最果てまでワルツ | ナノ
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バチャスペ
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 オビトやリンたちと班を組んで一年が経つ。オビトは毎日のように遅刻するし、リンやミナト先生は甘いし、不満は多々あれど、配属した班がここまで長く続いたのは最初の班のとき以来だった。アカデミーからの同期で、歳もほとんど変わらない。今まで編成された班員から考えると、相性というのはよかったのかもしれない。
 そろそろ次の中忍試験の時期だなと考えていると、ちょうどミナト先生から話があった。

「みんな、受けるかい?」
「もっちろん! な?」

 オビトが大声を上げ、オレやリンに同意を求める。オレも受験するつもりではあったが、オビトがやかましくて何だか気が削がれる。

「あの、私が受験してもいいんでしょうか?」

 不安そうにリンがミナト先生に訊ねる。下忍の任務に慣れてきたとはいえ、実戦経験が多いかと言えばそうではない。オレやオビトと違って、戦闘自体があまり得意ではないリンの腰が引けるのも無理はないだろう。
 ミナト先生は微笑み、少し体を屈めてリンと目を合わせた。

「オレはみんなが、中忍試験を受けるに相応しい力が備わっていると思ってるよ」

 力強く返した言葉に戸惑いつつも、先生が自分たちを評価してくれていると知って、リンだけでなくオビトの顔にも喜色が広がった。

 『受けるに相応しい力が備わっている』とは、上手いこと言う。

 ミナト先生は決して『受かる力がある』とは言っていない。言うなれば、アカデミーの卒業試験を受ける資格が得られているだけと同じだ。『卒業できる』とは決して言っていない。そしてオレの目から見て、リンが今度の中忍試験に受かる確率は半分もない。リンの力を侮っているわけではなく、チームメイトとして傍で見てきたリンの実力から計算した答えだ。
――と、随分偏った見方をしてはみたが、ミナト先生がそんな性根の悪い考えであんなことを言ったと確定しているわけじゃない。これはあくまでもオレの受け取り方だ。
 恐らくミナト先生は、リンが中忍試験に対し前向きに挑めるようにと言葉をかけただけ。そしてリンはその言葉を正しく受け取った。正しく。


「それに、はたけくんが言うなら、きっと忍として正しいんだろうなって、思うし」


 もしオレが今考えたことをサホに話したら、サホはまた『正しい』と言ってくれるだろうか? 間違っていないと、今度はサホがオレに言ってくれるだろうか?

「――カカシ?」
「え?」
「なんだよ。ボーっとして」

 リンに名を呼ばれて、いつの間にか一人会話から外れていたことに気づいた。考え込んでしまっていたらしい。

「オレもリンも受けるけど、お前も受けるよな!」
「……当然でしょ」

 受けないはずがない。下忍をやって数年経つ。いい加減中忍になりたいが、生憎と叶わなかった。今度こそ、さっさと中忍に昇格したいのがオレの本音だ。

「そういやお前、ずっと下忍のまんまだよな」

 自分のこめかみの血管が、ピクリと跳ねるように動く。組んでいた腕に、自然と力がこもった。

「カカシが受からないなら、私なんて当分無理ね」
「へー。優秀な天才忍者サマも、中忍になれないもんなんだなぁ」

 わざと煽っているのだと分かっていたが、顔を顰めてしまうのは、最早オビトに向けての反射のようなものだ。

「オレが中忍じゃないのは、受験できなかったからだ」
「『受験できなかった』? なんでだよ?」
「それは……」

 返して、すぐに問い返され、口を閉じた。
 受験できなかったのは本当だ。中忍試験がある時期に、所属していた班が解散したり、再編成されたばかりで、そのときの上忍師が『この連携ではどうせ受からない』と受験もさせてもらえなかった。
 簡単にとは言わないが、受験さえできれば、オレは必ず中忍になれるはずだ。周りにいる年上の中忍たちの実力と比較して考えても、それだけの自負がある。
 受験さえできれば――しかし、上層部から問題児扱いされ、班を盥回しにされていたオレにとって、『受験する』という、ただそれだけが一番の難関だった。

「オビト。中忍試験は、誰でも受験できるわけじゃない。上忍師の方針もあるし、試験は三人一組じゃないとそもそも受験資格が得られないんだ。班の誰かが負傷していて出られなかったら、他の二人も試験を見送るしかない」
「そっか。そうですよね」

 ミナト先生の説明にリンが納得する。オレが原因なのではなく、タイミングが合わなかっただけ。そんな風にぼかしてくれた。さっきとは違う意味で、やはり口が上手いと感心し、心の中だけではあるが感謝の念も湧いた。

「なら、やっと念願の中忍になれるじゃん。オレたちに感謝しろよ、カカシ」
「はあ? 中忍になれるとしたら、お前のおかげじゃなくて、オレ自身の実力による結果なんだけど?」
「ああ!? オレらがいなけりゃ、受験もできねーくせによ!」
「それはお前も同じでしょ。三人一組なんだからオレが居なかったら受験もできないし、オレが居なけりゃ最後までは到底残れないよ」

 ま、お前が足を引っ張って、道連れにされて三人全員一次も通れないかもね。そう付け加えると、オビトは目を吊り上げて、今にもオレに掴みかかろうと両の拳に力を入れた。

「はい、そこまで。それ以上ケンカが続くようだったら、中忍試験は見送りだよ」

 鶴の一声がかかり、オビトは慌てて拳を解いて「してないしてない!」とミナト先生に引きつった笑みを向ける。先生はオビトからオレへと視線を移す。お前はどうだと問われているようだったので、「していません」とはっきり答えた。

「ん。じゃあ、これが受験票」

 ポーチから畳まれた受験票を取り出し広げ、オレたちへ一枚ずつ渡された。中忍試験の受験票は初めて手に取る。手に取ることさえもできなかった。
 これでオレも、やっと中忍になれる。三人一組が原則の中忍試験では、リンとオビトが足を引っ張ることになるだろうけど、その分オレが引き上げるしかない。オビトのバカに構っている暇なんてないんだ。



 今回の一次試験は――というより今回も、ペーパーテストだった。一次試験は高確率で教養の是非を求められるテストが行われると聞いていたし、テスト自体もオレにとっては簡単で、時間内にさっさと終わらせて切り上げて部屋を出たくらいだ。
 リンは心配はしていなかった。満点や高得点ではなくとも、合格点はまず取れるだろう。
 問題はオビトだ。テストの内容は、下忍を真面目にやっていれば、合格点を取れる難易度だ。だからこそオビトには『一応勉強しておけ』と言うだけに留めておいたのに、あのバカは全く分からなかったらしい。
 幸いにもリンがカンニングペーパーで手助けしてやったので、補欠としてギリギリ合格し、なんとか一次試験は通過できた。
 補欠だと言うのに、オビトはまるで一番でも取ったかのようにはしゃいでいる。呆れてため息しか出てこない。
 合格者一覧の紙には、オレの同期に当たる者の名前が多く記されていた。サホの名前もあった。なんとなくその姿を探せば、少し離れたところで、同じ班のヨシヒトやナギサと一緒に居るにも関わらず、やかましいオビトに目を向けている。

 こんなときでもオビトとは、恐れ入るよね。

 中忍試験中でもサホの目に一番映るのは、テスト用紙でも合格者一覧表でもなく、数年想い続けているオビトなのだから、恋する女子という生き物に、変な話だが感心してしまった。
 オレは誰かに恋をしたことがないから、恋をしたらどうなるかなんてうまく分からない。中忍試験は忍者をやっていく上でもかなり重要なのに、それでも目を向けずにいられない相手がいるのは、一体どういう感覚なのだろうか。
 サホの視線の先のオビトの、その視線の先はリン。一方通行の端っこに立つサホは、切ないとも、羨ましいとも、妬ましいとも取れる、複雑な表情をしている。
 合格者の貼り紙の前にはこれだけの人間が居るのに、きっとオレ以外、サホの横顔の意味を知る者はいない。オビトだって、リンだって。



 二次試験は班での対抗戦。開始時刻は15時だというのに、遅刻癖のオビトが直前まで姿を見せなかったせいで、あやうく不戦敗になるところだった。試合が始まってもあいつはまたドジを踏むし、班でという縛りがなければ、こんな気苦労などせずに済んだのに。

 頭を抱えた二次試験も無事に通り、最後は個人戦。ようやくオビトに振り回されることもなくオレは勝ち進み、予定通り中忍になることができた。
 やっとだ。本当だったら下忍になってすぐにでも中忍へ上がることができただろう。それだけの実力があると自他共に認識していただけに、余計な時間を食った気がする。中忍が受け持つ任務を多くこなすことは、下忍時代では経験できなかったものを得られるだろうに、それを何年も先延ばしにする形になったことは、悔しいが仕方ない。ま、その分をこれから積んでいけばいい。

「合格者は別室に集まるように」

 係員の呼びかけに答えるように、合格した者は皆、係員が指し示した出入り口へと進んでいく。その流れに乗って歩いていると、「はたけくん」と名を呼ばれ、こちらに駆け寄ってくるサホが見えた。

「はたけくん、オビトたち……」

 何かに気づいたように、サホは一度口を閉じた。

「あ、じゃなくて。昇格おめでとう」

 慌てて、オレの合格を祝う言葉を紡ぎ直す。間違えたとばかりに焦る態度に、もはや怒りなど湧く気もない。

「ありがと。オビトを捜してるの?」

 短い礼で返したあと、オレが問うと、サホは気まずそうに少し目を逸らした。
 『はたけくん』と呼び止めて、次に出てくるのが『オビト』という他人の名。アカデミー時代からサホはそうだったと決めつけても過言ではないだろう。
 今回の中忍試験で、オレの班で合格したのはオレ一人。オビトやリンは不合格で、サホもそうだ。サホの班のヨシヒトとナギサは、一期上ということもあって、中忍に相応しい実力がついていたのだろう。
 オレが中忍に合格しようが、自分が不合格であろうが、オビトを好きなサホにとっては取るに足らないことなのかもしれない。
 それはそれで、何だか面白くはなかった。オビトに嫉妬しているだとかではない。例えて言うなら、今日はオレの誕生日なのに、オビトの好きなケーキを用意されたみたいな、そんな。いや、違うかな。オレはケーキは好きじゃないし。そういう問題でもないか。よく分からないが、とりあえず面白いことはでない。昔からサホはそうだったという認識があろうとも、面白くないものは面白くないだけ。

「オビトと、リンをね。次の中忍試験に、一緒に組んでほしいなって思って」

 オビトだけを捜していたわけではないと、言い訳でもするみたいにサホは付け足し、捜す理由を述べた。

「ああ、なるほどね」

 中忍試験は三人一組の班で受ける。一緒に受験した仲間だけが先に合格したら、残された者はまた別の仲間を探して組まなければならない。サホとオビトとリンなら、ちょうど三人だ。アカデミーの頃から、今でも共に修業をする仲なので、チームワークは問題ない。

「近くに居るとは思うよ。ミナト先生が任務を終えてそろそろ里に戻ってくるだろうから、オレの中忍昇格祝いで、四人で夕飯を食べようってリンが言ってたから。……ま、オビトはそんな気なんかなくて、帰ってるかもね」

 リンが言っていたことを思い出しながら伝えると、その場に居たオビトの『最悪だ』と言わんばかりの顔も思い出され、反射のようにため息をついてしまった。

「そんな気ないって……さすがにオビトでも、お祝いする気持ちはあると――」
「思う?」

 オビトを庇うようなサホに問い返すと、サホはぐっと口を結んで黙り込んだ。

「あんまり……」
「でしょ」

 オビトの考えなどオレたちには分かりっこないけど、オビトがオレを祝う気があるかどうかなんてのは、火を見るより明らかだ。
 合格者のほとんどが別室に向かうため、もうこの場には残っていない。遅れては困るので、「じゃあ」と軽い挨拶だけ投げて、サホを置いて行った。



 オレ一人が中忍になっても、ミナト班は解体などされない。慣れたメンバーとの連携は、前線で生き残るには不可欠であり、また新しく作り直して班を育てるという時間や手間も惜しい。
 そのため、オレだけが一時的に別の隊に組み込まれることが増えただけで、ミナト班での任務のランクも、相変わらずDやCだ。不満は残るが、中忍のみの隊でBランクの任務もあるので、前よりはマシだ。
 オビトとリンとサホが班を組んで次の中忍試験に臨むということで、ミナト班とクシナ班で集まる修業も以前より増えた。一人で鍛錬を積むにも限界はあるし、幻術が得意なヨシヒトや、医療忍者のくせに体術に優れているナギサとの組手はそれなりにプラスになる。


 今日はサホと組手だ。これで十五戦目。今まで一度も負けたことはない。
 地に手を付けるサホに手を貸し、引いて立たせてやると、まとめている髪を少し乱したサホが、小さく「ありがとう」と礼を言った。

「和解の印を」

 ミナト先生の言葉に従い、オレたちは和解の印を結んだ。

「十五勝」

 オレが言うと、

「十五敗」

サホが返し、肩を落とした。

「今日こそは勝てると思ったのに……」

 頭を垂らして悔しがるサホに多少驚きつつも、「当分無理だね」とオレははっきり言った。サホはそれ以上文句も言わず、自分でも分かっていると、小さな息を口から漏らした。

「落ち込むことはないよ。サホも強くなった。確かに一度も勝てていないけれど、だんだんとカカシが勝つまでに時間がかかるようになってる。つまり、それだけカカシに対して抵抗できている、ってことだよ。それに、教えた風遁の術もタイミングよく使えるようになっている。いいと思うよ」

 ミナト先生が、上忍師らしくさきほどの組手で窺えたサホの成長を言葉にして伝え、彼女のへこんでいた顔をみるみる明るいものへと変えた。里でも五本の指には入る上忍からの言葉とあって、サホは本当に嬉しそうにはにかんで見せた。
 上忍師というのは、ただ実力があればいいわけではない。後進を育成するために必要な様々なスキルを持たなければ、ただゆっくり腐らせてしまうだけだ。先生は生徒に応じて、飴と鞭の使い分けが上手い。飴の方が多い気もするけど。

「じゃあ次は秒殺だね」

 オレがサホに勝つまで、時間が長くなっているのは事実だった。そういえば最近のサホはオレに怯えたりせず、今までは引いていたところも踏み込んでくるようになったし、結界術で足止めを食らうこともあった。
 下忍相手にと、中忍としてのプライドもある。『今日こそは勝てると思ったのに』というのは、オレのそのプライドに少し引っかかった。いや、サホ相手だし、と気を抜いていたところもあったのかもしれない。自分を引き締める意味でも、次は秒でサホを地に付けよう。



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