最果てまでワルツ | ナノ
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 ロ班にもう一人、新しい仲間が増えた。うちは一族のうちはイタチ。
 まだアカデミーに在籍しているであろう年齢で、すでに中忍。部下の一人が暗部から別部隊へと転属になったため、その欠員の補充として加わることになった。
 うちは一族は里の警務部隊を一挙に担っている。大戦中は、里や国を守るために忍は戦争への参加を余儀なくされ、うちは一族も前線に赴く者は多々いた。戦争が終わった今は、うちは一族のほとんどが警務部隊に籍を置いている。
 中にはイタチのように個人の能力を買われ、他の部隊に属することもありはするが稀。また、エリート一族と称されるうちは一族だとしても、この若さで暗部入りは異例中の異例であった。

「お前とて、十三で暗部入りしたであろう。さほど変わらぬではないか」

 三代目にそう言われると、うまい反論が思いつかない。
 よくよく考えればテンゾウも十になる前から『根』に所属していた。もちろん特殊な事情があったからではあるが、若すぎるきらいはあっても、珍しくはないのかもしれない。
 しかし、その若さが引っかかるのか、部下の何人かはイタチをよくは思っていなかった。イサナのときとは打って変わって手荒い歓迎を行い、部下の教育を見直す必要があるのかもしれないと考えさせられる。テンゾウからも『先輩は厳しいけど優し過ぎるところもありますよ』と相反する意見を貰ってしまった。
 イタチ自身は寡黙だが穏やかな性格で、テンゾウやイサナ辺りの人当りのいい者はすぐに受け入れた。ただ、一年も開いていないが後輩ができたこと、しかもそれがとびきり優秀だったため、イサナは自身と比べ気落ちしているようだ。
 正直、比べる相手が悪い。里でも一番名の知れた一族の、その中でも特に優秀なイタチは例外的な存在だ。
 けれどそんなこと、イサナに言ったところで、慰めにはなっても励ましにはならない。自分は自分、相手は相手だと自らで割り切れなければ、どんな言葉をかけても彼女の心は晴れないだろう。
 そういうところもまた、サホを思わせる。名のある氏を持つオビトや、そのオビトの隣に相応しいと思えるリンに対し、自分は何も持っていないとうなだれ悩んでいた頃のサホが被ってしまう。
 だからできるだけ言葉を選んで、イサナの背を押した。苦労は功を奏し、イサナの顔に再び笑顔が戻る。
 サホ以外は簡単に笑わせられるのに。彼女に似たイサナの笑みに、ついそんなことを考えてしまう。



 知ってますか。
 ロ班の本日の任務が終わり、詰め所の机に向かって報告書を片付けるオレの前に座り、テンゾウは周囲を気にしながらボソッと声をかけた。

「知らない」
「まだ言ってませんけど」
「そう。だから知らない。で、何?」

 最初に主語なく話しかけたのはテンゾウだ。ペンを走らせながら問い直すと、室内には誰も居ないのに、自分たち以外の気配が完全にないことを確認してから口を開く。

「サホさんの噂です」
「サホの噂?」

 手の動きを止め、報告書にペン先をつけたまま右目で捉えたテンゾウは、黙って頷いた。

「『エリート狙いの女』だそうです」
「……なにそれ」

 『エリート狙い』とサホがまったく結びつかない。まったく予想外の話の先が気になって、とうとう手からペンを放し腕を組んでテンゾウに向き直った。
 テンゾウが説明することには、サホに告白し断られた男が『うちは一族以外には興味がない、エリート好きだった』と仲間内に話したのが広まって、一介の中忍のくせにエリート狙いなど高望みしている、と面白おかしく話題になっているらしい。

「あいつがねぇ……」

 聞き終えて浮かぶ感想はバカバカしいの一言。他人をあげつらうように噂する姿がどんなに滑稽か、当人たちは知る由もないだろう。
 フラれた男も、断られたことの逆恨みもあるのだろうけれど、そんなことをすれば自分の男としての評価が下がるだけなのに。
 大体、『エリート狙い』というのがまず間違っている。サホはうちは一族にしか興味がないのではない。あいつはオビト以外に興味がない。
 なのにどうして『エリート狙い』と受け取られたのか。それは恐らくサホの対応がお粗末過ぎたのだろう。

「うまいことやれない奴だね、ホント」

 昔からよく躓いていた。オビトとのこと、リンとのこと。
 忍者としても、今までにいくつもの小石に足を取られ、先を塞ぐ壁を見上げては途方に暮れていた。
 サホは決して器用には生きてこられなかった。生きるのに上手い下手があるとしたら、サホは下手だ。ま、オレも上手く生きられている自信はない。

「その噂、どこまで広がってるの?」
「分かりませんけど、若い忍はほとんど知ってますよ」

 サホさん大丈夫でしょうか、とテンゾウは心配そうに続けた。
 あいつの人となりや過去を知っているテンゾウは、オレと同じように『エリート狙い』というサホの噂の裏に隠れた、あいつの真意を汲み取ってはいるだろう。
 だからこそ、変な噂が流れ、サホが気に病んでいないか考えてしまう。

「大丈夫でしょ。お前が気にすることはないよ」

 サホを思う後輩の、その気遣いを慮って言ってやると、口をへの字にして複雑な顔を見せたが「分かりました」と肩を落として部屋を出て行った。
 あいつが気に病んでいないか? 気に病んでいるに決まっている。
 人の機微には疎い故に、目に見えるものをそのまま受け取ってしまう奴だ。他人からの自分への口性無い言葉は、サホの心をえぐるだろう。相手にサホを傷つける意図などなくとも。
 だからと言って、テンゾウがどうこうできるものじゃない。流布されてしまっては、全てを掬い上げて訂正していくなど非常に困難だ。
 人の噂も七十五日という。そっとしておくのがいい。動きがなければそのうち飽きて、他に目新しい噂が広まれば、サホの話など過去の噂の一つに埋もれるだろう。



 あいつはもしかして、底抜けに不器用なの?
 呼び止められた男の話を聞き終えて、呆れや心配を通り越し、新種の生き物を見つけたような複雑な気分になった。
 非番を利用して、補充がてら忍具屋で商品を眺めていたオレに声をかけてきたのは、一つ二つ年上の中忍。年下だが上忍であるオレに敬語を用い、サホについて新たに広まっている噂を詳しく教えてくれた。
 『うちは一族にしか興味のない、エリート狙いの女』であるサホに、うちは一族の男が声をかけたが、予想に反し断られた。その際の断り文句が――

「『はたけカカシを知ってますか? あいつより強いですか?』と」

 もうね。オレは天を仰いだ。正確には忍具屋の天井だったけど。

 そこは違うでしょうよ……。

 どうしてオレの名を出す?
 そこは『はたけカカシ』ではなく、『うちはオビト』でしょ?
 冷静に、冷静にと思いはするものの、事態がうまく処理できない。分かるのは、サホがまた対応を間違えたことだけ。

 オビトもバカだけど、サホも結構バカなのかも。

 中忍の筆記試験で毎回苦戦していたオビトは、勉強の面でもバカだった。でもサホはリンほどではないが、学習したことは確実に吸収して、決してバカではなかったはずで――いやもうとにかく、サホはバカだ。頭は悪くないが、バカだ。

「あの、はたけ上忍とかすみさんは、一体どういう関係なのでしょうか?」

 サホのことで頭を抱えるオレに、中忍の男は構わず訊ねた。

「……ただの同期ですけど」

 どういう関係かと問われたら、答えは一つ。すっかり返し慣れた言葉ではあるが、胸に小さな針が刺さったように痛むので、あまり口にはしたくない。

「では何故かすみさんは、はたけ上忍の名を出したんですか?」
「さあね。オレはサホじゃないから分かりません」
「そうですか……。あの、ただの同期なら、頼めませんか。かすみさんと、その」

 濁す物言いは、皆まで話さずとも察してくれという思惑が見えて、我ながら聡い頭は気づきたくないのに分かってしまい、小さなため息が口から漏れた。

「そういうことは本人に言うべきじゃ?」
「いやでも、俺はエリートじゃありませんから……」
「へえ……あの噂、信じてるの」

 エリートではないと尻込みする男の、苦笑する顔にひどく苛立つ。謙遜し、自分の位置を弁えていると言いたげな姿が。

「あんたも、サホがエリート狙いの、身の程知らずの女だって、信じてるわけ?」

 右目を男に向けると、緩んでいた口元が引きつった。

「いえ、そんな、そういうつもりでは……」

 今この場でなければ体調不良を疑うほど、男の顔から一瞬で血色を消え失せた。目は泳ぎ始め、壁や棚に収められているいくつもの忍具に当てもなく視線をやり、オレを見ないようにと必死だった。

「噂を鵜呑みにして、勝手に躊躇って、本人に直接伝える気概もなく、他人を頼る。それでサホが自分を好いてくれると思ってんの?」

 足を一歩踏み出すと、男の体がびくついた。もう一歩進めると、それに合わせて相手も後ずさる。逃がさないと、身をすくませ青褪める男の胸倉を捉えた。

「あいつをバカにすんじゃないよ」

 ついさっき、サホをバカにした自分を棚に上げて、オレは身に溜まった業腹を、余すことなく男にぶつける。

「サホのことをろくに知りもしないで、勝手に好きになるな。大体オレ、あんたの名前も知らないんだけど。なんでオレがあんたとサホの仲を取り持ってやらないといけないわけ? そんな義理、あんたにある?」

 目の前の男の名は知らない。中忍になって支給される木ノ葉の忍ベストを羽織っていたが、敬語を使うから中忍だろうと判断しただけだ。歳も見た目から計算しただけ。
 知り合いとも言えない奴相手に、何故オレがサホを繋いでやらないといけない。
 オレだって、オレだって――

「……悪いね。言いすぎたよ。あんたが誰を好きになろうと、あんたの自由だった」

 何も知らない仲なのに頼む姿勢を咎めるのなら、何も知らない相手のことに口に出すべきではない。誰が誰を好きになろうと、それは平等に与えられた権利だ。
 縮み上がる男の真っ白な顔を認めると、やりすぎた自分に気づいて、ようやく男を掴んでいた手を緩めた。解かれた男はすぐに二、三歩下がり、ガチガチと震えながらオレを凝視している。

「オレに頼むのはお門違いですよ。あいつに好かれてませんから」

 ご自分でどうぞ、と最後に添えて忍具屋を後にした。



 それからしばらく、周りが騒がしかった。面倒な形で上書きされた噂のせいだ。
 今までは『うちは一族』と多数を指していたのに、突然『はたけカカシ』という個人名が出てきたことが大勢の興味をくすぐった。


「貴方も写輪眼を持ってるし、もしかしてその子は最初から貴方狙いなんじゃないの?」

 同じ暗部の年上が言った。赤い紅を引いた唇が、サホを計算高いと笑う。


「『ただの同期』? あのな、こんな噂が流れて、誰が信用するって言うんだよ」

 正規部隊の上忍が言った。怪訝な瞳は、事実を知りたいという欲求に満ちていた。


「嫌われているなら、どうしてあの人は、はたけ上忍の名前を出したんですか?」

 中忍の若い女が言った。好奇心は身を滅ぼすぞと忠告すると、短く謝って逃げていく。


「はたけ上忍にその気がないなら、取り次いでもらえませんか? 実は前から気になってて」

 中忍の若い男が言った。ヘラヘラ薄笑いを浮かべて窺う態度が癪に障る。自分で言えと切り捨てた。



 誘われた目的を薄々理解し、面倒だと思いはしたが、いつもより強引なアスマに引きずられながら、一人暮らしを始めたばかりだというゲンマの部屋へ連れ込まれた。
 ゲンマの部屋はワンルームではあったが、部屋の主であるゲンマ、オレ、アスマ、あとすでに寛いでいたガイの男四人が集まっても圧迫感がない程度に広い。
 夕飯も兼ねているためか、テーブルに並んでいるのは酒のつまみの枝豆や唐揚げを始め、パッケージされたおにぎりやレンジで温めるだけの惣菜。
 腰を下ろし、どうせサホのことを訊かれるのだろうと思ったが、話題はサホにはかすりもしないものばかり。最近の国境で起きた騒動や、任務で気づいた他里の動き、新しい忍器の批評など、意外と真面目な話が飛び交って、拍子抜けした。

――が、それは早寝早起きのガイが睡魔に勝てず、ゲンマの布団を借りていびきを掻いて眠り出すまでだった。

「いやーしかし、サホはどうしたもんかね」

 言いだしたのはゲンマで、オレはもう鶏の軟骨を奥歯で砕きながら、なんだやっぱりその話をするんじゃないかと、うんざりしつつもホッとするところもあった。オレとしても、サホが今置かれている状況を一度確認したいと思ってはいたが、オレとサホとのことに口を出さないでくれと頼んでいた立場を考えると、オレから話を振るのは厳しい。

「まあ、目をつけてる奴が結構居たから、そろそろかなとは思ってたがな」
「目をつけてる奴?」
「あいつ、地味に人気あるんだよ。狙いやすいからな」

 アスマの発言が気になって訊ねると、代わりにゲンマが答えた。
 ゲンマは年上だが、特別上忍でオレは上忍。公式な場や他人の目があるところでは、ゲンマもそれなりに礼を尽くすところはあるが、今は完全なプライベート。アカデミーの頃からと変わらぬ態度で、サホが『狙いやすい』理由を述べた。

「紅みたいな特上の美人だとフラれる可能性が高いし、自分じゃつり合いが取れるか不安があって、その辺の男じゃなかなか勝負を挑もうって気にはなれねぇ。でもサホくらいの、上かなぁくらいのタイプは、ちょっと背伸びすれば届きそうだと思わせるんだよ。しかもあいつ、垢抜けて綺麗になっていっているのに、あいつ自身はそれに気づかず自分を過小評価しているところがあるから、強気で押していけばどうにかできそうだーとか、御しやすそうに見える」

 身近な紅を指針とし、ゲンマはサホを『上かなぁ』と称し、主観ではなく客観的にどう見えるのかを言葉にしていく。

「とびきり美人よりも、ちょっと美人くらいで、扱いやすそうな女が一番狙われやすい。そしてそういう打算で動く男だから、当てが外れて、見下していた相手にフラれた自分のプライドを守るために『あの女は付き合う価値のないクソ女だ』と言いふらしたわけだ」

 口にくわえた、千本代わりの焼き鳥の串を上下に揺らし、サホの外見の変化と、それに追いつかない内面に宿る隙、なぜサホが狙われ、あの噂がどうして広がったのかまで結んだ。

「ヨシヒトが厳しく鍛えすぎたんだな。あいつの綺麗だとかの基準はレベルが違うだろ? オレらから見たら十分でも、ヨシヒトにとっちゃまだまだだから容赦なくダメ出しされて、自信がまったくついてないんだよ。そこそこ可愛いくせに自信のない女なんて、プライドだけは高い男にとっちゃ都合がいいからな。ロクでもない男が引っかけようと思うのも無理はない」

 今度はアスマが、今のサホができあがった原因を語り、今回の件は起きるべくして起こったのだと、淡々と言った。
 二人の言い分は、説明されればなるほどと思うところばかりだ。

「くだらない考えだね」

 理解できるし、納得もできた。
 でも何よりも真っ先に湧く感情は、サホを軽んじた男たちへの憤りだ。
 『自分に利があり、与し易いから』という安直な理由で声をかけ、あまつ低劣な噂を流す根性がいけ好かない。

「サホにとって幸運なのは、あいつの周りにはそういう下心を持ってない、アホな噂も一方的に鵜呑みにしない、まともな奴ばかりだった、ってとこだ」
「あいつがエリート好きだって噂を聞いたときは、面白くて笑っちまったよ」
「エリート好きなんじゃなくて、エリートに好かれてる方だしな」
「……どうしてそこでオレを見るわけ?」

 ゲンマが笑いながら枝豆に手をつけ、アスマは少し気だるげな目をオレに向けた。その目の指し示す意味は察せられるが、どうしてオレに向けるのか、と反発心が湧くが、アスマは笑いながらグラスを揺らし、続ける。

「ま、ここに居るエリート以外にも、あいつのことをまともに好きな奴がいずれ出てくるだろうけど」
「ちょっと。決めつけたまま話を続けないでくれる?」
「それまではお前が防波堤になってやった方がいいんじゃないか? オレは守護忍十二士として里を離れるし、紅もフォローできるとこはするつもりらしいが、万が一、つまんねぇ男に引っかかったら寝覚めが悪い」
「あれだな。害虫駆除っていうのは、自分で仕留めた方が一番安心できる。本当に完璧に駆除できたのか自分の目で確かめたいもんだよなぁ。サホを狙ってる奴が向こうから来てくれるんなら、カカシとしても楽だろ」
「だからさ……」

 害虫駆除に例えるゲンマに呆れるが、そこに異論はなかった。暗殺任務だって、殺したという確信を得るには、仲間や部下に任せるより、やはり自分でやるしかない。
 アスマやゲンマらには面倒くさい勘違いをされているようだけれど、サホがつまらない男に引っかかることは、オレとしても心配だ。昔からサホは抜けているところが多々あった。この現状の一因を担うのは、間違いなくサホのそういうところだ。



 決めたのなら動くのは早い方がいいと、オレはサホと確実に会える場所をいくつか回った。
 いくつかと言っても、受付所か、慰霊碑か、墓地の三つくらいだ。隣に住んでいる部屋へ直接訪ねるのは何だか憚られる。
 二つ回って、最後の墓地で、ようやくその背を見つけた。

「サホ。話があるんだけど」

 サホに声をかけるのは少し緊張する。リンが亡くなって以降、オレに対するサホの反応は良いものではないと肌が覚えているので、声は自分でも分かるくらいいつもより低く響いた。
 リンの墓の前で、跪くような姿勢を取っていたサホは、腰を上げてオレへと向き直る。顔は合わせているが、その視線はオレからわずかにずれていた。

「場所、変えない?」

 ボソボソと発したそれは、誰も居ない周囲を窺うかのようだった。見える範囲には誰も居ないが、ここには多くの者が眠っている。一番傍にはリンが。きゅっと結んだ唇を見るに、サホはオレが何の話をしに来たのか気づいているのだろう。その話をリンの前でされたくないという気持ちは分かったので、オレは了承し、サホと共に墓地の中を歩き、外へ出た。
 どこか話しやすい場所はと、近くの広場へ進路を取る。開けているあそこなら、何者かが近くに潜んで盗み聞きするということもない。
 点灯していない外灯の下まで進み、この辺でいいだろうと歩みを止めると、サホもオレに倣った。

「お前ね。なんでオレを巻き込むわけ?」

 名前を出す相手が違うだろうと、呆れると合わせて込み上がった癪に障る気持ちが、自然とオレに腕を組ませ、サホを威圧するような態度になり、彼女の顔を俯かせる。

「悪かったって、思ってる」

 きちんとした形ではないが、嫌っているオレに対する、サホの精一杯の謝罪だというのは伝わった。開き直る可能性も考えていたので、サホはサホなりに今のこの事態に反省の念を抱いているようだ。

「まあ……お前がどういう理由でオレの名前を出したのかは分かってる。でも、他の奴らは違う。お前がオビトを好きなことを知ってる奴なんて、ほんの数人でしょ」

 サホがオビトを異性として好きだということをちゃんと知っているのは、オレ以外では故人のクシナ先生、あとは紅くらいだ。紅自身から『サホはオビトを好きだったのね』と、思い出話を振られたことがあった。
 それ以外でも、もしかしたら自分から打ち明けている者がいる可能性もあるが、サホの性格を考えるとそう多くはないはずだ。
 ま、あくまでも本人から直接聞いたのがオレや紅だけであって、サホのオビトへの気持ちを薄々察している奴も居る。サホの過去を調べたテンゾウ、下忍時代から傍に居たナギサやヨシヒトもそうだし、アスマやゲンマも何となくは分かっているだろう。ガイはそういうところに疎いので多分気づいていない。
 サホはオレの言葉に同意しつつ、先ほどよりも更に頭を下げ、肩を落とした。

「迷惑かけたのは、本当……よくないって、反省してる」

 九尾事件のあと、オレを前にしたサホは、いつもオレに強い表情を見せていた。睨むというほどではないが、向ける目も態度も鋭かった。オビトのことやリンのことを考えれば、無理もないことだと思う。
 それが今は見る影もなく弱々しい。伏せた睫毛が凍えるように震えているのを見ると、どれだけ時が経とうとも根本的なところは変わりないのだと、打たれ弱くよく落ち込んでいた昔のサホを想起させる。
 ずるい、と思う。日頃からオレに向けていた敵意や嫌忌を引っ込めて、そうやって心細そうに俯かれては、腕を組んで居丈高に振る舞うオレが悪いみたいだし、可哀想だなと思えてしまう。

「……大体、どうしてそういう断り方になるの? 『ごめんなさい』の一言でよかったんじゃないの?」

 腕を外し、そのまま右手で頭を掻きつつ、右目はサホからそっと視線をずらした。サホはオレの考えを窺い、言葉を選ぶかのようにしばらく口を閉じ、ゆっくり開いた。

「さ……最初の人は、告白されるなんて初めてだったから、動揺しちゃって……。『お試しで』って言われたけど、お試しで付き合うとかよく分からないし、とにかく断りたくて、でも不快にさせない断り方なんて思いつかなくて、理由を探してたら、わたしはオビトが好きだし、オビトはうちは一族で、それで写輪眼が浮かんで……」

 強張った声が語るのは、予想通り、サホが悪手を打ったという事実確認に他ならなかった。

「……で、次の、うちはの人は、自分はうちは一族だからどうですか、って……。その人も『友達からでいいよ』ってグイグイ来るから……それで……その……オビトは……カカシの……だから……」

 続きを促すと、サホはたどたどしく続けた。後半は最早まともな文章になっていなかったが、これもサホの対応が悪かったことが容易に窺い知れるものであった。

 いやホントに。こいつ大丈夫なの。

 初めて告白されて動揺するのは分かる。『お試し』というのも、合わないなと思ったら即逃げられるように予防線を張っているようにも受け取れるし、いい気分はしないだろう。
 何よりサホはオビトを好いているのだから断る一択しかないが、相手を不快にさせない断り方なんて誰だって難しい。
 だからって、『写輪眼を持ってますか?』や『はたけカカシより強いですか?』を選ぶだろうか? 悪手も悪手だ。
 サホはこれから先、上手く生きていけるのだろうかと、勝手に不安になって頭が重い。そんなオレに、サホはもごもごと言葉をかけている。言いたいけれど言えない、と焦燥に駆られる姿に、きっと告白を断るときもこうだったのだろうなと、ぼんやり考えながら腕を組んだ。

「二人」

 オレが発した単語をサホは繰り返し、何のことだと少し首を傾げる。
 教えるのは気が滅入るが仕方ないと、億劫な感情と共に重たい息を吐いた。

「オレのところに、二人。来たよ」
「来た? 誰が?」
「サホを好きな奴が」
「へ?」

 半音高い声を上げ、サホは両目を大きく開いた。

「え? え? 二人って、わたしに声をかけてきた人?」
「いいや。その二人とは別だね」

 徐々に頬から顔全体へ赤くなり、口はパクパクと動くので、まるきり金魚のようだ。

「……嘘でしょ?」
「……人って、人生で三回くらい、モテ期が来るらしいよ」

 どこかで誰かから聞いた一説を持ち出すと、サホは言葉にならない声を細切れに上げ、顔をあちこちへと向ける。

「そ、それで、その人たちは何しに来たの?」
「お前がこういうこと言ってるけど、どういう関係なんだ、って。まあ、それは他の奴らも訊いてきたんだけど」

 浮かぶ顔は、大半が冷やかし目的で、何か面白い話が聞けるのではという期待を秘めていた。
 『人のふり見てわがふり直せ』とは実に為になることわざだ。他人のあれこれを探る姿の卑しさから、その行為がどれだけ下品なのかしっかり学ばせてもらった。

「他の奴らって……その人たち以外にも?」
「そいつら以外にも。忍って奴は職業柄か、どうにもこうにも知りたがりの性分が多いね」
「な、何て説明したの?」
「……『サホとはただの同期だけど』」

 返せる言葉はそれくらいしか持っていない。オビトのことなど言えるわけもなく、何の温度もない『ただの同期』という肩書きを説明するしかないことは意に染まないが、他にできることもない。

「で、その二人が、実はお前に気があるから、ただの同期なら、よかったら仲を取り持ってくれないかって。でもそんな義理はないし、そもそもオレはあいつに好かれてないから逆効果だとは言っておいたけど」

 二人はどちらも凡庸な奴だった。凡庸だからこそ、足りない何かを補うために、手の届く中で一番見栄えの良さそうなものを選んだのかもしれない。
 しかし、奴らからお気に召されたことなど何の価値もない。サホの下に現れ、直接想いを告げた奴の方がよっぽど根性がある。

「そっか……」

 胸を撫で下ろすようにサホは息をついた。

「これからどうするの?」
「どうするのって……?」
「お前、また告白されて、ちゃんと断りきれるの? どうも強く押されたら簡単に流されそうなんだけど」

 一度ならず二度も悪手を打ったサホが、三度目の正直としてスマートなお断りができるとは考えられない。二度あることは三度ある。

「そ、それは……頑張るよ」

 あまりにも頼りない返事に、出そうになったため息を何とか留めた。
 アスマたちの思い通りに動くのは面白くないが、他にいい手も浮かばない。元々そういうつもりで来たのだから、躊躇う理由などないだろう。

「いいよ。オレの名前を出しても」
「え……?」

 向けられた丸い目は、驚きつつもオレの真意を探ろうとしていた。捕まりたくなくて、体ごとサホから逃げた。

「断って、流されないように踏ん張って、それでも無理そうなら、オレの名前を出してもいい」

 目の端でわずかに見えるサホの動きは、オレの唐突な提案に慌てているようで、目当てもないのに空いた手を忙しなく動かす。

「で、でも、それじゃカカシのところに、その人が来るんじゃ……」
「オレより強い奴なら、サホに断られたらすぐに身を引く頭の良さを持ってるはずでしょ。引けずに食い下がるみっともない奴に負けるほど、オレも弱くはないよ」

 あくまでも断るのはサホ。サホの手に負えなくなったら、オレの名を出し、そいつを寄越せばいいというだけた。
 それならばとオレの下へ顔を出す、引き際を心得ない恥さらしの程度など高が知れている。自惚れにしか聞こえないだろうけれど、そんな奴らに負けるつもりなんてちっともない。
 サホは信じられないとばかりに目を開いた。ここ数年の関係と距離を考えれば、オレの提案は思いがけないものだろう。
 しかし、オレたちは木ノ葉隠れの里に属する仲間だ。だったら手を貸すことなどおかしくない。おかしくないはずだ。あくまでも、仲間としてサホを助けることに他意はない。

「あっ……」

 開いたり閉じたり。再び金魚のように口をぱくぱくと動かすサホは、何か言いたいようだが言葉にはならず、少し待ってみたが一向に何も伝わらない。オレが黙って待てば待つほど、焦りも増していくのか、緊張と焦燥でサホの顔は赤く、不安気だ。
 このままではプレッシャーを与えるだけできっとサホは言えない。キリがないということもあり、オレは踵を返して、サホを広場に残しその場から離れた。



19 黙する盾

20191106


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