03

「とはいえ、ランクSの悪魔なんて、七つの大罪を司る悪魔以外、見たことはないのだけれど」
「七つの大罪……」
「そう。人間を堕落させる七つの感情のことね。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、暴食、色欲、怠惰。それをそれぞれ司る悪魔が居るのよ。それが七つの大罪。彼らは悪魔の中でもずば抜けて強い力を持っていて、以前から少しずつ確認されているけれど、今だ撃退できたエクソシストは居ないわ。悔しいことにね」
「能力も少なからず分かっているんだ。傲慢、強欲を除いて。嫉妬は擬態、憤怒は物質の分解、暴食は怪力、色欲は支配、怠惰は無効化。この中では憤怒以外の悪魔の能力はランクAからCだけど、彼らは存在自体が他の悪魔とは規格外だから、皆ランクSに区分されている」
「そんな悪魔がいるんですね」
「ええ、まあ……とは言っても心配いらないわ。今回の悪魔は、七つの大罪ではないもの。もし彼らだったら、一日で数十人が殺されているはずだわ。ちまちま喰らうなんて、有り得ない。彼らみたいに強い力を持つ悪魔は、数人の魂で満足するはずがないもの」
「だから七つの大罪の悪魔ではない、と」
「そうだね。……ああ、そろそろ日が落ちる」

 青年の言葉に窓の外を見やると、確かに夕日は沈みかけていた。店を出たのは確か三時を少し過ぎた時だったはずだから、彼ら二人に捕まってから結構な時間が流れたことになる。
 普段しないことをするもんじゃないな、と少し後悔する。いつも通り過ごしていたならば、少なくとも彼らに捕まることはなかったはずなのだ。まあ相手は善意でやっているので、文句も言い辛い。それでも、有難迷惑という言葉もあるのだけれど。
 さて、日が沈み、闇が辺りを支配したならば、そこからは悪魔などの人外の者たちの時間だ。悪魔が出ると噂になってから、街の住人は日没後は出歩かないようにしている者が多いようで、窓から見える景色には車は何台か通り過ぎたけれど、通行人は殆どいない。
 はてさて、悪魔はやってくるのだろうか。その答えを、夏希はもう知っていた。



* * *



 ――ピキ、と罅が入る音が聞こえた。夏希はステンドグラスに目をやる。二人はまだ気づいてはいない。
 ピキピキ、と罅は広がっていく。ステンドグラスには何者かの影が映りこんでいた。それは、大きな翼をはためかせた、異形の姿を持つ者。
 罅はステンドグラス全体に広がり、そして砕ける。ガシャーンッとガラスの割れる音と共に現れたのは、蝙蝠のような翼を生やした男だった。漆黒の髪に紫の瞳。酷く端整な顔立ちのその男は、笑みを浮かべ、結界が張ってあるはずの教会の中に侵入してきた。

「今夜は良い月夜だなあ。ね、そこのオニーサンとオネーサンも、そう思わない?」
「……出たわね、悪魔。この子を狙ってきたのね」
「大人しく去れば良し。だがまだこの街で悪さをしようというのなら、僕たちエクソシストがお前を浄化しよう」
「浄化、ねえ?」

 青年と少女は夏希を護るように男の前に立ちはだかった。少女の手には二丁の銃、青年の手にはナイフが握られている。意外だ。エクソシストというからてっきり十字架、聖書、聖水などで戦うと思ったのに。
 武器を向けられているというのに、男はただただ笑みを浮かべている。焦った様子はなさそうだ。

「ふうん? 中々に強い力をお持ちみたいだねえ、おたくら。でもま、俺にとっては雑魚も同然だけど」
「舐めないで!」

 少女が弾丸を放つ。銃弾は真っ直ぐ男の心臓に向かっていく。だけれどその弾は、男を貫くことはなかった。銃弾は男の後ろの壁に被弾する。少女が目を見開いた。

「な……っ」
「当たってないけど?」
「く……!」

 男を睨み付けて、二発目、三発目。しかし矢張り銃弾は男の身体に当たることはない。少女の銃の腕前は相当なもので、銃弾は間違いなく彼の身体に向かって放たれているというのに、だ。

「この程度? んじゃあ楽しめそうにはないなあ」
「僕も居るよ!」

 青年が叫びながら複数のナイフを一斉に男に向かって放った。串刺しになるかと思われた男は、予想していた通り少女の弾丸と同じくナイフをすり抜けてみせる。ナイフは全て男を傷つけることなく、壁に突き刺さった。
 エクソシストの二人は動揺を隠せない。二人の武器は飛び道具だ。離れた場所から攻撃できる代わりに、当たらなければ意味がない。そうして男は、銃弾もナイフも避けてみせた。男には飛び道具は効かないということだ。
 ――さて、どうするのか。夏希は二人の後ろで男と二人のやり取りをジッと見つめていた。

「……んー、期待外れか」

 男が溜息を吐くと、次の瞬間には少女と青年の腹は、青年の武器であるナイフによって貫かれていた。
 一瞬の出来事だった。そもそも男と彼らの間には手を伸ばしても届かないほどの距離があったのだ。それなのに、ナイフを操ったり、投げる動作をすることもなく、ナイフは二人の身体に突き刺さっている。
 二人は腹を押さえ、床に座り込む。血が止まらない。体も動かなくなっていく。何か――呪詛のようなものを施したのだろう。ナイフの刃の部分は黒く染まっている。
 可笑しい。聖水に浸し、聖句を彫ったナイフを、呪詛で侵すほどの力を持っているなんて。

「あ、く……っ、おまえ……っ」
「能力……瞬間移動、か……?」
「瞬間移動? 違う違う、全然違う。そんなのは特殊能力でも何でもないっつうの。俺の能力はそういうんじゃなくてー」

 男は床に落ちていた花を一輪、拾い上げた。その花は男の手の中で見る見るうちに萎んでいき、朽ち果て、種になり、芽が出て、蕾をつけ、花となった。まるで花の一生を早回しで見ているかのような出来事に、二人の目は釘づけだった。

「俺の能力は時間の流れの速さを操作することなんだよねえ。止めることは出来ないけど、でも止まっている様に見えるくらい遅くすることは出来る。今までのもそれ。俺は普通に動いているけど、お前らの目には肉眼では捉えられないほど俺が早く動いている様に見えるってこと」
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