「尻尾に触りたいなあ」

 それは最近、彼女がよく呟く言葉だった。
 九重燎は『狐』の血を引いている。それに伴って狐の耳と九本の尻尾を生やしているが、その姿は日中は封じられていて、午前零時から二時までの二時間までしか本当の姿で居られなかった。
 今はお昼を少し過ぎたぐらいで、しかも平日。時間的にも戻れないし、戻れたとしても人の多い学校内で戻ることはしないだろう。
 隣で共にご飯を食べている少女、蒼麻夏希は燎と違って普通の人間だ。妖の血など引いてはいない。それなのに何故か燎たちの本当の姿が見え、更に彼等の能力――燎で言うならば幻術など――が効かなかった。
 正体がバレてから少しずつ一緒に居るようになった彼女を愛しいと思い始めたのは何時だったのか、もう覚えていない。ただ恐れもせず、普通の人間と同じように接してくれる彼女の隣は心地良くて、ずっと一緒に居たいと、そう思ったのだ。
 それを告げて、彼女もそれを受け入れてくれて、燎は幸せな日々を過ごしていた。相も変わらず妖たちから命を狙われていたが、それでも。だけれど最近、思うことがあるのだ。

「あのさあ、夏希って俺の尻尾よく触りたがるよね?」
「うん、気持ちいいし」
「……まさか俺と付き合ったのって、尻尾が目当てなんじゃないよね?」

 そう疑いたくなる程度には、彼女は燎と一緒に居る間、尻尾に触れた。
 今日は全員が何かしらの用事があるとかでたまたま二人で昼食をとっているが、いつもは他の五人も一緒にお昼を過ごしている。
 まあ、分かる。彼女の傍は心地いい。それは燎が何よりも知っている。同胞とは違う、光のような存在に他の五人も多少なりとも惹かれていたのも知っている。ああ、知っているとも。しかし燎は夏希と恋人なのだ。だったら少しくらい、遠慮してくれてもいいと思う。
 そんなわけで、二人きりになれるのは精々妖を退け、彼女を家に送り届ける時間くらい。その間、夏希は大体燎の尻尾に包まっていた。

「そんなわけないよ。だって尻尾だけが目当てなら、燎君と付き合う必要ないでしょ?」

 付き合ってない時も、尻尾は触らせてくれたじゃない。そう笑う夏希に、その時は納得した燎だったが。

「……やっぱり納得できない」
「んー?」

 現在、午前零時四十五分。妖を退け、仲間達に別れを告げ、彼女を家に送って少しだけと引き止められた彼女の部屋で、二人過ごしている時。
 明日も学校だからあまり遅くなると辛いが、妖との戦いも長引く時は二時まで長引くものだから、少しくらいは良いかと夏希の部屋に留まった。それにまあ、あまり二人きりで過ごせないのもあったし、燎だって一緒に居たい。
 それなのに、夏希はさっきから尻尾だけを構っていた。
 九本あるうちの一本をぎゅうっと抱きしめ、頬をすり寄せて笑っている。他の尻尾が擦り寄るとくすぐったそうにまた笑う。可愛い。とても可愛い。可愛いけれども。

「夏希」
「え? きゃっ」

 彼女の手を引いて、抱き締めた。尻尾から遠ざけるように。急に抱き締められた夏希は、首を傾げながら燎を見ている。上目遣いになっていて、何度目か分からないがああ可愛いな、と思いながらキスをした。

「ん……」

 ちゅ、とリップ音をさせて唇を離すと、そのまま首に顔を埋めた。本当はもっと先に進みたいが、これ以上進んだら止まれなくなりそうだから自重しておく。
 不意に、耳に何かが触れた。何かってのはまあ、この部屋には二人しか居ないので夏希の手に決まっているが、抱き締められて尻尾に触れられなくなったので、耳を構うことにしたらしい。だから、そうじゃなくて。

「俺に構ってよ」
「構ってるよ?」
「耳とか尻尾じゃなくて。『俺』に構って」

 恥ずかしいことを言っているのは分かっている。嫉妬をしているのだ、燎は。よりにもよって、自分の一部に。これが他の、例えば颯紀や羽間だったら嫉妬するのは当たり前だろう。燎は夏希の恋人なのだから。それが、まさか自分自身に。
 かなり恥ずかしくなって、顔が赤くなるのが分かった。いやでも、彼女が悪い。毎回尻尾にばかり夢中だから。

「燎君、妬いてるの?」
「……」
「尻尾に? あはは、燎君ってば」
「……」
「もう、拗ねないでよ」

 今だクスクスと笑っている夏希は、自分にぎゅうぎゅうと抱きついてくる燎の背を撫でる。最初は狐と尻尾を付けている男とかどうかと思ったが、見慣れてくると中々に可愛い。それに尻尾は毛並みが良くて触ると気持ち良いし。
 燎は尻尾にばかり構う夏希に不満そうだったが、夏希に言わせれば燎だって悪いのだ。だってこんなにもふもふで気持ちいい。そんな気持良いものが九つもあるのだ。触れてると生き物のように擦り寄ってくるし。まあそれは燎の気持ち次第なのだろうが。
 でもまあ、確かに最近は特にそっちに関心がいってしまっていたかもしれない。寒いから、尻尾に包まっているのは暖かくて、つい。そう思い当たって、確かに自分も悪かったかもなあと反省する。

「燎君」
「……何」
「確かに最近は尻尾ばかりだったかも」
「……本当だよ」

 むすっと不貞腐れた顔のまま、聞こえるかどうかくらいの音量で呟く燎。だが抱き締められている夏希には勿論聞こえていて。

「ごめんね。怒ってる?」
「……怒ってるって言ったら?」
「どうしたら許してくれる?」

 首に顔を埋めていた燎が顔を上げて、夏希を見つめた。

「夏希からキスして」
「うん」

 燎の頬を手で包んで、唇を寄せる。最初は重ね合わせるだけのキスも、徐々に深くなっていく。

「ん、ん……ね、もう良いでしょ?」
「やだ。まだ」
「やだって……ん」

 離して、またキスをして、をどれくらい繰り返したのか分からないが、燎の機嫌はすっかり直っていた。尻尾も機嫌良さそうに揺れるものだから可愛くて仕方ない。犬のようだ。そういえば狐はイヌ科だったか。

「ねえ、夏希。今度の休日空いてる? 二人でどっかに行こうよ」
「デート?」
「そ。学校だと皆が居て二人きりになれないじゃん?」
「そういえばそうだね。そう考えると、燎君たちって仲良いよねえ」
「……それは違うと思うけど」

 少なくとも、燎と彼女が居る場所に集まる理由は仲が良いからではない。だけれど彼女はそんなことに気付いていないし、気付かせるつもりもない。誰が他の奴等も夏希のことが少なからず気になるからだ、なんて彼女に教えるのか。
 え? と聞き返してくる夏希に、まあそれはいいとして、と話を逸らす。

「日曜日、空いてる?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ一緒に出掛けよう」
「うん。……ふふ、楽しみ。今の燎君じゃさ、やっぱり尻尾と耳が気になっちゃうけど、ちゃんと燎君自身も好きだよ」
「……知ってる。俺だって別に尻尾や耳を触られるのが嫌ってわけじゃないんだよ? ただずーっとそっちに意識向けられるのは複雑なだけで」

 今まで人間ではない自分は例え家族であろうとも怖がられてばかりだったから、夏希がとる態度は素直に嬉しいと思う。ただそれ以上を望んでしまったのだから、望めるような立場になってしまったからしょうがない。
 こんなに誰かを、しかも同胞でもない人間を好きになるなんて思いもしなかった。まあ彼女が居なかったとして、同胞である咲雪を好きになることはないと思うが。

「好きだよ、夏希」
「私も好き。大好きだよ」

 そう言って笑う夏希を見ながら、幸せだなと燎も笑みを浮かべたのだった。





End.
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