12

「あ、うん。……ってちょっと、朝比奈!?」


 自分しかお題に合う者が居ないのだから、夏希の頼みを断るわけにもいかず、黎は立ち上がった。そして走ろうとしていた夏希の手を掴み、一気に走り出す。


「朝比奈、待って! 速い! 転ぶ!」
「止まってる暇なんてねえだろ」


 黎は少しだけ振り返って後ろを見た。そこには何組かは分からないが、お題通りの人を見つけたらしい他クラスの女子が、その人と共に走っている。

 止まってしまえば抜かれることは必須だ。

 夏希は抜かれても構わないと思っているが、黎はそうではないらしい。負けず嫌いなのか、それとも自分が速くて他人に抜かれたことがないからか、負けたくないようだ。

 しかし黎の速度に合わせて走ってしまえば、そんなに速くは走れない夏希は転んでしまう。というか現在進行形で転びそうだった。

 こんなに頑張って足を動かしたことは無いかもしれない。明日は筋肉痛だろう。

 そのまま何とか転ぶことなく、夏希はゴールすることが出来た。しかも他クラスの女子に抜かれることも無かったから、一位でゴール出来たし。

 ただ、物凄く疲れた。


「はあ……はあ……」
「はい、ゴールおめでと。お題が書かれた紙ちょうだい。……って大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……疲れた……物凄く頑張って足動かした、私……」
「そりゃお疲れさん」


 必死に息を整えながらお題の書かれた紙を友人に手渡すと、友人は苦笑しながら夏希を労わってくれた。

 それから彼女は夏希のお題の紙を見て、夏希の後ろに居た朝比奈を見て、大丈夫だと言った。ただ面白みの無いお題でつまらなさそうだ。


「夏希が朝比奈君を連れてきたから、てっきり格好良いと思う人だとか好きな人っていうお題を期待してたのになー」
「……馬鹿」
「冷たいな、夏希は。じゃあ二人は一番右に座ってくれる?」
「ん。行こう、朝比奈」
「……おう」


 夏希は自分より先に走っていた人達が座っている場所に行き、一番右に黎と腰を下ろす。

 そして黎に話しかけた。


「ごめんね、朝比奈。付き合わせちゃって」
「競技なんだから仕方ねえよ。別に気にしてねえし。……まあ、俺も引っ張って悪かったな」
「あー、まあ転ぶかと思ったけど平気だったし、一位も取れたから良いよ。それにしても本当に朝比奈は速く走るよね。どうしたらそんなに速く走れるの?」
「どうしたらって言ってもな……ひたすら練習するしかないんじゃねえ?」
「そうなのかな……朝比奈も練習したの?」
「練習というほど練習はしてないけど、俺バスケ部でよく走るし」
「あれ、朝比奈ってバスケ部なんだっけ? それは走るね……あの先生、授業でも必ず走らせるって友達が言ってたし」


 夏希はバスケ部の顧問を思い出しながら言う。友人の体育の先生が彼なのだが、授業の度に走るのが嫌だと友人はよく言っていた。夏希も去年一度だけ彼の授業を受けたことがある。

 本当に走らされたけれど。


「そんなに走ってるんだったら、明日も筋肉痛にはならないだろうね」
「まあ、慣れてるしならないだろうな」
「良いな……私、今のだけでも筋肉痛を免れないと思うんだけど」
「そりゃ逆に運動しなさすぎなんだっての。何部入ってんだよ、蒼麻は」
「私? 私は茶道部。週一だし」
「……それじゃ筋肉痛にもなるだろうな」


 夏希が茶道部に入った理由を聞くと、黎は呆れながら言った。

 だって、と返してその後も会話を続けていると、いつの間にか残った全員が走り終わっていて、退場の音楽が鳴り始める。

 周りの人達が立ち上がったのを見て、二人も立ち上がったのだった。
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