最果てまでワルツ | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



 戦火を駆け抜ける日々を送り続け、やっとオビトとリンが中忍試験を通った。班を組んでいたサホも共に合格し、三人揃って中忍へと昇格した。班員の中に下忍がいるというのも任務ランクを下げる所以なので、これでミナト班でBランク任務も受けられる。
 それに加え、先日受けた上忍昇格試験に合格したという知らせもあった。正式な日取りはまだ不明だが、この歳で上忍になるのは異例の速さだと、周囲はオレに物珍しげな視線を送る。下忍になった頃もそうだった。
 ただ、上忍師のミナト先生は、部下の異例の出世に喜ぶことなく、複雑な表情を浮かべていた。

「君には上忍と認められるだけの力があると、君の上司として断言できる」

 上忍相応の実力があると、言うにも関わらず、青い瞳は揺らいでいる。
 発した言葉に間違いはないのだろう。しかし、ミナト先生が言外に匂わしているものを、オレのよく利く鼻は嗅ぎ取っている。
 戦争が長く続いた結果、どの里も国も、その力を、身を、削られ過ぎた。どこも戦力不足が続いている。
 木ノ葉隠れの里も、少しでも忍を増やしたい。かといって、アカデミー生を簡単に下忍にしてしまうことは、三代目が固く禁じている。アカデミーが作られた当初の目的を考えれば、たとえどんな理由があれど、未熟な子どもを無闇に忍し、戦場へ出してはならない。
 そうなると、現役の忍でどうにか賄うしかない。といっても、その数は当然限りがある。
 戦争の影響で、任務はどれも危険がつきものであり、下忍の数が多くても、捌ききれるものではない。しかし中忍を増やせば、上忍を増やせば、動かせる忍が増える。
――つまり、オビトたちが中忍になったのも、オレが上忍になったのも、純粋にオレたちの実力だけで評価された昇格とは明言しづらい。

 オレがこの歳で上忍になったのは、時代の『おかげ』というわけか。

 『実力がまともに評価されての昇格ではない』という事実があると決まったわけではない。ただ、そういった“しこり”が残るのは、いい気分ではない。オレの実力だけで上忍になったのだと、胸を張ることもできない。

「上忍になっても、君はオレの部下で、オレは君の先生に変わりない。何かあれば、すぐにオレに言うんだ」

 ミナト先生はオレとは違い、十二の子どもが上忍になるのは、時代の『せい』だと思っている。そうさせてしまった大人の一人として、申し訳なさを抱いている。
 けれど、オレにそんなものは抱かなくていい。しこりが残っても、戦況による人員不足のせいでも、何でもいい。忍なのだから、もう守られているだけの子どもではないのだから。



 オビトやリンが中忍になってしばらく経ち、三代目に呼び出され向かうと、内定していた上忍へ正式に昇格することになった。
 昇格の場にはミナト先生が立ち会い、三代目の話が済んだあとは、共に火影室を出た。

「本当は、上忍になると検査を受けなきゃいけないんだが、カカシの歳のことも考えて、今回は延長してもらったよ」
「検査? 何の検査ですか?」
「んー……。まあ、いずれ知るだろうから先に伝えておくよ」

 ミナト先生は非常に伝えづらそうに、火影邸の廊下の、人の気配がない場所へとオレを連れていく。周囲を視認し、気配もないことを確認してから、オレの耳にそっと口を寄せた。

「上忍や特上には、色任務が命じられることがある。だから事前に身体検査が必要なんだ」

 声を小さく抑え、先生は厳しい表情を見せた。
 『色任務』という単語に多少驚きはしたけれど、有り得ない話ではないと飲みこんだ。色任務は色専門の忍や暗部が受け持つと聞いていたが、時には上忍を送り込む必要性があることも理解できる。先生の口が重たげだったのも、十二の子ども相手に話すには生々しいと考えたからだろう。

「それは、生殖能力があるかなどを調べるということですか?」
「え? うーん……まあ、最終的にそういうところも調べるだろうけど……」

 どういった検査が行われるのか考え例を挙げて訊ねると、ミナト先生は苦笑いを浮かべた。色任務なら、任務の過程で性行為を行うことは容易に想像できる。であるならば、対象者を孕ませる可能性が出てくる。任務のために近づいた相手を孕ませることは良策とは言えない。
 逆を言えば、生殖能力がない者は、一定の安心を持って送り込める。そういった者を“選別”する作業を行うのだと思ったが、それは後で行われる検査らしい。

「体に多数の傷があると、『どうしてこんなに傷があるのか』と疑われるだろう?」

 はあ、なるほど。怪我をする機会が多い忍は、体のあらゆる場所に傷を持っている。一般人でも、職業によっては傷を多く抱える者が多いけれど、それと比較すると傷の残り方も違う。そこから忍だとバレては任務どころではないのは確かだ。

「男だと痕があっても、さほど問題ないと判断されるんだ。ほら、『傷は男の勲章』って受け取られるし、怪我を負う危険な作業をこなす職業もあるから」
「なら、女だったら? 傷があってはやはり、難しいと判断されますか?」
「そうだね。女性は基本的には傷が多いと難しいんだけど、その傷痕の具合にもよるかな。痕が小さかったり、医療忍術で消せるものなら消してしまえばいい。でも、傷痕によっては医療忍術でもどうにもならないからね」
「へえ。例えばどんな痕ですか?」
「そうだなぁ……ひどい火傷なんかは、皮膚の組織が壊死しまうから無理だろうね。細胞が死んでいると、超高度な医療忍術でなければ無理だ。けれど、それほどの腕を持つ医療忍者は限られているし、今なら傷を消すより運ばれた負傷者を治すことが優先される」

 オレの単純な疑問から湧いた問いに、ミナト先生は過不足なく説明を添えて返してくれる。教師としての優秀さは、こういった面でも発揮され、オレの疑問はすぐに解消された。

「三代目も、年齢を考慮して、カカシにそういった任務を命じることはまだないだろうけれど……」
「分かってます。オレももう、上忍ですから」

 その先は、言われなくとも承知している。色任務において十二という年齢は、若いどころか幼い。もちろん子どもだからこそ生かせる任務もあるだろう。油断させるには、幼さはかえってちょうどいい。戦争中の今、あらゆる手を使ってでも戦況を有利に運びたいと、上層部が子どもでも使えと言っていてもおかしくはない。それを恐らく、三代目やミナト先生が止めている。
 物分りのいい子どものように振る舞っているつもりはない。色任務の存在だって、何をするのかだって、経験はないが知識はある。
 ミナト先生と肩を並べる位置にまで来たオレは、上忍という生き物になった。十二であろうと、子どもであろうと、上忍は“上忍”という生き方をしなければならない。あらゆることを割り切る。忍の心得だ。



 ミナト先生と別れ、待機を命じられたので、一旦家に帰ろうと里を歩いていると、前から向かって来ていたサホに声をかけられた。サホは軽く手を振り、小走りでオレの下へと駆けてくる。

「今日は任務じゃないの?」
「ああ。三代目に会ってたから」

 訊ねられたので答えると、サホは頭を少し傾げ「三代目に?」と繰り返した。

「今日から正式に上忍」
「……じょうにん……?」

 おかしな発音の『じょうにん』を、サホは瞬きをしながら受け止めたあと、ようやく『上忍』だと分かったのか、目を見開いた。

「そうなんだ! おめでとう! とうとうかぁ……。はたけくんって本当、すごいね」

 サホはオレに祝いの言葉をかけ、しみじみとした様子で『すごい』と褒める。『すごい』という言葉は昔からよく向けられていた。サホのように、純粋な驚きめいた気持ちから向けられたものもあれば、皮肉や妬みの含まれた、棘のあるものもある。

「あっ、ちょうどよかった。はい、これ。上忍祝いのプレゼント」

 サホは手にしていた包みを、オレへと差し出した。最低限のラッピングが施された包みの中身は何だろう。包み紙はよくある柄で、この紙を使う店は多いのですぐには絞れない。

「満月印の増血丸。一番質がよくて、一番量が多くて、一番高いの」

 黙って推理していると、サホが得意気に中身を教えてくれた。質がよくて、量が多くて、高いの、ね。

「値段のことまで言う必要ないと思うけど」

 プレゼントの値段を告げるのは無粋だと、オレでも知っている。サホもその辺は自覚があったのか「あ」と間抜けな声を上げた。うっかりしていたのだろう。サホらしいと言えばサホらしい。

「これなら、はたけくんにも気にいってもらえるかなって思って」

 包装を解いて中の増血丸を確認してみると、確かに『満月印』と書かれたシールが貼ってあり、忍具屋でよく見かけるパッケージに違いなかった。

「使えないものをもらうより全然いいね。ありがと」

 昔から増血丸と言えば、多くの忍の頭の中には満月印が出てくる。それくらい馴染みがあり、効力に信頼を置いている。即効性のあるもの、遅行性のものと用途に分けて種類はいくつかあるので、何を持って『一番質がよい』と選んだのか定かではないけれど、使えるものをくれたのは有難い。読書が趣味だったろうと、熱血闘魂なんとかという分厚い本を八冊持ってきたどこぞの誰かよりは全然いい。
 増血丸の袋を裏返せば、使用期限が印字されているシールが貼ってあった。今から数えると、十年先まで保証されているようだ。

「これ、十年持つのか。すごいな」
「すごいよね。その頃にはもう大人かぁ。それまで使う機会、あんまりないといいけど」
「だね」

 増血丸を使うほどの傷を負うことなど、ない方がいいに決まっている。せっかく貰ったものを廃棄するのは勿体ないが、使用期限の過ぎたものを口にして体を壊しても困る。
 中身を確認し終え、包みをできるだけ元の状態に戻した。大きいしそれなりに重みもあるから、早いところ家に置いておこう。

「ね。オビトとリンは……相変わらず?」

 脈絡もなく、サホがオレに問う。あの二人が相変わらずかと訊かれても。

「って言うと?」
「や……前と変わらないならいいの」

 訊き直すと、サホは先ほどの質問はなかったことにとでも言いたげに両手を振った。その慌て方、落ち着かない目の動き、もごもごと動く唇。

「また何かあったんだ」
「う……」

 言うと、サホは変な声を上げたあと黙り込んだ。
 サホのことだ。どうせオビトと何かあったか、オビトに関することで悩んでいるか、その辺だろう。
 何かあったときのサホはホントに分かりやすい。忍のくせに、表に出してしまうその癖は、オビトの遅刻癖と同じく早く矯正した方がいい。
 オレが黙っていると、サホはチラチラと窺うようにオレに目を向け、グローブを嵌めた指の先を重ねて、解いてを繰り返し、踏ん切りがついたのかようやく口を開いた。

「オビトが、リンに告白する前に、告白しようと思ってたんだけど……」

 ぼそぼそと、決して聞き取りやすいとは言えないが、サホは間違いなくそう言った。予想外の話だったので、一瞬何を言っているのか理解しがたく、『サホがオビトに告白しようとした』という情報を飲みこむのに五秒ほど時間がかかった。

「へえ。オビトがオビトがってよく泣いてた、あのサホがねぇ」

 あのサホが。そう言ってやると、サホはそんなに泣いた記憶はないと反論したけれど、その反論を撥ねつけると、口では否定しつつもきちんと自覚はあったようで、「あの頃は小さかったから……」などと言い訳した。
 サホが。あのサホが。オレの記憶の中のサホは、オビトに負けず劣らず泣き虫で、自分にあまり自信がない。親友のリンと想い人のオビトとの間で嫉妬したり落ち込んだり忙しない。だけど時々、妙に根性強いところもある。
 性別が違うのもあり、オレにはないものばかりで構成されていて、今でも『かすみサホ』という人間には、新たな発見が多い。

「今度こそ、ちゃんと言うつもり」

 そんなサホが、告白する気らしい。あの三角関係に自らヒビを入れるつもりだと。へえ。泣き虫だったのに、いつもオビトとリンを見ているだけだったのに。あのサホが。

「ふうん。頑張りなよ」

 オレが知っているサホは、いつまでも『オレが知っているサホ』じゃない。熱心に学んでいる封印術や結界忍術では着実に結果を出してきているし、人を害したり殺す覚悟もできて、オレとの組手も長く続くようになり、ついにはオビトに告白するという、昔のサホからじゃ考えられない積極性を持つようになった。
 サホの想いを長年知る者としては、サホがオビトに告白するというのは感慨深いところもある。しかし、友人とはいえ所詮は他人の話だ。
 恐らく当たって砕けるだろうけれど、ま、このままじっとしているよりは、一度ぶつかってみた方が、何かしら発展するかもしれない。何事も動かないと始まらないから、サホの勇気を内心で称えてやった。

「今日上忍になったってことは、次の任務が上忍初の任務だよね? 次はいつ?」
「明日。ミナト班全員で」
「明日かぁ。記念だね」

 たしかに記念だ。そういったものに特別執着はないつもりだけど、これからのオレの上忍人生の始まりと考えれば、いつも以上に気が引き締まる思いがある。

「ま、すぐに終わらせて、サホがとっととオビトに言えるようにしてあげるよ」

 同期のよしみだ。任務を完璧にこなして、サホの下にオビトを寄越してやろう。サホのなけなしの勇気が萎んでしまう前に、逃げられないように追い込む。背中を押すと言うより、尻叩きみたいなものだ。

「う……心の準備しとく」
「そうして」

 不安げな表情を見せつつも、サホは覚悟を決めた。オレも言ってしまったことは引っ込められない。上忍初の任務というのもあって多少の気合は持っていたけれど、サホに発破をかけた身としても、絶対に失敗できない。



07 明日はきっといい日になる

20190609


Prev | Next