07

 夏希達から見て、スタートは悪くなかったと思う。けれど他の人達もそこまでスタートは悪くなかったので、順位はそこまで伸びていない。

 今は二番手の男子にバトンが渡っているが、順位は四位だ。また微妙な順位である。

 二番手の男子は抜かすことが出来なかったが、抜かされることもなかった。つまり順位は変わらずに、四位のまま三番手の女子にバトンは渡る。

 三番手の女子は周りの女子よりも速く、少しずつ距離が縮まっていった。抜かすことは出来なくても、距離は縮められて。

 四番手の男子で、ようやく一人抜くことが出来た。

 そして妃芽の順番。彼女は全速力で目の前を走る二人の女子を追いかける――さすがは陸上部に所属しているだけあって、とても速い。

 その証拠に、目の前の女子との差がどんどん縮まっていく。だがさすがに百五十メートルで二人抜かすことは出来ずに、抜かせたのは一人だけ。

 もう一人には追いつけなくて、だから。


「黎!」


 お願い! という感情を込め、妃芽は黎にバトンを手渡した。

 黎は妃芽に向け、ふわりと微笑み。


「……任せとけ」


 妃芽にだけ聞こえるような声で言って、黎は走り出す。黎の言葉を聞き、その微笑みを見た妃芽は顔を赤くして、黎を見送った。

 その後の黎は確かに凄かった。足は速いものの、持久力がない男子も多い。しかし黎は違う。足が凄い速い上に、持久力まであるらしい。

 黎はスタートから変わらないスピードを保ったまま、目の前の男子を追いかけていた。アンカーは基本的に皆速いから、一位の男子は抜かれないように奮闘するものの、距離が長すぎる。

 一周の時点で一位の男子を追い抜かし、黎が一位になった。そのまま二位の男子をどんどん引き離していく。

 そして、黎はそのままぶっちぎりでゴールする。ゴールテープを切る時の顔と言ったら、妃芽が好きになっても無理はないな、と夏希は思った。


「凄いね、朝比奈」
「期待を裏切らない男ではあるわね。……それにしても煩いわ」


 一位になった黎に対する周りの賞賛に、菖蒲は顔を顰めた。夏希も煩いと思ったから、菖蒲の言葉は否定せずに曖昧に笑っておく。

 それにしても凄い盛り上がりようだ。ここまで盛り上がる必要はあるのだろうか。

 だって、これって。


「……これって、ただの練習だよね?」
「そうね、ただの練習ね」


 練習でも勝てたことは嬉しいかもしれないが、本番で勝てなかったら意味が無いのではないかと思いながら、二人は盛り上がっているクラスメイトを見ていた。


「ていうか、もう終わりかな?」
「……時間も時間だし、終わりじゃない?」
「本当だ。さすがにもう何もやんないよね」


 時計を見ながら言った菖蒲に、つられて夏希も時計を見る。あと一、二分でこの時間も終わりそうだったので、そろそろ教室に帰れるだろう。

 そう思っていた矢先に教師が「それじゃ解散」と言っているのが聞こえた。それと同時にグラウンドに残っていた生徒達が、ぞろぞろと教室に帰っていく。

 夏希と菖蒲もその流れに乗って教室に帰ることにした。


「体育祭は一週間後だよね……早く終わらないかな」
「始まってもいないのに、何言ってるのよ」
「そうだけどさ……借り“人”競争が嫌すぎて」
「まだ言ってるの? いい加減諦めなさいな」
「だって……じゃあ雨でも降らないかな……」
「そういう場合って、大抵降らないわよね」


 菖蒲の言葉に、夏希はだよね、と肩を落としたのだった。
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