09

 ――黎が妃芽との会話を終えた後、ふと黎の視線が妃芽の奥に移動したのを、四季は目聡く目撃していた。

 そこには二人で話をしているクラスメイトの少女が居た。


「菖蒲、次は何?」
「一年生の学年種目ね。その次が玉入れだから、私はもうすぐ行かなくちゃならないわ。玉入れが終わったら二年生の学年種目で、その次が夏希の嫌がってる借り人競争」


 名前は何だっただろうか、と暫し考え、思い出す。そうだ、確か蒼麻夏希と東海林菖蒲だったような気がする。

 黎が見ているのは、蒼麻夏希の方だった。見ていると言っても、そんなにじっくりと見ているわけではないけれど。


「……意外と早いなあ。菖蒲がもうすぐ行っちゃうってことは、私はしばらく一人か……」
「一人が嫌なら、友達の所に行ってる?」


 菖蒲が立ち上がる。そういえば先程、菖蒲は玉入れだからもう行かなくちゃいけないと言った。ということは彼女は次の玉入れに参加するのだろう。

 夏希が、立ち上がった菖蒲に向かって言う。


「うーん……私もどうせすぐに動くことになるからいいや」
「そう、それなら私は行ってくるわ」
「ん、頑張って」
「ええ」


 ひらひらと手を振った夏希は、菖蒲が見えなくなると携帯を取り出して弄っていた。時折応援や放送の声につられて、一年生の学年種目を見ている。

 黎はそんな夏希を見ているが、夏希は黎の視線に全く気付いていない。

 黎を好きなはずの妃芽は拓弥や彰悟、由貴と話していて黎の視線が誰に向いているのか全く気付いていない。それは果たして幸運なのか、不幸なのか。


「れーい」
「っ、……四季か」


 まだ夏希を見ている黎の名前を呼び、彼の方を叩いてみると、黎はハッとしたように四季を見た。

 四季はニッと笑って、黎に問いかける。


「何見てたの? ボーっとしてたみたいだけど」
「……別に何も見てないけど」
「……は?」
「は? 俺何か可笑しいこと言ったか?」


 四季の予定では、四季の言葉で慌てる黎を笑いながらからかう予定だった。だが黎があまりにも真顔で何言ってんだお前は、という顔をしたものだから、四季の方こそ黎が何を言っているのか分からなくなった。


「いやいや、見てたでしょ! さっきからずっと見てた!」
「はあ? だから、俺が何を見てたって言うんだよ」
「……っ」


 ――まさか、コイツ……気付いてない?

 これは照れ隠しとかそういうレベルではない。長年の付き合いから、嘘を吐いていないかどうかくらいは分かる。黎は本当に何も見ていないつもりでいる。


「……気付いてないの?」
「……何が?」


 訝しげに四季を見る黎に、四季は頭を抱えたくなった。どうやら本気で気付いていないようだ。

 今までも無意識に彼女を見つめていたらしい。無意識に見つめるとかどんだけだよ、と思った四季は悪くないと思う。

 それにしても気付かないなんてことがあるのだろうか。それなりに女の子と付き合ったことがあるのに?

 何なの、それ。じゃあ今まで付き合ってた子とはどんな気持ちで付き合っていたのか、是非とも教えてほしい。

 それに妃芽の気持ちや、拓弥や彰悟や由貴の気持ちも分かっているはずだ。直接聞いたことはないが、時折彼らに気を使っているのを知っている。

 彼らの感情には何も言わずとも気付いたくせに、どうして。

 それらの感情には気付かないで良いから、自分の気持ちを知っていてほしかった。一瞬そう思ったが、やっぱり彼らの気持ちにも気付いていてもらわないと面倒だ。

 それにしても、そうか。四季が黎の気になる人に気付いてからずっと、どうして黎は彼女と話さないんだろうとか思っていたが、気付いてないから仲良くなるとかそういう考えがないのか。
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