それから数日。少しずつ範囲を広げているとはいえ、泉は見当たらない。矢張り森は広い。ただ、魔物に遭遇していないのが不幸中の幸いか。と思っていたのも今日までだった。
探索していたら突如として現れた魔物の群れ。巣が近くにあるのだろう。中々の数だ。
「……見事に囲まれたな」
「じゃあ、この辺りに魔物の巣が……」
「みてえだな。おい、下がってろ」
「う、うん……」
「蹴散らしてやんよ、雑魚共が」
そういってイシュは笑うと、自分たちを取り囲んでいる魔物の群れに突っ込んだ。そうして魔物たちを薙ぎ払い、蹴飛ばし、殴り倒しながら道を切り開いていく。夏希は彼の邪魔にならないようにと、魔物から狙われにくい木の陰に身を潜めていたのだけれど。
唸り声が聞こえた。振り返ると、魔物が一匹夏希に狙いを定めている。隠れていたが、ただ一匹だけに見つかってしまったようだ。その証拠に他の魔物は彼女に気付かず、イシュに襲い掛かっている。
これは拙い。一匹といえど、夏希に対抗手段はない。イシュに迷惑をかけるわけもいかない。彼は今も多数の魔物を相手に戦っているのだ。
夏希はぎゅ、と手を握りしめる。魔物が飛び掛かってきたが、その瞬間を見計らって地を蹴る。何とか魔物を交わし、走り出した。とにかくこの魔物は自分で何とかしないと。そう思って。
「あ、おい……!」
イシュが横目で夏希が走り出したのを見て止めようと声を上げるが、彼女はその声に気付かず走り去っていく。その後を追いかける一匹の魔物。あれから逃げているのだろう。
何とか追いかけようとしても、自身を取り囲んでいる魔物が邪魔だ。
「ち、本当邪魔くせえな!」
噛みつこうとしてきた魔物を交わし、蹴りを一発。次いで振り向きざまに後ろに迫っていた魔物を殴り、横から突っ込んでくる魔物を交わして地面に叩きつける。
さっさと片付けて追わなくては。何せ彼女は魔力がない。イシュでは彼女の居場所は分からない。この森の中では特に。
それに。
「あいつ、よりにもよって奥に逃げ込みやがって……!」
さらに深くなる森の奥。まだ行ってないのでどうなっているのか分からないが――。
「巣に近づいていかなきゃいいんだが……あああ! 本当に鬱陶しいな!」
倒しても倒してもキリがない。イシュは苛立ち、叫びながら目の前の魔物たちを撃退しようと地面を蹴った。
* * *
どれくらい走っただろう。魔物は相変わらず彼女を追いかけてくる。地形をうまく利用し、木の陰に隠れながら走っているおかげで襲われてはいないが、体力の限界を感じていた。このままでは追い付かれてしまう。
「はあ……っ、ほんと、きつ……!」
森の中を探索するようになって、元の世界に居た頃よりは運動していると思う。とはいえまだ初めてそう日にちが経っていない今は、その成果など現れてはいない。
もう少し体力をつけるべきだな、と現実逃避を織り交ぜながらも走っていると、木の根に足を取られ、つまずいてしまった。
「きゃ!」
派手に転んでしまう。肘や膝がヒリヒリする。どうやら擦りむいてしまったらしい。
だが痛みなど感じる間もなく起き上がり、駆け出す。魔物が夏希が転んだことをいいことに距離を詰め、その鋭い爪を振り上げていたからだ。
「い……!」
爪が掠り、右の二の腕から血が噴き出た。血を止めようと押さえながら走る。ここで死ぬわけにはいかないのだ。まだやりたいことだって沢山ある。元の世界にも帰っていない。だから。
だけれど足が限界を訴えてきた。息も荒い。木の根を避けるのも辛く、また転びそうになってしまう。木に手をついてどうにか踏ん張ったが、その代わりに魔物が彼女の目の前まで接近していた。
「あ……」
逃げなければ。そう思うのに、足が思うように動かない。魔物はやっと逃げることを止めた獲物を前に、心なしか嬉しそうに見えた。
手が震える。怖い。魔物が詰め寄ってくる。もう――。
先程と同じように魔物が爪を振り上げた。夏希はぎゅっと目を瞑って、来る衝撃や痛みに備える。しかし。
「ギャン!」
「え……?」
夏希を護る様に透明な壁が彼女を包み、魔物はその壁に当たって吹き飛ばされた。地面に倒れ、ピクリとも動かない。結構な衝撃の様だったから、気を失っているのかもしれない。
透明な壁は魔物を阻むとすぐに消えてしまったが、夏希はポケットの中に入れていた鈴が仄かに熱を持っていることに気付く。
手を入れて取り出してみると、その鈴は淡く光っていた。多分ポケットの中で鳴ったのだろう。夏希は気付かなかったけれど。