最果てまでワルツ | ナノ
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 わたしがバレンタインデーというものを知ってから三年目。
 昨年よりもずっとあちこちで『バレンタイン』という単語を聞くようになった。
 新年が明けて半月も経てば、里のあちこちで恋を表すピンク色が、チョコレートを思わせる茶色が、ハートの象徴でもあるような赤色が、そこかしこにちらばっている。
 前回では苦渋を舐めた――正確には強烈な甘味ではあったけれど――わたしは、バレンタインが終わった当初は落ち込みはしたものの、それから時間が経つうちに渡せなかった自分への悔しさが勝ったのか、今度こそはと二月を迎えるまでにやる気に満ちていた。
 トリュフを渡せなかったことを報告すると、クシナ先生も『また頑張ればいい』と応援してくれて、次も作ろうと約束した。
 そして本日、再びクシナ先生の自宅のキッチンを借りて、バレンタインのチョコレート作りだ。

「今年はガトーショコラにしましょう!」
「これもお友達から頂いたレシピですか?」
「そう。しかもこれ、実際に食べさせてもらったんだけど、もうすんごくすんごく美味しかったってばね! しっとりしてるし、天辺にかける粉糖がまた粉雪みたいで冬っぽくていいのよ。ね。これにしましょ!」

 手書きのレシピをわたしに見せて、『ガトーショコラ』とやらををグイグイと推してくる。わたしとしては特にこれが作りたいというものはなかったので、先生が用意してくれたレシピで異論はなかった。
 やたら美味しいと繰り返すあたり、クシナ先生自身がまた食べたいという目的もあるのだろう。そんなに美味しいならわたしも食べてみたい。まだまだ知らないチョコレートがあるなんて、世界は広いんだなと改めて感じた。


 今回も本番に向けてまずは試しに作ってみて、それからバレンタイン当日の前日に何とか時間を作ってクシナ先生とガトーショコラを作ることにした。

「やっぱり一人で黙々と作るより楽しいわ。ナルトが居ると、何かあったらすぐ行かなきゃって、集中が続かないってばね」

 材料を混ぜたあと型に流して、今はオーブンで焼き上げている。その間は待つだけなので、使った道具やテーブルの片付けを終え、椅子に座ってホッと一息ついたところで、匂いに誘われて昼寝から覚めたナルトを抱き上げながらクシナ先生が言った。

「今度はリンも誘って作りたいわね。リンも手先が器用だから、ちょっと難しいけど、デコレーション物に挑戦してみようかしら」

 リンの名を出されて、一瞬心がヒヤッとした。

「リンと一緒は……」
「あら。だめなの?」

 てっきりわたしも「いいですね」と肯定すると思っていたのだろう先生は、ナルトの口のまわりの涎を拭いてあげながら、驚いた顔を見せる。

「オビトへのチョコを作ってるって、知られるかもって考えると……ちょっと」

 リンを誘うのは簡単だ。暗部に移ったはたけくんと違って、同じ正規部隊で中忍でしょっちゅう顔を合わせる。そのときにこっそり誘えばいいし、クシナ先生と三人でという話なら、きっと喜んで参加してくれただろう。
 けれどバレンタインのチョコを作るとなると、誰に贈るのかという話題が上る可能性がある。
 もしオビトへのチョコを作っていると知ったら。
 そうしたらリンはどう思うか――というより、単純にリンには知られたくない。
 誰よりもオビトの好きな人だから、教えたくない。チョコを渡せなかったときとは別の、悔しい感情が湧いてきてしまう。

「そうね。そうよね。大丈夫。親友だからって、なんでも打ち明けなきゃいけないわけじゃないもの。一つ二つ秘密があってもいいってばね」

 自分勝手なわがままだけど、クシナ先生は咎めることなくありのままに受け止めてくれて、「じゃあこれからも二人で作りましょう」と明るい笑顔を向けてくれた。
 罪悪感でいっぱいだった胸が少し軽くなったけれど、それでもリンへの申し訳なさは薄れることはない。
 リンに隠れてこそこそと、わざと仲間外れにしている自分は、どうしてもリンのようにかわいく素直な女の子に、正々堂々となんてなれない。
 だめな自分をやめれば、リンみたいになれるかな。オビトはわたしにも目を向けてくれるようになるかな。
 でもそれは『リンに似たわたし』であって、『わたし』ではないから。考えると、やるせない気持ちが広がった。



 バレンタイン当日のオビトの予定は把握済みだ。
 オビトの誕生日はバレンタインの四日前の十日。わたしとオビトとリンとはたけくんの四人で、お互いの誕生日にプレゼントを贈るようにしていて、リンもはたけくんも都合が悪くてわたしが渡しに行った。
 その際に、十四日は朝方早くから里を出て周辺の見回り、夕方から夜頃に里へ帰還とさりげなく聞き出した。
 だからわたしも予定を合わせ、オビトが里に帰るだろう頃に任務を終わらせられるよう、親しい先輩にお願いして時間を作った。

「妹分のかわいいお願いは聞いてやらなきゃ男が廃るよな」
「わたしってシイナさんの妹分だったんですか」
「お礼と言っちゃなんだが、サホの方で『シイナさんはすごくかっこよくて頼りがいがあって尊敬できる兄貴分なんです』って広めておいてくれよな」

 お礼というのはこの場合、わたしの方から申し出るものじゃないだろうか、と違和感はあったものの、有難いのは本当だ。自分から言いふらしはしないけれど、もしシイナさんのことを訊かれたら、そんな感じで答えてみよう。
 シイナさんの協力のおかげで得られた時間を大事にしなければ。前回のように渡せなかった、なんてオチだけは避けたい。
 ただ、気がかりが一つある。本番用に焼いたガトーショコラは、持ち運びを優先して手のひらに収まる小さなサイズにしたので、熱は中までしっかり通っているが、味見をすると試作のときより苦味が残っている気がした。
 クシナ先生はそんなに気にならないと仰っていたけれど、甘い物好きに贈るとなると、少し不安が残る。
 そう思い、作ったガトーショコラとは別で、市販のチョコも一つ買って用意している。ガトーショコラを渡すときに、『もしかしたらオビトには苦いかもしれないから』と、口直しとして受け取ってもらおう。
 まだオビトが帰還していないことを確認した上で、里の大門の近くで張り込んだ。約一時間ほど待ったところで、ようやくオビトが仲間と共に里へ戻ってきた。
 オビトたちはそのまま受付所へ報告に向かい、解散しオビト一人になったところで、数度深呼吸を繰り返したあと声をかける。

「お、オビト!」

 変な声にならないようにと努めたのに、結局上擦った音が出てしまった。ああもう、と自分の喉の至らなさに悲しくなるが、今は足を止めたオビトにチョコを渡す方が先だ。

「おー。どうした?」

 振り向いた頬には切り傷が一つ。さきほどの任務でついたのだろうか。傷は男の勲章だと言うけれど、オビトを見ていると本当だと思ってしまう。顔に傷があるのにいつもよりかっこよく見えて、うまく目が合わせられない。

「あ、あの……」

 腰の後ろに手を回し、普段より一回り大きいポーチの中を探る。どちらもそう大きくないとはいえ、包装されたチョコレートを二つ入れるには、いつものポーチでは収められなかった。
 渡す。渡す。
 頭の中で自分に言い聞かせ、手作りしたチョコの、光沢と張りのある包みに指が触れる。
 その瞬間、小さな蝋燭に火がついたように迷いが生じた。
 手作りって、どうだろう。
 重たいかな。重たいよね。
 オビトって人が作ったお菓子とか平気な人だけど、でも好きでもない相手からもらうなんてどうなんだろう。
 いや、わたしがオビトを好きだから渡すんだから、そういうことを今更考えても。
 だけど受け取るオビトからしたら、気味が悪いとかあるかも。
 だってわたしのことまるで眼中にないのに、そんな相手から突然手作りなんてもらったら。

「こ、これ」

 ポーチから取り出した箱を、オビトに差し出す。赤と白のチェックで、端に一つリボンがつけられている。お店で見かけて一番可愛いと思ったチョコだ。
 チョコの箱を認めたオビトの表情は、目は見張り、口はぽかんと開いて、状況をうまく飲みこめない様子だった。

「え……」

 小さな声に混じる動揺に気づくと、とんでもない恐ろしさに耐えきれず、

「い、いつもお世話になってるし、オビト、甘いの好きでしょ? いつもありがとうって、そういう感じで」

などと、本心ではないとは言わないが、わたしが告げたかった思いではないことを口走ってしまった。

「なんだ、そっか。びっくりした。わざわざ悪いな」

 正方形の箱には感謝しか込められていないと分かると、オビトの相好は崩れた。

「今日ってあれだろ? バレンタインってやつ。一緒に組んだ人がさ、彼女から貰う予定だとか、去年は二個貰ったとかなんとか自慢してきて、オレが『貰ったことない』って言ったら笑いやがったんだけど。へへっ、これで一個はちゃんと貰えたぜ」

 さすがにオビトも、バレンタインというものを知っているようだ。それはそうだろう。そうじゃなきゃ、あんなに戸惑った顔は見せなかった。
 友情から来る贈り物だと知って、オビトはあからさまに安心してみせた。顔の強張りはすぐに解けて、普段と変わらない太陽の笑顔だ。

 わたしからの『好き』は、オビトにとって困るんだ。

 「ありがとな」と明るくお礼を言うオビトに、わたしは友達の顔をして笑って返した。
 笑え、笑え。心の中で何度も叫んだ。



 ショックが強すぎたのか、それからの記憶は若干曖昧だ。
 里の中を当てもなくぶらついて、『バレンタイン』という文字や仲良く歩く恋人たちを目に入れては、あのときのオビトの表情を何度も思い出し、泣きそうになるのを何度も我慢した。
 見たくないなら家に帰ればいい。だけど家に帰ると、今日という日が終わって、もう本当に『終わり』になってしまう。
 ポーチにまだ入ったままの、わたしが作ったガトーショコラをとうとう渡せないままになってしまう。
 だからと言って、またオビトへ渡しに行くことはもうできない。そんな勇気はない。
 渡せないならやっぱり家に帰ればいいのに、それがいやでさんざん歩き回り、さすがに足が疲れて、目に入った公園のベンチに腰を下ろした。
 すべてを凍りつかせるような風が吹いて、ざざんざざんと公園内の木を揺らし、葉を擦る。しっかり防寒してきたけれど、じっと動かないと骨の芯から冷えてくる。

 何も、ホッとすることないのに。

 悲しみは、徐々に小さな苛立ちへと変わった。
 わたしがオビトを好きって、そんなに困ることなの? 好かれるのって、迷惑?
 だって仕方ないじゃない。オビトを好きになっちゃったんだもん。
 オビトにとってわたしは『好きな人の友達』でも、わたしにとってオビトは『好きな人』そのもので、振り向いてもらいたいのに。困っちゃうとか、迷惑とか。
 そりゃ分かるけど。『好きな人の友達』だった奴が、いきなり『自分を好きな奴』になったら、びっくりして戸惑うのも分かるけど。

「ちょっと。またなの?」

 オビトに対する愚痴が次々に溢れるわたしの前に仁王立ちするのは、いつか見た立ち姿とほぼ似ていた。違うのは、前より少し背が伸びたところと、腕を組んでいるところ。

「またオビトに渡せなかったの?」
「……チョコは、渡したよ」

 呆れた声と、『また』という言葉にちりっと反発心が湧いて、口調は少し拗ねたものになった。
 チョコレートを渡すこと自体は達成された。一応。なんとか。

「そう。じゃあフラれたわけね」

 口調は軽いものの控えめな声色が、はたけくんもさすがに気を遣ってくれているのだと伝わり、芽吹いたばかりの反抗心はあっさり引っ込んで、久方ぶりに口の端が緩んだ気がした。

「似たようなものだけど……どうかな」

 肯定も否定もせず曖昧に濁しながら、少しだけ軽くなったポーチに手を入れる。透明なセロハンの袋に入ったガトーショコラを掴み、膝に乗せると、はたけくんの右目が大きく開いた。

「渡したんじゃないの?」
「渡したのは、お店で買ったチョコ。これね、オビトにはちょっと苦くて失敗したかなって思ったから、口直し用にと思ってお店でチョコを買って、二つとも渡そうとしたけど……」

 事情を説明している間、風が吹くたびにセロハンの袋がカサカサと高い音を立てるので、そっと両手で包んだ。硬質な音は耳障りで、張りつめるほど冷たい空気の中だと、余計にうるさく聞こえる。

「手作りって、いかにも本気ですって感じが出ちゃうから、どうかなって」
「感じが出ちゃうも何も、本気なんでしょ」
「そ、そうだけど。なんか……オビト、困るかなって。わたしからそんなチョコを貰ったら、オビトきっと、困るから……」
「そんなこと考えてたら、一生渡せないよ」

 はたけくんの返しは常と変らぬ切れ味で、わたしのちっぽけな感情や考えはあっさり両断されていく。

「でもオビト、買ったチョコを渡したらホッとしてたんだ」

 わたしがチョコの箱を差し出したときの戸惑った表情。
 日頃のお礼だからと言われたあとの、安堵の表情。

「告白じゃなくてよかったって。やっぱりそう思ったのかなぁ……」

 あのとき、『いつもお世話になってるから』なんて言わなかったら。ちゃんと『好きだから』と伝えていたら。
 そうしたら、オビトは笑ってはくれなかった。わたしとオビトの友情に亀裂が入って、きっとそこからどんどんヒビが増えて、そしていつか、砕けて。

「そう思ったとしたら、それはサホが『リンの友達』だからで、別にサホ自身を嫌ってるわけじゃないよ」

 わたしの手の中からチョコレートの包みを取って、隣の空いているスペースに体を預けると、留めていた針金入りのリボンを解く。

「意識してもらえない存在でいいなら渡さなくてもいいし、意識してもらいたいなら、多少のリスクは冒さなきゃ」

 透明な袋に手を突っ込んで、紙のカップの縁を持ち取り出すと、わたしに背を向けた。

「……どう?」

 きっと一口食べたはず。思ったより苦めに感じた味なら、はたけくんには合うと思うんじゃないかな。
 銀色の髪と、額当てを結んだ先の尻尾がしばらく揺れたあと、くるりとこちらへ戻った顔は、眉間が寄っていた。

「失敗はしてないよ。オレの口には合わないから」

 マスクがしっかり上がったその奥から発せられる、力のこもっていない声と共に、奪われたガトーショコラはわたしに突き返された。
 受け取って、わたしも食べてみたら、やっぱりちょっと苦い気がする。
 でもはたけくん曰く失敗していないらしいから、ちゃんと甘いに違いない。
 苦く思うのは、作り方を失敗したからじゃない。失敗したのは作り方じゃなくて、もっと別の何かだ。



* * *



 新年が明けてしばらくすれば、通りの様子が年明けのお祝いムードからバレンタインへとあっさり移る様子はもう見慣れてきた。他国の文化が定着するのは、ある意味こんなにも平和だからできることなのだろうとしみじみ思う。
 しかも今年は、バレンタインデーの内容もまた少し変わってきた。
 今までは好きな人や恋人にだけ贈るというものであったけれど、それとは別の、知人や友人、仲間など、日頃から世話になっている男性にも贈ろう、などという一文をよく見かけるようになった。
 そういった男性たちへ贈る物を『義理』、これまで通り好きな男性へ贈る物を『本命』と区別し、プレゼントしましょう、ということらしい。
 これもまた、贈る対象を増やしチョコレートの売り上げアップを目的とした、営利的な意味が多々含まれているのだろうけれど、本命を贈るのに義理というのは良い隠れ蓑なのかもしれない。

 オビトにチョコを作り始めて三年目。『三度目の正直』というし、今年こそはオビトに本命チョコを渡したい。
 今回の渡し方は前回と変わらない。オビトを見つけて渡す。それだけだ。
 前回までと違うのは、堂々とチョコレートの入った紙袋を持ち歩けるようになったことくらいだろうか。
 下忍になり、中忍になって数年。知り合いも大分増えて、義理用のチョコの数は多く嵩張る。どれも手のひらサイズとはいえ、それなりの数になる。その義理用の小さなチョコの下に、オビトへのチョコを忍ばせておけるので、義理文化も便利だ。
 任務が終わったからとはいえ紙袋に大量のチョコを入れて持ち歩くなんて、情勢が安定し、特に里内に緊張感がないからできることだ。平和であることの喜びは、日常の些細なことから、行事やイベントの盛り上がりの中で常に感じ取れる。

 顔を合わせた男性の知り合いに義理チョコを配りつつ、オビトの姿を探した。バレンタイン当日に、毎回毎回時間があるわけではない。じわじわと中堅の位置に収まってきていて、後輩が何人もできるようになり、休みを取りたくても任務を命じられることもある。
 オビトもそうだ。特にオビトはうちは一族出身ということもあり、本来なら正規部隊から警務部隊へと転属していたはず。
 はたけくんに左目の写輪眼をあげたことが原因とは言い切れないけれど、恐らくそのことが影響していまだに籍は正規部隊にある。でも、いつ警務部隊へ移ってもおかしくない。
 警務部隊に転属してしまったら、顔を合わせる機会はグッと減る。オビトのことだから、リンに会うためには行動しても、わたしに会うためになど動くことはない。
 だから今回こそ、三度の正直で渡さなければ。
 意気込むわたしの視界に、黒髪の頭が入る。短く刈られたような髪に、背格好は間違いなくオビトだ。

「オビト!」

 名を呼んで駆け寄れば、オビトがこちらを振り向いた。左には普段と変わらぬ黒い眼帯。声は聞こえなかったが、口が開いて何事か紡いだ。わたしの名を呼んだか、相槌か何かを打ったかだ。

「そんなに急いでどうした? 何かあったのか?」
「えっ? いや、そういうわけじゃないけど……」

 走るほどの用があったのかと問われ、別に火急の件ではないが、かといって些末なことでもなく、返答は曖昧なものになった。
 それはもう、この際気にしていられない。走ったことで何だか勢いづいた部分もあって、持っていた紙袋に手を突っ込んだ。

「あの、ほら、今日って、あれでしょ」

 下を向いて、底に隠していたチョコを掴み、オビトを見やると、そこでやっと、オビトが一人ではないことに気づいた。オビトの両脇には猿飛くんと並足くんが居て、三人の視線はわたしに注がれている。
 わたしを貫く両端の二人の双眸が、どこか冷やかしめいた色をしているような、そんな気がした。

「――これ。どうぞ。二人も、どうぞ」

 掴んだチョコを一旦放し、小さな袋を三つ手に取って三人に差し出した。平等を形にしたような、均一の見た目。

「おっ。いつもありがとな」

 オビトは少し照れた表情を見せつつも、礼を言ってあっさりと受け取る。並足くんも「これってあれか。義理チョコってやつか」と物珍しげにわたしの手から取った。
 残りの一つは猿飛くんの分だけど、彼だけは難しい顔をし、他の二人よりも少し遅れて手を伸ばし、

「なんか、悪かったな」

ほんの一瞬、オビトへと目を向けてそう言った。
 その謝罪は、一体何に対してなのか。
 考えたら、恥ずかしさと情けなさがグッと込み上げて、ろくな挨拶もしないまま、逃げ出すようにその場から離れた。



「もしかしてと思って見に来れば……」

 呆れた声に苦笑を返しつつ、来てくれたことにホッとして閉じていた口から細い息を吐いた。静かな公園の木々は常緑樹を除いて枝だけが夜空へと伸び、華奢な骨組みを北風に晒している。
 はたけくんは面を掛けていた。暗部になってから彼の『顔』になったそれは、表情がまったく読めない。

「任務中……だった?」
「夜間警備」

 胸当てや手甲など、他の暗部と同じ装備の姿を見れば、彼が任務の最中であったことは簡単に察せられ、また本人からもその旨を伝えられ、わざわざ顔を出してもらったことに申し訳なさより有難さが勝った。

「随分大きな袋だね」
「今年は義理チョコも配ったから」
「ああ、あれ。おかげでこっちは大迷惑だよ」

 隣にドカッと腰を下ろすと、はたけくんは苛立ったように腕を組んだ。昔ほど隣に並ぶ機会がなくなったので、その背が一年前より高くなったことに時の流れを感じた。

「大迷惑って?」
「義理だと言えば受け取ると踏んで、持ってくる奴が倍に増えた」

 問えば、よほど鬱陶しいと感じているのか、言葉の端々に疲弊しきった様子が見えた。
 暗部に転属してからもはたけくんの活躍は目覚ましく、その実力は同世代の中では間違いなく頭一つ分飛び抜けている。戦時下だったとはいえ、十二で上忍だ。以前は人を寄せ付けたがらない刺々しい態度ばかりだったけど、ミナト班のチームメイトであるオビトと親しくなったことをきっかけに、その棘の先も丸くなって数も減り、ずっと話しやすい人になった。背だってグングン伸びているし、改めて考えればモテる要素が多い。

「そっかぁ。はたけくん、モテそうだもんね」
「ほとんど断ってるけどね。貰っても食べきれないし」

 それは食べきれないほど大量に貰うからだろうか。いや、甘いのが苦手だから、許容量が少ないのかもしれない。
 どちらにしても、言外に含んだものを察するなら、義理とかこつけて贈られるより前から、気持ちのこもったチョコをいくつも差し出されていたらしい。食べきるのに毎年苦労しているんだろうなぁ。
 そういえばオビトはどうなんだろう。去年はわたしが一つあげたけど、それ以外にも貰ってるかな。今年は義理チョコなんていうのも流行っているし、だからほら、リンから、とか。
 考えに耽っていると、横からずいっと手が伸びてきて視界に入り込んだ。思わずのけ反って、背もたれにピタリと体をくっつけた。

「渡せなかったんでしょ」

 はたけくんはすっかりお見通しだ。というか、ここでこうしてまたベンチに座っていれば、理由の検討もつくだろう。わたしとしても、はたけくんに会えることを期待して、ここで彼を待っていたわけだし。
 家を出たときより軽くなった紙袋の底には、箱が一つ。市販の物ではなく、赤いリボンを選んで結んだ。オビトの目の色。

「クッキーにしたんだ。これなら溶ける心配がないし」

 焼き菓子なら持ち歩きに便利だから、手軽に食べやすいクッキーにしてみた。花の型でくり抜いて、チョコチップを乗せて焼き上げたクッキーは、初めてにしてはなかなか良い出来栄えだと思う。
 本当はバレンタインだから、ハートの形にくり抜いてみようかなと考えて、製菓コーナーを覗いてハートの型も一度は手に取った。でもやっぱりちょっと本気過ぎてオビトが引いちゃうかなと、無難な花の型を買ったあたり、自分の消極性を改めて実感してしまった。

「今年はどうして渡せなかったわけ?」
「オビトに渡そうって声かけたら、ちょうど猿飛くんや並足くんが居て、それでまあ、さすがに二人の前じゃこれは渡せないし、三人同じものを渡しちゃって」
「タイミングに恵まれないね」
「あと、猿飛くんに、オビトを好きって気づかれたかも……」
「むしろ今頃気づくなんて遅いくらいじゃない? サホは分かりやすいよ」

 とんでもなく恐ろしいことを言われて、血の気がサッと引いたあと、羞恥心ですぐに顔に熱が戻る。
 分かりやすい、のかなぁ。なのに肝心のオビトは気づかないんだから、うまくいかないものだ。気づかれるというのも恥ずかしいけど。

「ごちそうさま」

 悶々と考えている間に、はたけくんはクッキーをいくつか食べ終え、わたしへと返した。数枚減っても、クッキーはまだ半分以上残っている。

「じゃ。サホもさっさと帰りなよ。オレたちの仕事を増やさないでね」

 言うと、はたけくんはその場で跳躍し、そのまま振り返りもせず行ってしまった。宵闇にもあの銀色の髪は目立つ。目立つのに気配なく現れたりいつの間にか見えなくなっていたり、はたけくんの隠密術はかなり高度だと思う。



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