16

「また、護ってくれたの……?」

 光は小さくなり、やがて消えた。夏希は鈴を握りしめる。この世界に来てしまったのはこの鈴が原因だが、それでもこの鈴のおかげで夏希は生き延びている。この鈴の本来の持ち主であるイシュの母親が何かしてくれたのか。それとも別の要因か。
 それは分からなかったが、ともかく魔物が気絶している今、早く離れなければ。

「とはいっても、イシュも居ないし……もしかして私、迷っちゃった?」

 魔物から逃げる為とはいえ、無我夢中で走っていたので現在地が全く分からない。町の方向も全然分からないし、遭難したと言っても過言ではないかもしれない。
 折角魔物から逃げられそうなのに。一難去ってまた一難だ。さて、どうするべきか。

「とりあえず進んだ方が良いのかな……迷った時は動かない方が良いっていうけど、魔物が居るからこのままここに居るわけにもいかないよね……」

 迷っている暇はあまりない。いつ魔物が目を覚ますか分からないのだ。
 夏希は覚悟を決め、自分の勘を信じて進むことにした。あわよくば町に出れたらいい。イシュももしかしたら戻っているかもしれないし。

「そうだ」

 もしもの時の為、夏希は自分が持っていたリコの実が入った袋を木に結び付ける。もし、イシュが追いかけてくれたら、これに気付いてくれるといいのだけど。そうすれば彼女がここを通ったということが彼に伝わる。
 中に入っていたリコの実を取り出す。これを道に落としておこう。辺りに同じ実は見つからないから、夏希が落としたと分かると思う。彼は目が良いから、小さなリコの実も見つけられるだろう。多分。信じてる。
 よし、と意気込んで、夏希は歩き出す。彼女が進む方向は町とは真逆の方角だということは、知る由もなく。



* * *



 粗方魔物を片付け終えたイシュは、急いで夏希が駆けていった方角に走り出していた。これまでの生活から、彼女がそこまで体力がないことと、足が速くないことはもう分かっている。イシュが全力で走れば追い付けるはずだ。
 だが魔力の波動を感知できないというのは思った以上に厄介らしい。夏希が今どのあたりに居るのか全く分からない。森の中、そしてイシュの感知能力が高くないことも相まって、中々見つけられずにいた。方角的には合っているはずなのだが。

「くっそ、何で居ねえんだ? アイツの足じゃ、こんな森の中じゃそんなに進めねえはずなのに」

 最悪の事態を想定し、イシュは苛立った。彼女が居なければ眠っている父の側近を目覚めさせることも出来なくなるし、それに。
 自分の見知らぬ世界にいきなり飛ばされてしまった少女。人間は自分以外はおらず、当然ながら知り合いも身内も居なければ、右も左も分からない世界にただ独り。
 帰る方法も分からない。帰れるかどうかも分からない。そんな世界で一生懸命帰り道を探そうとしているのだ。諦めることなく。
 本当は不安で堪らないはずなのに。魔物なんて、彼女の世界では存在しなかったモノまでいて、怖くて仕方ないだろうに。

「……こんなとこで死なせたら、寝覚めが悪いだろうが」

 そもそも巻き込んだのはこちらの事情なのだ。イシュの母親が、彼等にかけた封印を解くために異世界から招いた存在。それが彼女。
 彼女は何も悪くない。関係もない。偶然鈴に選ばれてしまっただけ。彼女であった必要もない。ただ不運だった。それだけなのだ。

「……」

 イシュは深呼吸をすると、再び駆け出した。手遅れになる前に見つけ出さなければならない。

「……ん?」

 走っていると、魔物を一匹見つけた。近くに他の魔物の姿はない。

「アイツを追いかけていた奴か?」

 夏希が魔物を退けられるとは全く思っていないイシュは。まず一番に浮かんだ可能性を声に出した。勿論、夏希を追いかけていた魔物とは全然関係なく、ただ森をうろついていただけとも考えられる。
 だけれどイシュはその可能性を信じて、魔物に近づいた。そうして獲物を見つけて襲い掛かってくる難なく撃退し、辺りを見回した。
 すぐに木に括りつけてある袋に気づき、取る。

「これ、アイツのか?」

 確かイシュの渡したリコの実を入れて持っていたはずだ。だが中に実はない。この間渡したばかりだから、まだ無くなっていないと思うのだが。
 目を凝らして注意深く辺りを観察すると、地面に小さな赤い実を見つけた。リコの実だ。ここら辺にこの実が自生している木は無い。とすれば。

「アイツが落としたって考えるのが妥当か。実は……あっちだな」

 渡した実の数は多くない。無くなる前に見つかるといいのだが。そう思いながら、イシュは夏希の落とした実を目印に、彼女の後を追いかけた。
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