04

 それからどれほど逃げたのか、少年が止まった場所からはあの廃墟は見えない。太陽は既に沈んでおり、辺りは暗い。夏希を下ろした少年は言う。

「今夜はここで寝るしかないな」
「野宿、ってこと?」
「ああ。っつっても、俺も野宿はしたことねえけど。まあ何とかなるだろ。寝て起きて、朝になったら近くの町か村か集落か……何でも良いが、行けば良いだけだしな」
「簡単に言ってくれるけど……」

 夏希は辺りに視線を巡らせた。暗くなっているので見えにくいが、月明かりで何とか確認する。驚くほど何も無い。あるのは夏希の腰ほどの大きさの岩がいくつか。それだけだ。
 当たり前だが野宿の道具などないので地面に寝るしかない。かけるものもないのだ。それどころか、火を起こすことも、今の彼女達には難しい。だけれど生きていただけでもラッキーと言わざるを得ない状況だったのだ。欲張るのは間違いだろう。
 岩に凭れて寝るしかないか、と近づくが、足元など見えないので石に躓いて転びそうになってしまう。

「っ!」
「……おい」

 だが転ぶ前に呆れたような声音で少年が受け止めてくれた。彼が起きてからというもの、何から何まで世話になりっぱなしだ。それに、まだ助けてもらった礼を言っていない。

「ごめんなさい……それから、ありがとう。今も、さっきも助けてもらってばかりで」
「……別に、お前の為じゃねえし。ったく、足元に気をつけろよ」
「分かってるけど、見えなくて……」
「見えない?」
「うん。貴方は見えるの?」
「ああ。日中よりは見えにくいが、普通にな。……お前、人間とか言ったな。人間ってあれだろ? ずっと昔に絶滅した種。あ? でもお前が居んなら他の人間も居るのか?」
「ぜ、絶滅? してないよ! 他にも沢山居るってば!」
「へえ。どこに?」
「どこって……」

 そんなの、世界中に決まっている。だけど少年は本当に不思議そうに聞いてくるものだから、夏希は何と答えて良いのか分からなくなってしまい、言葉に詰まる。
 少年は近くにあった岩に腰を下ろして、言った。

「何か噛み合わねえな。まだ寝るには早いし、少し話をしようぜ」
「……うん」

 そうした方がいい。今後のためにも。そう思った夏希は、月明かりを頼りに岩に座った。今、どんな状況下に居るのか。此処は一体何処なのか。全てを理解するために。

「まず、此処はヴェルディアっつう国だ。それくらいは分かるよな?」
「……」
「おい」
「……いや、だって私の記憶ではヴェルディアっていう国はなかったもの」

 世界中の国全てを把握しているわけではないから自信を持って言い切れるわけではなかったが、ないはずだ。多分、おそらく。地理は不得意だけれど。

「この国が無いって? ……あるじゃねえか」
「でも聞いたことないよ。凄く小さい国なの?」
「んなわけねえだろ。この世界で一番大きな国だぜ?」
「……じゃあやっぱり知らないよ、ヴェルディアなんて」

 一番大きな国ならば、さすがに地理が苦手な夏希だって覚えているはずだ。だけれどそんな国名は聞いたことはない。そもそも魔物とか悪魔とか、更には鬼や吸血鬼まで居るというではないか。夏希の世界にそんなものは存在しない。しても、漫画やゲームの中だけのはず。
 しかし先程の見たことの無い生物。そして目の前の少年。彼の身体能力は高く、素手で魔物と呼ばれる生物を引き裂いていた。耳も普通の人間とは違い、尖っている。
 知らない国。普通ではない存在。店の中に居たはずなのに、いつのまにか眠っていた廃墟。もしかして、此処は――。

「別の、世界だって言うの……?」
「あ?」

 そんなはずはない、と思っている。でもそうなのではないか、とも思っている。
 自分は、今まで居た世界ではない、彼女の居た世界では空想上の生き物だといわれている悪魔や吸血鬼などが存在する世界に来てしまったのではないか、と。
 思い当たったって、夏希は顔を蒼褪めさせた。もし本当にそうだとしたら、自分はどうしたら良いのだろうか。元の世界に戻る方法など分からない。かといってこの世界で生活していく自信もない。

「ど、うしよう……」
「……おい、一人で納得すんなよ。何だってんだ?」
「……多分だけど。自信は無いんだけど、多分、私、別の世界から来た、のかも……」

 語尾に向かって徐々に声が小さくなってしまったが、耳の良い彼にはしっかり聞こえたようだ。
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