12

 初めから決まっていたのだ、誰かがこの世界に呼ばれるということは。それがたまたま夏希だったというだけで。
 本当にあのお店であった初老の男性は何者だったんだろう。それにイシュの母親であり、鈴の持ち主である女性。
 ――自分が住んでいる世界とは違う世界があるなんて、どうやって知ったんだろ?
 夏希はこうやって世界を渡ってしまったから自分が住んでいた世界とは別の世界が存在していることを知ったが、普通はそんなこと知り得ないはずだ。それなのに、どうして。
 とはいえ、今は考えても仕方ない。

「つまりは、あれだ。他の奴らも多分、普段近づかない場所に居る。魔物の巣が近いような場所とか、そうでなくとも一度入ったらそう簡単に出られない場所とかだな」
「うん」
「そんで、結界も張ってあると思う。魔物に襲われないように。或いは、現国王――リシェインの息がかかった者に見つけられ、始末されないように」
「うん」
「目覚めさせるためには、お前が持っているおふくろの鈴が必要、だと思う。てことは、だ」

 イシュは夏希を指さした。

「お前が居ないと他の奴らは目覚めさせられないってことだ」
「……私?」
「ああ。鈴を持っているだけでいいならいいけど、結界があったら俺は近付けない。行けんのはお前だけだろ」
「え、ちょっと待って。イシュ、今魔物の巣が近くにあるような場所とか、入ったらそう簡単には出れない場所で眠ってるって言ったよね?」
「……言ったな」
「……私が生き残れると思う?」
「全く思わない」
「ほら!」

 そもそもイシュが目覚めた時に襲われていた二匹の魔物にだって手も足も出なかったのだ。そんな夏希が、魔物の巣の近くに行って襲われでもしたら、きっとあっと言う間に死んでしまう。
 夏希が死んだらそこで終わりだ。側近の三人も目覚めさせられず、目覚めてしまったイシュもきっといつか見つかって、処されるかもしれない。鈴はこの世界にあるから、再び人間を呼んでくるのは無理だと思う。そもそも多大な魔力が必要だと言っていたし。

「勿論目の前までは俺も付き合うに決まってんだろ。ただ目覚めさせるのをお前にやってもらうだけだ」
「うーん、でもどこに居るのかな?」
「それなんだよな……いちいち魔物の巣に突撃してたら、命がいくつあっても足りないぜ。一人ならともかくお前が居るし」
「足手まといになって本当に申し訳ないとは思ってるよ……」
「別に。結局お前が居ないとどうにもならないわけだし、そこは何とも思ってない。だけどなあ、居場所ねえ……」

 イシュによると、彼らを護っている結界は、彼らの発している魔力の波動をも阻んでしまっているらしい。つまり感知が出来ない。そうでなくとも彼は魔力の波動を感知するのが大の苦手だ。近くに行かなければ悪魔か魔物かも分からないのに。
「暫くはまあ、情報収集、だな……」
 ということでこの町に暫く滞在することになった。
 サヴァンナというこの町は、国王のいる城のある場所から結構遠く離れた場所にあるようで、イシュも詳しい地名は知らなかった。イシュの感覚で結構遠く、というのなら、夏希が歩けばどのくらいで城下町に辿り着けるのか、全く想像できない。
 情報収集と言ったけれど、聞けることといったらこの辺で近づかない方が良い場所だとか、入ったらそう簡単に出てこれない場所だとか、そういうことだけだ。
 夏希とイシュが旅人だと言えば、簡単に情報はくれた。
 得た情報によるとサヴァンナの南、イシュと夏希が入ってきた入り口とは真逆の場所から見える森には魔物の住処があるらしい。だから街の住人は決して南の森には近づかないと。

「森、かあ……どう思う?」
「まあ、条件には一致しているが……どうだかな。とはいえ、今は僅かな可能性にでもかけるしかないんだよなあ」

 闇雲に探しても仕方ないとは分かっているが、誰も近づかない場所に居るとなると、どうしても目撃情報は期待できない。出来れば魔物の巣になど行きたくはないのだが、矢張り多少危険を冒さなくてはいけないらしい。

「ともかく。少しずつ探ってみるしかなさそうだな」
「そうだね」

 ということで、その日からサヴァンナの南の森を探索することに決めた。
 サヴァンナの南の森は森とつくだけあってとても広く、しかも木々に阻まれているせいで日の光が中々差し込まずに視界は悪い。薄暗くて良く見えない上に、地面には根が張っており、夏希では歩くのに一苦労だ。
 イシュに抱えてもらって移動すればいいかもしれないが、あまり彼に頼っても見逃してしまうかもしれない。何せ彼らを護る結界がある限り、イシュは彼らの魔力の波動を感知することは出来ないのだから。
「地道に行くしかないってことかあ……」
 夏希が溜息交じりに言う。森の中は薄暗いが、完全な夜にならない限りは決して見えないというわけではない。木々の根に足を取られないように気を付けながら、森の中を歩いていく。

「魔物は近くには居ないの?」
「……」
「イシュ?」
「……何つうか、今の今まで忘れてたんだが、というか森の中なんて今まで入ったこともなくてちゃんと理解してなかったっていうのもあるんだけどよ」
「何が?」
「この中だと駄目だ。俺の苦手分野だ。魔物の魔力の波動がさっぱり分からない」
「え?」
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