13

 イシュが罰が悪そうに言った言葉に、夏希は固まった。
 どうやらこの森、というかこの世界の木々は多少なりとも魔力を持って自生しているようで、この森の中に入るとイシュの感知能力では魔物か、それとも木々か判別がつかないらしい。魔物の魔力の波動はそう強くない。だから木の魔力に紛れてしまうんだとか。

「そういえばリコの実も、実をなす植物が魔物を養分に育っているから実に魔力が宿ってて、だから私が人間だってバレないんだっけ……」
「魔物を養分に咲く植物はそう多くはないんだけどな。リコの木は流石に区別はつくぜ。そこらの木々とは比べ物にならねえほどの魔力が宿っているし。だがここらの木々は普通の木だ。宿っている魔力はそう多くない」
「えーと……つまり魔物が近づいてきても分からないってこと?」
「いや、動いてれば、多分……」
「はっきりしないなあ」
「うるせえな、苦手なんだって何度も言ってんだろ」

 夏希の言葉に不機嫌になったイシュは、もう魔力の波動を感知しようとすることさえ止めたらしい。「出会ったら出会ったで何とかなんだろ」なんて言いつつ、ずんずんと森の中に入っていってしまう。
 本当に大丈夫なのか不安になりつつ、おいていかれるわけにもいかないので、夏希も彼の後を追いかけていった。
 結論から言えば収穫はなかった。現国王が探しているかどうかは知らないが、今まで見つかっていなかった人たちをたった二人でそう簡単に見つけられるはずもなく、その日は町に引き返すこととなった
 歩いている中で魔物に遭うことはなかったが、多分運が良かっただけだろう。これからも会わないことを願うばかりだ。

「やっぱお前の速さに合わせていたら、時間がいくつあっても足りなさそうだな」
「……遅くてごめんね」
「まあ人間ってのは脆弱な種だって本で読んだことがある。すぐ死ぬんだろ?」
「すぐ死ぬっていうか……この世界だとそうかもしれないけれど、私の世界ではそこまで危険は……あー、でもどうだろ?」

 車に轢かれたり刃物で傷つけられれば危ない。それどころか打ち所が悪ければ二階から落ちたとしても、死んでしまう事もある。とすればイシュの言うこともあながち間違っては居ないのだろうけれど、夏希としては何だか複雑だ。

「脆弱な種の、それもお前は女だからな。仕方ないっちゃ仕方ないが……」
「でも時間がかかりすぎるよね……うーん、どうにかなればいいんだけど」
 夏希は鈴を取り出した。そうして揺すってみたが、鈴は鳴らない。この鈴が封印されている側近の元へ導いてくれれば話は早いのだが。
「……始めたばかりで弱音ばかり吐いていても仕方ねえ。とりあえず明日は今日の続きから行くぞ。ちゃんと休んどけよ」
「あ、うん」

 イシュの言葉に、夏希は鈴をしまって頷いた。
 昨日と同じ時間に風呂へと赴く。森の中なんて初めて歩いた夏希は、矢張り疲れてしまっているようだ。足が痛い。明日には筋肉痛になりそうだなあ、と温泉に浸かりながら思う。

「何とか迷惑をかけないくらいになりたいんだけどなあ……」
 今の夏希は完全に足手まといだ。いくら封印を解くのに彼女の力が必要でも、それはただ結界が魔力を阻むというだけで、魔力がない者であったら彼女でなくとも良い。せめてこの鈴に導かれたのが体力のある男の子だったらまた話は違ったのだろうが。
 イシュには色々お世話になってばかりだ。もう少し何か出来れば。

「……はあ」

 本日何度目かも分からない溜息を吐いて、彼女は温泉からあがった。そうして疲れてる身体を休めるために、さっさと寝ようと心に決めたのだった。



* * *



 ――見たこともない光景が広がっている。
 何処かの森の中、だろうか。木々が生い茂っている。だけれどその場所はあまり木が陽射しを遮ってはおらず、森の中にしては明るい場所であった。
 その場所の中心には泉があった。陽射しを受けて水面がキラキラと輝いている。水は澄んでおり、綺麗だ。
 夏希は誘われるままに泉に向かって歩み出した。ちゃぷ、と音を立てて泉の中に手を入れてみても冷たさを感じないのは、これが夢だからだろうか。
 そのまま服が濡れるのも構わずに泉の中心部へと足を進める。深さはそこまででもなく、せいぜいが夏希の腰より少し上くらいだ。この程度では溺れる心配もなさそうだが。
 不意に、何か硬いものに当たった。何だろうと触れてみる。硬い。そうして透明だ。これは。

「氷……?」

 でも何で中心部だけ凍っているのだろう。全体が凍るのなら分かるのだが。そう思いながら泉から出て、氷の上に立つ。滑らないよう注意しながら進んで行くと。

「あ……っ」

 泉の中、夏希の下に、氷に覆われて眠っている者が居た。中性的な顔立ちで、一見すると男か女かも分からない。長い紫苑の髪を横にゆったりと括っているから余計に。
 生きているのだろうか。氷に覆われたことはないから分からないが、この中で息は出来るのか。それとも悪魔だから大丈夫なのだろうか。様々な考えが頭の中を過るが、夏希は余計な思考を振り払い、ゆっくりとその人物に手を伸ばす。
 ――ううん、そんなことよりもしかして、この人……
 手が氷に覆われた顔に触れる瞬間、彼女は目を覚ました。
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