最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 あれからサホとは会っていない。任務に帯同したうちはの者から、写輪眼の基本的な使い方や注意すべき点、実際にどれほど使えているのかの確認が終わると、オレはほとんど里に身を置くことなく、任務に出てばかりだった。
 『人手不足のため』を理由にしている以上、まともに休息できる時間はない。けれど任務はどれも敵と遭遇する確率の低い地域を指定されていたので、むしろ里外に出ている間は長い睡眠をとることができた。
 寝る時間はあっても、なかなか眠りにはつけない。ついオビトのことを思い出してしまうし、サホのことを考えてしまう。体を横にしても頭が休まらない。食欲は少しも湧かないが、携帯食料を詰め込まないと写輪眼を使うチャクラを維持できないので、かろうじて腹を満たすくらいだ。


 神無毘橋の件は、木ノ葉の忍に漏れなく周知されている。若い忍の死と、託された写輪眼という悲劇的な要素に加え、戦況がこちらに優位に傾きつつあることが、忍の間では話のタネにちょうどいいらしい。
 行く先々で、『あれが神無毘橋の』と声がして、オレに話しかけ、気落ちするなよだとか、君たちのおかげだとか、言いたいことを言って去っていく。
 鬱陶しかったけれど、邪険にするほどの気力もなかった。もしオビトも無事に里へ帰還できたなら、よくやったと声をかけられるべきはオビトだったし、『神無毘橋の英雄』は一人で十分だった。それを考えると、感情が欠落した気分になって、睨む気すらも失せた。


 そういったことが続いて、オレは相当に気が塞いでいるように見えたのか、ライバル勝負だなんだとうるさいガイも『大変だったな』と一言かけるに留めてくれ、アスマや紅たちもオレに深くは訊かず、周りからの無遠慮な声かけから庇ってもくれた。
 サホと同じ班である、ヨシヒトやナギサにも会った。医療忍者らしく、ナギサが『体調はどうだ』と心配し、ヨシヒトはオビトの写輪眼を見せると悲しげな表情を浮かべ、『とても美しいね』と彼らしい言葉を述べた。

「サホとのこと、ミナト先生から聞いた。あいつがオビトのことを受け入れられるまで、少し待ってやってくれ」
「僕たちが傍についているから、心配しなくていいよ」

 年上らしく、先輩らしく、二人はサホのことは任せろと、オレに力強い言葉を向けた。付き合いが長いのはオレの方だけど、下忍になってからのサホと密度の濃い時間を過ごしたのは二人だ。なら、きっとサホにとっても二人の方が気安いだろう。

「何か伝えたいことはある?」

 気を遣ったヨシヒトに問われ、少し考えてはみたが、頭を振って断った。
 オレがサホにできることは謝ることしかないのに、サホはそんなもの欲しくはない。ならオレは口を噤むしかない。
 ナギサが「休めるときは休んどけよ」とオレの肩を叩き、二人はオレの前から去っていった。



 起きて任務に出て、里に戻ったら家に帰り、また起きてを繰り返す中で、殉職したオビトの名が、慰霊碑に刻まれるという話を聞いた。
 手でも足でも、体の一部が残ってさえすれば、墓に入れたかもしれない。生憎とすぐに回収できそうなオビトの欠片は、オレの左の眼窩に埋まっている。岩の下の奥深くに置き去りにしたせいで、体を取りに戻ることもできない。
 慰霊碑には木ノ葉のために尽くした人たちの名前が刻まれ、それは英雄と呼んでも過言ではなかった。オビトはまぎれもなく英雄だ。名を連ねることは当然ではあったけれど、できればそんなところに名前なんて刻まれてほしくなかった。

 名が彫られるという慰霊碑に足を向けたのは、次の日の朝だ。今日も任務があるので、その前に見ておこうと思った。
 演習場に建てられた慰霊碑の上には、ポールの先端で木ノ葉の旗がはためいている。存在自体は知っていたけれど深く意識したことはないので、目新しい気もするし、馴染みのある風景にも見える。
 石工の手によって芸術的に整えられた石碑には、命を落とした木ノ葉の忍の名が記されていて、ほとんどは知らない名前だったけれど、いくつかは覚えのある名もあった。その人たちの殉職を当時のオレが知っていたかどうかは定かではないけれど、オレはその人たちのためにここへ足を運ぶことはなかった。

 いつだってオレには仲間がいた。

 共に任務をこなす班のメンバーではなくとも、臨時で組んだ隊や、合同で任務を受けた際に顔を合わせた者も、木ノ葉の忍であれば、それは等しくオレの仲間だった。
 気づくのが遅すぎる。オレはいつも一人じゃなかった。何でも一人でできるわけでもないし、そうは思っていなくても誰かに助けられていた。

 なのに、オレは助けられなかった。

 オレを助けてくれたオビトを、オレは助けられなかった。
 父さんもそうだ。オレがもっと父を支えられていたら、父は命を絶つことはなかったかもしれない。
 今まで共に前線に立った者たちも、オレが守ろうと一歩足を踏み出せば、救えていた命だったかもしれない。
 後悔ばかりが募る。早朝の風は爽やかなのに、肺に重たく溜まっていく。
 人が近づく気配を感じて、後ろを振り向いたら、息すらもできなくなった。
――サホだ。サホが、こちらへ歩いてくる。手には束ねられた花を数本。大事そうに運んでいる。
 不意の遭遇に、オレの心臓は早鐘を打つ。サホはオレから目を離すことなく、ゆっくり近づいてくる。

「……おはよう」

 サホは小さい声ではあったが、挨拶をした。サホとうまく面を合わせられず、オレの目は足下へ逃げた。
 そんなオレに構うことなく、サホは隣に立つと、手にしていた花束を慰霊碑の下へと手向けた。紙やリボンで包まれていない花は、花屋に並ぶような華美さはなく、素朴ではあったが瑞々しかった。
 慰霊碑に向けて手を合わせるサホは、オビトの名がここに刻銘されると聞いたのだろう。そのまましばらく、周囲の木々が風に煽られる音だけが響いて、ようやくサホが手を解き、曲げていた膝を伸ばした。

「傷、治ったの?」

 訊ねられたので、黙って頭を縦に振った。包帯はすぐに取れて、傷も一応塞がり、顔を洗うと多少染みる程度だが痛みはない。その傷ごと覆うように、額当てをずらし、開いているだけでチャクラを消費する左目も隠している。

「ねえ、はたけくん」

 サホに名を呼ばれ、右目をそちらに向けると、硬い表情に迎えられた。

「左目、見せてほしい」

 それは予想していた言葉だった。サホなら頼むだろうと。
 いくら構えていても、いざ言われるとどうしても逃げ出したい気持ちに駆られる。しかし逃げることはできない。オビトの目を託された以上、その目に会いたいと願う者が居るならば、オレは左目を差し出すべきだ。
 覆っていた額当てをずらすと、瞼を上げていなくても左側に光が感じられる。意識して呼吸を整え、左目を開いた。
 サホと目が合う。まっすぐに。軽く見開かれたサホの双眸は、オレの左の眼窩に留まるオビトの目を見た。

 そんな顔をするんだ。

 いつも見ていた。サホがこうして、オビトだけを見ているのを、いつも見ていた。横顔しか見ることをできなかったが、真正面から捉えたその顔は、隣からただ見ている以上に、深い恋慕を否応がなしに感じ取ってしまう。
 どうしてオビトは、こんな目で見られていて気づかなかったのだろう。サホの視線を、想いを。

「結局、オビトには何も伝えられなかった」

 普段、任務の際は必ず嵌めているグローブをしていない、素手のサホの指先がオレの頬の上を緩慢に滑る。少し膨れた傷の線を、静かになぞった。
 サホの視線や想いを、オビトは気づく予定だった。神無毘橋から帰ってきて、オレがサホの下にオビトを帰してやって、サホは今度こそ勇気を振り絞って気持ちを伝えただろう。
 オレのせいだ。サホの背中を押してやるどころか、崖から突き落とした。

「また今度、チャンスはあるからって、先延ばしにして」

 忍という生業は、いつ死んでもおかしくない。だけどつい忘れてしまう。当たり前のように明日がくるのだと思い、『いつか』と後回しにしてしまう。
 慣れ過ぎた。忍者という生き方が、戦争という日常が、『普通』ではないのに、毎日続くと悪い慣れとなり、そしてこうやって思い知らされる。オレたちは常に死と別れの傍で息をしていることを。

「言えばよかった。好きって……」

 悔やむサホの指は、オレの左目に近い肌に何度も触れる。写輪眼の目を見ながら、そうやってオビトを捜している。
 サホの声はオビトへは届かない。これからサホは、オビトへの想いが深ければ深いほど、一人で苦しまなければいけない。
 『好き』と伝えてフラれる方がよっぽど楽だったろう。少なくとも明確な区切りはつけられる。伝えるべき相手がいなくなってしまった以上、サホの恋はサホ自身でしか蹴りをつけられない。
 それがどれだけつらいことなのか、オレには分からない。恋をしたことがない以上、いくら本で得た知識を披露したところで、何の説得力もない。

「オビトは、『仲間を見捨てる奴はクズだ』って言った。クズのオレを助けて、オビトは死んだ」

 オビト。目が覚めている間も、寝ている間も、いつも思うんだ。オレが間違っていることにもっと早く気づけていたらと、何度も、何度も。
 恐ろしいんだ。もしかしたらオビトだけでなく、リンも失っていたかもしれない。オレ自身も死んでいて、オレたちが失敗したせいで、木ノ葉にも被害が及んで、里に住まう人や、仲間や、ミナト先生やサホが死んでいたかもしれないと思うと、怖くて怖くて堪らないんだ。

「オレは、オビトが託してくれた写輪眼と、オビトの意志を受け継ぐ」

 その度に、オレは言い聞かせてきた。オビトの命を奪ったクズのオレには成すべきことがあるのだと。自分を叱りつけて、奮い立たせて。

「この戦争を終わらせ、あいつが守りたかった、仲間を、里を守る。オビトの代わりに、オレがリンを守る」

 サホがオビトを好きだったように、オビトもリンが好きだった。あいつには大事なものや人はたくさんあったが、一番好きだったのは間違いなくリンだ。そのリンを守ってほしいと頼まれたんだ。怖がっている場合じゃない。震えていないで、立ち止まっていないで、リンを守らなくては。

「うん。わたしも」

 囁くような声だった。

「オビトの意志を、継ぐよ。リンを守る。わたしたちで、リンを守ろう」

 微笑んでいた。サホは今たしかに、オビトの目に語りかけたのではなく、オレを見て、共に守ると言った。
――体が軽くなった。四肢やあちこちに吊るしていた鉛の錘が外されたように。ぎゅうぎゅうに押しこめ、溜め込んでいた息を、やっと吐けた。頬を包むようなサホの手のひらから、凍った体にじんわり熱が広がっていくような。
 いつの間にかオレは泣いていた。熱で溶かされた体や心の雫が、左目のふちから涙として流れ、オレではない肌に触れる。サホの手が、地に落ちるはずだったオレの涙をすくっているように思えた。
 サホが、隣に居てくれるのなら。共にリンを守ると言ってくれるのなら。もう怖くない。


「信頼できる仲間だよ」


 サホはオビトを本当に好きだ。きっとこの世で一番、オビトを好きな人間だ。そのサホがオビトの意志を継ぐと言うのなら、これ以上に心強い相棒はいないだろう。
 オレの両頬はサホの両手に包まれ、互いの額が音もなくくっつく。サホの両手に自分の手を重ねると、驚くほど心が落ち着いた。一人じゃない。オレには仲間がいる。成すべきことを分け合う仲間が。
 声に出して頷いて、言葉通り目の前で流れるサホの涙を見た。頬をすべる透明な温い水もまた、サホの凍っていた何かの、溶けたものだろうか。

 今度は、オレがすくうから。

 オレはサホを泣かせてしまった。サホの好きな奴を生きて連れ帰ることができなかったから。
 もう泣かせたくはないけれど、もし泣くことがあれば、今度はオレがサホの涙をすくう。サホの手がオレの涙を受け止めてくれたように。
 今は、頬に触れるこの手を放せない。この温もりを手放すことが怖いから、どうか今だけは、後悔ばかりのオレの涙をすくっていてほしい。



 ミナト先生が言っていたように、『ミナト班』としての任務は一切なくなった。ミナト先生が隊長を務める部隊に加えられることや、リンが医療忍者として配属された部隊で共に任務に就くことはあっても、それは『ミナト班』ではなかった。
 オビトが居ない今、『ミナト班』の形に拘っていても仕方ない。それよりも左目の写輪眼を回収されないよう、オレはできる限り任務をこなして、仲間や里を守らなければならない。回収されないのは、戦争中の木ノ葉の里にとって有益であるからで、そうでなくてはすぐに取り上げられてしまう。
 上忍になったオレは、オレ自身が隊長を務め、班を率いることも多くなった。サホの居るクシナ班でも、クシナ先生の代わりに隊長として任務に当たることもよくあった。

「ねえ、えっと……『隊長』!」

 集合場所で、里を出る前に任務の内容や目的地について再確認していると、サホが挙手と共に『隊長』と声を上げた。オレに顔を向けていたので、サホの発した『隊長』がオレのことを指しているのは分かった。

「……なにそれ」
「え? あのね、『はたけくん』だと、何かあって呼びたいときに、ちょっと長いかなと思って」
「……まあね」
「でも『はたけ』って呼び捨ても、何だか偉そうでしょ? わたし中忍なのに。でも『はたけ上忍』だと、『はたけくん』より長くなっちゃうし」

 『はたけくん』が長いというのは理解できた。一瞬の判断が生死を分ける場に置いて、たった二文字でも、名前に敬称がくっついていると邪魔に思えてくる。『はたけ』と名字を呼び捨てにされるのはオレにとっては気にならないが、本人は気になるのだろう。『はたけ上忍』は呼び方としては正しいが、そもそもの目的から外れてしまう。

「だから『隊長』。実際そうだし、変じゃないでしょ?」

 思考の流れ、行きついた先が『隊長』だということも納得はできた。オレはサホとヨシヒトとナギサにとって一時的な隊長だ。『隊長』と呼ぶのも、『はたけくん』よりずっと短くて呼びやすいだろう。

「なんかやだ」
「え」

 驚いて目を瞬かせるサホは、オレが拒否するとは思っていなかったらしい。
 サホに『隊長』と呼ばれるのは、なんだかいやだ。むず痒いと言うか、居心地が悪い。

「『カカシ』でいいじゃないか」
「でも、はたけくんは隊長だし、上忍だよ?」

 オレたちのやりとりを黙って見ていたヨシヒトがサホに提案するが、サホはどうにも腑に落ちないといった表情を見せる。サホの中では、隊長であり上忍であるオレと、中忍の自分とを比べて、敬称なく呼び捨てすることが失礼だと捉えているのだろう。その姿勢自体は否定する気はない。

「俺らなんて、後輩のカカシが隊長になろうが上忍になろうが、今でも『カカシ』だぞ。お前は同期なんだし、カカシがいいならいいだろ。な?」

 ナギサがそう言って、オレに了解を取るように顔を向ける。ヨシヒトとナギサも、促されるようにオレを見て、三人に注目されたオレは腕を組んだ。

「ま、隊長よりは全然マシかな」

 オレとサホはアカデミーからの同期で歳も同じ。忍になった時期や、中忍上忍という違いはあるが、オレたちにはずっと上下関係などなかった。なのに今更『上忍だから』だとか『隊長だから』とか言って区別をつけられるのは何だかいやだ。言うならばやはり、居心地が悪い。

「――カカシ?」

 確かめるようにサホが、初めてオレの名を呼び捨てにした。いかにも言い慣れていないし、オレとしても聞き慣れないが、不思議と違和感はなかった。

「カカシ――隊長?」
「……だから、意味ないよね、それ」

 尚も敬称に拘ろうして、本来の目的を忘れてしまっているサホに呆れると、ヨシヒトとナギサは声を上げはしなかったが笑った。


 オビトの死をなんとか受け入れられたらしいサホは、もう泣くことはなかった。少なくともオレたちの前で泣いたりはしなかった。
 『オビトの代わりに木ノ葉の里やリンを守る』という目的ができたことで、気持ちの遣り場を見つけることができたのだろう。立ち止まって心が落ち着くまで、涙が枯れるまで泣くことがいい場合もあるが、サホには『オビトの代わり』という使命感を持たせることがよかったらしい。
 オレとしても、気落ちしていたサホの顔に明るさが戻って安心した。戻ったどころか、以前よりもずっと意欲に溢れていて、目の下にクマを作るほど睡眠時間を惜しんで知識を詰め込み、自身の得意な封印術に必要なチャクラコントロールの練習を限界まで続け、そのまま地面で寝ていることもあった。見かけたときは死んでいるのかとびっくりした。
 先生たちに限らず、ナギサやヨシヒト、オレたちに鍛錬に付き合ってくれと頼み、その指導に熱心に耳を傾け、少しでも成長しようと努力を積んでいる。

「リンを守るには、やっぱり強くなくちゃだめだから。苦手だとか、向いていないとか、そういう風に考えていたら、何もできないもの」

 呼吸の合間を縫ってそう言ったサホは、全身は汗や砂にまみれ、何度も地に付けられた顔には土の欠片をつけ、髪はボサボサに乱れていた。
 ヨシヒトが見たら小言が飛んできそうな姿ではあったけれど、サホの気持ちに間違いはないのだという十分な説得力を持っていて、似合っていると思った。そんなことを女子に言えば怒られそうなので言えなかったから、オレはサホの真摯さに応えるべく、できる限り鍛錬に付き合った。


 移植した写輪眼は徐々に体に馴染んできた。オレが作り出した『千鳥』の欠点を、写輪眼の持つ人智を超えるような動体視力で補えたことにより、前線で何度も仲間の命を救うことができた。ただ、やはり『うちは』でない身が写輪眼を使いこなすのは非常に難しく、以前よりもずっと体力やチャクラの消費が激しく、病院送りにならないように常に心がけねばならない。
 このまま、オレが写輪眼を所持し続けることが木ノ葉にとって利になるのだと知らしめていけば、回収される事自体なくなるかもしれない。
 写輪眼がうちは一族にとってどれほど重要なものか、文字通り身を持って知っている。世界が止まって見えるほどの動体視力だけでも桁外れなのに、さらに使いこなせば他者の術を複写できるようになるなど、前線に立つ者からすれば喉から手が出るほど欲しい力を持っている。
 しかしオレにすれば、写輪眼どうこうの前に、この左目はオビトの形見だ。里にとってもオレにとっても英雄で、親しい友の形見。オレはこの目と共に、里を守りたい。そのためにも、オレは戦場へ赴き、里のため、仲間のため、写輪眼を振るう。



 四日かかった任務が済んで里に戻り、報告を終え、家に帰る途中。後ろから名を呼ばれ呼び止められた。サホだ。
 任務帰りかと問われたのでそうだと答えると、自分は非番で、リンは病院勤務に当たっているだと教えられた。病院なら安心だ。負傷した忍者の治療中に、敵にかけられていた術に巻き込まれることもなくはないが、戦場よりもずっと危険の少ない場所だ。
 オレたちはオビトの代わりにリンを守ると誓った。里もそうだが、リンも無事でなければ生きた心地がしない。こうしてリンの無事を知ると、一時的ではあるが肩の荷が少し降りる気分だ。

「わたしはこれからオビトに会いに行こうと思ってたんだけど、カカシも一緒に行かない?」

 あとは家で体を休めるだけだったので、付き合うと告げ、二人で花屋へ向かった。サホがオビトへの花を買いたいらしい。

「さっきね、アスマとお昼ご飯を食べたんだ。わたしがお店に居たら、アスマも来て、それで一緒に」

 サホは、自分が今日こなしたスケジュールを、わざわざオレに伝えてくる。訊かれてもいないのにお喋りなのはやはり女子だからだろうか、それともサホ自身の特性だろうか。

「ご飯を食べる前まで、ずっと資料室で巻物を読んでいたの。それをアスマに言ったらね、『勉強好きだな』って」
「あいつからしたら、みんな勉強好きに見えるんじゃない?」
「でも『非番の日に資料室にこもるなんて、狂気の沙汰だ』なんて言うんだよ」

 そう言ったアスマの顔がすぐに浮かんでくる。本人の発言通り、あいつは非番なのに資料室にこもるタイプじゃない。それでも要点はきっちり抑えられる奴だから、アカデミーの成績も、忍になってからの任務達成率も悪くなかった。

「カカシも勉強好きだよね。この前もお家に行ったら、巻物が床に広がったままだったし、いつも読む本も、すっごく難しそうだし」
「オレも狂気の沙汰だって?」
「うーん……どうかなぁ……」
「いや、否定するとこでしょ」

 皮肉で返したつもりだったのに、サホはバカ正直に考え出した。即座に否定しなかったということは、サホはオレを勉強好きであり、しかも狂気の沙汰だと形容したいのだろうか。
 花屋に着くと、サホは早速オビトへ手向ける花を選び出した。花屋には仏花用にと、最初から作られている花束があるが、サホはいつもその花束は買わない。種類ごとに分けられた桶の中から、自分で選んで花束にしてもらう。
 今日もまた、これと、これと、これと、と店員に頼み、束ねてもらっている。白と、オレンジと、赤と、茎と葉の緑は、コントラストが強い。

「サホ、いつも派手な色を選ぶよね」
「え……そう?」
「こういうときって、もっと落ち着いた色じゃないの? 白とか」
「白も入ってるよ?」

 サホが言うように、白は入っている。白い、あれはなんだろうか。百合ではないけれど、よく見かける形ではある。

「白以外が派手なんだよ。オレンジと赤って、墓参りって感じじゃないんだけど」

 選んだ花は、白はあるけれど、どちらかというとメインはオレンジと赤だ。別にこうじゃないとという押し付けではないが、故人に手向けるには少々派手ではないだろうか。

「オレンジと赤って、オビトっぽくない? オレンジはゴーグルの色で、赤はうちはの紋の色」

 言われて、記憶の中のオビトを辿れば、なるほど、サホの言い分通りであった。

「ああ……そういう意図があったのか。オレはてっきり、サホの趣味で選んでるのかと思った」
「わたしの趣味だったらもっと可愛い色を選ぶよ。水色とか、ピンクとか、黄色とか、薄紫とか……」

 ぶつぶつと自分の好む色を挙げていくと、唐突に「あ」と何かに気づいた。

「紫はリンの色かな。紫っていうか、菫色?」

 自分ではなくリンに似合う色が頭に過ぎったらしく、そのまま口に出す。
 リンは菫色。ま、分かるよ。

「それ、リンの化粧の色に釣られてない?」
「つ……られてる……かも」

 否定したくともできなかったらしいサホは、尻すぼみになった。リンの頬にある菫色の化粧は、リンと顔を合わせていると真っ先に目につく。あの色がリンの色だと頭の中で固定されてもおかしくはない。

「でもリンって、菫の花みたいじゃない。太陽に照らされて温かくて、繊細そうに見えるけどたくましくて、可愛らしいでしょ」

 サホからは、リンはそう見えるのだろう。サホが持つリンの印象に異を唱えるつもりはないし、そう思うのなら、それがサホにとっては事実だ。

「ふうん。オレにはよく分かんないけど」
「男の子には難しいかもね」
「女子の話は理解しにくい」
「上忍なのに理解できないこともあるんだ」
「上忍は関係ないでしょ」

 この会話のどこに上忍が関係するのか。サホは上忍を一体なんだと思っているのだろう。上忍だからって何でも理解できるわけじゃないし、何でもこなせるわけじゃない。現にオレは、未熟なまま上忍になり、隊長を務め、オビトを死なせてしまった。上忍というのはただの区切りで、オレなんかよりオビトの方がずっと立派な忍だった。
 その、ずっと立派な忍のための花束が出来上がり、オレたちは慰霊碑の下へと足を進めた。

「アスマにね、カカシと仲良いな、って言われたよ」
「へえ」

 話に前置きがないのは、サホの特徴の一つだ。もうすっかり慣れたので、相槌を打つタイミングも逃さなくなったし、オレと仲が良いより、ガイと仲が良いの間違いではないかと返すこともできる。

「あいつ、オレが里に居ない間はサホの尻を追っかけてるって聞いたけど」

 以前耳にしたことをそのままサホに伝えると、相当びっくりしたらしく、両手で大事そうに運んでいる花束からカサカサと騒がしい音がした。

「な、なにそれ? 変な言い方しないでよ」
「オレが言ったんじゃない。アスマが言ったんだ」

 『カカシ、お前が里に居ないと、ガイの奴はサホの尻を追いかけてるって知ってるか?』と面白がって言ったのはアスマで、最初は冗談かと思ったが、他からも『ガイとサホがよく一緒に居るのを見かける』と聞いたから、誇張はあれど事実なのだと知ったときはさすがに驚いた。ガイがサホを好きにでもなったのかと。

「カカシがわたしに修業をつけてくれるでしょ? それで、永遠のライバルとしては、一番弟子のわたしと戦ってみたいってさ」

 サホから語られたのは、サホとガイとの話ではなく、何故かオレの名が挙がり、やはりそういうオチかとため息が出そうだった。永遠のライバルだか何だか知らないが、どうしてガイの話になるとオレまで巻き込まれているのか。サホに怒るのも筋違いだし、ガイに言っても馬の耳に念仏だし。

「一番弟子ね……」

 言い得て妙ではある。サホにとって師匠はクシナ先生で、クシナ先生繋がりでミナト先生からも指導を受けていた。その二人は今多忙で、修業らしい修業はつけてもらえない。サホにとって一番近しい上忍はオレになり、オレとしてもサホを『鍛えている』という感覚があるので、言うならばサホはオレにとって初めての弟子なのかもしれない。同い年の同期が弟子というのもおかしな話ではあるけれど。

「だから、オビトのところに行ったあとは……よろしくね、“カカシ先生”」
「……それ、二度と呼ばないならいいよ」

 強調された“カカシ先生”には慣れる気がしない。オレが先生だなんて、全然想像もつかない。
 目的地の慰霊碑へ着くと、よく回っていたオレたちの口は動かなくなり、ただ黙ってオビトを偲ぶ。丁寧に束ねられた花をサホが手向け、まるでそこに座るオビトを見つめるように、石碑へと目を向ける。
 オビトがいなくなってから、サホの横顔はいつも切ないものだけど、秘めるには大きすぎた恋慕の熱い眼差しも、今はとても穏やかなものになった。ゆっくり、このまま時間をかけていけば、サホはオビトへの想いにうまく折り合いをつけられる気がする。
 石碑を見る横顔を見るたび、『オビトの代わりに』と気を引き締める。
 オビトの代わりに里を守る。オビトの代わりにリンを守る。
 サホの横顔に、オレは何度も誓った。この横顔も守っていくのだと。



09 きらめいた首枷

20190714


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