最果てまでワルツ | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



 目を開けたら、オビトが居た。
 オビトだ。おーい、オビト。
 呼んでみるけれど、オビトは振り向かない。背中のうちはの紋をわたしに見せるだけだ。
 ねえ、ねえ、オビト。
 写輪眼、開眼したんでしょ。
 カカシから聞いたよ。カカシの左目の、あれはオビトの写輪眼でしょう。

「ああ、そうだよ。オレがカカシにくれてやったんだ」

 オビトは振り向かないままわたしに答えてくれた。
 そうだよね。オビトがあげたんだよね。

「上忍祝いにな。まっ、オレだけやらねーってのも居心地悪いしさ」

 うん。うん。そうだよ。だってオビトは、カカシとリンと、三人でミナト班の仲間だもの。
 ねえ、オビト、見せて。オビトの写輪眼。
 わたし、ずっと見たかったの。オビトがやっと手に入れられた、両目の写輪眼を。
 オビト、オビト――オビト? ねえ、オビトってば。

「リン、オレ、写輪眼を開眼できたんだ」

 わたしの声を無視して、背を見せたままのオビトが声をかける先にはリンが立っていた。頬の菫色の化粧の上の、くりくりとした可愛らしい大きな目は、オビトの顔を覗き込む。

「わあ、本当。きれいな赤ね」
「ほんとに?」
「うん。とってもきれいよ」

 リンがオビトの写輪眼を褒めると、オビトは照れたように頭の後ろを掻いた。きっと嬉しさそのままに笑顔を浮かべている。
 オビト。わたしにも、オビト、見せて。カカシの左目じゃない、オビトの両目の写輪眼を。
 わたしの声は届いているはずなのに、オビトはわたしの方なんてちっとも見ない。二人に近づきたいのに、足も動かない。
 オビトはずっとリンを見ている。リンだけを見ている。
 リンはオビトに向かい合ったまま、にっこり笑った。

「とってもきれい。とってもきれいな――血の色ね」


 とぷん、と、世界は血で満たされた。



 ドクドクドクドク。心臓の音が、大きな太鼓のように鳴り響く。
 胸が押さえ付けられたように苦しくて、息をするのもやっとだ。
 全身が熱い。じわりと汗を掻いている。

「あ……ああ……」

 夢だった。そうだ。夢だ。オビトは死んだのだから、夢だったのだと納得する。わたしは今、自室のベッドで寝ている。見えるのは天井と、カーテンの隙間からうっすらと漏れる光。明るさからして、まだ明けきったばかりだ。
 現実を確認して、ようやく胸の痛みが少しだけ弱まった。
 怖かった。何もかもが怖くて、自然と涙が目尻から零れ、耳朶に伝う。

「ふっ……う……くっ……」

 掛けていた布団を引き上げ、泣き声を上げてしまいそうな口を隠した。押し込んだ悲鳴は、喉の奥で痛みになり、鼻や目にまで伝染していく。
 時間をかけて、ようやく涙も悲鳴も飲みこみ終える頃には、カーテンから漏れる光は大分明るくなっていて、時計を見ればそろそろ起きる時間になっていた。
 もうすっかり目は覚めている。朝の支度をして、任務のために家を出なければ。
 仰向けだった体を横にして、ベッドに手をついて上体を起こす。ふう、と息をつき、幼い頃から使っていた机に目をやれば、リンのお母さんから譲ってもらった、リンの形見である貝殻が詰まった瓶が見えた。
 せっかく起き上がったけれど、わたしはまた体をベッドに倒した。

 オビトは、リンばっかりだ。

 せめて夢の中だけでも、わたしを見て欲しかった。わたしは見ることができなかった、彼の念願だった写輪眼を開眼したオビトを見たかった。
 夢なのに、わたしにはそれすらも叶わない。



 オビトやリンに会いに行く時間はあった。
 もう十七になったわたしは、中堅の忍として隊長補佐を任せられることが多くなり、封印術に特化した忍と共に研鑚を積み合い、それなりに忙しい日々が続いている。
 でも今日は午後から非番で、午前の任務が済んだあとは、里内に居るのであれば自由に過ごして構わない。
 だからオビトの下へ向かう時間はあったけれど、それでも足はアカデミーに向かい、体を休憩所の椅子に預けている。

「あれ? サホ、午後は非番じゃなかったか?」

 千本を口にくわえたまま、器用に喋るゲンマが、わたしがついたテーブルの、空いている椅子に座ると同時に訊ねてきた。

「非番だと、居たらだめかな?」

 ゲンマは年上だけど、同期だから敬語は使わないし呼び捨てだ。頭の上半分を頭巾で巻いて、前の方で結び、額当ては頭の後ろという捻くれた付け方は、何となく彼の内面を表しているような気がする。

「いや、だめじゃねぇけど。何だよ、小悪魔な言い方だな」
「なにそれ」
「『彼女じゃないけど、傍に居たらだめかな?』的な」
「ゲンマって、そういう子と付き合ってるの?」
「付き合ってはねぇよ。仲良くはしてる」

 千本を上下に揺らす仕草は、格好つけているつもりではないだろうけれど、それなりに様になっていると思う。
 付き合っていないのに仲良くはしてるって、何だかいやな感じだ。どんな風に仲良くしているのか知ったことではないけれど、はっきりしない関係なのに、いいところだけを摘まんでいる、みたいに聞こえる。

「健全なお付き合いをした方がいいんじゃない?」
「健全って、例えば?」
「え? えーと……」

 問い返され、『健全なお付き合い』について改めて考えた。

「告白して、付き合って、デートして……とか」
「二十歳超えて、そんな教科書みたいなことやってる奴いるか?」

 ゲンマが呆れた顔で言うので、わたしはアカデミーの授業で教師に問われ、間違った答えを言ったみたいに恥ずかしくなった。
 わたしはまだ二十歳ではないから分からないけれど、そういう人はいないのだろうか。男女の付き合いといえば、そんな感じで始まるイメージがあるから、それ以外の――例えば体の付き合いから始まるというのは、わたしからすると縁遠い話だ。

「サホちゃんはお子様だなぁ」

 明らかにからかうような口調で、ゲンマはわたしにニヤけた顔を向ける。恥ずかしさを、ムッとした気持ちが上書きした。

「馬鹿にしないでくれる? 『大人になったね、きれいになったね』って、みんな言ってくれるし」
「みんなって誰だよ」
「……き、近所のおばあちゃんとか……」

 真っ先に頭に浮かんだのはキクおばあちゃん。それから、オビト繋がりで親しくなったおじいさん、おばあさんたち。会う度に『かわいいねぇ、大きくなったねぇ、きれいだねぇ』と言ってくれるから間違いではないけれど、

「そういうところがお子様なんだよなぁ」

とゲンマが言うとおり、おばあちゃんたちの『大人になったね』は、孫を可愛がるものと同じだ。ゲンマが言う『お子様』に反論できる『大人』とは意味が違う。
 『お子様』と言うが、わたし自身に経験はないけれど、年上の女性からよく恋人の愚痴やのろけを聞くから、それなりに色々と知ってはいる。まあ『それはあくまで人の話じゃないか』と言われたらぐうの音も出ない。
 そうだ。人の話だ。ゲンマだけがいいとこ取りを求めて成り立っているのではなく、相手の彼女もまた、付き合わず仲良くしている関係がいいのかもしれない。よく思い出してみれば、年上の女性の話の中でも、そういう付き合いの方が気楽でいいと言う人も居た。千差万別、十人十色。正しい使い方か分からないが、そういうものだろう。
 ともあれ、これ以上ここに居たらゲンマにからかわれ続けるだけだ。別の場所に移動しよう。

「何だよ。外に出るのか?」
「ゲンマと一緒に居ると、おじさん臭いのがうつっちゃうんで」
「あ、てめ、コラ」

 椅子から腰を上げて、お子様扱いした仕返しにと言ってやると、ゲンマは座ったままわたしを軽く睨んだ。ゲンマの目は元々少し垂れ目気味。睨まれたところでさして怖くない。

「なあ、行くとこないからここに居たんじゃないのかよ?」

 ゲンマから投げられた質問は、わたしの動きを縫い止めた。けれどすぐにその糸を振り切り、廊下を真っ直ぐに歩く。開け放たれた窓から光と共に風が入り、わたしの前髪を揺らした。
 行くところがないわけではない。わたしが身を置けるのは、何もアカデミーの休憩所だけではない。わたしには居場所はいくつもある。
 行けないわけじゃない。禁じられてなどいない。
 ただ、あんな夢を見ると、会いに行くのが怖いだけ。



 どうせなら新しい忍具でも調達しようかと、色んな店を巡った。けれど品揃えに特に変化はなく、ただ無駄に時間を過ごしただけだ。
 やっぱり家で勉強でもしていればよかった。でも家に居ると、リンのあの貝殻の瓶が目に入って、あの夢のことを思い出してしまう。それならこうやって目的もなく歩き回る方がまだマシだった。
 雑踏の中、色んな音で耳を掻き回していれば、頭も空っぽにしやすい。視線も、空や地面や店や人や、色んなものに巡らせれば、あのこびりつくような夢の赤さも、頭の中から薄れていく気がした。
 ふと、人波の中に見知った人が見えた。商店の前で、曲げた腰をトントンと手で叩いている。

「キクおばあちゃん。どうしたの?」

 声をかけると、キクおばあちゃんは顔を上げて、「サホちゃん」と名を呼んで微笑んだ。

「買い物が終わって帰るところなんだけどね。荷物が重くて、腰がねぇ」

 キクおばあちゃんは困った様子で、腰や、膝をさすっている。

「わたし、お家まで持って行くよ」
「いいのかい? サホちゃんも仕事があるんじゃないの?」
「今日は非番なの」

 おばあちゃんの足元に置かれている袋を全て持ち上げると、そこそこに重かった。これを、普段から腰を痛めているキクおばあちゃんが持って帰るとなると、相当大変だったろう。

「悪いねぇ。ありがとう、サホちゃん」
「どういたしまして。じゃ、帰ろう」

 わたしはキクおばあちゃんの歩調に合わせて、おばあちゃんの家まで付き添った。キクおばあちゃんは今も一人暮らしだ。息子と娘がいるけれど、どちらも火の国の別の町に住んでいるらしく、会うのは年に数回。木ノ葉隠れの里に住む人で、一人暮らしの老人はそう多くないけれど、近所の人と助け合いながら生活をしていると言っていた。

「おばあちゃん、いつもこんなに買ってるの?」
「そうだねぇ。昨日と一昨日は、膝が特に痛んで買いに出られなかったからね。明日も明後日ももし外に出られなかったらと思うと、ついね」

 買えるうちに買っておこう、という考えは共感できる。だけど、キクおばあちゃんには肝心の体力や筋力がない。一人暮らしでなければ、買い物は他の家族に任せたり、荷物持ちとして手伝ってもらえただろうけれど、キクおばあちゃんは全部一人でこなさなければならない。

「わたしでよかったらいつでも呼んでよ」
「ありがとう。だけどサホちゃんも忙しいんだろう?」
「う……うん、まあ……」

 今日はたまたま非番だったけれど、中堅となった今は、色々と責任ある仕事を任されることが多くなった。いつでも呼んでよ、と言ったものの、呼ばれて確実に向かえると言ったら自信がない。

「サホちゃんがお仕事を頑張っているんだから、私も頑張るよ」
「……うん。でも、本当に大変なときは言ってね。任務依頼はお金がかかるけど、受付所で伝言を頼むくらいなら大丈夫だから」
「ああ、分かったよ。困ったときは、よろしくね」

 にっこり笑うキクおばあちゃんに、もっと何か言葉をかけてやりたいと思ったけれど、何も言えなかった。実際に、わたしがおばあちゃんにできることは、今日のように偶然見かけて手助けをするくらいしかできない。

「サホちゃん。こんなばあさんなんか気にかけなくても大丈夫だよ。サホちゃんたちは命を張って、私たちの暮らしを守ってくれているんだから、それだけで有難いことだよ」

 おばあちゃんは、わたしがまだモヤモヤしていることに気づいたのか、優しい言葉をかけてくれた。
 確かに、木ノ葉の忍によって、木ノ葉隠れの里や火の国は守られている。わたしも、自分が持てる忍の力で、木ノ葉を守りたいと思っている。
 だけど他国や他里の襲撃から守るということだけが、『木ノ葉を守ること』なのだろうか?
 ここに住まい、暮らす人たちの日常の、何気ない苦労や痛みに目を向けることも必要じゃないだろうか。

 だって、オビトはいつも、そういう人たちに手を差し出していた。

 道端で困っている、おじいさんやおばあさん。迷子の子どもに、その子どもを心配する大人。そういう人たちを見かけたら、オビトは声をかけて、助けていた。アカデミーの頃からずっと。

 オビトは忍になる前から、木ノ葉の里を守っていたんだ。

 今になって気づかされた。
 わたしが引き継ごうと誓った、他国や他里から木ノ葉を守ることは、オビトの志の一つだ。
 それと同じで、木ノ葉の住人たちの、何気ない日々を支えるのも、『木ノ葉を守る』ということだろう。
 三代目も四代目のミナト先生も、この里に暮らす人たちのことを考えて、里長としての務めを果たそうとしていた。
 やっぱり、オビトは火影になれたはずだ。だって下忍になる前から、自然とそんな振る舞いができていたのだから。

「――サホちゃん、荷物ありがとうね」

 気づいたら、もうキクおばあちゃんの家に着いていた。開いた玄関から伸びる廊下の脇に荷物を置くと、おばあちゃんが上がってお茶でも飲んで行きなさいと誘ってくれた。もしかしたら呼び出しがあるかもしれないし、長居してしまうと迷惑になるからと丁重に断ると、おばあちゃんは持ち帰った買い物袋を探って、一つ包みを開けた。

「これ、サホちゃんにお礼ね。あと、よかったらオビトちゃんにも、お供えしてあげてくれないかしら」

 おばあちゃんが手渡してくれたのは、お饅頭だった。オビトの名が刻んである慰霊碑は演習場の中にあるので、一般人であるキクおばあちゃんは入ることができない。
 手に乗せられたお饅頭は、初めてキクおばあちゃんに会った日に、オビトと一緒にもらった、あのお饅頭と同じものだった。
 おばあちゃんはそのことを覚えていて、あえてこれを差し出したのか、たまたまだったのか分からない。
 ただ、あのときの苦い思い出と、今朝の夢とが思い起こされ、懐かしさよりも苦しさで胸を締め付けられた。
 キクおばあちゃんに礼を言って、家を出た。手にはお饅頭が二つ。
 今日は会いたくないと思っていたオビトに、会いに行かなければいけない理由ができてしまった。
 でも、こういうきっかけがない限り、これから先もずっと足を向けなかったかもしれない。覚悟を決めて、わたしはオビトの下へと進路を取った。



 慰霊碑の周りは静かで、鳥のさえずりが穏やかに響いていた。演習場は誰も使用していなかったので、誰かの邪魔になることもない。
 わたしはキクおばあちゃんからもらったお饅頭を、そっと石碑の前に置いた。

「オビト、キクおばあちゃんからだよ」

 自分の分の一つはポーチに入れて、家に持ち帰る予定だけれど、食べる気があまりしない。おばあちゃんの好意の証なのに、と自分でいやになる。兄か母に食べてもらおう。
 オビトの前に立つと、意外と気持ちは落ち着いていた。あの夢のせいで、もっとつらい気持ちになるかと思ったけれど、周囲ののどかな雰囲気のおかげだろうか。

「オビト……」

 つい、名前を呼んでしまう。そのあとに続く問いかけやお喋りは、いくら引っ張っても喉から出てこないのに、オビトの名前だけは、ナギサの口癖と同じようにすぐに口から出てくる。
 名前を呼んでも、オビトから返事はない。もう分かりきっているから、わたしはただ、オビトの名前を呼びたいだけだ。呼んで、うちはオビトという人間がこの世に居たのだということを、何度も何度も確かめたいだけだ。
――気配が一つ。後ろから。
 振り向かなくても分かる。相手は、自分の存在を知らせることで、悪意や敵意がないことを示しつつ、こちらへと近づいてくる。
 とうとう横に着いた。もう見慣れた、暗部の装束に身を包んだカカシだ。狗を模したという面を掛けてはいるが、銀色の目立つ髪色の暗部の正体など、親しい者ならみんなすぐに分かってしまう。
 その隠した顔も、もう頭一つ分も上にある。元から無駄な肉がなかった細い体躯は、硬い筋肉がついて厚みがある。パッと見ただけでも、女のわたしとは骨から何からまで、作りがまったく違う生き物になった。
 カカシは、石碑の前に置かれたお饅頭に少し目を落とす。

「オビトが親しかった、おばあちゃんから頼まれたの。オビトにあげてって」

 わたしが言うと、カカシは少し間を置いたあと「そう」と短い返事をよこした。
 そういえば、お饅頭の思い出には、カカシとの記憶もある。お饅頭をもらったあのあと、わたしは家族のいないオビトに同情した態度を見せてしまい、それでオビトを怒らせてしまったと、カカシに打ち明けて泣いた。
 そう。それで、わたしがカカシに泣かされていると勘違いしたオビトが割り込んで、わたしはオビトに謝った。そのとき初めてオビトの『火影になる』という夢を知って、そしてわたしは、オビトに恋をした。

「――カカシ」

 名を呼ぶと、カカシは石碑からわたしの方へと顔を向けた。見方によっては笑っているように見える狗の面の奥には、夜色の右目だけが覗いている。

「目、見せて」

 言うと、一拍置いたあと体ごとわたしの方に向き直り、カカシは面に手をかけ、通常であれば見せることは許されていない顔を、あっさりとわたしに差し出した。
 左目を通る一線の傷。瞼が持ち上げられ、赤い写輪眼がわたしを見た。
 ぶわっと、夢での記憶が浮かんでくる。
 呼んでもこちらを向いてくれないオビト。
 リンだけが見た、両目が揃っている写輪眼。
 『血の色ね』と笑うリン。
 そして真っ赤に染まる。

「夢に、オビトが出てきた」

 写輪眼を見返しながら呟くと、カカシは瞬きを一つした。髪と同じ色の睫毛は、風などとうてい起こせないほどにやわく、上下に扇ぐ。
 カカシは特徴がありすぎて形容しやすい。銀色の髪も、一度も下ろしたところをみたことがないマスクも、三白眼も、左目の傷と、カカシを指す言葉にもなりつつある写輪眼も。

「写輪眼が開眼できたって、言うの。でもリンの方ばかり見て、わたしの方をちっとも向いてくれなかった」

 気づいたら、わたしの右手が上がっていて、カカシの左の頬に近づいていた。触れそうになっていた。
 わたしはカカシを恨むと宣言している。そんな人間が触れる権利はないように思える。
 けれどカカシは逃げない。体を後ろへ引いたり、避けようとはしない。
 触れてもいいのだと言っているようで、わたしはそっと目の下を指先でなぞった。そのまま目尻から上へと辿り、瞼までいけば、さすがに赤い目は少し伏せられるけれど、相変わらず抵抗はしない。
 カカシが何を考えているのか、何を見ているのか分からないけれど、血のように赤い写輪眼は瞼が少し下がったことで細められ、光を失った。

「夢の中でくらい、わたしを見てくれたっていいのに」

 自分しか見るはずがない夢の中ですら、オビトはリンしか見ていない。わたしなんか文字通り、眼中にない。
 しかし夢は深層心理の表れだと聞く。無意識に求めていること、恐れていることなど、自身では気づかない自分が形になるのだと。
 ならばわたしは、『オビトはリンしか見ていない』と、自分自身で決めつけていることになるのだろう。

 だって、リンが好きだったオビトしか知らない。

 リンのことが大好きなオビトしか、わたしは知らない。
 両の目が写輪眼となり、カカシと共に戦ったというオビトなんて知らないもの。
 オビトの目に揃っていた写輪眼は、一体どんな輝きを放っていただろうか。この左目はたしかにオビトのものだけれど、オビト自身の両の目に収まっていたのなら、きっともっと違うだろう。
 こんな風に、後ろめたい何かに打ちのめされたのように、昏くわたしを見つめたりはしなかっただろう。昏い、息もできないほどに深い水底のような目なんて。

「死んだら許さない」

 右の夜色の目が闇に変わり、そしてそのまま命を絶ってしまいそうで、わたしの口はカカシを繋ぎとめようと勝手に動いた。死んだらだめ。死んだら、オビトも死んでしまう。
 カカシは一度ゆっくり目を閉じて、そしてまた両目を開いた。昏い水底のような右目に、小さな星の光が戻る。カカシの目から闇が消えて、ホッと息を一つついた。
 夜色の目も、血の色の目も、今はちゃんとわたしを見ているのに、満たされないこの感情は、これから先もずっと燻ぶっていくのだろう。

 オビトには、今のわたしはどう見えるかな。

 目の前に立つのはカカシだと分かってはいるけれど、その赤い目に無言で問うた。オビトの目は、カカシの中で生きている。だからきっと、慰霊碑の前に立つより、こうしてカカシと向かい合う方が、オビトのことを強く感じる。
 そっと目を閉じ、再び開ければ、そこにあるのは、オビトの目だけ。
 目だけになってカカシと共に生きて、リンの死を一番近くで見てしまった。
 カカシがリンを、オビトの目で殺してしまった。

「許さないから」

 オビトからすれば、今のわたしはきっと、オビトが知っていたわたしではないし、仲間想いのオビトはカカシを恨むわたしを嫌うだろう。
 だけど、許せない。許せないの。許してはいけない。カカシが死んで、またオビトが死ぬことがないように。そうやってわたしを突き動かし続けるには、恨みや憎しみという負の感情が必要だった。
 オビトがわたしを見てくれないなんて、自業自得なのだ。こんな醜いわたしなんて、オビトは見たくないだろう。リンに嫉妬し続け、カカシを恨む自分勝手なわたしには、好きな人に目を向けられないというのは、この上ない罰だ。
 たとえカカシが左目を開けわたしに顔を向けていても、オビトはわたしを見てはくれない。そんな滑稽で無様なわたしを誰より近くで、昏く見つめ続けるカカシは、何を思っているのだろうか。



36 わたしを見てください

20180901


Prev | Next