02

 間違ってもそんな事実はない。いつの間に彼の中で夏希は幼馴染から恋人にランクアップしたというのだ。許可してないのに。
 涼に会うたび、毎回こうだった。前は違った。前までは、普通の幼馴染だったのだ。妹を可愛がるついでに、妹が大層懐いている隣の家の子供も可愛がってくれる人。そういう認識だったのに、何がどうなったのか、彼は夏希が高校入学すると同時に告白してきたのだ。「もう結婚できるようになるんだし、我慢しなくても良いよな?」と。
 それから迫られるようになり、貞操の危機も何度かあった。何とか守りきれてるけど。だが耐性がついていると思ってたが、涼のイケメンさに迫られるたび心臓が高鳴って仕方ない。ドアップはキツイ。

「……ひっ!?」

 唐突に口を塞いでいた手を舐められた。腰を抱いていた手を離し、自身の唇を塞いでいる手を掴んで、ゆっくりと舐め続ける。

「涼、く……んっ」

 掌を上がっていって、人差し指。わざと音を立てるように舐められ、吸われ、羞恥で顔が赤くなる。離れようにも力が強くて離れない。人の家の廊下で、何でこんなことになっているんだと泣きそうになっていると、涼の顔が僅かに歪んだ。

「え……ひゃっ!」

 後ろからお腹に手が回され、首筋に寄せられる唇。赤くなっていた耳を甘く噛まれ、囁かれる。

「感じちゃった?」
「滉、君……っ」

 いつのまに。全く気付かなかった。
 篠原滉。涼の双子の弟だ。二卵性双生児らしく、涼とはあまり顔は似ていない。しかしこの滉もまた、顔は整っていた。残りの二人の兄弟の顔も整っているんだが、やはり血だろうか。因みに渚の両親はダンディーなおじ様とセクシーなおば様である。
 滉は勉強よりも運動が得意らしい。かといって頭は悪くない。所属している部活はサッカー部で、エースだった。引退した今でも時折助っ人として出ているらしい。あと、やっぱり彼に告白している人は後を絶たないとか。もう学校の女子は皆、篠原兄弟に惚れているんじゃないだろうか。他の男子が哀れすぎる。
 滉も夏希を好いているらしく、涼と同じく高校入学を機に口説くようになっていた。わー、私ってば魔性の女、と一時期現実逃避しかけたが、そのままでは居させてくれない。滉のアプローチは、涼のそれよりオープンである。

「あー、密着してるとやべえな。ヤって良い?」
「だめ! ていうか、じゃあ、離れて!」
「それはヤダ。つか、駄目ねえ……そんなら、その気にさせるだけだよな?」
「あ……っ!?」

 お腹に回っている手とは逆の手が、するりと夏希の太ももを撫でた。いやいやいや、ここ廊下! と夏希の思考はパニック寸前だ。
 ――と、今まで夏希の指を舐めていた涼が、静かに口を開いて滉を呼んだ。

「滉」
「あ?」
「まさか俺を除け者になんてしないな?」
「……ち、仕方ねえから仲間に入れてやるよ」
「こ、滉君!? 涼君!?」

 仲間って何の。いや、あまり知りたくはないけど。

「大丈夫。初めてでも優しくしてやるから」
「そうそう。俺達に任せとけば気持ちよくなれるって」
「お断りします! ……ん、あっ」

 滉の手が、本格的に際どい場所まで進んできた。これはヤバい。どう軽く見積もってもヤバい。冗談とか、現実逃避をしている暇も無い。それなので夏希は、彼女に持てる最大の切り札を使うことにした。

「な、渚! 助けて、渚っ」
「夏希ちゃん!」

 今までどうして呼びに来ないのとか思っていたが、どうやら洗濯物を取り込んでいたらしい。渚は白いシーツを持ちながら颯爽と登場し、兄の手から夏希を救った。夏希は泣きそうになりながら渚に抱きつく。

「なぎさっ」
「夏希ちゃん、もう大丈夫だよ。……涼兄、滉兄」
「……」
「……」

 夏希に向ける優しい声音とは裏腹に、兄に向ける声音も目も絶対零度のように冷たかった。妹に甘い兄達は逆らえるはずもなく、渚の説教を受ける羽目になる。外では大人気の二人も、家の中では形無しだった。

「ただいま」

 涼と滉が渚に説教を受けている間に、家に帰ってきた者が居た。クッションを抱き込んでソファーに座っていた夏希は、声の主に目を向ける。

「来てたのか、アンタ」
「……流君」

 篠原流。渚の一つ上の兄で、双子の弟だ。所属している部活は陸上部で、常に外に居るからか日に焼けていて健康そうだ。流もどちらかというと運動の方が得意で、足の速さは目を見張るものがある。多分運動神経が良いこの篠原家で、一番速いと思う。体育大会で涼と滉と当たっていた時があったが、流が一番だった。
 流は兄二人と妹を見て、呆れた表情を浮かべる。

「で? 兄貴達はまた渚に怒られてんの。原因は……まあ、分かるけど」
「……」
「懲りないねえ。大体、アンタ相手に無理強いは逆効果だろ」
「……流君」
「ん?」
「言ってることとやってることが、矛盾してる……!」
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