01

 緩く巻いた枝毛の無い亜麻色の髪に、真ん丸に大きくくりくりとした目、淡く色づく頬に、ぷっくらと膨らんだ唇、スッと通った鼻筋。愛嬌のある笑顔を浮かべて駆け寄ってくる姿を見ると殆どの者が笑顔になるし、いつも元気な姿を見ると元気付けられる。
 篠原渚は大変可愛らしい女の子だった。委員会や係などには積極的に参加し、クラスを纏めるのも上手い。生徒会に所属していて、全校生徒に顔が知られている。頭も良くて、部活はテニス部。頭脳明晰で運動も出来る。クラスでも勿論中心に居るような、そんな女の子。
 そんな渚には兄弟が居る。上に三人、下に一人。全員男で、唯一の女である渚は兄弟に大層可愛がられて育った。天使の笑顔に魅せられた渚の兄弟は当たり前の如くシスコンで、そのシスコンっぷりには渚に惚れている男子全員が諦めるほどだ。
 王道だ。王道である。顔も良い。頭も良い。運動も出来る。性格も良く、渚は所属する生徒会メンバー全員に惚れられているらしいし、兄弟達はファンクラブがあるほどモテる。漫画の中だけに登場するような彼らにはしかし、似つかわしくない幼馴染が居た。
 顔は普通。擦れ違っても特に記憶に残らず、十人が見れば半分くらいがお世辞で可愛いと言ってくれる程度。勉強は半分よりは上だが、彼らには到底敵わないし、運動は苦手な方だ。性格は、自分では良いとは思っていない。そんな平凡という言葉を体現しているような少女、蒼麻夏希こそ、彼らの幼馴染だった。
 夏希には最近、悩みがあった。否、出来たという方が正しいだろうか。その悩みとは――。

「夏希ちゃん、帰ろう!」

 渚は毎日猛烈にアタックしてくる生徒会を上手くかわしながら、帰る時は必ず夏希と一緒に帰った。

「……渚、良いの? 一緒に帰ろうって誘われているんじゃない?」
「夏希ちゃんと一緒に帰りたいの! 生徒会に入ってから、夏希ちゃんと居る時間が凄く少なくなったんだもん!」
「家に帰ったら、どうせ家は隣だからいつでも会えるのに」
「少しでも一緒に居たいんだってば!」

 むうっと頬を膨らませながら、渚は夏希の手を握り、早く早くと彼女を急かした。そんな渚に苦笑しながら、夏希は鞄を掴んで歩き出す。
 下駄箱に向かう最中にある生徒会室に目を向ければ、こちらを羨ましそうに見つめる生徒会メンバーの姿。憂いを帯びた顔に幾人もの女子が溜息を吐いているとも知らないで、彼らはただただ渚を見つめている。
 今日も振られたんだろうに、よくもまあ毎日諦めないものだ。その一途さに一緒に帰る夏希は多少の罪悪感を抱くのだが、仕方が無い。渚がその気で無いのに、とやかく言うことは出来ないのだから。
 二人の家は高校からバスで十五分、徒歩で十分程度の場所にあった。高校の近くにはコンビニやデパートがあるし、駅も近いのでたまに遊びに行くが、今日は真っ直ぐ帰るようだ。まあ、もうすぐテストだし。

「夏希ちゃん、うちに寄っていきなよ!」
「え」

 渚の誘いに、夏希の表情は僅かに強張る。別に渚の家が嫌だと言うわけではないが、躊躇う理由はある。それが最近出来た、彼女の悩みだった。

「い、いや、私は……」
「夏希ちゃんの両親、仕事で今誰も居ないんだからさ。一緒の家に居た方がもしもの時安全だって」
「もう子供じゃないんだし、一人で留守番くらい……」
「それに今日おばさん達遅くなるって言ってたから、お母さんが夏希ちゃんの分までご飯作るって言ってたし」
「私聞いてないんだけど!」

 何故それを娘ではなく、隣の渚に伝える。夏希の両親の仕事事情を夏希ではなく、渚の方が把握してるって可笑しいだろ、どう考えても。

「ほら、夏希ちゃん!」
「わっ! わ、分かったから、引っ張るのは止めて、渚」

 渚に引っ張られ、夏希は彼女の家に「おじゃまします」と告げてから入る。玄関にあった靴の数に再び顔が引きつって、この家から逃げたくなった。それは夏希の手を強く握っている渚によって、敵わなかったけれど。

「ただいまー」
「……」

 渚がリビングの扉を開け、中に入る。夏希も引きずられるように中に入って、誰も居なかったことにホッと一息吐いた。大方、自分の部屋に居るのだろう。勉強でもしているのだろうか。願わくば、この家を出て行くまで出会わないことを祈る。
 渚は飲み物を用意する為に、リビングと繋がっているキッチンに居る。荷物を、最早篠原家の荷物置き場となっているソファーの上に置いて、開けっ放しだったリビングの扉を閉める為に近づいた――その時。

「きゃっ!」

 廊下から手が伸びて、夏希を引っ張る。するりと指を絡められて、もう一つの手を夏希の腰に回し、酷く整った顔立ちをしたその男は妖艶に微笑んだ。

「お帰り、夏希」
「り、涼君……」

 篠原涼。渚の二つ年上の双子の兄で、所属している部活は弓道。運動はあまり得意ではなく、勉強の方が好きだと本人は言っていたが、運動が得意ではない人間は五十メートル六秒台では走れないと思う。本人が好きだといっている勉強は多分、篠原兄弟の中では一番上の成績だったはず。
 先代の生徒会長だった彼の人気は絶大で、伝説となるほどの支持率を叩き出したそうだ。夏希は見たこと無いが、噂によると信者とか居るらしい。何それ怖い。教祖か。
 そんな超絶人気を誇る篠原家長男は、連日最低三人には告白されているにも関わらずその全てを振り、突飛したところなど特に無い平凡な幼馴染に好意を寄せていた。涼の愛情は妹の渚、そして夏希にしか向けられていない。何故かは夏希にも分からないし、寧ろ教えてほしいくらいである。

「お帰り」
「お、おじゃましてます……」
「違う、ただいま、だろ」
「いや、ここ、私の家じゃ……」
「お、か、え、り」

 一文字一文字を強調するように言われた三度目の言葉に、夏希は諦めて「た、ただいま……」と返すしかなかった。浮かべている笑みと低くなった声がちぐはぐ過ぎて怖かった。

「……って、ちょ! り、涼君!?」

 恐ろしさに震えていると、いつの間にか涼の顔が間近に迫っていたので、慌てて拘束されていない方の手で彼の口を塞ぐ。

「いきなり何すんの!」
「何って、お帰りのキス?」
「いやいや、何で!?」
「恋人にキスするのが可笑しいことかよ?」
「違うからね!?」
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