最果てまでワルツ | ナノ
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バチャスペ
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 はたけくんはそれからも、時間が合えばわたしたちの下に現れた。
 一緒に修業をしたり、下忍での任務がどんなものなのか教えてもらったりして、同じ歳の貴重な忍の話はわたしたちも興味があった。その内容自体は、犬探しとか、荷物を運んだりとか、あまり忍者っぽくはなかったけれど、下忍になったばかりはそういう任務が多かったと両親も言っていたから、きっと最初はそうなのだろう。
 はたけくんから下忍の話を聞いたわたしたちは、反対にアカデミーの話をしたりした。先生のこと、クラスメイトのこと。はたけくんの口からは何度も「懐かしい」という言葉が零れて、ああ、はたけくんはもうクラスメイトじゃないのだと、そういうときによく考えた。

 そうやってはたけくんがちょくちょく来てくれて、三人ではなく四人の時間もあったことで、わたしの胸のモヤモヤは、大分スッキリしてきた。
 もちろん、オビトとリンが仲良さそうにしていたり、時々オビトから、ああリンが好きなんだなぁなんて伝わってしまう態度を見てしまうと、胸がズキズキしたり、親友のリンにヤキモチを妬いたりするけれど、でも最初の頃ほどつらくはなかった。
 きっと、はたけくんという理解者が居るというのが、わたしにとってかなり支えになっていたからだと思う。


 そのはたけくんが、最近来なくなった。
 わたしたちと違って仕事をしているのだから、何日も来ない日はよくあった。一週間も姿を見なくて、さすがにもう来ないのかなとリンと話していたけれど、その次の日には「忙しかった」と言ってくたびれた姿のはたけくんが来てくれたから、今回もそうなのだろうとあまり深く考えてはいなかった。

 けれど、最後に姿を見かけてから、もう二ヶ月経つ。今までは顔を見せないと言っても、長くても一週間だったのに、八倍だ。
 はたけくんの歳の関係もあって、里から遠くに出る任務はまだ命じられていない。だから忙しいけれど、大人と比べたらまだ時間はある方だと言っていた。なのに、二ヶ月もずっと忙しいのだろうか。

「カカシ、最近ずっと来ないよな」

 話を切り出したのは、意外や意外、オビトだった。昼休み、ご飯を食べ終わったあとに三人で集まって、どしゃぶりの外を眺めながら「今日はいつものところは無理だね」と話していたら、突然はたけくんの名前を出したのだ。

「そうだね。二ヶ月……くらいだよね」

 最後に姿を見かけてから二ヶ月。いつものところにはたけくんが来なくても、どこかの商店とか、任務の受付でアカデミーに来るとか、そういうところで会っていてもおかしくないし、実際に今までも何度か会った。
 けれど、その場所すべてから、はたけくんの存在は消えている。どこか別の里に移り住んだのではないかと思うくらい、はたけくんの気配がどこにも感じられなかった。

「忙しいのかなぁ……」

 はたけくんが下忍になって、もうすぐ一年が経つ。わたしたちにも後輩ができて、授業内容も一段と難しいものになった。
 一年も経てば、『雑務』という名の、ペット探しや、農作業の手伝いや、引越しの手伝いなんていうものはなくなって、大人の忍がやるような色んな任務を受けるようになったのかもしれない。だったら、なかなかわたしたちに会いに来られないというのも納得できる。

「あのね」

 考えるわたしとオビトに、リンが言いにくそうに口を開いた。

「その……お父さんに不幸があったんですって」

 視線を机に落としながら、リンは悲しそうな顔をした。
 『不幸があった』という言葉の意味を、わたしは知っている。母が前に、『友人に不幸があったから』と言って、黒い服を着て父と出かけて行った。兄に『あれは、亡くなったってことさ』と説明をされたから、大人はそんな風に言い表すのだなと感慨深くて覚えていた。

「え……? 不幸って……」
「お父さんが、亡くなったってことだよ」

 意味が分からないのか、戸惑っているのか定かではなかったけれど、わたしがあえて口にしてみると、オビトは目を見開いて「え」とまた上擦った声を上げる。

「きっと、色々と大変なんだと思う……」

 そう言ったリンは、泣きだしてしまいそうに見えた。優しいリンは、はたけくんのことを考えて、自分の身が切られたみたいに痛いのだろう。わたしだって、わたしの父が死んでしまったら――想像すると、ただただ怖い。
 オビトも、はたけくんのお父さんが亡くなったことを、軽く扱ってはいけないと自覚しているみたいで、「そっか」と短い相槌だけ打って黙った。
 はたけくんは、お母さんがもう亡くなっていて、お父さんと二人で暮らしていると言っていた。そのお父さんが亡くなったら、はたけくんは一人だ。
 そして、オビトも一人だ。両親がいなくて、すでに一人だ。
 今この場で、はたけくんの気持ちが一番分かるのは、はたけくんと一番喧嘩をしていたオビトだ。オビトの顔をチラッと見てみると、眉を寄せ、リンと違って泣きそうではなかったけれど、何かを堪えている顔ではあった。

 はたけくん、大丈夫かな。

 四人で帰るとき、二手に分かれたあと、はたけくんはわたしをいつも家まで送ってくれた。
 だからわたしは、はたけくんの家がどこにあるのか知らない。知る必要がなかった。
 リンやオビトは知っているのかな。お線香を上げに、お参りに行ってもいいのかな。
 たしか、はたけくんのお父さんはすごい忍者だって、両親が言っていた。そんなすごい忍者でも、やっぱり命を落としてしまう。忍の世界は甘くない。ひしひしと感じた。
 思うことは色々あったけれど、わたしたちは口を閉ざしたまま昼休みを過ごし、午後の授業が始まるまで、沈黙を貫いた。
 外の雨は、放課後になっても、夜になっても、ずっと降り続いた。



 はたけくんのお父さんが亡くなったと知ってから、さらに一ヶ月。その間もやはり、はたけくんが姿を見せることはなかった。
 わたし自身、三人で居ることに心が慣れて、はたけくんが居ないと苦しくてつらい、ということはもうない。それよりも、お父さんを亡くしたはたけくんのことのほうが気がかりだ。

 その日の放課後は、わたし一人で過ごすことになった。
 オビトは、なんでも雨の中で修業をしていて、体を冷やして風邪を引いてしまったようだ。学校にはなんとか来たけれど、すぐに先生から保健室に行きなさいと言われ、そのまま帰宅してしまった。
 リンは家の用事を言いつけられているらしく、授業が終わると同時にアカデミーを飛び出して行った。多分、お家の畑の手伝いなのだろう。
 暇を持て余したわたしは、一人暮らしのオビトのお見舞いに行こうと、家に帰ったあと、お小遣いを持って商店街に向かった。
 肉屋、魚屋、青果店を眺めつつ、自分が風邪を引いたときを思い出しながら、どういう食べ物が嬉しかったか、食べやすかったかを考えていると、

「サホ! サホ!」

と急いた声で名前を呼ばれ、肩を掴まれた。

「わっ……びっくりした」

 わたしの肩を掴んだのは、クラスメイトの一人だった。オビトたちと一緒に行動を共にするようになって距離はできたけれど、別に喧嘩をしたり仲が悪くなったわけではないので、集まってお喋りをすることもある、今でも仲の良い友達だ。

「どうしたの?」

 友達は息切れをしていた。走っていたのだろう。何か、急ぐようなことがあったのだろうか。

「うちの、うちの鳥が居なくなっちゃったの……!」
「鳥……?」
「うちで飼っていた鳥よ!」

 ポケットから写真を取り出して、友達がわたしに見せる。写っているのは、青い羽がきれいな鳥だった。頭とお腹は白くぷっくりしている。よく見ると青い羽の中に赤い羽根が混じっている。初めて見る鳥だ。

「籠の掃除をしていたら、窓から出て行っちゃって……。どうしよう。あの子、ずっと家の中で飼っていたから、外になんて出たら……」

 言いながら、友達は泣き出してしまった。慰めるようにその背中に手を当てると、とても熱かった。鳥を探して走り回って、全身が火照っている。

「分かった。わたしも捜すよ」
「うん……! ありがとう……! ありがとう!」

 友達は涙を拭いながら何度もお礼を言って、鳥を捜しに走り出した。
 オビトへのお見舞いも行きたかったけれど、友達の鳥も捜しに行かなくちゃ。どうしようか迷ったわたしは、とりあえず青果店でリンゴを三つほど買って、オビトの家へ走った。


 自分なりに精一杯走って、うちは一族の住まいに続く門を抜ける。オビトの家に着き、ピンポンと聞き慣れた音がする呼び鈴を鳴らした。しばらくすると顔の赤いオビトが玄関の戸を開けて、「サホじゃん」と出迎えてくれた。

「風邪の具合はどう?」
「薬飲んで寝たら、大分よくなった」
「そっか……よかった」

 オビトの言葉は嘘ではないようで、寝癖のついた髪を掻く動きは、朝見たときよりもスムーズだ。今朝はフラフラとおぼつかない足取りだったから、ひどくならなくてよかった。

「これ、リンゴ」
「おっ。オレに? へへっ、わざわざ悪いな」

 リンゴが入った紙袋を渡すと、オビトは中を一度覗き、赤く熟れたリンゴを認めると笑った。

「じゃあ、行くね」
「あれ? もう行くのか?」
「友達の鳥を捜す約束をしてるの」
「鳥?」
「逃がしてしまったんだって」

 簡単に説明すると「そりゃ大変だ」とオビトが言う。今はまだ陽が高い位置にあるけれど、時間が経てば辺りは暗くなる。わたしも夜になる前に家に帰らないといけないから、捜す時間は限られている。

「オレも一緒に捜すよ」
「だめ。オビトは風邪なんだから」
「もう元気だぜ」

 わたしが止めるのも無視して、オビトはサンダルを履こうとする。手には紙袋を持ったままだし、格好だって寝間着なのに、このまま出ようとするオビトに呆れてしまった。

「だめ。リンゴ食べたら、また横にならないと」

 大体、オビトは病人なのだから、今日は絶対に家で休んでもらわないと。オビトに再度、さっさと寝るようにと言い聞かせて、玄関の戸を閉めた。
 さあ次は鳥捜しだ、と意気込んでみたはいいけれど、どこを捜せばいいのだろう。鳥だから、地上よりも屋根の上や木の上に居るものだろうか。
 とりあえず人に訊いて回ろうと、わたしは通りを歩いている人や、馴染みおじさん、おばさんたちに声をかけた。鳥の特徴を伝えてみたけれど、『そんな鳥は見たことがない』としか返ってこなかった。

「おや、サホちゃん」
「あ、キクおばあちゃん」

 商店街で声をかけてきたのは、腰を痛めていたところをオビトがおぶって帰ってあげて、お礼にお饅頭をくれたおばあさんだった。あれ以来顔見知りになっていて、お互い名前も知っている。

「どうしたんだい。今日はオビトちゃんは一緒じゃないのかい?」
「オビトはお家なの。わたしは鳥を捜しているんだけど……」

 キクおばあちゃんはオビトをすごく気に入っていて、わたしが一人のときに会うといつもオビトの所在を訊ねられる。オビトって本当に、おじいさんやおばあさんに好かれている。伊達にしょっちゅう、おじいさんおばあさん助けをしているわけじゃない。はたけくんが前に言った通り、おじいさんおばあさんを助けるのが趣味っていうのも、あながち間違いじゃないかも。

「ねえ、キクおばあちゃん。頭とお腹が白くて、羽が青い鳥を見なかった。青の中に、赤い羽根もいくつか混じっている、きれいな鳥なんだけど」

 すっかり言い慣れた説明しながら、キクおばあちゃんに鳥のことを訊ねてみた。駄目で元々、と思い「見ていないよ」という返事がくるかと思ったけれど、それは良い意味で裏切られた。

「赤い羽根が混じっているかは分からないけれど、白と青が混じった鳥なら、さっき見たかもねぇ」
「えっ!? 本当!? どこで?」

 二十人近くの人に訊いて、初めて「見たかも」という、好感触を得られたわたしに、

「あっちの細い路地の方だよ。西の方に飛んで行ったかね」

と、キクおばあちゃんはざっくりとした形ではあったけれど、きちんと教えてくれた。

「ありがとう! またね!」
「ああ、またね」

 やっと捜す当てがついたと、わたしは居ても立ってもいられず、キクおばあちゃんにお礼と挨拶を言って駆け出した。背中でおばあちゃんの返事を受け取りつつ、教えられた路地へと入った後、辺りを見回しながら西の方へと歩を進めた。
 この路地は通ったことがない。ぎりぎり三人並んで歩けるくらいの幅なので、きっとこの辺りに住んでいる人くらいしか使わない道なのだろう。
 誰か居たら声をかけて鳥を見なかったか訊ねようと思っていたけれど、残念ながら誰にも会うことがないまま、路地を抜けてしまった。路地の先は畑が広がっていて、収穫前の野菜や、まだ芽が出ていない畝が見える。
 畑と畑の間にも道があって、それは西の方へと続いていた。いけるところまで行ってみようと歩いていくと、金網に行き当たった。わたしの身長の、三倍くらいの高さがある。その奥は森だ。

「何だろう……入っちゃいけないのかな……?」

 金網の周辺を見回すと、近くに看板が括りつけられていた。錆ついている鉄製の看板には、『この先 忍以外の立ち入りを禁ずる』と印字されている。

「忍以外……」

 忍以外は入ってはいけないとなると、当然アカデミー生のわたしも入ってはいけない。
 けれど、もしこの森の奥に友達の鳥が迷い込んでしまっていたら。西の方へ飛んで行ったというなら、その可能性はある。
 少し迷ったけれど、ちょっとくらいなら大丈夫だろうと、わたしは金網に手足をかけて上り、その向こうへと足をつけた。
 帰り道に迷わないように、真っ直ぐ歩くのを意識して、森の中を進んでいく。人の気配はない。鳥の姿もない。

「……鳥さーん……」

 木々の葉擦れと、草を踏むわたしの音しか聞こえないので、心細くなって声をかけてみた。鳥の名前、聞いておけばよかった。

「鳥さーん。迎えに来たよー。お家に帰ろう」

 言葉が分かるかどうかじゃなくて、わたしの不安を取り除くべく、声をかけ続けた。風が吹けば木々がざわめくけれど、鳥の声は一切上がらない。
 不安が恐怖に変わりつつあるのを自覚して、足をそっと止めた。
 引き返そうかな。だけど、もしこの森に居るのなら、早く見つけてあげたいし、でも、怖い。

「――おい」
「きゃっ!」

 真後ろから声がして、わたしは思わず悲鳴を上げた。振り向きながら距離を取ると、さっきまで誰も居なかったはずなのに、人影が立っていた。

「どうしてここに居る」

 威圧感のある物言いだけれど、声は高かった。人影も、よく見たらわたしとそう変わらない大きさだ。

「あ……はたけくん?」

 よく見たら、はたけくんだった。約三ヶ月ぶりの再会だったけれど、手放しでは喜べない。はたけくんの目が、わたしを睨むように見ているから。

「ここは忍以外、立ち入り禁止だ。看板を見なかったのか?」

 『まるで刃のような声』とは、こんな声のことを言うに違いない。淡々と言葉を発しているのに、さっきから肌がピリピリと痛い。

「あ、うん。見たよ。でも、友達が飼っている鳥が逃げちゃってね。人に訊いて回ったら、こっちの方に飛んで行ったって教えてもらったから、もしかしたらこの森に居るかもと思って……あのね、頭とお腹が白くて、青い羽なんだけど、赤い羽根も混じっている鳥でね」

 なるべく分かりやすいように、頭の中でゆっくり組み立てながら口を動かした。わたしの説明に、おかしなところはないはずだ。矛盾もしていない。はたけくんも、「何だそうなのか」と納得してくれるに違いない。

「だから何?」
「え……?」

 予想とは全く違う反応が返ってきた。
 だからなに。と、訊かれても。

「ここは忍以外の立ち入りは禁止。アカデミー生や一般人は入ってはいけない――それがルールだ」

 金網に括りつけられていた看板と同じことを、はたけくんが口頭で告げる。
 それはもちろん、そうなのだ。はたけくんが正しくて、わたしが間違っている。

「でも、友達の鳥が……」

 立ち入り禁止なのは承知で、わたしは友達の鳥を捜すためにここへ入った。
 ルールを破ったことは絶対にいけないことだけど、だけど鳥を捜して連れ戻してあげないと、友達は悲しくて落ち込んでしまう。
 わたしは、友達の悲しい姿は見たくないし、鳥だって知らない世界に飛び出して怖いだろうし、早く助けてあげたいと思っている。
 友達のためだよ。友達を助けているんだよ。
 言葉にはしなかったけれど、そんな気持ちを込めてはたけくんに目で訴えてみたけれど、はたけくんの表情は少しも変わらない。

「もう死んでるんじゃない」

 森の中だからだろうか。陽が傾いてきたからだろうか。はたけくんの目に、光はなかった。星がきらめく夜みたいな目は、ただ闇になっていた。
 「早く戻れ」とだけ言い残し、はたけくんは去って行く。
 信じられなかった。仲間を助けることを重んじていたはたけくんが、友達の希望を切り捨てるようなことを言うなんて。
 ここに入ったわたしが悪いのは当然だけど。だけど、だけど。
 今のわたしの気持ちを、どう表現したらいいか分からない。怒っている気もするし、悔しい、悲しい、怖い。どれか一つに絞れなくて、全部が混ざり合っている。

「どうして……?」

 どんなにきつい言葉を口にしても、きつい目をしていても、星のように小さいながらも優しい光を宿していた夜の瞳が、闇の色に塗りつぶされてしまったことが、信じられなかった。



08 闇に消えた星

20180421


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