06

 彼女が元の世界に帰りたがっていることは分かった。少年でも、同じような立場に立たされれば帰還を望むだろう。けれど少女を此処に呼び寄せたのは、自身の母が何十年もかけて溜めた魔力のおかげだろうから、少年には何も出来ない。
 何故この世界に呼び寄せたのか、理由は知らないが、その母でさえすぐに帰す事は至難の業だろう。聞いたところによると、少女は百年も寿命がもたないらしいので、出来るだけ早く帰らなければならない。
 母親より魔力が多い人物を知ってはいるが――。

「……」

 先程の、記憶。彼女が持っていた鈴によって見せられた記憶で、全てを思い出した。ち、と短く舌打ちをして、今にも涙を零しそうな少女に向かって言う。

「おい」
「……何?」
「お前を帰す方法は俺には分からねえ。だが、知っていそうな奴は分かる。そいつに会わせてやるから泣くな!」
「……」

 泣いた女は面倒だ。そんな気持ちでビシッと見えているのかいないのか分からない少女に指を突きつけると、彼女はきょとんとした表情で少年を見た。
 まるで、思いがけないことを言われたかのように、目を丸くして少年を見ている。

「何だよ」
「……いや、そんなこと言ってもらえるとは思わなくて……貴方には、関係のないことだったから」
「別に、関係ないわけじゃねえよ。その鈴はおふくろのだって言っただろ。つうことは、お前がこの世界にきた原因はおふくろかもしんねえし、だったら責任取らなきゃなんねえだろ」
「……」
「けど、言っておくけどどうしようもなかったらそれまでだからな。俺だって色々あって混乱してんだ。そんな中お前の面倒までそう長くは見てらんねえし……っておい、聞いてんのかよ?」
「あ……」

 意外だった。てっきり、俺には関係ないと明日にでも置いていかれると思っていたから。これはとりあえず、とりあえずはどうにかなると思って良いのだろうか。
 なんというか、本当にこの少年には世話になってばかりだ。魔物とやらに襲われたときにも助けてもらったし、今だって。
 どうしようもなかったらそれまでだと言われたけれど、それでも良かった。何も分からない、何もかもが夏希の世界とは違うこんな世界で、誰かが傍に居てくれる、ただそれだけで。
 ――独りじゃないことがこんなに嬉しいなんて、知らなかった。

「ありがとう」
「……っ」

 浮かびかけていた涙を拭って、少年に礼を言う。すると少年は照れくさそうにそっぽを向いた――ような気がした。暗いので、良く分からなかいけれど。
 くすりと笑みが浮かぶ。思えば、笑ったのは初めてかもしれない。それもこれも、目の前のこの少年のおかげだ。
 そう思って、はた、と気がついた。そういえばまだ彼の名前を知らない。

「あの」
「あ?」
「私、夏希っていうの。貴方の名前は?」
「……イシュバイン」

 ぼそ、と呟くような大きさの声は、けれどしっかりと夏希に聞こえていた。

「改めて、よろしくお願いします、イシュバイン」
「……別に、お前の為じゃねえし」
「え?」
「……何でもない。さっさと寝ろ!」

 何かを呟いたような気がして、聞き返したが少年――イシュバインは自分の上着を脱いで夏希に投げつけ、そう怒鳴る。受け取った夏希は上着とイシュバインとを戸惑いながら見比べたが、腰掛けていた岩から立ち上がって地面に腰を下ろし、そのまま彼女に背を向けて凭れかかった彼に、ようやく上着を貸してくれたのかと気付く。

「あの、ありがとう」
「……」

 イシュバインは何も言わなかったが、それでも良かった。同じように岩に凭れかかり、目を閉じる。
 貸してもらった上着は温かくて、夏希は安心したように意識を闇へと落とす。眠った彼女を見届けたイシュバインは、僅かな溜息を零し、自分も目を閉じたのだった。



* * *



 ――りいん……
 暗闇の中、鈴の音が聞こえた気がした。
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