最果てまでワルツ | ナノ
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※現時点で、夢主の中では オビト>>|越えられない壁|>>カカシ です。
 カカシに対して自分勝手な思いをぶつける夢主ですので、「カカシが悪いわけじゃないのにカカシが不憫なのは無理」という方は閲覧をお控えください。



 戦争中だ。だから、突然近しい者が命を落とす覚悟はできていた。

 任務中に、父が殉職した。



 当たり前ながら、訃報は突然であった。任務から里に戻り、小隊の隊長から『報告書は自分が提出しておくから、お前たちは解散していい』と告げられ家に帰ると、昨日、父が死んだと母が涙を流しながら教えた。

「立派な、死だった、そうよ」

 嗚咽混じりで、母は父の死に際をわたしに伝える。『立派な死』と言われても。考えようとしても、頭がうまく働かなかった。
 兄が帰ってきて、母を促し、父の遺体を病院から引き取りに行った。共に任務に就いていた父の仲間が、一縷の望みを持って瀕死の父を背負って帰ってきてくれたけれど、病院で手を尽くす前に、父は完全に息を引き取っていたらしい。

「お前は受付所へ行って、これからの任務の予定を確認してこい。可能なら、家族全員、明日休みを貰えるように伝えておけ」

 兄の指示に従い、わたしは受付所へ向かった。職員に名を告げ、明日の任務の確認をと頼むと、職員の女性は書類に目を通した。彼女の目が何かを見つけ、椅子から腰を上げる。

「かすみ中忍。この度は、お悔やみ申し上げます」

 小さく頭を下げられ、わたしもほとんど無意識に頭を下げ返す。
 親族が死亡した場合、忌引きを取ることができると彼女は説明をし出した。

「通常であれば二、三日の忌引き休暇が与えられます。しかし、昨今の状況を踏まえ、かすみ中忍、及び、かすみ家の忍の方々への忌引き休暇は、一日のみとさせていただきます」

 受付の彼女は、難しい顔で言った。
 たった一日。わたしたちが父の死をゆっくりと悼むことができるのは、たった一日のみ。

 オビトのときと、同じだ。

 オビトが死んでしまったとき、家に来たヨシヒトが言った。一日だけ思う存分悲しんでいいと。だけど一日経ったら、頭を切り替えて任務をこなさなくてはいけないと。今は戦争中だから、そうしなければいけないと。
 戦争がなければ、たった一日は二日や三日だったし、そもそも父は死ぬこともなかった。
 どうにもならないことを考えながらも、兄から言われた通り、かすみ家は全員、翌日に忌引き休暇を頂きたい旨を伝える。受付の職員が兄や母の分のスケジュールも確認し、他の忍に振り分けることが可能であると判断したのか、無事に受理された。
 受付所から離れ、目についた掲示板に近づく。ここには日々、色々な書類が掲示される。戦況の詳細や、事務方からの報告など、情報が命のわたしたちのために、一日と言わず数時間単位で掲示物は変わっていく。
 右端にはいつも戦死の公報が貼られていて、その一覧を眺めた。父の名前があった。つい昨日のことなのに、父の死は、事務処理も含め全て終わっていた。

「死んじゃった……」

 言葉にしても、なんだか現実じゃないみたいだ。でも父は死んだ。ここに名前が載っているのは、死んだ者だけだから。



 父は冷たい体で家に戻ってきた。兄が色々と手筈を整えてくれて、父は白い着物を着せられ、穏やかに棺に横たわっている。
 母は頬を濡らしていたけれど、兄に「ちゃんとして、見送ってやらないと」と言われ、大きく頷いたあとは、葬儀の準備に向けて家の片付けや、必要な道具の調達を始めた。
 葬儀と言っても、こじんまりとしたものだ。今は毎日のように忍の誰かが命を落としている。だから葬儀も簡素にと、上層部から指示が出ている。
 兄が連絡し、祭壇一式を借りて、その家の者が死亡したと伝える提灯をぶら下げた。これを吊るしておけば、わざわざ伝え回らなくても、この家で誰かが死んだのだと周りに伝えることができる。

 共に任務に就いていた人、人伝手に知った人、提灯を見て知った人、掲示板で死を知った人など、色んな人たちがぽつぽつと顔を出し、父に線香をあげていく。忍だった父の知り合いは忍ばかりで、任務帰りでそのまま家に寄った人も居る。そういう人は大体、全身が汚れて傷を負っているにも関わらず駆け付けてくれて、父のために涙を流してくれた。

 一夜明けて、父と最後の別れの日。父は近所の人や、親しい仲間たちみんなに見守られつつ、安らかに眠ってほしいと願われた。
 わたしはずっと母の傍に寄り添い、震える背中を何度も撫でた。母は気丈な人だったのに、見る影もない。
 兄は父が居ない今、母の分まで表に立ち、立派に事に務めてくれている。兄が居てくれなければ、まともな葬儀も挙げられなかっただろう。
 わたしもしっかりしなくては。今日が終わったら、明日からまた任務だ。以前オビトが死んでしまったときのように、いつまでも立ち止まることは許されない。切り替えていかなければ。



 父の葬儀を終え、わたしは予定通り任務に就いた。今回はナギサと、他に上忍一人、下忍一人を加えたフォーマンセルだ。任務内容は里周辺の警備。
 そういえば、オビトが死んだすぐの任務も、里周辺の警備だったな、と考えていると、休憩中にナギサが声をかけてきた。

「親父さん、残念だったな」

 鋭い目が、少し優しそうに見えるほどに眉尻を下げ、ナギサはわたしの父の死を、そう言葉にした。
 どうして知っているのかと疑問だったけれど、掲示板のことを思い出し、そこで知ったのだろうと結論付けた。

「『立派な死』だったんだって。何だろうね、立派な死って」
「さあ……。でも、お前の親父さんが立派な忍だったなら、どんな死に方だって、立派になるさ」

 曖昧な質問に、曖昧な回答。だけど、ナギサの言葉はじんわり頭に響いて、それでいいのだと思った。



 任務が終わったのは夕方。受付所で報告を済ませ、医療忍者同士でミーティングがあるというナギサと別れた。
 一足先に家へ帰るべく受付所を出ようとすると、血相を変えたアスマがわたしにズカズカと歩み寄って、いきなり両肩を掴んだ。

「なっ、なにっ!?」

 アスマの鬼気迫る顔が間近にある。怖くて逃げだしたいのに、肩を掴まれていては無理だ。アスマの後ろには紅が居て、助けてほしいのに彼女は止める素振りもなく、不安そうな顔で成り行きを見守っている。

「サホ、いいか。落ち着いて聞け」
「なに? 何なの?」
「いいから、今から言うことを聞いても、落ち着けよ」

 落ち着くのはそっちではないか。それくらいに、アスマは呼吸が乱れているし、肩を掴む手が強くて、痣になってしまいそうな痛みがある。
 ふう、ふう、と何度か浅い呼吸を繰り返したあと、アスマは一度グッと息を呑みこんだ。


「サホ――――リンが死んだ」



 木ノ葉病院に着いて、真っ先に受付を目指した。勢い余って、受付台に置いた手が大きな音を立てる。

「は、はた、はたけカカシの部屋は、どこですか?」

 一番近くに居た職員を始め、受付に居た皆が手を止め、わたしに丸い目を向ける。黙っていないで、さっさと答えて欲しい。苛立ちに煽られ、再び口を開く前に、答えは後ろから飛んできた。

「こっちだよ、サホ」

 後ろを向くと、ミナト先生が立っていた。

「ミナト先生……!」
「こっちだよ。おいで」

 縋るようにミナト先生の傍に着くと、先生はわたしの肩に手を回し、受付から離れた。

「先生、先生。リンは、リンは、嘘ですよね? 死んだなんて、嘘ですよね?」

 信じたくない。信じたくない。どうか違うと否定してください。
 そんなわたしの必死な願いもむなしく、ミナト先生は心痛な表情を見せる。

「歩きながら説明するよ」

 ミナト先生は、病院へ運び込まれて体を休めているというカカシの部屋へ案内しながら、何があったのかを話し出した。
 先生曰く、事の発端はリンが任務の最中に、霧隠れの忍に攫われたことだと言う。それに気づいたカカシが、リンを連れ戻そうと向かった。ミナト先生はそのことを知り、すぐに二人を捜しに出た。

「オレが見つけたときには、カカシは意識を失って倒れていて、リンは……」

 濁した続きの先は、言われなくても予想がつく。
 そうなんだ。そうなのか。
 リンは本当に。

「……リン……リンっ……」

 わたしは両手で顔を覆って、その場にうずくまった。病院の廊下は他にも人の気配がするけれど、構ってなどいられなかった。

 そんな。リン。リンが死んでしまったなんて。

 先日、父を亡くしたばかりで、それもまだ完全に受け止めきれていないのに、リンまで。止めたくても止められない感情が溢れて、息がうまくできない。
 ミナト先生がわたしの前に膝をつき、何も言わずに背中を撫でる。大きな手のひらから、わたしを気遣う気配が伝わってきて、それがさらにわたしの涙を増幅させる。

「サホ……お願いがあるんだ」

 先生は、わたしを慰める言葉ではなく、お願いがあると口を開いた。
 わたしは両手を外し、顔を上げ、先生と目を合わせる。

「どうか、カカシを恨まないでほしい」

 懇願する顔の、見本のような表情を浮かべて、ミナト先生は言った。

「カカシは……リンを……守ろうとしたんですよね……?」
「……ああ、そうだよ。サホと約束しているんだって? オビトの代わりに、二人でリンを守ろうって」

 わたしが頷くと、ミナト先生も「ん」と短い相槌を打つ。

「カカシは、それを果たそうとした。カカシは全力を尽くしたんだ。だから、カカシを恨まないでくれ」

 頼む、とミナト先生が頭を下げた。一介の中忍に、名の知れた上忍が頭を垂れるなど、なかなか見られるものじゃない。だから先生が、どれだけ強い気持ちで、わたしに頼み込んでいるのかが分かる。
 カカシは助けに向かったが、死なせてしまった。守りたかったリンを守れなかった。優しい先生だから、わたしがカカシを責めることを危惧して、カカシに会う前にと思っての行動だろう。

「……分かってます。カカシは、約束を破ったりなんかしないですから」

 全力で守ろうとして、その上でリンが死んでしまったのなら、それはもう――受け入れるしかないのだろう。
 あのカカシだ。同期で一番強くて、異例のスピードで上忍になった、エリート中のエリートだ。
 そんなカカシが、手を尽くしても守れなかったことを責める気はない。
 カカシは今まで、約束を破ったことはない。オビトを好きなことを内緒にしてほしいと言ったときも、人を殺したことをオビトたちには言わないでと頼んだときも、カカシはちゃんと約束を守ってくれた。
 分かっていますよ、と言っているのに、ミナト先生の顔色は晴れなかった。逆に、もっと苦しそうな顔をしたけれど、すぐに腰を上げ、カカシの部屋へと歩き出すので、涙を拭いながら黙って後ろをついて行った。

 カカシの部屋は、忍専用の病棟の中にあった。一般人と忍は分けておかなければ様々な不都合があるらしく、忍専用の病棟に入れる人も限られている。
 ミナト先生が一室の戸を軽く叩く。中から力のない返事があって、先生がスッと戸を横に引いた。
 部屋は一人部屋で、仕切りのカーテンなど引いていないので、ベッドに横たわるカカシとすぐに目が合った。

「カカシ……」

 カカシは傷だらけだった。全身のあらゆるところを包帯で巻かれ、消毒液の匂いを放っている。
 額当てを外しているので、隠している左目も剥き出しのまま。赤いそれが、気まずそうにわたしから視線を外す。

「カカシ……怪我、大丈夫……?」

 ベッドの傍まで行って、カカシの容体を確認する。消毒液に紛れて、血の匂いがした。塞がらない傷からの血か、拭いきれなかった返り血かは分からないけれど、カカシの姿と照らし合わせれば、過酷な戦場だったのだろうと察するのはたやすい。

「……ああ」

 返事をした声はかすれていて、疲労が滲み出ている。起き上がろうとするので、慌てて手を貸して上体を立ててやった。こうやって体を起こすだけでも負担になっていそうだ。早くこの場から出て、ゆっくり休ませてあげよう。

「サホ……ごめん……」

 出て行く前に何と声をかけようかと迷うわたしに、カカシが俯いたまま謝った。

「謝らないで。ミナト先生から聞いてる。カカシは、リンを守ろうと頑張ってくれたって」

 背を丸め、頭を下げるカカシが、叱られるのを怖がる小さな子のように思えて、わたしはその背を撫で、努めて優しく言った。
 普段は弱気なところなんてちっとも見せないカカシが、満身創痍で顔を俯けている。そんな姿を見て、誰が責められるだろう。
 カカシは精一杯、リンを助けようとした。こんなにボロボロになってまで、リンを救おうとした。
 だけどだめだった。力を尽くしても、リンを死なせてしまった。
 それは――言葉にできないくらい、悲しいし、悔しいし、行場のないものが込み上げる。
 だからと言って、カカシが悪いわけではない。むしろ、オビトの意志を継ぐと決めたくせに、肝心なときに居合わすことができなかった自分への不甲斐なさ、カカシにだけリンの死を目の当たりにさせてしまった負い目すらある。
 わたしの言葉に、カカシは安心するどころか、さらに頭を深く下げる。堪えるように、自分の右手を、左手でグッと押さえつけた。

「先生……サホと二人にしてもらえますか?」

 顔を上げることなく、カカシがミナト先生に頼むと、戸の前で成り行きを眺めていた先生は、こちらへと一歩足を踏み出した。

「カカシ――」
「お願いです。サホには、全部、オレから、話したいんです」

 顔を上げたカカシの目元は、眉間が寄って、目は苦しげに細められている。
 ミナト先生はカカシの意を汲んだらしく、それ以上は何も言わずに、戸を開いて部屋の外へと出た。足音もせず、かすかに気配もあるから、カカシの希望に沿って、少し離れた場所に移動したようだ。

「話……って?」

 二人で話したいなど、改まって言われると少し緊張する。身構えるわたしを、カカシはしばらく放った。何から話せばいいとか、言葉選びに迷っているのか、それは定かではないけれど、カカシは何度も言おうとして止めて、言おうとして止めて、を繰り返した。

「サホは、ミナト先生から何て聞いてる?」

 やっとカカシが話を切り出した。質問だったので、わたしはついさっきのことを振り返りながら口を開く。

「え? ……リンが霧隠れに攫われて、それでカカシが助けに向かって……ミナト先生も向かったけど、着いたらもう、リンは……」

 話をしながら、自分の口がリンの死を紡ぐのはつらかった。オビトが死んだときも、『オビトが死んだ』と初めて口にしたときは、すごく胸が痛くなった。そのときと同じ痛みだ。
 リンの死は何によってもたらされたのだろう。オビトは岩に潰されてしまったと聞いている。きっとわたしが想像するよりもずっと痛くて苦しかっただろう。
 せめてリンは、あまり苦しまず、痛い思いをしていなければ――いいや、やっぱり、リンは生きていてほしかった。リンだけは。

「霧隠れが、リンを殺したなんて……」

 霧隠れの忍とはわたしも何度か交戦したことがあり、死線をくぐってきた。わたしは運がよいのだろう。上忍が死んで、中忍が生き残ることは少なくない。生き残った者と死んでしまった者を分けるとしたら、結局は運なのだ。
 だとしても、リンが死んだのが『運が悪かったから』と受け入れるには、まだ時間がかかりそうだ。だってまだ、リンが死んだことを認めたくない。

「違うんだ……」

 ボソッと、カカシの見えない口から、声が零れた。目で見て分かるくらいに、体がぶるぶると震えていて、明らかにおかしい。

「え?」
「違うんだ。霧隠れが殺したんじゃない……違うんだ……違う……」

 カカシは「違う」と、念仏のように唱えながら、ゆっくり顔を上げる。
 夜色の右目。血の色の左目。
 その両方から、涙が流れている。

「オレが、リンを殺したんだ」

 キン、と耳鳴りが響く。わたしの体を流れる血液の巡りが、鼓動に合わせてわたしの耳の奥で騒ぎ立てる。耳鳴りに、ごお、ごおと、うごめくものが重なって、視界がぐらりと一度大きく揺れる。

「な、なに言ってるの……?」

 自分が殺した? 何をいきなり。
 カカシはリンを助けに行ったんでしょ? 守ろうとして、全力を尽くしたんでしょ? それでも敵わなくて、リンは殺されてしまった、霧隠れの忍に。

「追ってくる、霧隠れを、狙ったんだ……だけど、オレの前に……リンが……」

 震えるわたしの問いに、カカシはまた俯いて、言葉を細かく千切った。カカシの声もまた、わたしと同じように震えているのに、全てくっきりとわたしの耳に入ってくる。
 霧隠れを狙っていたカカシの前に、リンが。
 それで、リンが死んだ?
 死んだって、どうして?
 口が止まってしまったカカシは、包帯だらけで、涙を流して、左手で右手を押さえている。
 ガタガタと、右手が震えている。

「ねえ、もしかして」

 右手に、雷を纏う。チチチと鳥のように鳴いて、相手の体を簡単に突き破る。
 その術は、左目があって初めて完成したと、教えてくれたのはカカシだ。

「その目で、リンを殺したの?」

 カカシの体が大きく動いた。悪事がバレてしまった、小さな子どものように肩を揺らす。
 ベッドに手をついて、俯きがちな顔に近づいた。カカシの目は、忙しなくあちらこちらへと向けられていて、面白いくらいに泳いでいる。まるで、縁日の煌々とした、乱暴な明かりに照らされた四角い水槽の中で、捕まらぬようにと必死に逃げる、黒と赤の金魚のように。

「その目で、見ながら、リンを、殺したの?」

 問いを重ねても、カカシは何も答えない。右手を押さえる左手に、力が入るだけだ。
 もし、もしカカシがあの術を使って、そしてリンを殺してしまったと言うなら。
 なら、カカシは見ていた。
 左目で、オビトの目で。
 オビトの愛したリンを、オビトが守りたかったリンを。
 誰よりも一番近くで、オビトの目で、リンの死を見ていた。
――オビトの目で、リンを殺した。

「そうだ」

 言い訳の欠片もなく、泳いでいた色違いの両目を、たしかにわたしに合わせながら肯定するのを認めた、その一拍あと。わたしは何か声を上げながら、カカシの胸倉を掴んだ。何を言ったのか自分でも分からない。「ふざけるな」だろうか、「なんてことを」だろうか。とにかく叫んだ。叫びながら、何度もカカシを揺さぶった。

「サホッ!」

 ミナト先生の声と、病室の戸が開く音がして、わたしは羽交い絞めされた。抜け出すためにもがくけれど、体格差と力の差で、人の手の檻から逃れることはできない。

「その目はオビトの目よ! オビトの目なんだから! カカシの目じゃない! オビトの目よ! オビトがどれだけリンを好きだったか、カカシだって分かってたでしょ!?」
「サホ、落ち着くんだ!」

 カカシに掴みかかることができないのなら、口だ。口を動かすしかないと思い、わたしは頭に浮かんだ言葉を、ろくに篩にもかけずに叫び続けた。
 熱くてガンガンと痛む目からは涙が出て、視界が歪む。まともにカカシを見ることもできず、どんな顔をしているのか窺うこともできない。

「それなのに! それなのに! どうしてカカシが! どうして、どうしてカカシなの!? 霧隠れじゃなくて、カカシが、オビトの目で……!」

 よりによって、カカシだなんて。
 よりによって、オビトの目だなんて。
 もう、何がなんだか分からなくなる。
 わたしたちは、リンを守ると決めたよね。オビトの意志を継ぐと。オビトの代わりにリンを守ると。

「約束したのに……守るって……なのに……どうして……どうして……」

 オビトの代わりにと誓ったのに、そのオビトの目でリンを殺したなんて。
 ねえ、なんなの。守るって言ったじゃない。約束したじゃない。
 立っていられなくて、わたしが足を折ると、ミナト先生はやっと腕の力を緩めた。つるつるとした床板が、わたしの膝に冷たく当たる。
 先生がわたしの両肩に手を置いて、「サホ」と何度も呼ぶ。弱々しい声に無性に苛立った。聞きたくなくて、わたしは声を上げて泣いた。
 目の前の事実が受け入れられない。父の死だって、リンの死だって、まだうまく飲みこめていないのに、カカシが殺しただとか、オビトの目で見ていただとか、そんなことを次から次へと。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 リン。リン。一緒に海へ行こうって。貝殻を拾いに行こうって。オビト。好きなのに。何も言えなかった。ああ、それなのに、オビトの一番大事なものを、オビトの目で、殺させてしまった。

「サホ……お願いだ。さっき約束しただろう。カカシを恨まないでくれ」

 約束? 約束ですか?
 先に約束を破ったのはカカシじゃないですか。
 わたしと約束したんですよ。オビトとも約束したんですよ。

 なのにカカシは、その約束を破ったんですよ。

 膝をつくわたしには、俯いているカカシの顔が見える位置に居る。潤んでぼやける中で、わたしは確かにカカシと目を合わせた。怯えた様子の夜色と血色の目は、大粒の涙をぼたぼたと流す。

「許さない」

 ぐつぐつと痛む腹から押し出した声は、喉でかすれて、口の中で震えているのに、やけにはっきりと、端まで際立って部屋の中に響いた。

「その目でリンを守れなかったあんたを、わたしは絶対に許さない」

 有りっ丈の力で、カカシを睨んだ。憎さで人が殺せるならば、殺せたかもしれない。カカシは目を見開き、小さな声を上げる。「ごめん」とでも言ったのだろうか。もう遅い。謝罪など、口にするのも許せない。
 許せない。
 許さない。
 憎い。許さない。
 約束したのに。許すものか。

 誰がなんと言おうと、オビトの目でリンを殺したあんたを、わたしは許さない。



28 信じていた、より尚深く

20180623


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