夏希は視線を張り巡らせ、叫ぶ。
「こ、九重、真後ろ!」
反射的に飛びの燎。女は下半身を唸らせて遼を狙ったが、それは机や椅子を吹っ飛ばすだけに終わった。
「如月、右! 黒羽は左! 氷河さんは前!」
夏希の言葉に従って避ける三人。次の瞬間その場が傷つくことによって、本当に見えているのだと確信させた。その後も何回か彼女の言葉によって攻撃を受けるのは免れたが、このままじゃ埒があかない。
「何とかして倒さねえとな……っ! おい、そいつらの特徴は?」
「え、か、下半身が長い?」
「下半身が長いって何ソレ、気持ち悪……っ」
「蛇みたいな感じで、それをびゅんびゅん唸らせて……あ、九重、前!」
「え、うわ!」
言っていたら本当に下半身を鞭のように撓らせ、燎を襲う。それが腕に巻きついて、遼は床に引き倒された。
「蛇ねえ……御影の仲間か?」
「殺すぞ、颯紀。燎、そのまま焼き殺せ!」
「うわ、ぬるぬると湿ってんだけど……気持ち悪いっての!」
時寸の腕に巻きつく何かの何とも言えない感触に、燎が表情を歪ませながら炎を放つ。それは狐火と言う、遼にしか使えない炎。対象だけを焼くその炎は、遼の腕に巻きついてた下半身を伝って『ソレ』を焼き殺す。
「う……っ」
嫌な臭いが充満し、夏希は顔を顰めた。
「これで一匹。あと何匹だっけ?」
「ご、五匹……」
「何処に居る? 休むな、どんどん教えろ」
「人使い荒すぎだって! ……白崎っ!」
「っ!」
「きゃっ!」
いつの間にか床に這ってこちらに近づいてきた女が、御影の足に自身の下半身を絡ませ、抱えられていた夏希諸共彼を床に引き倒す。顔に張り付く髪で目は見えなかったが、口はニタリと笑っていて、夏希の背筋に悪寒が走る。
自身の足にぬるりと絡みつく感触に表情を歪ませ、舌打ちする御影。確かにこれは気持ち悪い。燎の言っていた意味を理解する。
「調子に乗るなよ……!」
上半身がありそうな部分を思い切り蹴飛ばす。足に何かが当たった感触がし、足から湿った何かが離れ、床を転がっていく。その何かが立ち上がる前に、御影はとぷん、と何処からか水の塊を出し、何かに向かって投げつけた。
水柱が立つ。中には確かに何かが閉じ込められているのが見え、やったかと口元に笑みを浮かべたが。
「だ、だめ、効いてない!」
「何だって?」
夏希の言葉に眉を顰める。瞬間、水柱から何かが飛び出し、御影の首を掴んだ。
「く……っ」
「御影!」
「そいつら、水を与えると逆に元気になるみたいなの……っ」
だからそういうことは早く言えと先程から言っているだろうが、と御影は夏希に向かって心の中で舌打ちをかます。
夏希の言うとおり、御影の首を絞めている何かは、先程よりも力が強くなっており、動きも機敏だったように思える。水が効かないとなると、自分は手出しできない。苛立たしく思いながら何かを引き離そうとするが、首にかかる力は強くなるばかり。
「御影、動かないでよ!」
その声が聞こえたかと思うと、生暖かい液体が飛び散ると同時に首にかかる力が無くなった。傍には那岐が立っていて、どうやら彼が風で切り刻んでくれたようだ。
「助かった、那岐」
「良いよ、別に。だけどまだ四匹居る」
「分かってる」
見えないというのは本当に厄介だ。見えなければ外見から弱点を読み取ることも、場所を掴むことも何も出来ない。やはり目は彼女に任せるしかなさそうだ、と夏希を見やる。
夏希は颯紀に抱えられていた。
「おい、他の奴らは?」
「ひ、左!」
「左だな?」
構えた瞬間、左腕に何かが巻きつく。見えない何かはどうやらそこまで知能が高くないらしい。それならば、捕まえてしまえば怖いものなど無い。
「捕まえた」
颯紀はニヤリと笑みを浮かべ、腕に絡んだその何かを掴み、そして思い切り引き裂いた。ギイィッ! と何かが痛みで呻き声を上げ、床に転がる。
「な、何、今の……わっ!」
「これなら見えなくても問題ねえな」
身体は見えなくとも、流れ出す血で居場所が分かる。片腕で支えていた夏希を近くに居た燎に押しやると、彼女を受け止めた燎がこういったことに耐性の無い夏希の耳と目を片腕で塞ぐ。
血や肉片を見て騒がれたり気を失われると厄介だ。まだ敵は何匹か居るのだから。