最果てまでワルツ | ナノ
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 バレンタインも四回目ともなると、前ほどの高揚感や期待感はない。
 もちろん個人的に気合の入るイベントの一つではあるけれど、何せこれまで一度もオビト本人に渡せなかったわけだから、また今回も渡せないのではないだろうかとため息をつきたくなる。
 これではいけない。今まで頑張ってきたのに、ここで諦めては。
 なので今年も製菓売り場へと足を運び、材料を買い集めることにした。
 レシピ本の中から選んで決めたのはブラウニー。混ぜて焼くだけだから、時間がないわたしにもすぐに作れるところが決め手だった。

「チョコレートはどっちにしよう……」

 手に取ったのは、製菓用の甘味の多いチョコレートと、甘みの少ないチョコレート。
 オビトにあげるのなら、前者を選ぶべきだとは思う。オビトは甘い方が好きだから。
 だけどわたしはこれまで三回も挑み、三回とも本人には渡せなかった。代わりにはたけくんが同情がてら一口食べてくれて、残りはわたしの胃の中に収めておしまい。オビト本人の口に入ったことは一度もない。
 甘味好きのオビトの舌に合わせた味は、甘い物が苦手なはたけくんには当然合わない。いつもしかめた顔を見せる。
 だから甘くしたら、はたけくんに悪いかなぁなんて考えてしまう。
 でもそれは本末転倒だ。わたしが贈りたいのはオビトであって、断じてはたけくんではない。はたけくんだって、わたしが可哀想だから、友達のよしみで一口食べてくれるだけ。
 迷いを振り切るように、甘みの少ない方を棚に戻した。



 当日は幸いなことに午後から非番で、義理用のチョコと、今年から新たに流行り出した友チョコを紙袋に入れて里を歩くことができた。
 友チョコというのは、文字通り友達にあげるチョコ。異性ではなく同性の女友達に贈るチョコのことを指す。どんどん市場を拡大していっているな、という商売魂をひしひしと感じた。
 顔見知りに会えば義理チョコを、友達には友チョコを渡しつつ里を歩いていると、途中でリンに会った。

「サホ、会えてよかった。はい、これ」
「あっ、チョコ? じゃあわたしも、はい」

 リンは淡い色の紙袋から、水色の包装紙でくるんだ四角形のチョコを差し出した。光沢のある黄色のリボンの上に、金色のシールが貼ってある。わたしも自分の紙袋から友チョコを取ってリンに渡すと、「ありがとう」と微笑みながら受け取った。

「今年は私たちもチョコを交換できて楽しいわね」
「うん。わたしのはブラウニーで、昨日作った物だから二、三日は持つと思うよ。ゆっくり食べて」

 オビトの分に手作りしたブラウニーとは別で、友チョコ用に少し小さめのものを作った。あげる相手は決まっているし、どうせ作るなら多めに作る方が楽しい。

「わあ、そうなの。私は忙しくって買いに行く暇がなかったから、市販の物で悪いけど……」
「そんなの気にしないで。わたしはたまたま時間があっただけだし、リンは試験に備えて勉強で忙しいもの。用意してくれてありがとう」

 医療忍者であるリンは近々とある試験を受ける。それに合格すれば特別上忍や上忍への足掛かりとなり、リンが目指す『仲間を守る忍』にグンと近づくことができる。
 かなり難しい試験のため合格率は低く、初めて受けるリン自身も一回で合格できるとは思っていないらしく、成人するまでにを目途に取り組んでいる。
 「勉強の糖分補給にするわね」と笑って別れたリンの背を見送り、わたしも将来のことを本格的に色々と考えないといけないなと、焦燥感と共に再び歩を進めた。

 クシナ先生はいつか特上や上忍になれるって言ってくれるけど、『いつか』がいつになるかは分からないもの。

 師であるクシナ先生の下で学んでいるおかげで、封印術者としてのわたしの腕はそこそこ評価されてきた。その点は幸運で、もし下忍になって初めての先生がクシナ先生でなかったら、きっとここまで良い評価は得られなかっただろう。
 ただ、特別上忍や上忍の数が不足していない今、実力があるにも関わらず中忍のままの封印術者はたくさんいる。その人たちを含めて考えると、わたしの順番は十年先、いや数十年先かもしれない。
 特上や上忍になった人は、実はほぼ二十代までに昇進している。つまり二十代までに特上以上になれなければ、もうずっとなれないという見方もできる。

 わたし、うわついてるかも。リンみたいにしっかりしなきゃな。

 終戦後の静かな日々を理由に、少し――大分怠けていたかも。封印術者には医療忍者みたいな試験の類はないけれど、何か目指すものを見つけて取り組まなくては。
 そうと決めたところで、早くこの紙袋も空にしてしまわねばと足を向けた受付所から出てくる、恐らく任務終わりであろうオビトの姿を見つけた。
 探していた相手を見つけ、ドキンと胸が鳴る。今日中には会えないと思っていたので、日中に会えるなんてラッキーだ。
 前回の失敗を生かし、周りに誰も居ないことをきちんと確認してから歩み寄って声をかけると、オビトは機嫌よく顔を合せて「よっ!」と笑った。眼帯で隠れていない右目は弓形で、大きな口の端は上がったまま下がる気配がない。

「オビト、なんだか機嫌がいいね。いいことあったの?」

 基本的にいつも明るいけれど、今日はいつにも増して上機嫌に見える。

「いやぁまあ、ちょっとな!」

 白い歯を見せて笑い、右手は乱雑に頭を掻く。左手はというと、水色の紙で包まれた箱を持っていた。強い風が吹いて、留められている黄色いリボンが揺れる。
 ついさっき見た。わたしも同じものを貰った。リンから。

「で、どうした? なんか用があったんじゃねぇの?」

 訊ねられて、わたしはへらっと笑った。

「はい。今年も、どうぞ」

 紙袋から取り出したのは、オビトのために作ったものでも、リンたち用の友チョコでもなく、お店で買った市販の義理チョコ。特別でもなんでもない、わたしじゃない人が作ったチョコ。

「毎年悪いなぁ。へへっ、ごちそーさん」

 わたしからのチョコを受け取るなどもう慣れたもので、オビトの顔に気恥ずかしさなどはなく、わたしが贈るチョコの意味など勘繰りもしない。何の変哲もない義理チョコとして受け取っている。
 リンのチョコを受け取ったとき、オビトはどんな顔をしただろう。オビトのことだから意識しちゃって、受け取るときにぎこちなかったかも。
 そのチョコはわたしも貰った友チョコで、本命ではないよ。友達って意味しかないよ。
 そんないじわるを言いたくなってしまう自分がいやで仕方なかった。



 公園に設置されている大きな時計は、もうそろそろで日付が変わる。
 ベンチに座り始めたのは、たしか四時間ほど前。途中で何度か腰を上げて、もう帰ろうと公園を出たけれど、結局また戻ってきて今に至る。
 でもさすがに、明日になったら帰ろう。そう決めた矢先、待ち人は音もなく現れた。

「どうして毎年居るかな」

 額当てで左目を隠し、ポケットに両手を入れて立つ姿は、もう大人の男の人みたいに高くて、座っているわたしは喉を晒して見上げなければいけないほどだ。暗部の面は掛けていないので、任務帰りと見ていいはず。
 わたしの了解を取ることもなく、空けていたスペースに腰を下ろしても、わたしとはたけくんの頭の高さは揃わない。声だって低くなって、もう男の子ではなく男の人になってしまった。それは寂しくもあるし、なんだかドキドキもしてしまう。

「でも来てくれたんだ」
「オレが来るまで、ずっと居そうだったからね」

 図星で言葉に詰まると、瞼を少し下ろした右目を向けられた。

「ここに居たってことは、渡せなかったってことでいいわけ?」
「……うん。そうです」
「……はぁ」

 正直に答えると、はたけくんは大きなため息を一つ吐いてから、こっちを見やることもなく手のひらをわたしに出した。
 言わんとすることをすぐに察し、交換した友チョコより下に埋もれた、自分の手で包装しリボンをかけた物を取り出してはたけくんの手に乗せる。

「今年はブラウニーだよ」

 見れば分かるだろうけれど一応伝えると、「ブラウニー?」と言い慣れないような響きで繰り返された。

「見た目はただのチョコのケーキみたいだけど、ケーキと何が違うの?」
「呼び方が違うだけじゃないかな」
「ふうん」

 正直、ブラウニーはチョコレートケーキといっても間違いではない。形が平たい四角で、チョコの味が濃いケーキで『ブラウニー』と呼ばれているだけ。わたしとしてもレシピ本を見て初めて知ったお菓子で、立派な説明はできない。

「どう?」

 あっちを向いて食べるはたけくんに味を訊ねると、マスクをきっちり上げてからこちらを振り返った。眉間に皺は刻まれておらず、目元を顰めてはいない。

「あんまり甘くないね。元々こういう味なの?」

 どうやらはたけくんの舌のお眼鏡にかなったようだ。

「うん、まあ。そうみたい」

 ブラウニーがあんまり甘くない物かどうかなんて、そんな決まりはない。甘いチョコレートを使えば甘く、苦めのチョコレートを使えばほんのり苦く仕上がる。
 実は、製菓用の甘くないチョコレートを棚に戻したあと、やっぱりもう一度手に取って購入し、どちらのチョコも家に持ち帰った。すぐに傷むものではないし、バレンタインが終わってから何か甘さ控えめのお菓子を作りたくなった時にでも使えばいいしと言い訳しながら。
――でも結局、オビトに贈るためのブラウニーに使ったのは、甘みを抑えたチョコレート。砂糖も控えめにして焼いたブラウニーは、試食してみると甘さと苦さが同等の、大人の味に仕上がった。
 恐らくオビトの舌には合わない。合うとしたらはたけくん。

 どうして、苦い方を作っちゃったんだろう。

 オビトに贈るために作ろうとしたのに、はたけくんの好みに合わせたものを作ってしまった。
 こうなったのは、わたし自身が自分の意気地のなさを、数年重ねたせいで思い知ったから故の、一種の逃避なのだろう。
 どうせオビトに渡せなくてはたけくんに食べてもらうことになるかもしれないなら、甘い物が苦手なはたけくんが苦しまないように。
 渡せない前提で考えるなんて、負け戦に挑む将みたいだ。そして予想に違わず、チョコはオビトの口に入ることなく、はたけくんに食べてもらうことになった。

「ごちそうさま」

 返却された箱の中のブラウニーは、半分ほどなくなっている。いつもはもっと残すのに、半分も食べてくれたんだと思うと、やっぱこれでよかったんだと、口元が自然と緩んでしまう。
 どうせなら美味しいと思いながら食べてもらいたい。相手がオビトなら尚よかったけれど、甘い物が苦手なはたけくんに半分も食べてもらったのだから、出来は上々のようだ。

「サホ、立って。家まで送る」
「えっ? いいよ、一人で帰るから」
「知らないの? ここ最近、痴漢が出るって。サホの家に続く通りの辺りだよ」

 腰を上げ、共に帰ろうと促すはたけくんへ断ると、不穏な情報を教えられた。
 あの通りに痴漢が出るなんて初めて聞く。もちろん里の他の場所で、そういう事件があったという話は聞かなくもないが、家の近くなんていう身近で起きた話は知らない。
 中忍のわたしは非戦闘員である一般の女性より腕に覚えはあって、一般男性相手なら争って負けることはもうない。だけど痴漢などという話はそういうことを抜きにして、気持ち悪いし怖いと思ってしまう。

「いいの?」
「こんな遅くに一人で帰らせて何かあったら、寝覚めが悪くなるし」

 なるほど。すんなり納得してしまった。多少手間はかかっても、良心を痛めるよりマシだということだ。であるならば、ここは遠慮せず素直に甘えておこう。



* * *



 来年こそは。毎年そう思いつつも、わたしは二十歳を超えた今でも、作ったチョコはオビトに渡せないまま、はたけくんに食べてもらうことを続けている。
 渡すときのタイミングの悪さもそうだけど、オビトが上忍並みの実力をつけ任務に当たり、忙しくて会う時間が取れなかったからが大きい。

 オビトは左の写輪眼を独断ではたけくんへあげて、同族との間に深い溝ができてしまった。その影響もあってか、うちは一族なのに警務部隊に属していない。普段は『うちは一族の恥』だのと扱うくせに、任務でオビトが評価されれば『あいつはうちは一族だから』と都合よく身内を強調する。
 そういったオビトを厭う一族からの反発で、まだしばらくは上忍にはなれないだろうけど、上忍と同等の力はすでについていると、師でもあった四代目も仰っていた。幸いなことに、一族の若い世代はオビトを慕う人が多いらしく、頭の固い上の世代が引退していけば、そのうちオビトは上忍に昇格するだろうと。
 わたし自身も封印術者として上を目指すことを決め、修業、任務、修業、任務……と色気のない日々を続けかなり頑張ったおかげで、単独や指名されての任務も増えてきた。
 これはクシナ先生の一番弟子という、立派な太鼓判があるが故だとは自覚しているので、慢心を戒め、いつか私自身を正当に評価してもらい特上や上忍になることを目標にしている。
 
 邪魔が入ったりオビトに会えない日が続いて、わたしは毎年、作ったチョコレートを持って夜の公園ではたけくんを待っている。
 はたけくんももちろん忙しい。任務終わりにすぐに来てくれるときもあれば、深夜になってようやく顔を出すときもある。一度だけ待っている間に来なくて、次の日にわざわざ家まで訪ねてきてくれたこともある。
 四回目以降は、作るチョコレートは意識して甘さを控え、年々甘味より苦味の方が強くなっている。比例するようにはたけくんが食べてくれる量も増え、最近では半分以上も食べてくれることだってある。

 きっとオビトが口にしたら、途端に顰めてしまいそうなくらい甘さのないチョコレートを作るのは、すごく、矛盾していると思う。
 オビトへ渡せなくていいとは考えていない。会えるだけで嬉しくなるし、話が盛り上がってオビトが笑ったりするとそれだけで胸がときめく。作ったチョコをオビトにあげたいって、毎年考えている。
 だけどこれまで全戦全敗で、オビトに渡せるとしたら『義理』という隠れ蓑を被った市販のチョコ。食べてもらえない寂しいチョコを救ってくれているのは、いつもはたけくんだから、甘さを抑えたものを作ろうとしてしまう。
 心の保険みたいなものなのだろう。オビトに渡せなかったとしても『でも苦めに作ったからちょうどよかった』なんて、なんとか気分を底につけないように、少しでもいいことがあるようにと。
 自分の勇気のなさを見越してそんなことをしてしまう弱さを、今年こそは止めようと毎年考える。
 それでもわたしは、はたけくんに食べてもらえるようなチョコばかりを作ってしまう。



 今年は久しぶりに一緒に試作しましょう、とクシナ先生に誘われ、通い慣れているご自宅にお邪魔した。お昼前なので家にはクシナ先生のみ在宅で、元気なナルトの声は恐らくアカデミーで響いている頃だろう。
 先生はナルトを出産後、実質忍は引退だったけれど、後進の育成のためにと無理のない範囲でわたしに指導してくれている。
 わたしの他にも何人か、封印術者の人も弟子入りしているけれど、どの人も別に師を持っているようで、ある程度の指南や助言を受けると見かけなくなった。先生の正式な弟子は、やはり今のところわたしやナギサやヨシヒトだけのようで、それがなんだかホッとする。

「チョコレートのスノーボールクッキーにしようと思ってるの。ナッツを入ってて歯ごたえがあるし、ちょっと摘まむのにもちょうどいいでしょ」

 最近知ったスノーボールクッキーは、粉糖がまぶされた、丸くコロンとしたクッキー。一口サイズでちょっとした休憩時間にもサッと食べられるし、持ち運んでいても形が崩れることもない。
 クシナ先生がいつもの知り合いから貰ったというレシピを見ながら、二人で材料や道具を確認していく。

「サホは甘めのものを作るわよね? そうすると、こっちの砂糖の量を少し多くすればいいらしいんだけど、たしか計算は……」

 クシナ先生はぶつぶつと口にしながら、レシピで指定されている分量の計算を始める。

「あ、先生。わたしはどちらかというと苦めな方を作りたくて……」

 甘めのものを作る気はなかったので無駄な計算をさせてしまうと、止めるためにそう言えば、

「苦い方を? オビトにあげるんでしょ?」

と、先生は明るい色の瞳を見開いた。
 先生にはこれまでのことは『オビトには市販のチョコばかりで、作ったチョコは渡せていない』とだけ伝えている。詳しい話をする前に、『次を頑張りましょう!』と励ましてくれていた。きっとすぐに落ち込むわたしの性格を分かっているから、いつまでも考えすぎないようにと深く掘り下げて思い出させないよう配慮してくれていたのだと思う。
 そのため、はたけくんとのやりとりなどは一切教えていなかった。そもそも誰かに話すのも初めてで、振り返りながら、はたけくんには随分お世話になったなぁと改めて考えた。

「だから、はたけくんがつらくないように、甘さが控えめなものにしようと思ってて」

 どうせ食べるのははたけくんだから。だったら甘いより苦味がある方が、はたけくんにとっていい。
 そこまで説明すると、クシナ先生の顔色はガラッと変わった。

「サホ。それは変よ」
「え?」
「サホが渡したい相手はオビトなんでしょ? どうしてカカシに合わせて作るの?」
「え……それは、だから、結局はいつもはたけくんに食べてもらうから……」
「だから、そこが変なのよ」

 もしかしてわたしの説明は分かりにくかったのかと、再度同じことを繰り返すと、先生も強い口調で『変だ』と繰り返した。

「オビトにずっと渡せなかったのは理解できるわ。こういうのはタイミングもあるしね。それをカカシに食べてもらうっていうのも、まあ友達のよしみっていうのもあるから、分からなくもない。せっかく作ったものだし、自分で全部食べるのも悲しいもの」

 一つ一つ、先生なりの意見を添えて肯定したところで、まるで空気そのものを止めたかのように、一瞬の沈黙を挟んだ。

「だけど、最初から渡せないと決めつけて、カカシの口に合わせて作るのは変だってばね」

 三回目の『変だ』は、ようやくわたしの頭に入って、大きく拡散されてひどく響いた。
 変、かな。
 変、変……。

――そう、だよね。

 まるで夢から覚めたように、はたと気づいた。わたし、何をしているのだろうか。
 わたしが渡す相手はオビトのはずで、だというのにいつも渡せないのは紛れもない事実。だから『どうせまた渡せない』と思うのは、何度も続いたことなら仕方ない。
 仕方ないけれど、どうしてわたしは、渡せないことを前提にしか考えられなくなったのだろう。
 いや、それは今までの全戦全敗のせいだ。これまでがそうだったから、これからもそうだろうと。だから保険を用意して、気落ちしすぎないように逃げ道を用意していた。
 でもクシナ先生の問いかけで改めて考えてみれば、最初からオビトではなくはたけくんに合わせたチョコを作るのは、それは、最初から勝負を投げ出しているのと一緒で、『オビトに贈る』という当初の目的から大分ずれていて……。

「変……です、ね。ほんとうに……」

 分かっていたのに、分かっていなかった。バカみたいな言い分だけど、そうとしか表せない。
 おかしいって分かってた。変なことしてるって分かってた。保険をかけるにしても、このやり方は間違っているって分かってた。
 だけどね。でもね。食べてくれるのははたけくんだから。
 わたしの悲しさや後悔を食べてくれるのは、オビトじゃなくてはたけくんだったから。



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