Spade

「……はあ、くそだりい」
「……行儀が悪いよ、ヴァレン」

 スペードの領地の領主、『帽子屋』の役職に就くヴァレン・クロスに誘われて(ただし銃を突き付けられながらであるが)、彼の屋敷でティー・パーティーなるものに参加していた夏希は、料理などを置いてあるテーブルに脚を乗せ、気だるげに煙草を吸う彼に溜息を吐きながらそう言った。
 ある日祖父母の書庫で目にした、不可思議な本。急に光り出したその本に飲み込まれたのか何なのか、見知らぬ場所に居た。初めは書庫で寝落ちして、これは夢か何かだとも思ったのだが、いつまで経っても目が覚めないし、怪我をしたら痛いし。
 次いでパニックにもなりかけたが、幸い自分と同じような境遇にいる青年を知り合ったため、何とか精神の均衡は保たれた。
 それからどれくらい経ったのか。この国の権力者とも知り合い――最も、夏希は知り合った青年についていって成り行きで知り合ったに過ぎないが――そこそこ、この国の勝手を知ってきていた。
 ここは『不思議の国のアリス』を彷彿とさせる世界観をしていた。事実彼女が知り合った権力者の役職名も、アリスに登場するキャラクターのものだったりする。それに関してはまあ、夏希がこの世界に来る前に見た本はアリスだったので、納得といえば納得だ。
 この国はスペード、ハート、クローバー、ダイヤ、そしてどの領域にも属さない中央区域の五つによって成り立っており、それぞれが『死』『愛』『幸福』『金』を表していた。
 スペードは『帽子屋』を中心とした者たちが拠点としており、その左隣にはハートの領域で、『赤の女王』が住まう真っ赤な城がある。ハートの左隣にはクローバーの『白の女王』が住まう真っ白な城があり、その左隣、つまり『帽子屋』の右隣のダイヤには『侯爵夫人』の経営するカジノ。それら四つに囲まれてセントラル・タワーという塔を中心に、ありとあらゆる店が集う中央区域が存在している。
 それぞれの住人が自分が住まう領域以外の場所に行くのは通行許可証が必要となり、勝手に侵入した場合は侵入という扱いになり罰せられる。ただし中央区域に行く場合は許可証は必要がない。それが夏希が学んだこの国のルールである。
 とはいえ夏希の常識には当てはまらない部分もあるようで、『赤の女王』という役職名にも関わらず就いているのは男だったり、『白兎』なのに黒髪に灰色の目で白くないし。いや、そもそも兎の耳を生やした人間が居るという時点で可笑しいのか。
 しかもこの役職、時期によって『シャッフル』しなければいけないらしい。ますます意味が分からないが、ここは『不思議の国』。深く考えること自体が意味がないだろう。夏希はそう悟っている。
 さて、ヴァレンの話であるが、彼は役職名が『帽子屋』であるので、定期的にティー・パーティーを催さなければいけないらしい。それが彼の仕事の一端なのだとか。
 しかしヴァレン・クロスという男は大層面倒くさがり屋で自分勝手で自己中心的な性格だ。そんな彼には嫌いなものが多く、あれも嫌いでこれも嫌い、いっそ好きなものを数えた方が早い。紅茶はそんなに好きではないし、『帽子屋』のくせに帽子も嫌いで滅多に被っていないし、唯一好きなものは煙草くらいなものじゃないだろうか。
 実際に今だって、折角のお茶会だというのに煙草をスパスパ吸っている。副流煙嫌なんだけど。あと脚下ろしてくれないかな。
 しかし気乗りしないとはいえ折角招かれたティー・パーティーだ。普段滅多に食べられない料理も用意されている。用意された紅茶も美味しいし、ヴァレンは面倒くさくて嫌うが、夏希はこういうのは嫌いではない。領域が『死』を司るスペードでなければ。
 スペードでは定期的に『殺し合い』をしなければならないという決まりがあるという。夏希は一般人だし、今まで死が身近なものではなかったことも相まって、殺し合いなんて巻き込まれたらすぐに死ぬし、死体は苦手だ。何度か目にしたが、今だ恐ろしくて慣れない。
 それ故にスペードの領域は正直あまり近づきたくない場所ではあるのだが、ヴァレンにはよくパーティーに誘われるし、彼の部下である『三月兎』や『ヤマネ』にも誘われるし、断ったら銃を突きつけられるし、散々だ。まあ殺し合いの最中には一応守って(?)くれるからいいのだけれど。

「あ、ヴァレン、そこのケーキちょうだい?」
「あ? こんなくっそ甘いもん、よく食う気になんな」
「量は食べられないし、甘すぎるのはダメなんだけどね。でも美味しそうだし、折角用意してくれたものだし」
「俺は一口でも食いたくはねえけどな」

 そう言いつつ取ってくれたワンホールのケーキを切り分けて、別の皿に移す。イチゴが中にも外にもたっぷりで、とっても美味しそうだ。
 今は仕事があるのか私用なのかは知らないが、『三月兎』はこのパーティーには参加していない。『ヤマネ』は参加しているが眠り鼠と称されるだけあって最初から今まで眠っている。そもそも三人とも参加しなければいけないという決まりはないようで、全員要る時と居ない時がある。
 そうして『三月兎』の彼は、痩せているがどこにそんなに入るのかと不思議に思うほど食べる。もう食べる。何もしなければパーティーの為に用意された料理などペロリと平らげてしまうほど食べる。言っては悪いが、今日は彼が居ないからゆっくり食事が出来て何よりだ。まあ、そもそもヴァレンも『ヤマネ』の彼も食べないので、この料理は客人か彼の為に用意されているようなものなのだが。
 イチゴを一つ、口に入れる。甘くて美味しい。思わず笑みが零れるほどだ。次いでフォークで一口サイズに切って食べる。生クリームが甘すぎず、かといって甘くないわけでもない。丁度いい甘さだ。これならいくつでも食べられるかもしれない。前回来た時にあまり甘いと沢山食べられないと、この屋敷の料理人の前で言ったことを覚えていてくれたのかもしれない。
 美味しい美味しいとパクパクと食べてると、不意に視線を感じた。ヴァレンがこちらを見ている。何だろうと首を傾げていると、彼は手に持っていた煙草を灰皿に押し付けて、テーブルに乗っけていた脚を下ろした。
 そうして何をするのかと思えば、段々とヴァレンの顔が近づいてきて、そして。

「ナツキ」
「え? ……きゃっ!」

 いきなり腕を引っ張られて引き寄せられたかと思えば、銃声が聞こえて夏希が飲んでいた紅茶のカップが割れた。ヴァレンは溜息を吐いて、夏希を抱き締めたまま一言呟いた。

「オルト」
「――」

 すると今までテーブルに突っ伏してぐーすか眠っていた青年、『ヤマネ』――オルト・レスリアがパチッと目覚める。と思えば、どこから取り出したのか、二丁の銃を屋敷の門がある場所に向かってぶっ放した。恐らくそこに先程の銃声を発した者が居るのだろう。目覚めてから数秒でよく頭が覚醒できるものだ。
 何人いるのかは分からないが、抱き締められている夏希には見えない敵とオルトの銃撃戦が始まる。ヴァレンと言えば、加勢しないで夏希を抱き締めながら再び煙草を吸い始めた。またか。
 スペードの領域では司るものがものだけに、定期的に『殺し合い』しなければならないという決まりがあるといったが、この銃撃戦がそれだろう。定期的、と言っておきながらこの『殺し合い』は唐突に始まる。時期が分かればその時期だけ近づかなければいいのだが、唐突に始まってしまうのでこうやって幾度か巻き込まれたことがあるのだ。定期的の意味を辞書で調べてほしい、切実に。
 夏希はというと、正直この体勢は気恥ずかしいものがあるが、殺し合いの最中は下手に動けば死んでしまう。流れ弾に当たる確率は零ではないのだ。いや、でももう少し離れても大丈夫ではないのだろうか。

「ふぁ……眠い……」

 オルトが欠伸をしながら銃弾を何発か放つと、断末魔が聞こえて銃声は止んだ。どうやら殺したらしい。目を擦りながらよっこらせ、と立ち上がったオルトは、死体を確認するために門の方へ向かっていった。ふらふらと酔っぱらいのように歩いていくので、途中で眠ってしまわないか心配だ。
 もう銃声は止んだのでヴァレンから離れようとすると、逆に抱きこまれた。

「ちょ……っ」
「死にたくなかったら離れない方が良いぜ」

 そういって銃を取り出すと、いつの間に中まで侵入してきたのか、真っ赤な服を着て武器を持って襲い掛かってきたた兵士に向かって発砲した。『殺し合い』に巻き込まれる度に思うが、この屋敷警備ガバガバすぎると思う。
 兵士は血飛沫を上げて倒れる。折角のパーティーだったのに最悪だ。だからこの領域に来たくなかったのに。
 スペードの領主の『帽子屋』――ヴァレン・クロスと隣のハートの領主の『赤の女王』――ルイ・レッドフィールドは似た者同士である。自分勝手で自己中心的、それ故に彼らは同族嫌悪を抱いており、相性は最悪だ。
 お互いにお互いを殺したいほど嫌っており、この屋敷に人を送り込んでくるのは大体ルイである。

「あー、面倒くせえ……あのクソ野郎、今度会ったら殺す」

 どこまでもやる気なさそうに、しかしルイへの憎悪を忘れずに引き金を引き続けるヴァレンは、それでも狙いは正確だ。頭を一発で撃ち抜いていくが、兵士はまだまだ居る。一人を殺すのに何人送り込んでいるんだ、彼は。夏希はルイを恨みつつ、ヴァレンの邪魔にならないようジッとしている。
 オルトは帰ってこない。あちらでも銃撃戦になっているのだろうか。

「はー、レイティス、帰ってきてんだろ?」
「はいはーい! 呼んだ?」

 弾を撃ち尽くしたヴァレンは、オルトの向かっていった門の方向に視線をやってそう言った。すると元気な声を上げながら現れたのは、橙とも茶色ともつかない色の兎の耳を生やした青年、『三月兎』――レイティス・ミレアだ。顔や服には血飛沫が散っており、彼の手にしている斧も血が滴っている。きっとここに来るまでに何人かに襲われ、返り討ちにしたのだろう。
 因みにオルトには鼠のような耳と尻尾が生えている。それに関しては『不思議の国』ということで突っ込むのを諦めたが、耳が生えているからといって性質までその動物のようになるわけではないらしい。現にレイティスは兎のくせに肉食で、大好物は肉である。

「一掃しろ。俺は疲れたから休む」
「はーい。思いっきり暴れちゃっていいってことでしょ?」
「お前に任せた」
「りょーかい!」

 そこからはレイティスの独壇場であった。残っていた兵士たちを持っていた斧で、あるいは銃で次々と倒していく。ティー・パーティーをしていた頃の名残は最早無く、あちこちに血が飛び散って料理は滅茶苦茶、屋敷も塀や壁が壊れている。修繕費が高くつきそうだ。
 レイティスの登場でようやく離してもらえた夏希は、悲鳴や銃声や死体に気が滅入りながら、『殺し合い』が終わるのを待っていた。
 ようやく終わった頃には、高かった日ももう傾いていた。

「あー、楽しかったー!」
「疲れた……眠い……」
「だりい……」
「……」

 ぐ、と伸びをしながら満足そうに笑うレイティス、汚れてしまった服や身体をそのままにボロボロのテーブルに突っ伏して再び眠ってしまったオルト、最初のように脚をテーブルに乗せたまま煙草を吸い続けているヴァレン、そしてその周りに散乱している死体の山。
 よくこの状況下で平然としていられるものだ。まあ彼らの性質上、慣れっこなのだろうけれど。

「ねえ、もう帰ってもいい……?」
「えー、ナツキもう帰っちゃうの? パーティーしないの?」
「しないのって……この中でどうやってパーティー継続するの? あと死体の中で何か食べる気にならないし」
「庭じゃなくて中で続きすればいいんだよ! 美味しい料理、肉が食べたいなあ、俺」
「コックの人に頼んで作ってもらえばいいんじゃないの? 私居る必要なくない?」
「ナツキと一緒に食べたいのー。てことで、行こう?」
「って、え、ちょ……っ!」

 レイティスに手を取られ、屋敷の中に連れて行かれる。ヴァレンは面倒そうについてくるが、オルトはそのままだ。もうすぐ夜になってしまうし、起こした方が良いのではないだろうか。今の時期はまだ寒いし。
 だけれどどんどん歩いていくレイティスの足は止まらない。マイペースな彼は、出会った時から他人のことなど気にしないのだ。結局夏希はこの後も付き合わされる羽目になり、解放されるのは一週間ほど後だった。





End.
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