05

「別の世界? ああ、なるほどな」
「……信じるの?」
「その方が納得するだろ。俺の知っている限り人間は居なかったはずだし、お前から魔力も感じない。そんな奴、初めて会ったしな。何年眠っていたかはわかんねえけど、その間人間が数を増やしたとかなければ、お前が別の世界から来たって方がまだ分かる」
「じゃあ、やっぱり私は別の世界に来ちゃったのかな……」
「……」

 しょんぼりと肩を落とす彼女を見て、少年は面倒くさそうな、憐れむような、そんな何とも言えない表情を浮かべた。ただ、辺りは暗かったので、それを夏希が見ることは無かったのだけれど。

「どうやって帰れば良いんだろう。さっきの……魔物だっけ。そういうのも居るみたいだし……住むとこも、お金もない」

 こうやって考えてみれば、今の状況はかなりまずいのでないだろうか。夏希は身一つで此処に居る。持っているのは少年の母親の鈴とよく似ているらしい鈴のみ。財布も携帯も――仮にあったとしても使えないだろうが――何もないのだ。
 帰る家もない。お金がなければ食料だって衣服だって儘ならないし、帰る場所がなければ野宿しかない。魔物とかいう危険な生物が蔓延る場所で野宿など、夏希など一日だって生き残れないだろう。
 帰る方法は思い当たらない。あの時、鈴が光ったことによって気を失ってこの世界に居たのなら、鈴が手がかりになりそうなものだけれど。

「……この鈴、鳴らないし」

 光るとかそういうレベルではない。揺らしても音が鳴りさえしないのだ。どうしようもない、と溜息を吐くと。

「……おい」
「え? あ、何?」
「鈴。どうやって手に入れたのか、もう一度聞かせろ」
「えーと、家に帰る途中、見かけないお店があったから入って……そこで見つけたの。何となく気になって、買おうと思って……そうしたらこの鈴が光って、気を失って、気付いたら廃墟の中に……」
「居たってか」
「……うん」

 こくりと頷くと、彼は何かを考え始めた。それを見て、夏希も鈴をまじまじと見てみる。
 この世界に来た時といい、少年が魔物を倒したときの不思議なヴィジョンといい、この鈴はただの鈴ではないのだろう。どう見てもただの鈴にしか見えないのだが、さすがにそう思う。
 そういえばあの時。この鈴を手にしたとき、あの店の初老の男性は鈴が夏希を選んだと言っていなかっただろうか。もしかして、こんな状況に巻き込まれているのは、この鈴に選ばれたからだろうか。

「……その鈴から、僅かにおふくろの魔力を感じる」
「魔力?」
「ああ。今は殆どないけどな。……お前がこの世界に来たのも、おふくろの魔力によってかもしんねえ」
「え!」
「鈴に溜められていた魔力を使って、お前をこっちの世界に連れて来たのかもな。だけどそれで魔力は殆ど使われてしまった、と」
「……つまり?」
「俺は知識でしか知らねえけど、別の世界の存在を呼び出すには、かなりの魔力が必要だったはずだ。それこそ十年や二十年分の魔力じゃ足りねえだろうな。そんで、そんな膨大な魔力を持ってる奴は数少ない。っつうか一人しか居ないはずだ」

 暗いからよくは分からないが、恐らく少年は指を一本立ててそう言った。はっきりとは見えないが、暗闇に目が慣れてきているから、最初よりは多少見える。それでも恐らくは、という程度だが。
 夏希は今までの少年の言葉から、その人物が誰かを自分なりに推測してみる。

「それが、貴方のお母さん?」
「……いや」

 だけれど少年の言葉はノーだった。

「おふくろはただ単に百年くらい魔力を溜めてたんだろうな。だからお前を連れてこれたのかもしれねえけど、今すぐに帰りたいってのは無理だ。また同じくらい溜めないとだし」
「百年って……そんなにかかったら私、死んじゃうよ……」
「……なんっつうか、人間って聞いてる限りよく生きてられるな。百年も生きられないのに。お前の世界には沢山居るんだろ?」
「いや、貴方達が可笑しいんだよ……それに、私の世界には魔物とか悪魔とか、そういうものが居ないから、命の危険はそんなにないって言うか……一番数が多いのも人間だし」

 それでも死ぬときは死ぬのだが。そういうと、少年はなるほどと頷いた。

「天敵が居ないわけか」
「天敵って……まあ、そうだけど」

 まるで動物のことを説明している錯覚に陥る。いや、人間も動物にはかわりないのだけど、天敵などという言葉を使われたのは初めてだったから、可笑しな感じがしてしまったのだ。

「それにしても本当、これからどうすればいいんだろう……」

 仮に百年間生き残ったとして、そんなだったら多分帰る気もなくなっているだろうし、帰らないほうがいいだろう。百年後なんて、夏希の知り合いなど殆ど居ないと思うし、逆に帰ったら居場所が無さそうだ。
 だがこのままこの世界で生きていく覚悟など出来そうもない。人ではない存在がうろつく世界など。
 それに、この世界では夏希は独りぼっちなのだ。誰も自分のことを知らず、同じ種族さえも居ない。本当に独り。考えたら急に怖くなって、じわりと涙が浮かんだ。
 それにギョッとしたのは少年である。夜であろうが普段どおりに見え、しかも夏希よりもずっと視力のいい彼からしたら、泣いていることなど丸分かりだった。
 だがしかし、幸か不幸か泣いてる女の慰め方など知らない彼からしたら、目の前で泣かれるのは非常に困る。
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