04

 身体を打ちつけた状態のまま呆然としていると、那岐が燎を叱咤して起こす。御影が警戒しながら言った。

「どうやら何か居るらしい。今夜の標的だろ。でも俺達には『見えない』――それが相手の能力なのか何なのか知らないけど、厄介だな」
「羽間のような能力ってことかしら?」
「認識させなくなるのか隠れるのか消すのか、分からないけどな」
「めんどくせえ……何とかならねえのか、御影!」
「俺にも見えないのにどう対処しろってんだよ」

 一番最初に吹っ飛ばされた颯紀は険しい顔で御影に向かって叫ぶ。その様子から彼が苛立っているのは明白だった。元より颯紀は短気な一面もあるし、無理も無いだろう。
 しかし苛立っているのは御影も同じだ。自分が張った結界の中に人間の少女が入ってきたことといい、今相手に翻弄されていることといい、全てが気に食わない。プライドの高い御影は、誰かの思うが儘にされるのは嫌いだった。
 そういえば、と思い出したように少女を見やる。普段ならこういった状況で確認することは絶対になかった。何故なら彼らは自分と同じ者達こそ大切で、それ以外は二の次だったのだから。
 だからこの場で彼女を確認したのは、偏に彼女が自分の張った結界の中に気配も前触れも無く入ってきたという特殊な存在であったから。ただそれだけ。
 それが、この状況を一変させる鍵だとも知らずに。

「あ……」

 夏希は目まぐるしく変わる状況に唖然としていた。
 『ソレ』は夏希には一切目もくれずに、ただひたすら颯紀達に向かって攻撃を仕掛けていく。まるで何か、恨みでもあるように。
 しかも動きがとても早い。ギリギリ追いつくか追いつかないか、その程度の速さで『ソレ』らは蠢き、標的に向かっていく。しかも一匹だけかと思えばぞろぞろとやってきて、その数は六匹になっていた。正直天井がとても気持ち悪い。
 思わず視線で追っていたら、丁度夏希に視線をやっていた御影の目に留まる。

「……お前、もしかして見えてんのか?」
「え?」
「俺達に襲い掛かってきているモノが見えてるのかって聞いてんだよ」
「み、見えてないの……?」

 やはり彼らは女たちが見えていなかったらしい。こんな可笑しなモノを無視し続けるなんて夏希には出来ないし、当然だろうな、と思う。
 夏希の言葉で彼女が見えてると確信した御影は、大いに驚いていた。自分達に見えていないモノが、彼女には見えている。御影が張った結界の中に気づかれないで侵入している。
 彼女は一体何者なんだろうか。状況への対応力の無さから、陰陽師でも妖でもなさそうだが――とりあえず。

「見えてるなら話が早い。ソレの居場所を俺達に伝えろ」
「え……」
「的確かつ簡潔に、俺達に分かりやすく居場所を言えって言ってるんだよ。このままじゃお前も標的になりかねない。そうなったら死ぬんだ、分かってるだろうな?」
「……っ」

 御影がそう言うと、夏希は身体を強張らせた。『死』という言葉に反応したのか、それとも別の要因か。どうでもいいが、これでまともに口の利けなくなる柔な女でないことを願うしかない。御影は舌打ちをしたくなった。
 しかし夏希が身体を強張らせた理由は別にあった。それは――。

「おい、お前が見えているモノは今何処にいる?」
「……あ……」
「おい、聞こえてるのか?」
「し、白崎……」

 夏希は指で御影を、いや御影の後ろに居る『ソレ』を指差す。その行為の意味を御影が理解するか、しないか。その瞬間に今まで二人が立っていた場所が大きく抉られる。
 間一髪、御影が夏希を抱えて飛びのいたおかげで、二人は無傷だったが。

「お前、後ろに居るってもっと早く言え!」
「い、いきなり目の前に現れたわけ分かんないモノに叫ばなかっただけ大したものだと思ってよ!」

 こう言った状況に耐性の無い夏希が喚いたり叫んだりしないだけ、まだいい。そんなことは御影も分かっていたが、一瞬遅かったら吹っ飛ばされていたという事実を指摘してやらないと気が済まなかった。
 御影は先程はしなかった舌打ちをし、夏希に問いかける。

「ちっ、何匹居る?」
「た、多分、六匹……天井が気持ち悪い……」
「そんなことは聞いてない。場所は?」
「えーと、あ、白崎、上!」

 そう叫んだ瞬間、自分達の真上に居た『ソレ』が鋭い牙と爪を剥き出しに、飛び掛ってくる。最もその光景が見えたのは夏希だけで、御影は床が抉られる光景しか見えなかったが。

「ああ、もう、面倒だな! 俺達にも見えればすぐに片付くってのに!」

 見えない所為で夏希の言葉を頼りに行動するしかない。けれど彼女は人間。六匹も居る『ソレ』の居場所を一度に伝えられるはずもなく、加えて『ソレ』は人間の目から見て相当なスピードで動いていたため、正確性が欠けていた。
 今も見えないモノの対応に追われていた颯紀と燎は、御影が襲われる前に現れた女と言い合いをしていることに驚きつつ、叫ぶ。

「御影! 今はそんな女に構っている暇じゃねえだろうが!」
「俺も同感! てか、このままじゃちょっとヤバくない?」
「俺が何もなしにこの女構ってるわけないだろ! コイツには俺達に見えないモノが見えてる。この女に言葉を頼りに動け」
「見えてるって……ただの人間なのに、何で……」
「そんなこと、どうでも良いわ。ねえ、何処に居るの?」

 御影の言葉で全員がこちらを見てくる。正直その視線も女達に負けず劣らず怖いのだが、そんなことを言っている場合でもない。
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