最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 アカデミーに入って一年も経たないのに、はたけくんが卒業試験を受けるらしい。
 足音を響かせて教室へ入っていた男子が、

「カカシの奴、卒業試験受けるんだってよ!」

と興奮した様子で、みんなに大声で知らせて、教室のあちこちから色んな声が上がる。教室でお喋りしていたわたしとリンも顔を見合わせ、みんなに負けないくらいに大きな声を上げてしまった。
 教室の中で飛び交うのは、「すごい」「さすが」「飛び級ってこと?」「カカシだもんな」と、みんな、嘘だとか冗談だなんてちっとも思わなかった。

「だって、先輩よりも強いもんね」

 クラスの女の子が言うように、はたけくんが飛び級で卒業試験を受けるだけの実力があることは、このクラスの誰もが知っている。
 数ヵ月の間しかはたけくんと過ごしていないけれど、彼がいかに素早く、正確な術を放つかを知っているし、体術の授業では男子三人がかりでも負けたことがない上、先日は先輩二人を相手にしてもあっさりと勝ってしまった。
 クラスメイトにすごい子が居るというのは、すごいのが自分ではないのに、同じクラスに属していたというだけで誇らしい気持ちになる。はたけくんとわたし、同じクラスだったんだよ、って。

「卒業かぁ……」

 アカデミーを卒業すると下忍になる。本物の忍になる。学校で勉強するんじゃなくて、任務を受けて遂行する。
 はたけくんの実力を考えたら当然なのだけど、そんなすごい人と、一緒に修業をしたり、一緒に帰ったりしていたのだと思うと、なんだか突然身震いがしてきた。

「オビトに伝えなくちゃ!」

 両手を叩いて、リンが教室から走り出していく。わたしも後に続いて、オビトが居そうな場所を探したら、外の演習場のベンチに座って、流れる雲をのんびりと見上げていた。

「オビトー!」

 リンがオビトの名を呼びながら駆け寄ると、オビトは雲からパッとリンの方へと顔を向け「リン」と名を呼んで返した。

「なんだ? どうした?」
「オビト、すごいのよ!」
「え?」
「すっごいの!」

 オビトが内容を訊いているのに、リンはとんでもなく興奮しているのか、「すごい」という言葉しか口から出てこない。いつも穏やかなリンしか見たことがないから、頬を染めて浮かれた様子に、わたしも隣で見ているだけしかできない。

「はたけくんが卒業試験を受けるんだって」

 リンの代わりに伝えると、オビトは驚いた声を上げ、ベンチから腰を上げた。

「カカシが卒業試験!?」
「うんっ」

 オビトに、リンが嬉しそうな笑顔で頷く。

「で、でも、あいつ、まだ一年も経ってないのに……」
「優秀だから、特別に、飛び級で受けるみたい」

 驚いて言葉がつっかえるオビトは、事実だということをリンから告げられ、愕然としていた。わたしにも目を向け、本当か、と訊ねてくるので、黙って頭を縦に振った。

「今、試験を受けてるんだって」

 伝えると、

「くそっ!」

と苛立ちを漏らしながら、オビトは校舎の中へ走っていく。わたしとリンも慌ててその後を追う。足の速いオビトにわたしたちはなかなか追いつけなかったけれど、オビトがピタリと足を止めるので、それは案外あっさりと成された。

「リン! 試験ってどこでやってんだ!?」

 どうやらはたけくんの卒業試験が行われる会場に向かいたかったようで、けれど場所が分からないので立ち止まったらしい。問われたリンが会場の場所を教えると、オビトは礼も言わずにまた駆け出した。
 試験が行われる会場は、当然ながらアカデミーにある。閉められた入り口の前にはたくさんの生徒たちが集まっていて、窺い知れない中の様子を、それぞれの想像を口にしながら補おうとしていた。そんなざわめきなんて知らんぷりで、扉は固く閉ざされている。
 この中の一室で、火影様や、アカデミーの教師たちや関係者が集まって、はたけくんが下忍に足る力を持っているか見極めている。

「合格、するよね」
「うん。カカシだもの」

 わたしの呟きに、リンが自信に満ちた言葉を返す。オビトは無言のまま、睨みつけるように扉を見ていた。
 どれくらい経ったろうか。しばらくすると、音を立てながら、戸がゆっくりと開いていく。
 現れたのは、クラスメイトのはたけくん。三白眼とマスク。いつもと同じ。
 ただ、その頭には、太陽の反射を受けて輝く、額当てがあった。

「お前……」

 オビトが前に出て、はたけくんに声をかける。それ以上は言葉が出てこないようで、目を丸くしたまま動かない。

「カカシ、ほんとに合格しやがった!」
「すげえ! さすがカカシだ!」
「はたけくん、すごい!」

 クラスのみんなが、はたけくんを取り囲み、はたけくんの卒業を喜び、その優秀さに感心し、惜しみない賛辞を送る。

「合格したのね! おめでとう!」
「ああ」

 はたけくんの傍へ寄ったリンが、お祝いの言葉をかけると、はたけくんは軽く相槌を打った。普段通り、素っ気ないように見えるけれど、少しだけ声が弾んでいるように聞こえたので、はたけくんも嬉しいのだろう。それはそうだ。だって、誰よりも早く、異例の飛び級卒業だもの。
 わたしはふと、先ほどから全く動きのないオビトに気づいて、その顔を覗いてみた。唇をぐっと引いて、このお祝いムードの中に全く混じることなく、はたけくんへ送る視線は暖かいものではなくて、熱くて、尖っていて、少し怖った。

「オビト……?」

 恐る恐る名前を呼んでみたけれど、オビトには届いていないのか、はたけくんを睨むように見つめているだけだ。

「なんだよ。お前は祝ってくれないのか?」

 オビトの視線に気づいたらしい、はたけくんがこちらに顔を向け、オビトに問う。

「誰が、お前なんか! お前なんか、すぐ追いついてやるからな!」

 ビッ、と、はたけくん――の、額当て辺りを――指で差したあと、オビトはみんなの輪の中から抜け出て、走り去ってしまった。

「あっ、オビト」

 みんなの体で、オビトの姿はすっかり見えなくなってしまった。はたけくんは両手を上げて肩を竦めるだけ。沸騰したヤカンみたいなオビトと違って、はたけくんはいつもクールな冷蔵庫だ。

「サホも祝ってくれないの?」

 行ってしまったオビトを追った方がいいかなと、足を踏み出そうとしたところで、はたけくんからそう言われて、確かにお祝いの言葉をまだ伝えていなかったことを思い出し、まずははたけくんだと向き直る。

「卒業おめでとう。もう下忍になるなんて、はたけくんって本当にすごいね」
「まあね」

 お祝いの言葉も、褒め言葉も、はたけくんはサラッと受け止めて、「まあね」の一言で済ませてしまう。他の人だったら、生意気だなぁとか、いやな感じ、と受け取ってしまいそうな仕草も、はたけくんがやると似合っているし、それでこそはたけくんという雰囲気があって笑ってしまう。

「下忍になっちゃったら、もう前みたいに一緒に修業はできないね」

 アカデミー生のわたしたちは、決められた日に決められた授業を受けて、放課後になればあとは自由だ。
 だけど下忍になるというのは、大人と同じように仕事をするということ。任務の内容次第では、夜から朝まで外に出ていたり、何日も家に帰れなかったり、今までみたいにたくさんの自由時間はない。
 最初は距離があったはたけくんとは、オビトやリンたちを通じて仲良くなれた。はたけくんとの修業は自分にとって学べるところも多かったし、そういう意味でもはたけくんとの修業がなくなるのは、わたしにとって大問題だ。

「いつものところでやるんでしょ? 暇だったら顔を出すよ」

 前向きな答えが返ってきて、わたしは、はたけくんがそんなことを言ってくれるなんて思っていなかったから驚いたし嬉しかった。

「うん! 待ってるね」

 わたしが返事をすると、はたけくんの三白眼が、少しだけ細くなった。マスクをしているので、鼻から下の動きが分からないけれど、もしかしたらはたけくんも笑ってくれたかもしれない。
 人に囲まれていたはたけくんは、担任教師に呼ばれて輪から抜けていった。色々と手続きとか、お話があるのだろう。
 先生は「教室で待機しなさい」と、わたしたちにも告げていった。まだ今日の分の授業は残っている。指示されたみんなは、はたけくんの卒業について盛り上がりながら、友達同士で固まって輪を崩していく。
 そういえば、オビト。はたけくんと話していて忘れていたけど、オビトがどこかへ行ってしまったんだ。

「あれ? リン?」

 周りを見回すとリンの姿もなかった。わたしの隣に居たのに、忽然と居なくなっている。
 とにかくオビトを捜そうと、わたしはオビトが駆けて行った方へと歩を進めた。そう遠くに行っていないといいんだけど。


 右に、左に、真っ直ぐに。頭に浮かんだ居そうなところを巡っていると、わたしが居る通りの脇の木々の間から、聞き慣れた声が聞こえた気がした。かすかだったので、わたしも気のせいかと思ったけれど、足を止めてようく耳を澄ませたら、それはやっぱりオビトの声だった。
 この木々の向こうにも、通りが一つある。きっとそこに居るのだろう。

 ちょっとだけだから、ごめんなさい。

 向こうの通りに行くには、ぐるりと回って行かなきゃいけない。でも、早くオビトの下に向かいたかったわたしは、よくないことだと分かってはいたけれど、木々の間を突っ切っていくことに決めた。
 誰かに気づかれたら怒られるだろうから、静かに慎重にと近づいていくと、オビトだけではなく、他の人の声もした。

「リン」

 オビトが呼んだ名前で、相手が誰か分かった。リンは、わたしより先にオビトを捜しに行って、わたしより先にオビトを見つけたのだろう。わたしもすぐ合流するよ。ちょっと待っててね。

「授業が始まっちゃうよ。行こ」

 リンがオビトに言う。そうだよ。もう授業が始まっちゃう。サボったりしたら、先生に怒られちゃうよ。

「リン……」

 その声が、あんまりにも弱々しくって、わたしは歩を止めた。ゾクッとした。こんな声、聞いたことがなかった。

「なぁに?」

 わたしと違って、リンはその声を聞いたことがあるのか、それとも気にならないのか。いつもと変わらない、少しだけのんびりした声で返す。

「オレを、見ててくれよな」

 ここからじゃ、二人の顔はよく見えない。木々が邪魔するし、まだ遠いし。だけど声は聞き取れる。忍は耳も鋭くないといけないと、はたけくんも言っていた。だからわたしは、オビトの声がわずかに震えていることも、聞き逃さなかった。

「え?」
「オレ……オレ、あいつに追いつくからさ。それで、追いついて、追い抜いて、必ず火影になる」

 ぎゅっと、拳を作って握る仕草を見せる。あの拳も、もしかしたら震えているのかもしれない。

「うん。大丈夫! ちゃんと見てる!」

 オビトの、誓いのような――きっと、誓いなのだろう。それを、リンは優しく受け止めて、恐らくいつものようにオビトに笑顔を向けている。
 穏やかで優しくて。誰からもそう称される、リンのその笑顔は、わたしも大好きだ。いつだって見ていたい素敵な笑顔だ。

「――よっしゃ! 頑張るぞ!」

 さっきまでの震えだとか、弱々しさなんてどこへ追いやってしまったのか。オビトは両手を空に突き上げ、大声を上げた。その声の大きさに、木々で休んでいた鳥たちが羽ばたきながら逃げていく。
 二人は並んで、アカデミーの方へと歩いていく。オビトは元気で、リンは楽しげで、わたしはそれを、木々の中で立ち尽くしながら見ていた。

 ああ、そっか。

 オビトは、オビトは。
 オビトは――リンが好きなんだ。

 踵を返し、ふらふらと、通りの方へと戻った。二人の後を追って、あの道を歩くのはつらかった。

 そっかぁ。リンかぁ。

 そうだよね。だってリンは、素敵な女の子だもの。
 明るくて、優しくて、穏やかで。誰の悪口も言わないし、困っている人が居たら手を差し伸べてくれるし、相談事には真剣に向かい合ってくれるし。
 わたしだって、リンが大好きだよ。リンと親友になれて本当によかったって思ってる。
 リンがどれだけ可愛くて、大好きなのか、わたしはいくらだって語ることができるよ。
 リンのあの笑顔、大好きなんだ。
 だけど。だけどね。

 今は、今だけは、見たくないかな。



 あれから、わたしは何とか教室へ向かったけれど、ゆっくりゆっくり歩いていたせいで、授業はもうすでに始まっていた。先生は当然ながらわたしを叱り、「廊下に立っていろ」と、わたしを教室から追い出した。こうやって罰を受けるのは初めてだ。
 授業が終わって、先生から再び注意をされてから、わたしはようやく教室に入ることができた。

「サホ、どこに行ってたの?」
「鐘が鳴っても来ないから、心配してたんだぞ」

 席に座るわたしに、リンとオビトがすぐに集まってくる。わたしは曖昧に笑って「ちょっとね」と、苦し紛れなことをしか言えなかった。

「ねえ。今日の放課後は、修業じゃなくて、カカシの卒業のお祝いにしない?」

 言い出した内容は、リンらしいなと、友達思いだから、ちょっと尖った態度のはたけくんのことを、きちんと気にかける細やかさを、わたしも見習うべきなんだろうなぁと、ぼんやり考えた。

「あいつだって忙しいんじゃねーの。なんたって、下忍サマだし〜」
「もう、オビトったら」

 棘のある言い方をするオビトに、リンは窘める。オビトは頭の後ろで腕を組んで、「だってさぁ」と、相変わらずはたけくんに対してはツンツンしている。
 何も変わらない二人。
 そうだね。だって二人は、ずっと前からそうだったんだ。
 ずっと前から、リンは友達思いで、オビトはリンが好きだったんだ。
 変わったのは、オビトの好きな女の子がリンだと知った、わたしだけなんだ。

「そうだね。はたけくんの、お祝いだね」

 ここで“何も変わらないわたし”を演じることを選んだわたしは、誰かに褒められたっていいと思う。
 にこっと笑顔を作って、はたけくんのお祝いは何にしようかと、何も知らないふりをしてリンとオビトの前に座るわたしを、誰か「頑張ったね」って、慰めてくれたっていいと思う。
 二人は何も変わらない。当たり前だったんだ。リンが気づいていないだけで、オビトがリンを好きだったことは。
 何も変わらない二人だけれど、なんだかこの風景に、ぽっかり穴が空いていることに気づいた。

 あ、そうだ。

 ここにはもういない、わたしと同じく、変わってしまったもう一人が居る。
 飛び級でアカデミーを卒業して、一足どころか、二足も三足も早く、下忍になった彼が。

 はたけくんは、知っていたのかな。オビトがリンを好きなことを。
 もし知っていたのだとしたら、わたしがオビトを好きだと気づいて、何を思ったのかな。
 かわいそうだなって思ったかな。うまくいかないねって、わたしの代わりに思ってくれたかな。
 ねえ、はたけくん。せめてはたけくんがここに居てくれたら、わたしはもう少し、つらくなかったかもしれない。
 三人じゃなくて、四人だったら。
 三人だとね、『三人』じゃなくて、『オビトとリン』と『わたし』みたいな気分なんだ。
 そんな風に考えてしまうわたしは、手が小さいから丑の印が組めないと、優れた氏も親も持たないと、そこで立ち止まったままで、ちっとも成長していないね。



06 視線の先

20180418


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