最果てまでワルツ | ナノ
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 今、リンは里外での任務に出ている。リンが里から出ている間、わたしはずっとソワソワしてしまう。わたしにも任務があるので、それに集中しなければと思うのだけど、気づけばリンの安否ばかりが頭を巡っている。
 おかげでナギサやヨシヒトたちに注意を何度も受け、そのたびに「だってリンのことが」と言ってしまい、

「『リン、リン』って、お前、妙なところまでオビトの意志を継ぐなよ」

とナギサから呆れられてしまった。
 だけどみんな、わたしがリンのことを心配してしまうのは仕方ないと理解してくれているようで、「絶対に無事に帰ってくるから大丈夫だ」と励ましてもくれた。

「カカシが一緒に居るんだろう? サホの分までカカシがリンを守ってくれてるんだろう? 心配することないじゃないか」

 ヨシヒトにそう言われたら、わたしはカカシを信じて黙り、自分の任務に全神経を注ぐほかない。
 リンと共にカカシが任務に出た際、カカシは約束を守り通してくれて、リンは無事に帰ってきているのだから、わたしはカカシを信じていればいい。



 今回もまた、カカシはちゃんとリンを連れて帰ってきてくれた。ただし、カカシはチャクラ切れ寸前だったし、一緒に組んでいたガイもあちこち怪我をしていてボロボロ。いくらリンの安否ばかりを気にするわたしでも、さすがにこの二人を見たら、リンさえ無事であればよかったなどと言う気になるわけがない。

「オレとカカシの友情パワーが、ピンチをチャンスに変え、窮地を脱したのだ!」

 帰ってきて早々、受付所の一角で、白い歯を覗かせながら熱く語ったのはガイだ。
 曰く、敵に追われ、手持ちの忍具もほとんど使い果たした絶望的な状況の中、ガイとカカシが敵を抑えている間に、先に逃がしたリンが本隊と合流し、引き連れてくれたおかげで、三人とも里へ戻ってこられたらしい。医療忍者のリンは、今は他の負傷者の手当てをしているのでここには居ない。

「カカシの千鳥は雷を切ったんだ。雷を切る……『雷切』と呼ぼう!」
「勝手に名前を変えるな」

 一人頷くガイに、カカシが呆れた右目を向ける。名前はともかく、『雷を切る』なんてとんでもない話だ。

「上忍になると雷も切れるんだ……」
「……サホの中の上忍のイメージ、とんでもないことになってそうだね」

 感心して呟くと、カカシはガイに向けたものと似た目をわたしに寄越す。とんでもないこと、というわけじゃないだろう。だって実際に、上忍のカカシは雷を切ったのだから、上忍レベルならそういうこともできるのだなと考えても不自然ではないだろう。
 千鳥――雷切――どちらで呼べばいいか分からないが、とにかくカカシのその術のおかげで、カカシやガイが助かり、リンも助かったのなら、わたしにすれば名前なんてどちらでもいい。
 その力は、オビトの写輪眼があるから使えるとカカシは言う。だからそれは、遠い繋がりで考えれば、オビトがリンを守りきったということになるのではないだろうか。
 うん、きっとそうだ。

「ね、カカシ」

 わたしはカカシの手を引いて、人気のない通路を選んで目指す。カカシはわたしの意図を察したらしく、嫌がる素振りも手を払うこともなく、無言でついてくる。ガイが「なんだ?」と着いて来ようとして、わたしが止める前にカカシが「お前はいいから」と手で制した。
 誰の姿もない通路の端まで来て、足を止め、カカシに向き合う。

「左目、見せて」

 わたしがお願いすると、カカシは分かっているとばかりに、すぐに額当てに手を当て上へとずらす。一線の傷が走る瞼を上げると、赤い目をわたしに合わせた。
 カカシの左目の写輪眼は、今日もまた、血のように赤い。
 オビトの目。

「オビトが、みんなを連れ帰ってくれたね」
「……そうだな」

 わたしが言うと、カカシの目がそっと細くなった。マスクで隠されているので表情の変化は分かりにくいけれど、きっと笑んでいる。
 こうやってカカシに左目を見せてくれと頼むのは、そう珍しいことではない。例えば今日みたいにオビトのおかげでみんなが帰ってきたときや、誰かとオビトの話をしたとき、オビトに会いたくなったとき。そういうときに、わたしはカカシに左目を見せてくれるようにせがむ。
 カカシは毎回嫌がらずに見せてくれて、わたしが飽きるまで、時間が許すまで、オビトの写輪眼をわたしに向けてくれる。

「戦争、まだ終わらないね」
「ああ」
「早く終わらせなくちゃ」
「オビトの代わりに」
「うん」

 『オビトの代わりに』
 『オビトの代わりに』
 それはわたしたちにとって、合言葉だった。
 左目の周りを、わたしは指でゆっくり撫でる。オビトを撫でるつもりで。カカシはくすぐったいみたいで、睫毛がぷるぷると震えたりする。でも止めろとは言わない。わたしの好きなようにと、身を預けてくれる。
 パタパタと遠くから足音がして、それがピタリと止まる。カカシから手を離し、音がした方を見ると、リンが立っていた。

「リン。みんなの手当ては終わったの?」
「……う、うん」

 声をかけると、リンからは上擦った声が返ってきた。

「リン? どうかしたの?」
「え? いいえ……なんでも」

 訊ねると、リンはにこっと微笑む。だけどその微笑みもどこかぎこちない。どうしたのだろうと、カカシの反応を見てみれば、左目はいつの間にか額当てで隠され、右目はリンに向いているけれど、何を考えているかは分からない。

「カカシ。報告は済んでるから、各自解散だって」
「そう。じゃあ家に帰ってちょっと寝るよ」

 リンが言うと、カカシはわたしを置いて歩き出し、リンの横も過ぎて、受付所を通っていく。遠くで「カカシ! 勝負だ!」というガイの声が響き、それはだんだんと小さくなっていった。
 わたしがリンの傍に歩み寄り、

「リンも家に帰るの?」

と問うと、リンは少し顔を伏せて「うん」と頷いた。まるで目を合わせようとしないような素振りに、ざわざわとしたものが胸に広がって不安になる。

「リン、本当にどうしたの? やっぱりどこか怪我でも――」
「そうじゃないの。怪我はしてないわ。どこも」

 遮ったリンは、両手を広げて「大丈夫よ」と示す。

「それより、サホは? これから任務とか」
「あと二時間後には里を出るよ。それまでは待機なの」

 里に戻ってきたリンたちと入れ替わるように、今度はわたしが任務で里を出る。リンの無事が分かったから、心置きなく任務に打ち込めそうだ。

「じゃあ、ちょっと私に時間をくれる?」

 申し訳なさそうに、リンがわたしに頼む。リンだったらいつでも構わないのに、妙に他人行儀なその態度が引っかかりつつも、いいよと答えて、わたしたちは外に出た。


 リンの後ろをついていくと、高台にある広場へと着いた。木ノ葉の里が見渡せるその場所は、風が強い。リンの、肩で切りそろえられた髪が揺れるのを何となく見ていたら、「あのね」とリンが口を開いた。

「最近、サホとカカシって……仲が良いよね」

 風に煽られる髪を押さえるリンは、やっぱり、わたしと目を合わせない。

「そうかな?」
「うん……よく二人で修業したりしてるし……」

 吹く風のせいで聞こえづらいので、少し傍に寄りながら、わたしとカカシが、そんなに指摘されるほど修業をしているだろうかと振り返った。

「カカシに修業をつけてもらうのは、前からだったじゃない」
「でも、ほら。名前。『はたけくん』だったのに、『カカシ』になってるし」
「あー……そう言われたらそうだけど」

 呼び方が変わったのは、任務中に声をかけ合う際、『カカシ』の方が楽だったからで、それ以外の理由などない。
 客観視すれば、名字にくん付けだったのが名前の呼び捨てになると、仲が良くなった、距離が縮まったと思うのは理解できる。でもわたしとカカシの仲自体は以前と何ら変わりないと思っているので、いまいち腑に落ちない。
 そういえばアスマも、わたしとカカシが親しくなった、みたいなことを言っていた。やっぱり周りから見たらわたしたちはそう見えるのか。

「さっきも……二人で……」

 両手を前に組んで、もじもじと忙しなく動かしながら、リンはよほど言いづらいのか、言葉は途中で途切れてしまった。
――あ、もしかして。やっとピンときた。

「リン。もしかして、仲間外れにされてると思ってる?」
「え?」
「そんなことないからね? 全然、違うよ? リンを仲間外れにしようなんて思ってないよ」

 これはきっと、わたしとカカシが仲良くなったように見えて、自分だけ除け者にされているように感じたに違いない。そんなことは決してしていないのに。わたしは誤解を解こうと、リンへと身を乗り出した。

「わたし、リンのこと大事だよ。親友だもの。カカシだってそうだよ。カカシと仲良く見えるのは、わたしとカカシで、オビトの代わりにリンを守るって決めて、それで二人でそういう話をすることが増えて、そう見えるだけだよ」
「オビトの代わりに……私を……?」

 リンは大きな目を瞬かせる。予想外だったらしく、呆然とした表情だ。

「そうだよ。だから仲間外れになんてしてないから、安心して」

 もしリンが、わたしとカカシがリンを仲間外れにしていると勘違いしているのなら、そんなことないよと否定しなければ。わたしも、昔そういう気持ちになったことがあってリンの今の苦しみが分かるからこそ、余計にそう強く思う。

「わたしもね、下忍になった頃、リンとオビトとカカシは同じ班で、わたし一人が別の班だったでしょ? そのとき、すごく寂しかったんだ。わたしだけ仲間外れになっちゃった気になって」
「そんな……サホは私の親友だし、オビトもカカシも、サホのこと――」
「うん、分かってる。班分けなんて、仲良しを分けるものじゃないもの。実力とか能力とか、そういうもので分けるんだよね。だからたまたま、わたしだけ外れただけだって、分かってるよ」

 班決めは個人の資質で分けられている。どんな班にするのか、このメンバーで攻守のバランスが取れるかなどで判断している。仲が良いとか悪いとか、子ども染みた考えには左右されない。
 当時もそういうことだと理解していたけれど、一人だけ別の班になったときの寂しさは、今思い出してもとてもつらかった。

「三人が同じ班で、わたしはナギサとヨシヒトの班でよかったって、今は心からそう思ってるもの」

 一期上、歳も二つ上。今まで親しかった同期のリンたちと勝手が違うだろうと、二人に会ったばかりのわたしは緊張しっぱなしだった。
 ヨシヒトのおかげで意識していた壁みたいなものが崩れて以降は、二人と班を組んでクシナ先生に師事できてよかったと思えている。

「だけど寂しい思いをさせたなら、ごめんね」

 謝ると、リンは首を左右に振った。

「ううん。謝らないで。私、二人がそんな風に考えてくれているなんて知らなくて……私の方こそごめんなさい」

 リンはわたしの手を取り、ぎゅっと包み込んだ。目の端にはうっすらと涙が浮かんでいて、ああ、リンを泣かせてしまった、オビトの代わりに守ると誓ったのに、わたしがリンを泣かせてしまったと、内心嵐が吹き荒れた。

「ありがとう。サホ、ありがとう」

 ぎゅ、ぎゅっと、リンが力を込める。柔らかい手のひらは、これまでに幾度もわたしたちの傷を癒してくれた。今でも、わたしの心を落ち着かせてくれる。
 リンが自分の目元を拭い、泣いたことが恥ずかしいみたいに小さく笑む。釣られてわたしも笑顔になって、そのうちどちらともなく、クスクスと声を上げた。
 何が可笑しいのか、何がくすぐったいのか。分からないけれど、リンとこうして顔を突き合せて笑うだけで、何もかもが楽しかった。
 一頻り笑い合ったわたしたちは、重ねていた手を繋ぎなおすと、高台から下を目指して歩き出した。

「よーし。早く戦争を終わらせなきゃね」
「ん? いきなりどうしたの?」

 空いている方の手で拳を作り、突然やる気を出したリンに少しびっくりしていると、リンはニコッと微笑んだ。

「二人が私を守らなくちゃって、ずっと気にしていたら疲れちゃうでしょ。だから、そんなことを考えなくて済むように、戦争を終わらせなくっちゃ、と思って」
「ああ、そういうことか」

 リンの考えが分かって、すんなり納得した。守られる側のリンからしたら、わたしたちが守るという使命感に囚われ、そのためにと行動し続けている考えると、それはそれで気に病むのかもしれない。早く解放してあげたいと、優しいリンが考えてもおかしくなかった。

「ね。戦争が終わったら、リンは何をしたい?」
「何をって?」
「今はほとんど毎日、任務ばっかりでしょ。たまの休みや非番だって、里から出られるわけでもないし……」

 少しでも前線に忍を送り、他里の火の国への侵入を防ぎ、隙を縫って入り込んだ敵が事を成す前に制す。そのために、忍のほとんどが任務に出続けている。
 この戦が終わって、日常に平和が戻れば、任務続きの毎日も少しは落ち着くだろうし、任務以外のことに時間を割ける日も増える。
 そのときに何をしたいか。そうやって未来を描いて、少しでも心の支えにする。わたしだったら――オビトの体を連れて帰ってあげたいから、彼が埋まってしまったという岩の下へと向かいたい。

「そうねぇ……私は……そうだ。海へ行きたいわ」
「海? 海かぁ……」

 木ノ葉の里は、『木ノ葉』と名がつく通り、周囲には森が広がっている。火の国の端は海に接しているところもあるけれど、わたしは一度も行ったことがない。海の存在は知識としては知っているし、本で見たことがあるくらいだ。

「昔ね、ずっと小さい頃に、何度か連れて行ってもらったの。うちは農家でしょ? 作物の手入れがあるから、旅行とか滅多にできないし、あんまり長く里を離れることができないの。でも、海沿いに親戚の家があって、一年に一度、そこへ顔を出すついでに、海岸でよく遊んだわ」

 リンは自身の記憶の中から、海にまつわる思い出を引きだし、わたしに語る。リンの親戚かぁ。わたしにも木ノ葉の外に親戚は居るけれど、残念ながら海沿いには住んでいない。
 海沿いに住むというのは、一体どんな暮らしなのだろう。木ノ葉では魚屋に並ぶのは川魚が多いけれど、海の魚も売っている。だけど鮮度を保ったまま流通するには手間がかかるし、さらに今は戦争中で治安が悪いため運搬する際に護衛の忍を雇ったりするので、基本的に海の生魚は高い。大してお金持ちでもない我が家が買うとしたら、生魚はたまの贅沢で、基本的には塩漬けされていたり、干物になっているものばかりだ。
 きっと海沿いの家では、雑誌で見た、海の魚の刺身など毎日のように食べられるのだろう。いいなぁ。

「その海岸、きれいな貝殻がたくさんあるのよ。いつも拾って家に持ち帰っているの」
「貝殻って……リンの部屋の、机の上の瓶に入っている、あれ?」
「そうそう。きれいなものを選んで持ち帰って、それを家で眺めるのが楽しいの」

 食い気のわたしに対し、リンは貝殻集めという、可愛らしい趣味を持っていることを教えてくれた。リンの部屋の机の上に、瓶に入った貝殻があったけれど、あれはリンがこつこつと溜めた、お気に入りが詰まっているらしい。

「戦争が終わって落ち着いたら、一緒に行きましょうよ」
「うん。行こう行こう。わたし、海には行ったことがないから楽しみ」
「そうなの? じゃあ絶対に行きましょう」

 一緒に貝殻を拾いましょうよ、とリンが誘ってくれたので、わたしは首を何度も縦に振った。
 『海』と聞いて、つい食べる魚のことを考えてしまったわたしも、リンを見習ってちょっとは女の子らしいことを考えたいものだ。オビトはリンの、こういう女の子らしいところも好きだったに違いない。うん。うん。見習わなくちゃ。

「カカシも誘おうよ。あ……でもカカシが来たらガイもついてきそうだよね。ガイ、うるさいからなぁ……」
「ふふっ。いいじゃない。賑やかで」

 永遠のライバルだからと、ガイがついてくる図が容易に想像できた。リンは『賑やか』と言うけれど、いいやあれは絶対に『うるさい』だ。
 そもそもカカシも一緒に海に来てくれるだろうか? 海でも、鼻から下は隠したままだろうか。海は日焼けしやすいと言うし、変に焼けてしまいそうだ。
 あれをしよう、これをしよう。わたしたちは手を繋いだまま、きっとそのうちやってくる穏やかな未来へ、淡いながらも確かな希望を抱いていた。



27 手の届く未来だった

20180619


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