10

「……黎って、実は馬鹿なの?」
「お前は俺に喧嘩売ってんのか、四季?」
「そういうわけじゃないけど……あー、もう面倒だな! 俺、もっと楽だと思ってたのに」
「……お前、本当にどうした?」


 いきなり苛立たしげに髪を掻き揚げて言った四季に、黎の訝しげな表情が、心配そうなものに変わる。といっても、頭を心配されているような表情だったが。

 四季はこの泥沼な関係は、もっと簡単に解決すると思っていた。ぶっちゃけ、黎が告白でもすれば終わると思っていたのだ。だって黎って格好良いし。

 黎さえくっついてしまったら、妃芽も黎を諦めるだろう。それで黎も巻き込んで拓弥と妃芽をくっつけて、残った由貴と彰悟をくっつければ良い。

 そう思っていた。

 それなのに肝心の黎が自分の恋心に気付いていないって。漫画みたいに紆余曲折経てから恋心に気付くってか。そんな展開本当にいらないんだけど。

 まずは彼に自分の気持ちを気付かせることから初めなければいけなくなった。

 これは案外難しいのだ。照れ隠しでもなく、本気で気付いていない奴に、お前はあの子が好きなんだと言っても全力で否定されるだけだし。

 つまり言うだけでは駄目だ。自分で気付く、これが重要である。難しくはあるけれど。


「……めんどくさい」
「何が」
「俺、面倒なこと嫌いなのに」
「だから何のことだよ」
「あーあ、何で皆こうなんだか」
「……聞けよ」


 黎の言葉を敢えて無視して独り言のように呟く四季に、黎はやがて彼と話すことを諦めたように溜息を吐いた。

 昔からそうだが、彼は暫し人の話を聞かない時がある。そういう時は、話しかけようと何しようと無駄なことを、黎は知っている。

 しかしそのスイッチが入るタイミングが今でもよく分からない。ふとした瞬間にそうなるから困り者だ。

 もう別の場所に行っても良いだろうかと黎が思った瞬間、今までブツブツと独り言を言っていた四季の顔が黎に向き、そうしてニッと笑った。

 何だかその笑みに嫌な予感を覚え、逃げようとした黎だったが、それよりも先に四季に手を掴まれた。何で逃げようとしていることが分かったのだろうか。


「……っ」


 体を震わせると、四季は笑ったまま言った。


「ねえ、黎」
「……何だよ」
「本当は面倒で仕方ないけど、特別に俺が協力してあげるね」
「……何に?」


 四季が何のことを言っているのかさっぱり分からない黎は、嫌そうに四季を見ている。そこまで嫌がらなくても良いのに、と四季は黎を見ながら思った。

 まあ良いけれど。


「大丈夫だって。俺が上手くやってあげるね」
「いや、良いから。何のこと言ってんのか分かんねえけど、何か嫌な予感にするから良い」
「遠慮しなくて良いよ」
「あのな、遠慮とかそういう問題じゃ……」


 というか別に遠慮しているわけではない。断じて遠慮ではない。四季は、普段は空気が読めるくせに、どうしてこういう時は読めなくなるのか。


「やるからには失敗なんてさせないよ」
「……だから、何のこと言ってんだって……」


 何を言っても噛み合わない会話に、やっぱり今の四季と会話をするのは無理だな、と黎は彼の言いたいように言わせることにしたのだった。
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