夏希達から見て、スタートは悪くなかったと思う。けれど他の人達もそこまでスタートは悪くなかったので、順位はそこまで伸びていない。
今は二番手の男子にバトンが渡っているが、順位は四位だ。また微妙な順位である。
二番手の男子は抜かすことが出来なかったが、抜かされることもなかった。つまり順位は変わらずに、四位のまま三番手の女子にバトンは渡る。
三番手の女子は周りの女子よりも速く、少しずつ距離が縮まっていった。抜かすことは出来なくても、距離は縮められて。
四番手の男子で、ようやく一人抜くことが出来た。
そして妃芽の順番。彼女は全速力で目の前を走る二人の女子を追いかける――さすがは陸上部に所属しているだけあって、とても速い。
その証拠に、目の前の女子との差がどんどん縮まっていく。だがさすがに百五十メートルで二人抜かすことは出来ずに、抜かせたのは一人だけ。
もう一人には追いつけなくて、だから。
「黎!」
お願い! という感情を込め、妃芽は黎にバトンを手渡した。
黎は妃芽に向け、ふわりと微笑み。
「……任せとけ」
妃芽にだけ聞こえるような声で言って、黎は走り出す。黎の言葉を聞き、その微笑みを見た妃芽は顔を赤くして、黎を見送った。
その後の黎は確かに凄かった。足は速いものの、持久力がない男子も多い。しかし黎は違う。足が凄い速い上に、持久力まであるらしい。
黎はスタートから変わらないスピードを保ったまま、目の前の男子を追いかけていた。アンカーは基本的に皆速いから、一位の男子は抜かれないように奮闘するものの、距離が長すぎる。
一周の時点で一位の男子を追い抜かし、黎が一位になった。そのまま二位の男子をどんどん引き離していく。
そして、黎はそのままぶっちぎりでゴールする。ゴールテープを切る時の顔と言ったら、妃芽が好きになっても無理はないな、と夏希は思った。
「凄いね、朝比奈」
「期待を裏切らない男ではあるわね。……それにしても煩いわ」
一位になった黎に対する周りの賞賛に、菖蒲は顔を顰めた。夏希も煩いと思ったから、菖蒲の言葉は否定せずに曖昧に笑っておく。
それにしても凄い盛り上がりようだ。ここまで盛り上がる必要はあるのだろうか。
だって、これって。
「……これって、ただの練習だよね?」
「そうね、ただの練習ね」
練習でも勝てたことは嬉しいかもしれないが、本番で勝てなかったら意味が無いのではないかと思いながら、二人は盛り上がっているクラスメイトを見ていた。
「ていうか、もう終わりかな?」
「……時間も時間だし、終わりじゃない?」
「本当だ。さすがにもう何もやんないよね」
時計を見ながら言った菖蒲に、つられて夏希も時計を見る。あと一、二分でこの時間も終わりそうだったので、そろそろ教室に帰れるだろう。
そう思っていた矢先に教師が「それじゃ解散」と言っているのが聞こえた。それと同時にグラウンドに残っていた生徒達が、ぞろぞろと教室に帰っていく。
夏希と菖蒲もその流れに乗って教室に帰ることにした。
「体育祭は一週間後だよね……早く終わらないかな」
「始まってもいないのに、何言ってるのよ」
「そうだけどさ……借り“人”競争が嫌すぎて」
「まだ言ってるの? いい加減諦めなさいな」
「だって……じゃあ雨でも降らないかな……」
「そういう場合って、大抵降らないわよね」
菖蒲の言葉に、夏希はだよね、と肩を落としたのだった。