14

「っ!」

 寝台から飛び起きる。間違いない、先程の夢は。
 夏希は身支度も整えないままイシュを探す。彼は朝風呂に入っていたようで、僅かに髪が湿ったまま丁度部屋に帰ってきたところだった。

「イシュ!」
「うわ!」

 まだ眠っていると思っていた夏希が、部屋の扉を開けると同時に飛びついてきて、イシュは飛び上がらんばかりに驚いた。魔力を持たない夏希の行動を読むことは彼には出来ないので、余計に。
 これが他の者だったら、扉付近に居るなとか、そういうことは分かるのに。

「な、何だよ、急に」
「あの、あのね、夢を見たの!」

 何だかやたら興奮している。とにかく落ち着け、とイシュは夏希を引きはがして、寝台に座らせる。何も扉の真ん前で突っ立って話をすることもないだろう。あと近い。

「夢? ああ、そういやこの間もおふくろの夢を見たって言ってたな。またか?」
「ううん、今度は違った。あのね、私、森の中に居たの。森の中にある泉の近くに。それでね、その泉の中に人が眠ってたの。紫色の長い髪をした人で、男か女かは分からなかったけど……」
「紫色? ちょっと待て、泉の中? で、眠ってた?」
「うん、だからもしかしたら、その封印されている側近の人かなって思ったんだけど……」
「……」
「心当たり、ある?」

 考え込んでしまったイシュを、夏希は不安そうに見つめた。何故あんな夢を見たのか分からないけれど、もしあの人が側近の一人だったら、夢が何かの手掛かりになればいい。捜索の面で全く役に立てないけれど、こういったことで役に立てるのなら。

「もしかしたら、アイツ、かもしんねえな……」
「側近の人?」
「俺は見てねえから断定は出来ねえけど。一人、思い当たる奴がいる」

 そう言ったイシュの顔は、何だか苦虫を噛み潰したようで。その心当たりのある人物と何かあったのだろうか。
 夏希が首を傾げていると、イシュはその思い当たった人物のことを説明し始めた。

「あー、そいつはカイレインっていって、俺の教育係だったんだが……俺は苦手だったんだよ。よりにもよってアイツかよ……」
「苦手?」
「ああ。でも魔力の波動を感知する技術は俺とは比べ物になんねえほど凄いし、器用で魔力を操るのも長けていたから傷を治すことも出来たな。側近というだけあって強い。アイツが居れば色々と楽になるとは思うけど……」
「けど?」
「……こんな時に苦手だのなんだの言ってらんねえしな。探すしかねえか。ええと、森の中の泉だっけか?」
「うん、そう。どの森かは分からないけど……」
「とりあえずサヴァンナの南の森に泉があるかどうか、もう一回聞き込みでもすっか。森の中に泉なんて早々ねえだろうし、多少場所は絞れるだろ」
「分かった」

 再び町の人に聞き込みを始めた二人だったが、思うように情報は得られなかった。元々あの森へは町民は滅多に足を踏み入れないのだ。泉があるかどうかなど、知らないに決まっている。
 折角場所が絞れそうな情報なのに、と夏希が落ち込みつつある時、一人の老人に会った。
 その老人は町の隅で小物を売って生計を立てているのだが、夏希は一度この店に訪れて買い物をしている。

「南の森の中に泉じゃと? ああ、確かあったはずじゃ。といってもずっと昔に一度見かけたきりだから、今はどうなっておるかは知らないが」
「え、本当ですか?」
「うむ。昔、まだ魔物がそこまで住み着いていなかった時にな。ちと用事があって森の中に入ったんじゃが、迷ってしまってな。あてどもなく歩いていた時にたまたま見つけたんじゃ。じゃから場所までは覚えておらんが……」
「いえ、十分です! ありがとうございます!」
「良く分からんが、喜んでもらえたのなら何よりじゃ」

 老人に礼を言って、ついでに買い物もして、夏希は店を後にする。南の森には泉はあった。今はあるかどうかは分からないらしいが、ともかく探索する理由としては十分だ。
 早速イシュに報告すると、彼も同様の情報を掴んだようだった。

「俺の方も場所までは分かんねえって言われたんだよな。ただそう近くにもないだろ。多分結構奥の方のはずだ」
「奥かあ。あまり魔物の巣に近いところじゃないといいんだけど……」
「どうだろうな。どんな種族でも、水が近くにある方が良いんじゃねえか?」
「そう言われると不安だけど……でも結界は魔力のある存在を弾くんだよね? だったら魔物も泉には近付けないんじゃ……?」
「魔物が住み着いたのがいつか分からねえからな。封印される前から巣を作っていたんだったら、泉の近くにあるかもしれないだろ」
「ああ、そっか……とにかく行ってみるしかないんだね」
「そういうこった」

 今日はもう遅いから、明日から本格的に森の中を探索することになった。もし怪我をしてしまった時用の薬や包帯なんかも買ったし、大丈夫だと思う。悪魔用の薬が人間である夏希に効くかは分からないが、無いよりはマシだろう。
 見つけられると良い。そう思いながら、その日は眠りについた。
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