03

「とりあえず話は後だ。今はここから離れるぞ」
「え?」
「ここは魔物の巣があるみたいだな。近くに居る」
「近くに、って……しかも魔物?」

 少年が呟いた瞬間、何処からか黒い生物の唸り声が聞こえてきた。姿は見えないが、声が聞こえてくるということは近くに居るのだろう。ビクッと身体を強張らせると、少年はさっさと歩き出してしまう。

「あ、ちょ……!」
「いちいち相手にしてらんねえからな。さっさと行くぜ」

 スタスタと声など気にも留めずに歩いていってしまう彼に、夏希は迷った末に追いかけた。いつまでも此処にいるわけにもいかないし、先程の生物にまた襲われたとして、夏希に撃退する力は無い。
 あの少年はあっさり退けてしまったし、一緒に居た方が良いだろう。少なくとも、家に帰るまでは。
 走って少年の後を追いかける。彼はチラッと夏希を見たが、何も言わず歩き続けた。それでも少しだけ速度を遅くするあたり、彼は優しい人なのだろう。
 唸り声は聞こえ続けている。それにしてもあの黒い生物は一体何なのだろう。見たことはない。それに結局此処も何処なのか。夏希はあの店から、一体何処に来てしまったのか。
 廃墟の中に再び入り、出口の方に向かっていく。崩れかけている建物に人が居ないか気にかかったが、少年は「誰もいねえよ」と夏希の心を読んだかのようなことを先に言って、足を止めることはなかった。
 何故分かるのかとも思ったが、逸れるのは困る。彼は居ないと言っているし、とりあえずは信じよう。嘘を言っているようでもないし。

「どこに行くの?」
「とりあえずは、そうだな……進めるところまでだな。もうすぐ日が暮れる。夜は魔物が活発になるから、下手に動くのは面倒だ」
「……ねえ、さっきから言ってるけど、魔物って何?」

 ずっと気になっていたことを問いかけると、彼はぴたりと足を止め、彼女を見やった。

「な、に?」
「冗談か?」
「冗談って……」
「普通に暮らしてて、魔物を知らない奴なんて居ないだろ。それこそ鬼や吸血鬼だって知っているはずだ」
「鬼? 吸血鬼? そんなのも居るの?」
「……」

 夏希からしたら、少年の方が冗談を言っているように思える。鬼や吸血鬼なんてものは空想上の生き物で、現実に存在するはずがない。映画や漫画の中でよく見る設定だが、あれは全部フィクションなのだ。
 もしかして彼は少し危ない人だったのか。同い年くらいに見えるが、会話が全く噛み合わない。
 少年は訝しげに夏希を見ていたが、やがてハッと何かに気付いたようだった。

「お前……魔力を感じない」
「え?」

 魔力? と首を傾げると、彼は夏希の腕を掴む。

「お前、何だ?」
「何だ、って言われても……」
「魔力を持たない者なんて、存在するはずが無い。鬼や吸血鬼にだって魔力は存在する。それなのに何でお前から魔力を感じない? 悪魔でも鬼でも吸血鬼でもないなら、お前は一体何なんだ?」
「悪魔って……私は人間だよ。貴方だってそうでしょう?」

 何を当たり前のことを。そう言おうとしたが、その時夏希は彼の後ろに先程の黒い生物が居るのを見た。唸り声がずっと聞こえていたのだから、姿を現したところで可笑しくは無い。だけれど突然のことに少年に危機を知らせることさえ出来ずにいると、彼は彼女を抱えて飛びのいた。

「きゃ!」

 夏希を抱えながらも、少年は軽々と襲い掛かってくる生物の攻撃を避け、瓦礫の上に着地した。凄い脚力である。助走もなしに自身の身長よりも高く積み上がっている瓦礫の上に着地したのだから。

「ち、鬱陶しいな」

 短く舌打ちすると、そこに夏希を置いて飛び降りた。そのまま学習もせず向かってくるソレを殴り飛ばす。

「いちいち相手する時間が勿体ねえ。おい、さっさと飛び降りろ!」
「飛び降りろって言ったって、高くて無理だよ!」
「んなわけねえだろ、そのくらいの高さ!」
「十分高いってば!」

 自分の身体能力が高いからって夏希にまでそれを求められても無理である。不安定な足場から落ちないようにするのが精一杯なのに、此処から飛び降りて無事でいられる気がしない。それ以前に足が竦む。そう言うと少年は苛立ったように叫んだが、夏希も言い返す。
 そんなことをしているうちに、殴り飛ばされた生物が動き出した。彼は再び舌打ちをすると、瓦礫に着地した時と同じように飛び上がり、夏希を抱えて瓦礫から降りて走り出す。

「ったく、世話の焼ける奴だな!」
「そんなこと言ったって……!」
「お前に合わせてると逃げられるもんも無理そうだし、走って逃げるぞ。あそこは数が多すぎる」

 少年がそう言うが否や、一匹しか居なかった黒い生物がわらわらと瓦礫の影から出てきた。その数の多さに、夏希は絶句する。

「……っ!」
「言ったろ、巣だって。流石にあんなに相手してられねえしな。掴まってろ」
「う、ん……!」

 ぎゅっと彼の首に腕を回してしがみ付くと、少年は更に速度を上げた。追いかけてくる黒い生物達も相当速いが、彼のスピードはそれを容易く上回り、引き離していく。女一人を抱えてこの速さ。本当に人間ではないのかもしれない。
 ちらりと髪の隙間から見えた耳は、夏希のものとは違い、尖っていた。
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