Prologue

「ようこそ、不思議の国へ」

 そんな言葉と共に向けられた微笑みに、ただただ固まるしかなかった。



* * *



 ――蒼麻夏希はそこそこ読書が好きである。その範囲は小説から漫画まで、自分の趣味趣向に合えば何でも読む。とは言ってもやはり漫画の割合が、小説よりは多いだろうが。
 ジャンルも様々で、その中ではミステリーやホラー、ファンタジーが多いかもしれない。けれど恋愛小説はどうにも合わないのか、あまり読んだことはない。特に純愛なんて駄目だ。最後まで読み切った試しがなかった。
 純愛が嫌いとかそういうのではなく、ただ単に世界に入り込めないだけだと思う。何て言ったって、夏希は今だ純愛と言う純愛を体験したことはなかったから。
 とまあ、それはどうでもいい話だ。今重要なのは夏希は読書がそこそこ好きである、というそれだけ。
 そして夏希の祖父母の家にはそこそこ広い書庫がある。そこには漫画や小説など、夏希の母親やその兄妹が集めたものが多く置かれていた。その数は軽く百冊を超えているようだが、それは母の姉が仕事で要らない本を貰ってきたのが原因だそうだ。
 読むかもしれないと貰ってきたのは良いが、少し節操がなさ過ぎではないか。そう呆れるくらいその書庫には様々な本があった。
 祖父母の家は夏希の家からものの五分の場所にある。本をそこそこ読む夏希の家の近くに、書庫がある祖父母の家。勿論彼女はその書庫を大いに利用していた。
 書庫の中には電気も暖房設備もないが、ソファにテーブルは置いてある。夏や冬など、その場で読むことが我慢できない気候であるならば家に持ち帰ることも出来る。学校よりは種類は少ないが、しかし学校のように大変な思いをして持ち帰るよりも、格段に楽であった。
 今日も今日とて夏希はその書庫を利用していた。今日は部活もなく、学校の授業が早く終わる日で、気温も丁度良い。明るいうちに帰れるならばわざわざ家に本を持ち帰ることをしなくても、その書庫で読める。
 そう思いながら何か面白そうな本はないかと物色していた時、その本を見つけたのだ。

「ん?」

 バサッと言う、明らかに本が落ちた音がして、夏希は視線を向ける。そこにはやけに豪華な装飾が施された、割と頻繁にこの書庫を利用している夏希でも見たことの無い本が落ちていて。
 新しく追加された本かな、なんて思いながら拾い上げる。表紙には埃が溜まっていたので、結構長い間放置されていたようだ。
 埃を払って表紙に書かれている本の題名を読もうとするが、掠れていて読めない。

「えーと……アリス、かな?」

 アリス、という名前のつく本を夏希はいくつか知っている。その中でも有名なのは勿論『不思議の国のアリス』だろう。不思議の国に迷い込んだ少女が、冒険する話。
 けれどその話以外にもアリスというタイトルがつく本なんて沢山あるだろうし、決め付けは出来ない。
 何はともあれ、中身を見てみないと何とも言えないだろうと本を開く。

「……あれ?」

 パラパラと適当に捲くってみたはいいものの、中身は真っ白だった。文字も何も書かれていない、小説でも漫画でも、それどころか『本』とも言えないような代物。

「……ノートか自由帳か何かだったのかな」

 恐らく、アリスをモチーフにした。面白そうなものだっただけにガッカリ感が半端なかったが、まあ仕方ない。表紙は豪華だし、一言断りを入れてこの本を貰っていこうか。誰も使ってないようだったし、良いだろうと本を閉じた瞬間。

「え……!?」

 本が突然、光り始めた。勿論光源なんて何処にもないし、光る本なんて聞いたことがない。
 驚いて落としてしまうと、本が開いた。そこには先程まで確かに何もかかれて居なかったはずなのに、いつの間にか文字が浮かび上がっていて。

「Welcome to wonderland? って、きゃ……!」

 光は次第に強くなっていき、夏希の姿さえも呑み込む。眩しくて目を開けていられなくなった夏希は、思わず目を閉じて。
 そうして光が収まった時には、そこには誰も居なかった。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -