植という、物理的な意味で。

「戦況が良くなって、下忍の子たちに、里から離れた場所への任務を命じることが控えられるようになったんだ」

 特別処置室の簡素な椅子に腰を下ろしたミナト先生は、オレの体調に変わりがないか問い、否と返すとしばらく沈黙したのち、重たげに言った。

「君たちのおかげだ」

 『君たち』と向けられたのに、この部屋に居るのはオレとミナト先生だけ。

「オレじゃありません」

 その言葉をかけられていいのは、たった一人だ。オレではない。幼く若い下忍を危険に晒す必要がなくなったと感謝されるべきは、ここにはいない、この世にすらもういないあいつだけだ。

「いいや、君たちだ。君たちは精一杯、任務を遂げてくれた」

 オレたちに命じられた任務は、現状での要の一つとなっていた、神無毘橋の破壊。確かに任務は達成した。死亡者が一名出てしまったが、結果だけ見れば目的は果たされた。任務報告書には淡々と結果と経過が記されるのみで、時が経ち誰かがこの報告書に目を通した際も、今回の任務は『完遂』と認識されるだろう。

 だから、なんだと言うんだ。

 任務遂行は忍にとって最優先事項だ。自分が死のうとも、仲間が死のうとも、命じられた任務は必ず達成しなければならない。
 完遂だけを追い求め、大事なことを放り投げ続けたオレは、もう二度と取り戻すことができないものを失った。天罰とでもいうのだろうか。いいや、ただの自業自得だ。神などいるわけがない。いるのなら、どうしてオビトを死なせた。

――オレのせいだ。

 全部、自分のせいだ。左目を走る傷を負ったのも、オビトを死なせたのも、オレが間違っていたからだ。
 なのにこの部屋を訪れる者は皆、オレを責めない。任務の達成を労い、仲間の死に打ちひしがれるオレに慰めの声をかけ、戦況が好転したことを挙げて鼓舞する。

「あと数日はこの部屋で待機して、検査を受けてもらう。それが終わって、問題ないと判断されれば、通常任務に戻ることになる」

 これからのことを、ミナト先生がざっくりと説明する。ここに運び込まれて丸一日は経っている。粗方の検査は受けたと思っていたけれど、まだ調べることがあるのか。そうだろうな。うちは一族以外に、写輪眼を移植した例はないと、うちはの者が言っていた。血継限界は一族固有の能力で、一族外の人間に分けることはまずない。一族の機密情報を広めてしまう一因になる。
 かといって、オビトの写輪眼がオレに移植されたという事実は変えようがなく、ならば稀有な資料や実験体として割り切れば、一族にとって有益な情報を得られる可能性もある。一族でないのに一族の力を持つオレは、うちはから見れば疎ましい者だが、利用しない手はない。

「班は……どうなるんですか?」

 これからオレがどう扱われるかは、この際どうでもいい。
 先生は通常任務に戻ることになると言っていたが、それは一体、どういう形でだろうか。ミナト先生が率いるミナト班は一人欠けてしまった。

「戦況が良くなっても、人員不足には変わりない。班は一旦解散させて、個人で小隊に組ませる方がいいだろうと、上が判断したよ」

 一旦解散――それは、本当に『一旦』だろうか。オビトが居なくなった今、ミナト班はもう二度と元のミナト班になれないというのに、一旦も何もないだろう。
 今後のことをいくら考えても、これが現実だと思えない。オビトが死んだ。オビトが。

「……先生」
「ん? なに?」

 呼べば、先生は体を前に傾けた。

「……サホは、今、どうしてますか?」

 目覚めてずっと気になっていたサホの名を出して問うと、ミナト先生の表情は硬くなった。同期でもあり、オビトとリンと三人で中忍試験を受けて合格したサホは、ミナト班以外の人間でオビトと特に親しく、深い交流を持った者の一人だ。

「調べておくよ」
「……お願いします……」

 先生に小さく頭を下げると、他に何か訊ねたいことはないかと問われ、ないと答えると、また手が空いたら来ると残して部屋を出て行った。
 一人きりになった部屋は、ただただ静かだった。何の音もしないのに、『無音』という音が聞こえるような、そんなよく分からない感覚がある。
 写輪眼の影響だろうか。左目に手をそっと当てて考えるが、写輪眼に詳しくない自分には答えは出せない。両目を閉じると、オビトの最期の姿が生々しく浮かんでくる。


「今度こそ、ちゃんと言うつもり」


――サホ。
 ごめん。オビトを、里に帰せなかった。とっとと終わらせるって、早く言えるようにしてやるって言ったくせに。
 オビトが死んだとサホが知ったら――考えたくもない。だけどいずれサホは知る。もう知っているかもしれない。


「今度こそ、ちゃんと言うつもり」


 ごめん。ごめん。サホの言葉は、もうオビトには届かない。



 検査に検査を重ねるような日がいくつか経ち、ようやく許可が下りて特別処置室から出ると、やけに陽射しが眩しく感じられた。あの部屋には窓が一つもなく、煌々と白い照明が点けられていた。きっとあっちの方がずっと明るく、何でも暴いてしまうほど真白な世界だったのに、見上げた先にある真っ青な空に眩んでしまう。
 ミナト先生に付き添われながら、火影邸へ向かうため病院の門を抜けようとすると、その太い門柱に背を付ける小柄な人影が目に入った。肩で切り揃えられた髪、頬の菫色。リンだ。
 リンはオレとミナト先生を認めると、小走りでこちらへと向かってくる。

「カカシ……具合はどう?」
「……大丈夫」

 調子を訊ねるリンの視線は、オレの顔の左側へと注がれている。目を縦に走る傷は、あのとき医療パックで処置したきりだ。リンがオレに合うようにと選んでくれた、質のいい医療用具を使ったおかげか、医療忍術を施すほどではなかったので、あとは自然治癒に任せている。
 とはいえ無闇に外気に晒して菌が入り、化膿する恐れもあるので、今のところは包帯を巻いている。包帯は傷のためでもあり、写輪眼のためでもあった。

「これから三代目に会いに行くんだ。リンも来るかい?」
「いいんですか?」
「火影室には一緒に入れないだろうけど、それでもいいなら」

 リンはミナト先生に頷いて返し、オレの横についた。二人に挟まれる形で歩く里は、任務に出る前と何も変わりなかった。歩くオレたちはみんな口を閉じていて、通りすがる人たちの会話が聞き取れるくらい静かだ。
 リンが居て、ミナト先生が居て、あと一人が足りない。騒がしくて、バカばっかりやるあいつが居ない。だからこんなに静かになってしまう。
 火影邸へ着く頃には、前と何ら変わりない風景はなくなった。額当てを付けた者は、オレの姿を目に入れると注視し、傍にいる仲間と耳打ちする。

「気にしちゃだめだよ」

 いつの間にかオレの前を歩いていたミナト先生が、少しだけ振り向きながらオレに声をかける。隣のリンは、彼らの視線の対象が自分ではないのに、苦しそうな顔をして隣を歩き続けた。
 火影室の前に着き、廊下にリンを置いてミナト先生と二人で中へと入ると、年季の入った椅子に腰かける三代目が迎えた。

「はたけカカシ、調子はどうじゃ?」
「……まだ完全に本調子とは言えませんが、問題ありません」
「そうか」

 三代目はきつく鋭い目でオレを見て、しばらく黙ったあと、オレの今後の扱いについて方針が決まったと、説明をした。
 曰く、うちは一族以外に写輪眼を移植したのは前例がなく、一族の機密を秘匿するためにも左目を回収をしたい旨を訴えられたが、わずかな戦力も減らすことができない現状もあって、オレの左目の件は、戦争が終わるまで三代目預かりとなったと。

「オビトが死んで間も置かず、お主には厳しいことを強いてしまうが、今は堪えてほしい」

 目の前で仲間が死に、自身も重傷で帰還した者を、ろくに癒えぬうちに前線へ送り出すことは常であった。体の傷、心の傷が癒えぬうちに再び危機に面すると、今度は二度と治ることのない傷を負って戻ってくるか、もしくはそのまま死んでしまうことは多々あり、問題視されていた。
 里側としても、心的外傷を放置しないようにと、必要な者にはカウンセリングを受けるよう指示が出ていたが、受診対象者に対し、医師などの数があまりにも少なかった。結果的に、特に重い者以外は、カウンセリングを受診することもできない。
 やらなければいけない、やるべきことだと分かってはいるが、そういった現状を変えることもできなかった。すべては長引いた戦争の影響、人手不足だからだ。
 恐らく三代目はその『人手不足』というのを逆手に取り、オレの左目の写輪眼がうちは一族に回収されないための大義名分にした。
 写輪眼を回収されれば、当然オレは左目の視力を失ったままで、以前と同等には動けない。しかし写輪眼をこのまま残しておけば、以前と変わらぬ、むしろ写輪眼があることでそれ以上の戦力として見込めるのだと、そう言って上層部を説得し、うちはも黙らせたのだろう。

「カカシ、オレが三代目に進言したんだ。短い時間でもいいから、オビトの目がすぐに回収されるのを止められないかと。三代目も同じ考えだと仰ってくれて、オレたちで手を尽くしたんだが、『人手不足』を理由にしている以上、君をゆっくり休ませる時間が確保できなかった」

 ミナト先生の言葉は、オレの読み通りだと示しているようで、同時にオレに対する確かな情も感じ取れた。
 『木ノ葉の黄色い閃光』の通り名が轟く忍とはいえ、ミナト先生は上忍。発言力はあっても、上役などには逆らえない。
 三代目は里の長である火影とはいえ、独断で物事を進めることはできない。里の長だからこそ、里の者の声を等しく聞く義務がある。
 その二人が尽力した結果だ。これ以上を望むのは罰当たりだろう。

「構いません。三代目のお言葉に従います」

 今はまだオビトの目が回収されないのなら、それでいい。オレは左目と共に、オビトに託された使命がある。たとえ写輪眼が回収されようとも使命を遂げる気ではいるが、オビトが譲ってくれたものをあっさり手放すことを避けたかったのは本音だ。
 話を終え、先生と共に火影室を出る。近くで待機していたリンがすぐに駆け寄り、どうだったかと問う。

「オビトの目は回収されない。とりあえず、しばらくは」

 言うと、リンはホッとした顔を見せた。しかしその顔もすぐに顰められる。『オビトの目』というのは、そのままオビトの写輪眼を指す言葉であると同時に、オビトが死んだことを証明する言葉にもなる。意識すれば頭の中に、自然とオビトの最期が浮かんでくる。
 黙り込むオレたちは、ミナト先生に連れられ、アカデミーの受付所へ足を運んだ。これからは個々に分かれての任務が続くため、その確認や手続きがいる。
 久方ぶりの受付所でも、やはり多数の視線が体を刺した。物珍しげなもので、決してオレに攻撃的なものではなかった。それでも一挙一動を見られ続けるのはいい気分ではない。自然と顔は俯き、そんなオレの気持ちを察してか、ミナト先生がオレの左側に立ち、包帯で隠された左目を無遠慮な視線から庇ってくれた。
 それぞれの確認と手続きが終わったあと、オレたちは受付台から離れた位置で、今後のことを話し合った。ミナト先生はオレたちの上忍師であり、基本的にミナト先生の下で鍛錬を積んでいる。こんなに長い時間、師と仰ぐ人についたのは初めてであり、得るものが多かった。ミナト先生の下を離れるのは、オレにとってもリンにとっても痛手だ。
 先生としても、写輪眼を移植したオレや、まだ中忍で伸び代のあるリンを放っておく気はないと、これからも時間を見つけて指導するつもりだと仰ってくださり、オレとリンは胸を撫で下ろした。

「そういえば……カカシ、サホのことだけど」

 重たげにミナト先生が口を開いてサホの名を発しただけで、オレの体は言いようのない緊張感で、きつく縛り上げられたように硬くなる。

「前に伝えた通り、そろそろ里に戻ってくるみたいだ」

 そろそろ里に。ということは、今日か明日にでもサホは木ノ葉に帰ってくる。オレたちが任務に出たあと、サホも里外の任務に出ていたらしいので、恐らくオビトの件はまだ伝わっていないはずだ。

「サホに……オビトのこと……」

 リンが言い淀みながら、これから考えなければいけないことを口にした。
 オビトのことをサホに伝えるのは酷だけれど、木ノ葉に戻ってきた以上、知らないわけにはいかない。できるだけショックの少ない伝え方をしたいが、そんなものは思いつかなかった。
 『オビトが死んだ』というだけで、サホの心がひどく傷つくのは分かりきっている。『少しでもショックを少なく』なんて土台無理な話だ。
 オレたち三人はその場で突っ立ったまま、どうしようか、どうすることもできないと黙り合った。受付台から離れ、通路の脇に居るとはいえ、受付所から聞こえてくるざわめきはここにもうっすらと届く。仲間の帰還を喜ぶ者、行ってくると告げ、気を付けろと力強く背中を押す声、事務側の温度のない淡々とした説明。それらは混ざり合って、どれが誰のものか区別がつかなくなる。

「サホのことはクシナも気にしているから、彼女にフォローをお願いしよう。気がかりではあるけれど、君たちも明日から小隊に組まれる。サホのことばかりを考えてはいられない。カカシは、初日はオレと同じ隊だ。うちはの者が帯同して、写輪眼がどこまで使えるか、実戦での確認を兼ねている。リンは病院で、負傷者の手当てに務めることが多くなるけれど、もちろん前線に出ることもある。空いた自由時間でも、自分を鍛えることを忘れないように――」

 上司として私情は一度捨て、忍らしく頭を切り替えて目の前のことに取り組むようにと話していると、それがピタリと止まった。オレとリンは通路の脇道に立っていて、ちょうど通路から見て曲がり角の向こうだ。なので、先生が顔を向ける通路の先に何があるのか分からない。

「サホ……」

 かすれた声が、その名を呼んだ。瞬間、背中に悪寒が走り、肌は粟立ち、心臓や胃が誰かに掴まれたかのようにぎゅっと痛んだ。

「ミナト先生……?」

 サホだ。間違いない。ざわめきに掻き消されそうな声でも、サホだとはっきり分かって、胃の痛みが強くなる。

「あ……いや……。サホ、任務から帰ってきたんだね。さっき?」
「はい、先ほど里に戻りました」
「ん、そっか。お疲れ様」

 突然現れたサホに動揺していたミナト先生は、すぐに平静を取り繕うように、いつも見せる穏やかな微笑みを浮かべた――つもりなのだろう。そこにぎこちなさが見てとれるのは、オレやリンはもちろん、サホもきっと気づいたはずだ。
 小さな足音が響いて、とうとうその目がオレたちを捉えた。

「あ、リン、はたけくんも」

 額当てをつけたサホは、オレたちに気づくと顔を明るくする。思うより早く、オレは包帯が巻かれた左目を隠すように顔を背けた。

「なんだ。ミナト先生と話していたの、リンたちだったんだね」
「え……ええ。そうよ」

 普段と変わらぬ調子で話しかけるサホに、戸惑いながら返事をしたリンを不思議に思ったらしく、具合が悪いのかと心配そうに訊ねた。大丈夫だと返すリンに、顔が真っ白だとさらに返すサホ。
 傍からやりとりを聞いていると、サホはホントにいつものサホだった。さっき里に戻ったと言うし、この様子から見るに、まだオビトの件を知らないのだろう。
 ならば、ここでオレたちが伝えるべきだろう。当事者として、同期のよしみとして。
 なのに、口はろくに働かない。言わなきゃいけないのに、何と言えばいいのか考えがまとまらず、どうすればと焦っていたせいで、自分の顔を覗きこんできたサホへの反応が遅れてしまった。

「はたけくん! それ、どうしたの!?」

 驚いた声が上がって、慌てて左目を手で隠したけれどもう遅い。サホはオレが負傷したのだと思い「怪我したの?」と心配げに問うてくる。怪我はした。だから包帯を巻いている。事実をそのまま伝えればいいのに、一番告げなければいけないことを考えると、口は梃子でも動きそうにない。

「あの、先生。オビトのことなんですけど」
「えっ……」

 黙り続けるオレたちを置いて、サホはミナト先生の方へ向き直り、『オビトのこと』と言った。訊ねられた先生はもちろん、オレやリンも息を呑んだ。

「みんな帰ってきてるから、オビトも帰ってますよね? オビトの予定を知りたいので、教えていただけませんか?」

 サホの質問は、オビトの死を知らないのだと確定付けた。もし知っていれば、オビトの予定など訊いたりしないはずだ。
 ミナト先生は厳しい表情を作り口ごもる。ありもしない予定など教えられない。それをどう受け取ったのか、サホは、

「あの、悪いことを考えているわけじゃないんです。オビトに用があって、いつなら都合がいいかなと思っただけで」

と、何か企んでいるわけではないと自ら開示してみせた。

「や、分かってるよ。サホとオビトは友達だからね」

 先生が言うとおり、二人を知る者であれば、サホとオビトが友達であることは認識しているだろう。任務の内容を教えることはできずとも、休みや非番などの時間が空いている日は、先生の許可があれば知ることは問題ない。
 サホはミナト先生から答えを待つが、先生の口は、「オビトの友達だからね」ということをただ繰り返すだけで、サホの欲しい答えは出てこない。
 オビトの友達だから教えられることも、オビトの友達だから伝えられない。そんな矛盾に悩まされているミナト先生に、いよいよ何かがおかしいと、サホは気づき始めた。
 もうだめだ。これ以上は隠せない。だったら、オレが伝える。オビトを死なせた一番の原因である、オレが。

「サホ……」

 名を呼ぶと、サホはくるりとこちらに顔を向けた。
 何の曇りもない、澄んだ目から逃げたかった。けれど今までのように逃げることはできない。
 震えそうな指を動かし、左目を隠す包帯をゆっくり解いた。瞼は下ろしたままだったけれど、先ほどよりも多少世界が明るく見える。痛々しそうにオレの傷を認めたサホの顔も、はっきりと。
 一呼吸おいて、閉じていた瞼から力を抜く。見えていなかった左側の視界がひらけ、遠近感も戻ってくる。

「え……? な、なに……? 目が……」

 オレの左目が赤くなったことに、サホは瞬きをしながらオレへと近づき、左目にサホしか映っていないのではと思うほどに距離を詰めた。

「写輪眼だ……」
「しゃりんがん……」

 『じょうにん』とおかしな発音をしたときと同様、初めてその名を口にしたかのように、サホが繰り返した『しゃりんがん』はたどたどしかった。

「えっ? だって、はたけくんは、うちはの人じゃないよね? 写輪眼は、うちはの一族だけのものでしょ?」

 サホの言うとおり、オレと写輪眼を結びつけるものはない。だからこそ、サホもいまいち頭の中で繋がらなくて、『しゃりんがん』と変な発音になった。
 呆然としたまま、サホはオレを見つめ続ける。どうしてオレの左目が写輪眼になっているのか、と考えているのだろう。
 どれくらいかは分からないが、サホは何かに気づいたように、うっすら開けていた唇をきゅっと結んだ。

「ねえ、はたけくん」

 声は震えている。辺りに異様な緊張感が広がり、皆がサホの次の言葉をじっと待った。

「オビトは?」

 心臓が大きく鳴った。再び鳥肌が立ち、じわりと汗も噴き出した。
 サホは気づいた。オレと写輪眼の繋がりを探し、写輪眼の元の持ち主を辿り、察してしまった。フォーマンセルの班なのにどうしてここにオビトが居ないのか、オビトのことを訊ねても誰も答えてくれないのか、その理由に。
 サホはリンやミナト先生の反応も窺い、再びオレに顔を戻した。
 真っ直ぐな目だ。真っ直ぐに、オレを刺す。

「オビトは、どこに居るの?」

 もう逃げられない。答えなければ。
 オビトの最期の姿が浮かんで、グッと目を閉じた。瞼を閉じて逃げ込んでも、記憶はオレを逃がしはしない。最後に見たあいつは、左側だけだった。あいつから未来を、赤い瞳さえもオレが奪った。

「オビトは死んだ」

 短い一言だった。七文字だ。たった七文字で、サホは絶望に落とされた。
 言葉を失い、動力を失った機械のように、オレに目を向けたまま微動だにしない。

「ごめんね。サホ、ごめんなさい。私のせいなの」

 リンは縋りつくようにサホの肩を掴み、謝り出した。自分のせいだった、岩隠れに捕まった自分が悪かったと。オビトが岩の下敷きになり、右半身が潰されてしまって抜け出せなかったこと。治療できなかった自分の無力さを謝った。
 違う、リンは悪くない。医療忍者であるリンを守るのが、オレたちの仕事だった。守りきれず、リンを放って任務を続行しようとしたオレが間違っていた。仲間を見捨てず助けに向かっていれば左目を負傷することはなかったし、オビトがオレを庇って岩の下敷きにされることもなかった。念願だった写輪眼をこれから里のために振るうはずだったのに、上忍祝いだと言ってオレに譲ることもなかった。
 サホに頭を下げるオレたちをミナト先生が制し、全ての責任は自分にあるとサホに言った。上司である自分の判断が間違っていたのだから自分のせいだと。オレとオビトの考えが違うこと、それに不安を覚えつつも任せてしまい、オビトが死んでオレが負傷し、リンが気に病む事態を作ってしまったと、何度も自分のせいだと言い続けた。
 三人が代わる代わる謝罪をしている間も、サホはオレたちを見ているようで、その実まったく見ていない。サホの目にはオレたちは一切映っていない。

「サホ……ごめんなさい」

 涙を流すリンが、サホにまた謝る。サホの目の先にはリンがいるのに、まるで焦点が合っていない。

「――いい」

 何の反応も見せなかったサホが、ようやく声を発した。囁きのように小さくて、うまく拾えない。

「どうだっていい。誰のせいとか、そんなのどうだっていい」

 震える声は、ゾッとするほど冷たかった。オレたちの謝罪など、サホにとっては本当にどうでもいいんだ。

「オビトをかえして」

 虚ろなままのサホは責任の所在など求めない。サホが求めるのは、オビトだけだ。
 リンの方を向いていた顔が、こちらを向く。さっきまであった血色の好い頬は、青白くなっている。オレを見ているようで、誰も見ていない。

「かえしてよ」

 何もできない。オビトを助けることも、連れて帰ることもできなかった。サホにとって、謝罪なんていらなくて、オビトだけが戻ってくればそれでいいのだと分かっている。でもそれは、決して叶えられない願いだ。
 サホはついに声を上げて泣き始めた。両手で顔を覆って、「かえして」と繰り返す。オレたちは見ているだけしかできない。意を決したリンが、サホの背にそっと触れると、サホはその手から逃げるように通路を駆け、受付所から出て行った。
 三人とも、足が縫いとめられたみたいに動けず、サホの名を呼んで引き留めることはできなかった。
 包帯を解いて視界はよく見えているのに、どうしたらよかったのか、いまだに見つからない。オビトだったらうまくやれただろうか。オビトの目だけをもらったオレは、ただ立ち尽くして、嘆くサホをその目で見ることしかできない。



08 欠ける

20190625


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