07

「……」

 初めての野宿、それも岩に凭れかかって眠るというものだったにもかかわらず、眠りが深かったのは、多分色々なことが起こって疲れていたからだと思う。
 ゆっくりと目を覚ました夏希は、うーんと背伸びをする。身体は勿論痛かったが、まあ仕方のないことだった。
 背伸びをした拍子に身体からずり落ちた服を見て、そういえばとイシュバインを探した。しかし彼の姿は眠る前に凭れていた岩の傍にはない。

「あれ?」

 服を持って立ち上がる。地面にそのまま座っていたから、汚れてしまったスカートを払って、居なくなってしまったイシュバインを探そうと歩き出す、その時。

「おい」
「あ」

 声が聞こえて、彼が現れた。何処に行っていたのか聞くその前に放り投げられた何かを、片手でキャッチすると、それは果物か何かのようだった。
 どうやら食べられるものを探してくれていたらしい。

「食え」
「ありがとう。あ、それとこれも」

 昨日もそうしたように、再び岩に座った。その時に昨日借りていた、彼の上着を返す。イシュバインはああ、とだけ言って夏希から上着を受け取り、羽織った。
 渡されたのは見たことも無い果実だった。いや、果実かどうかも分からない。そっとイシュバインを見てみると、彼は何の躊躇いもなく、その果実か何かに齧りついている。
 皮の部分を服で擦って汚れを落とし、そのまま齧りついてみた。瞬間、汁と果実の味が、口の中に広がる。

「ん、すっぱ……」
「口に合わなかったか?」
「ううん、ちょっとすっぱいけど美味しい。噛んでると甘くなってくるし」

 初めの一口は思いのほかすっぱかったので驚いてしまったが、慣れると美味しく感じる。何度も噛んでいると甘みが出てくるし、果汁もたっぷりだ。
 ただ不思議な味がした。何の味か、と問われると答えられない。一番近いのは、ミックスフルーツだろうか。そんな感じの、夏希が知っているいくつかの果実をごちゃ混ぜにしたような味だ。

「すっぱいのはまだ熟れきってないからだな」
「そうなの?」
「ああ、本当はもう少し熟れていたほうが美味い。甘みも増すし。ただこれしかなかったからな。食えなくもないし、仕方ねえ」
「へえ」

 良く知ってるなあ、と感心しながら食べ続ける。夏希だったら自分の世界の果実でさえ、いつが食べごろかなんて分からない。
 同い年くらいだと思っていたが、そもそも彼は悪魔で夏希は人間だ。外見年齢は同年代だが、実のところはどうなのだろう、と疑問を持つ。魔力を溜めるには百年云々、と言っていたから、寿命は人間の比ではないのだろうけれど。
 あらかた食べ終わって、濡れてしまった手をスカートのポケットに入れていたハンカチで拭う。果汁なので水洗いしないとべたつくが、水源がないので仕方ない。
 イシュバインを見てみるとぺろ、と手についた果汁を舐め取っていた。どうせなら、と夏希はハンカチを差し出す。

「拭く?」
「……」

 彼は何も言わずに受け取ると、手を拭わずにハンカチをまじまじと見ている。何だか初めて見たもののような反応だ。
 どうしたの、と問いかけると、矢張り見たことがない素材のようで、気になっていたらしい。普通のタオル生地のハンカチだったのだが、この世界にはないようだ。
 暫くは興味津々だったのだが、やがて満足したようでハンカチを夏希に返してきた。それをポケットにしまって、イシュバインに聞く。

「今日は、これからどうするの?」
「とりあえず、町か村か……悪魔がいる場所にいかねえとな。色々と知りたいこともあるし」
「でも、町の場所とかって分かる?」

 この世界の地理など全く分からない夏希にとって、今自分達は何処に居て、近くに何があるのか知るはずもない。だから必然的にイシュバインに頼ることになるのだが、その彼も溜息を零す。

「分かんねえ。この辺りには来たことねえと思うし」
「ならどうする? 誰か通りかかるのを待つ?」
「こんな何もない場所でか? 水源もねえし、食料だってたまたま見つけただけでまたあるとは限らない。それに魔物の巣が近くにあるのに通る馬鹿、早々居ないだろ」
「うーん……」

 多分此処は、彼の言葉からして田舎の方というか、あまり発展していない方なのだろう。ということは此処で待つのは、山の中で早々通らない車にヒッチハイクを頼むのと同じくらい、見込みがない。
 この世界の移動方法にもよる。車か自転車か。それとも電車か。ああでも、あんなに速く走れるなら、自転車は必要ないかもしれない。
 そう思っていると、不意にイシュバインが夏希を持ち上げた。

「きゃ! ちょ……!」
「あーだこーだ悩んでても仕方ねえからな。とりあえず走ってみるか」
「とりあえず、って……!」
「黙ってないと舌噛むかもしれねえぜ」
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