「……あ」
「何?」
「飲み物無くなっちゃった。買いに行ってこないと」
「そう。じゃあ早く行った方が良いんじゃないかしら? 自販機の飲み物、無くなるわよ」
そう言いつつ立ち上がろうとしない菖蒲に、夏希は鞄から財布を取り出しながら聞いた。
「……菖蒲は一緒に来てくれないの?」
「嫌よ、めんどくさい。私の飲み物はまだあるもの」
「こういう時って、普通一緒に来てくれるもんじゃない?」
「夏希だって私の立場なら行かないでしょうに。とりあえず、早く行ってきなさいよ。先に食べちゃうわよ」
「……はーい」
菖蒲の言葉に図星だから反論できなかった夏希は、返事だけして飲み物を買いに教室を出て行く。
二年生の教室は二階だが、自販機は一階にある。しかも教室と棟が違うから買いに行くのが面倒だが、仕方ない。
自販機に行ってみると、意外にも人が全然居なかった。もっと居るものだと思っていたが、皆そんなに飲み物を持ってきているのだろうか。それとももう買い終わった後か。
「……後者か」
自販機のボタンは殆ど赤に染まり、売り切れという文字を示していた。缶類はそれなりに残っているものの、ペットボトル類はそんなに残ってない。
だよね、と夏希は肩を落とす。残っているものは、残っているだけあって人気のなさそうな飲み物ばかりだった。
どれにしようか考えていると、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえた。自分と同じで飲み物を買いに来たのだろうか。
足音ぐらいでいちいち振り返ってなどいられないから、その人の顔を見ることなく飲み物を選んでいると。
「……ほとんどねえし」
ポツリと呟かれた声が聞き覚えのあるものだったから、ようやく夏希は振り返った。そこに居たのは予想していた通り、黎で。
「朝比奈も、何か飲み物買いに来たの?」
「……ああ、蒼麻か。お前も?」
「うん。でも殆ど売り切れてたからどうしようかと思って」
「……ま、あまり残ってないとは思ってたけどな」
「まあ……」
缶ジュースや紙パックのジュースは割と残っていたが、そんな一時しのぎの飲み物が欲しいわけではない。夏希は仕方なく、ミネラルウォーターを買った。黎も似たようなものを買っていた。
その後は教室に帰るだけなのだが、行き先が同じなため、自然と一緒に向かうことになる。
「朝比奈、さっきのリレー凄かったね。私、もう抜かせないかと思ってた」
「俺も駄目かなとは思った。本当にギリギリだったしな」
「よく追いついたよね……しかも後半からスピードアップって、朝比奈ってどうなってんの?」
「……人が可笑しいみたいに言うなよ。誰だってラストスパートはかけるもんだろ」
「いやー……限度ってものがあるでしょ」
階段を上がり、廊下を歩く。今は皆お昼を食べている時間帯だからか、廊下には誰も居なかった。
「朝比奈はもう何も出ないんだっけ?」
「ん。午後の競技は別に何も……と思ってたけど、部活動対抗リレーがあるな」
「またリレー……好きだね」
「リレーが好きなわけじゃねえっての。勝手に決められてるだけだし。蒼麻は何も出ねえの?」
「部活動アピールタイムには出るよ。浴衣着て歩くだけだから、目立たないとは思うんだけどね。バスケ部はアピールタイムは何してるんだっけ?」
「グラウンドの真ん中でパスしてるだけだよ。外で出来ることなんて限られてるし。……後はドリブルくらいはしてたかも」
「へえ」
まあアピールタイムで目立つのなんて吹奏楽部くらいだろう。あの部活は演奏しながら行進するから、一番目を引くだろうし。
あとは菖蒲が入っている体操部が目立ちそうだ。菖蒲に聞いたらバック転くらいはするって言ってたような気がする。
そんなことを思っていたら、いつの間にか教室の扉の前まで来ていた。
夏希と菖蒲が座っている場所と黎達のグループが座っている場所は全然違ったから、夏希は黎に言った。
「んじゃ頑張ってね、部活動対抗リレー」
「おう」