最果てまでワルツ | ナノ
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 近々、ヨシヒトとナギサの、特別上忍への昇格が決まった。
 わたしたちの親の世代でもまだ中忍止まりの人が多いというのに、成人したばかりの若さで特上になるなんて誇らしい話だ。

「つっても、上忍よりは下だけどな」

 後ろ手で頭を掻くナギサは、照れているのか、上忍ではないのが不服なのか、どちらともつかない態度だ。

「僕は嬉しいけれどね。『特別』という言葉は、とても気持ちのいいものだ。しかも略すと『特上』だろう? 上忍よりも気に入っているよ」

 ナギサと反対に、ヨシヒトはとても機嫌がいい。『特別上忍』は中忍と上忍の間に位置していて、秀でている能力の腕を認められた者が指名される。ヨシヒトは幻術で、ナギサは医療忍術で、その才を見込まれたということだ。
 上忍の方が立場が上とはいえ、選ばれただけでもすごい。しかも二人はまだ二十だ。十八のわたしが、二年後に特上になれているかと問われると自信がない。
 わたしたちはよい機会だからと、久しぶりに三人で揃って食事でもしようと決めた。互いのスケジュールを確認し、ちょうど空いていた三日後の夜に、ヨシヒトが探しておくと言った店で食事をすることにした。

「変な店は選ぶなよ」
「変な店ってなんだい?」
「コラーゲンがどうこうとか、デトックスがどうだとか、そういうところは落ち着かねぇ」

 以前ヨシヒトが選んだお店は、肌がプルプルに潤う鍋だったり、野菜たっぷりで体から余計なものを落としてスッキリするスープだったり、主に美意識高めの女性客をターゲットとしたお店なので、当然女性客ばかりの店だった。
 女のわたしと、中性的な雰囲気を持つヨシヒトはまだ店に馴染んでいたけれど、どこからどう見ても大柄な男のナギサには、非常に居心地が悪かったらしい。そのときのことを思い出すと、この逞しい体躯を、ぎゅっと縮めてうんざりしていたあのときの奇妙な絵が浮かんだ。

「食は美の基本だよ」
「俺にとっちゃ体の基本だ」

 見た目と同じく、考え方も違う二人だから、こうして意見がぶつかり合うのはよくあることだ。

「サホはどう思う?」

 そしてわたしに振ってくることも、三人で班を組んだ日から変わらない。

「わたし、お寿司が食べたい」

 二人の考えはさておいて、わたしは、わたしが今食べたいと思ったものを挙げると、二人から微妙な反応が返ってきた。たとえ二人が特上になろうと、どちらかの味方につく気は全くない。わたしはわたしの味方。この場にあるのは二択ではなく、いわば三つ巴である。



 結局「お祝いと言えば豪勢に」ということで、焼肉で話はまとまった。『適度な脂は美肌に欠かせないよね』とヨシヒトが言い、『人目を気にせずゆっくり食えるな』とナギサからも文句は出ない。わたしにとっても、焼肉はこういう節目の日のちょっとした贅沢なものだから、今から楽しみだ。

 その焼肉の日までに、二人の特上祝いにプレゼントを用意しようと思いついた。できれば公平に贈りたいので、ほぼ同額の品がいいだろうか。
 金額のことはとりあえず置いておいて、具体的に何を贈るか考えても、良さそうなものが頭に浮かんでこない。どうしようか悩んで、ちょうど中忍待機所で顔を合わせた、ヨシヒトと同じく幻術を得意とする紅に相談した。

「へえ。ヨシヒト、特上になるの」
「そうみたい。幻術使いって、これを持っていたら便利、とかあるかな?」
「そうねぇ……いきなり言われても思いつかないけど」

 髪を耳にかける紅は、来年で成人だ。アカデミーの頃から美少女で、順調に美女へと移り変わって行く様を近くで見ていたわたしですら、不意に放たれる色香にドキッとしてしまう。

「サホが選んだものなら、二人も喜ぶんじゃないかしら」
「えー……うーん……」

 期待した答えではなかったが、仮にわたしが相談されたとして、似たような返しにならないかと言ったら否定できないので、紅に「もっとよく考えてみて」などと食い下がることはできない。
 それから、中忍待機所にやってくるみんなに、自分だったら何が嬉しいかと質問してみても、『青春』『酒』『近くのラーメン屋の食券』『ウン万両もする最新テレビ』『彼女』『安らぎ』という、各々が今欲しているらしい答えをもらった。はっきり言って全然役に立たなかった。



 待機命令が解除され、わたしは家に真っ直ぐに帰らず、店を回って二人のプレゼントを探すことにした。男性向けの雑貨屋、服屋。どれもピンとくるものはなかった。
 男性に贈る物だから女性向けのお店には用はないのだけど、ちょっとついでに入った、通りに面した化粧品店で、新色だという口紅を一つ試させてもらった。

「お客様とても美人だし、お肌もきれいだからよく映えますよ」

 店員のお世辞だとは分かっていたけれど、確かに自分の唇に乗せるといい感じに見えた。いかにも『塗っています』という感じではなく、薄付きの発色で顔色を明るくしている。
 手渡された鏡で、店の照明の当たり具合を調整しながら立ち位置を変え、体の位置を変え、鏡を覗きこむ。鏡には色づいた唇のわたしと、店内の商品やディスプレイ、背にある通りの人影がちらちらと映る。

「じゃあ、これを一つください」
「ありがとうございます。すぐにお包みしますね」

 鏡を返して購入を告げると、店員は愛想よくにこにこと笑い、在庫の棚から新しい口紅を取り出して紙袋に詰めた。
 支払いを済ませ、小さな紙袋を手に提げて、本来の目的を思い出し再度店巡りを続ける。商店街を一通り見終わったあと、足は次第に広い通りから脇道へと逸れていく。
 この脇道にも店はある。少し古臭かったり、ちょっと怪しげな品々を並べていて、表通りと比べるとまさに『裏通り』といった具合だ。
 その裏通りを進むと、少し拓けた場所に出る。

「一体何の用?」

 さっきから後ろでちょろちょろと動いていた気配に声をかけると、それはぴたりと動きを止めた。

「監視? それならもうちょっと上手くやったら?」

 気配は、わたしが中忍待機所を出てからずっとついてきていた。最初は隙を見て襲撃されるのではと思い警戒し、時にはわざと隙を作って見せたけれど、手は出してこない。
 口紅を購入した店の鏡で、背後につく相手の動きを確認したけれど、どうもわたしを見ているだけだ。ということは、監視しているだけだろう。
 元々、わたしの呼びかけに応える気がないのは予想していた。監視対象の前に、わざわざ出てくる馬鹿はいない。声をかけたのは、相手の所在を確実に突き止めるため。動きが止まったことで、不自然に空気が澄む、それを探る。相手が今どこに居るのか正確に掴めた。印を結びながら、そこに向かってチャクラを集中させる。

「――[けい][]籠檻[ろうかん]!」

 狙った場所はわたしの後ろ、右斜め上。硬く塗り固められた高い建物の屋上。鋭い棘を持つ荊の蔦が、指定した位置に敷かれた円陣から伸びて、鳥籠の鳥のように対象者を封じ込める。狭い範囲なら即座に相手の動きを制するので重宝している。
 後ろを仰いで状況を確認すると、わたしが作り上げた荊の鳥籠に誰かが入っている。分身が解ける様子はない。
 光の加減でここからではうまく相手が見えないので、跳躍して近くに寄ると、真っ先に飛び込んできたのは面。

「暗部?」

 どこからどう見ても、木ノ葉の暗部だった。面の動物が何かは分からないけれど、身に着けている装束や装備は、暗部のものに違いない。
 荊蒔籠檻の檻は、人が立っているだけでもやっとの狭さを指定して発動した。ナイフのような蔦の棘のこともあり、動く際には棘が肌に深く刺さるのは避けられないので、さすがの暗部も容易に印を結べないだろう。わたしが近寄っても、小さく構えるくらいだ。

「あなた暗部でしょ? なら、三代目様から命じられて、わたしを監視していたの?」

 暗部は火影直属の部隊。ならば三代目の命でわたしの後を付けていたということは、わたしは火影様に、監視しすべき対象として見られていることになる。
 わたし自身は火影様に対し不審な態度を取った覚えはない。任務だって、多少の怪我を負うことはあっても失敗していない。監視されるような、探られて痛い腹も持っていないので、何を疑われているのかと余計に不安になる。
 暗部は当然ながら何も答えない。正規部隊とは全く異なる部隊なので、任務の上で必要であればやりとりをする程度でしかないのは分かってはいるけれど、こっちだって無言で解放する気はない。

「拷問……ってわけにもいかないしなぁ」

 元々、荊蒔籠檻は『六方[ろっぽう]牢檻[ろうかん]』という術をベースに、わたしが自分で作った術だ。
 六方牢檻は対象者の前後左右、天地を檻で囲む、初級封印術の一つ。対象者を一時的に捕え、動きを封じるための術。
 荊蒔籠檻もその身を封じるところは同じだけれど、このまま檻を狭く絞りながら、中の相手を太く鋭い棘で串刺しにして殺すことも可能だ。そういった意味では、口を割らせるための拷問器具の一面もある。しかし、部隊は違っても同じ木ノ葉隠れの忍。仲間相手に――と躊躇いがある。
 さてどうしたものかと、腕を組んで改めて相手を見た。近づいてみると、わたしと身長は近い。わたしより手のひら半分か、一つくらい上だろうか。後ろに下ろしたままの髪も長く、女性かと思ったけれど、体つきから見るにまだ年若い男だろう。

「あの……すみません。貴女に害を成そうなんて考えてはいません」

 自分の記憶の中に該当する人物がいないか考えていると、意外にも向こうから話しかけてきた。ハスキーな女性にも取れる声は、まだ声変わり前のようだ。

「じゃあどうして監視していたの?」
「……監視していたわけではありません。そういった命令も受けてはいません」
「監視じゃないし命令でもないって……一体何の用?」

 わたしの問いに、暗部は否定を返した。命令されているわけでないのなら、この暗部が独自に動く理由があるはずだ。

「貴女に興味があって、どんな人なのだろうと、後をつけていました」
「興味?」

 暗部は淡々と、わたしの後をつけていた理由を述べる。

「貴女が、カカシ先輩と慰霊碑の前で、何度か並んでいる姿を見ました」

 『カカシ先輩』と、暗部が口にして、この暗部とわたしの繋がりをやっと見つけた。カカシも暗部だ。暗部がどうやって構成されているかは機密なので詳しくは分からないけれど、『カカシ先輩』と口にするこの暗部と知り合いじゃないはずがない。

「カカシ先輩が、貴女に左目を見せているのも」

 ドキッとした。わたしとカカシのあのやりとりを見ている人が居たなんて。会うたびに頼んでいるわけではないので、頻繁にカカシの左目を見ているわけではない。だけど慰霊碑がある場所は拓けたところだし、忍であれば誰が来てもおかしくはない。誰かに見られていたと知ると、急に羞恥心が湧いてきた。

「あの慰霊碑には、カカシ先輩の左目の写輪眼の、元の持ち主の名前が刻んであると聞きました。その前で、写輪眼を見せる貴女が誰なのか、個人的に興味が湧いて……」

 この暗部は、何をどこまで知っているのだろう。少なくとも、カカシが左目の写輪眼をどうやって手に入れたかは把握しているようだ。

「カカシに訊けばいいのに」
「訊きました。貴女は同期の仲間だと」

 返ってきた言葉に、胸がずくんと痛んだ。どうしてだろう。『同期の仲間』という、当たり障りない表現は確かにわたしたちを表しているのに、そこから窺えるのは必要以上の素っ気なさだ。

「そう。同期の仲間」

 カカシがそう言うなら。彼もまた、わたしとはもう、リンが死んでしまう前のような友達と呼べる親しいものではなく、一歩引いた仲だと言うなら、それが正しい。

「でもボクには、ただの同期の仲間には見えませんでした」

 そんなことを言われても。どう返していいのか分からない。ただの同期の仲間ではないというのは、それもまた正しいからだ。
 わたしとカカシは友達だったけれど仲違いした形であり、そして今はわたしが一方的に恨み、許さないと憎んでいて、カカシはそれを黙って受け入れているという、こうして説明すると本当に『ただの同期の仲間』ではない。

「わたしの後をつけて、何か分かった?」

 このままカカシとのことを愚直に答え続けるのが何だかいやで、話題を逸らすべく暗部に訊ねた。暗部はわたしが話を逸らしたことに気づいてはいるだろうけれど、少し口を閉じたあと、

「かすみサホ。中忍。カカシ先輩と同い年で、アカデミーの同期生。両親、兄の一家全員が中忍であり、父親は先の戦争で殉職。下忍以降はうずまきクシナ上忍が率いていたクシナ班に所属。同班員は海辺ナギサ、月下ヨシヒトの二人で、終戦後すぐに班は解体。封印術や結界忍術を得意としている」

面で隠れた口から、つらつらと自分のプロフィールが読み上げられる。間違いは一切なかった。

「それだけなの?」

 暗部がわざわざ後をつけて把握したにしては、かなり『基本情報』過ぎる。それくらいの情報なら、里で保管している個人情報の書類にでも記載されているだろう。わざわざわたしの後をつけて得たにしてはお粗末な内容だ。
 腕を組み、『お前の実力はその程度なのか』と挑発するようなわたしの言葉に、暗部はまた少し黙った。

「きれいな人だと思いました」

 てっきり反発的な言葉でも返ってくるのかと思ったら、いきなり『きれい』と好意的な発言が飛び出して、肩透かしを食らったような気分だ。

「えっ……」

 それと同時に、年の近い男からの聞き慣れない褒め言葉に恥ずかしくなってくる。里のおばあさん、おじいさんから言われるのとは大違いで、否応がなしに顔に熱が集まってきた。
 『きれい』だって。そんなの、異性から言われたのは初めてだ。わたしの身近な男子はそういうことを口にしないタイプが多いし、美に関心のあるヨシヒトからは「マシになったね」は何度か言われたけれど、いまだに「きれい」と認められたことはない。

「だからカカシ先輩の恋人かと思いました」
「そんなわけないじゃない」

 続いた彼の見解を、即座に切り捨てた。カカシの恋人なわけがない。わたしの好きな人は、もう亡くなっていたとしても、今でもオビトだ。
 とりあえず、この暗部の言うことが嘘でないなら、どうやらわたし個人について知りたかったというより、カカシのことを探っていく上で、たまたま引っかかる人間だったから調べてみたといったところだろう。

「わたしの後をつけていた理由は分かった。カカシのことについてもっと知りたいなら、他の同期を当たった方がいい。わたしより、他の同期の方が親しいよ」

 解の印を結んで、暗部を閉じ込めていた荊蒔籠檻を解く。荊の蔦にヒビが入り、粉々に砕け、風に吹かれてそのまま粒子は空へと溶けていく。
 自由になった暗部は、両腕を下へと伸ばしたまま、その場から動かない。わたしに害を成すつもりはないというのは事実のようだ。
 これで彼の用は済んだだろう。あとは他の同期の、ガイやアスマ辺りを探ればいい。特にガイなんかはカカシのことを訊かれたら熱く答えてくれるだろう。語り終えるまで解放してくれなさそうで、それはそれで面倒だけれど。
 このまま家に帰ろう。ナギサたちへのプレゼントは、また時間があるときに店を巡ろう。他の人にもアドバイスをもらって、また考え直さなければ。

「待ってください」

 話は終わったと思っていたのに、暗部がわたしを引き留める。踏み出した足を止め振り向くと、暗部はさきほどと何ら変わらず、立ったままだ。

「どうしてカカシ先輩は、貴女に写輪眼を見せるのですか?」

 またカカシ。しかもカカシが何故そんな行動を取るのか、など問われても、わたしはカカシではないから、あいつの考えなど知っているはずがない。ただ、理由は知っている。わたしが見せてくれと乞うからだ。

「そんなに気になること?」

 素直に喋ってもよかったけれど、あえて答えなかった。カカシのことで後をつけられ、勝手に探られ、無駄に時間を食ってしまったことに、正直うんざりしている。初対面の相手にこうもグイグイ訊ねられるなんて、この暗部も結構肝が据わっている。

「写輪眼は、カカシ先輩の友人の形見だと仰いました。友人の意志を継ぐために、写輪眼は仲間やこの里を守るために使うのだと。そんな大事な写輪眼を、わざわざ貴女に見せる理由が分かりません」

 暗部は、カカシの写輪眼に対する思いを口にした。写輪眼は自分のためではなく、仲間や里のために使うという志は、昔から変わっていないらしい。
 何故だろう。今漠然と、大事なことに気づかされた。

「分かってるじゃない。カカシは、仲間を守るために写輪眼を使うんでしょ?」

 カカシがわたしに写輪眼を見せるのは、写輪眼を得てからわたしがよく見せてと頼んだ、そのときからの惰性と、罪悪感で続いているというのが、わたしの認識だった。
 でも、それだけじゃないのかもしれない。
 カカシは、わたしにオビトの写輪眼を見せることで、そうすることでわたしを守っているのかもしれない。数年経ってもオビトが忘れられない、わたしの何かを。
 そんな個人的なことを、この名前も素性も知らない暗部に教える必要はない。任務でもないのに勝手に後をつけてきたことを咎めなかっただけでも、この暗部には感謝してほしい。
 今度こそ、と背を向けて去ろうとするわたしに、またも暗部はわたしの肩を掴んで「待て」と制す。

「貴女に目を見せたあとのカカシ先輩は、いつもつらそうです」

 無理矢理に顔を向けさせられ、見えるのは動物を模した面と、その奥でこちらを見ている目。ゾクッとした。真っ黒の目は大きくて、わたしを逃がさないという強い意思を感じて、半ば反射的に逃げたいと思わせる。

「貴女が何かしているのであれば、ボクは――」
「テンゾウ」

 割り込む声は、わたしたちの横から。音もなく一瞬で現れ、わたしの肩に触れていた暗部の腕を掴んで剥がす。現れた声の主は、わたしが一番見慣れている暗部の面を掛けていた。狗の面に、銀髪。カカシだ。

「テンゾウ。サホに何してる」
「ボクは、その……」

 暗部の声より一段と低い声が、何の動物か今だに分からない面に向かって『テンゾウ』と呼ぶ。それが彼の名前なのだろう。テンゾウは唐突に現れたカカシに狼狽えている。わたしから見ても、今のカカシは気が立っており、針を刺すような殺気すらも感じられて恐ろしい。
 テンゾウはカカシを前に言葉を失くし、カカシは腕を掴む力を緩めようともしない。委縮しているのと、背の高いカカシが隣に立っているせいで、年下のテンゾウがやたら小さく見える。

「――あんたのことを知りたくて、あんたと同期のわたしに、たまたま声をかけてきただけ」

 助け舟を出すつもりはなかったけれど、間近で放たれる威圧感を消したくて、テンゾウの代わりにわたしが答えた。俯いていたテンゾウと、テンゾウに向いていた顔の二つがパッとこちらを向いて、小さく心臓が跳ねる。面を掛けた二人に同時に顔を向けられるのは結構怖い。

「……もっと構ってあげれば?」
「……十四の男に向ける台詞じゃないね」

 言うと、カカシは気だるげにそう返して、やっと気を緩める。辺りの空気がフッと柔らかくなって、テンゾウの腕を掴んでいたカカシも手を放した。

「あの。すみませんでした」

 テンゾウは一歩引くと、姿勢を正したあと、わたしに頭を下げた。十四ということだから、わたしたちより四つ下。わたしより年下だろうと予想はしてたけれど、具体的に数字を出されると、彼が余計に幼く見えた。

「いいよ。次からは気をつけて」
「はい」

 返事をするテンゾウは、もうわたしを引き留めることはないだろう。三度目の正直で、わたしはやっと二人に背を向けた。硬く固められた屋上から跳躍し、別の建物の屋上、貯水タンク、電柱、木の枝、屋根の上を伝っていく。


「貴女に目を見せたあとのカカシ先輩は、いつもつらそうです」


 テンゾウの言葉が頭の中で繰り返される。
 カカシがつらそうに見えたから、テンゾウはカカシを思って、わたしのことを探った。『先輩思い』というやつだろう。
 わたしはカカシを苦しめている。自覚はあったけれど、同期の仲間たちから言われるのと、全面的にカカシ側の人間から言われるのでは重みが違った。
 リンが死んで以降、目を見せるカカシの表情は、いつも穏やかとか言えない。罪悪感に満ちているし、背負うものに堪えている表情だ。


「お前の恨みを受け止め続けるのが、あいつにとっての“何か”なのかもな」


 アスマが言っていた。忍を辞めない者は、やらなければいけない“何か”があるから辞めないと。
 その言葉を借りるなら、カカシにとっての“何か”は、わたしの恨みを逃げずに受け入れることと、同時にオビトの目を見せ続けることでもあっただろう。
 身近な者に恨みを抱かれ続けることが、どんなに煩わしく、息苦しいものか、想像に難くない。
 カカシを思う人間からすれば、わたしこそが、カカシに害を成す者だ。カカシがつらい思いをするなら、もうオビトの目を見せろと乞うのはやめた方がいいと、口を出す者がいてもおかしくない。


「やめられるのかよ」


 あのとき、アスマに問われた。お前はカカシを恨むことをやめられるのかと。
 そのときに自分の中で出した答えは、『やめられない』だった。今もそうだ。
 カカシを恨むことをやめられないくせに、オビトの目を持つカカシに縋らないと生きていけない。カカシに左目の写輪眼を見せてくれと頼むことはやめられない。
 テンゾウは十四。わたしたちは十四の頃、もう前のようには戻れないと悟った。
 あれから四年経つ。カカシは今でも文句を言わずに、自分を恨んで憎んでいるわたしが頼めば目を見せてくれる。
 この関係は、ガイが言っていたように、カカシがわたしに優しいから成り立つのだろう。
 だけどそれは優しさじゃない。カカシがわたしに目を見せるのは、あいつの中の罪悪感がそうさせるのだ。優しさなんかじゃない。一種の義務だ。そしてわたしは、そうやってあいつを苦しめ、生かすために。そうじゃないとオビトが。リンを好きだったオビトは、カカシの左目となり生きていたのに、カカシがその目でリンを殺してしまったのだから。オビトはもっともっと苦しかったはずなのだから。
 だから、だから。やめられない。オビトのために。自分のために。
 あいつがつらいなら、苦しいなら、嬉しいはず。嬉しいはずだ。嬉しい――はずなのに。



37 揺らぐ足下

20180912


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