04

 至極つまらなさそうに説明する男は、この現状に飽きてしまっているのだろう。再び咲かせた花をぐしゃりと握り潰して、地面に放り投げる。あーあ、勿体ないと場違いなことを夏希は考えていた。

「時間の、操作……? そんな、そんなこと、出来る悪魔なんて……今まで、見たこと、も……っ」
「なあに? まだ気付かないの? 俺はそこらの悪魔とは格が違うの。分かる?」
「ま、さか……」
「そ。お前らのいう七つの大罪? その『傲慢』を司ってるゼクスって言いまーす。以後よろしく。以後なんてないけどさ」

 ニヤリと笑った男――ゼクスとは裏腹に、エクソシストたちの表情は絶望に染められていく。それもそのはずだ。だって彼らは自分たちで言っていた。七つの大罪を司る悪魔を撃退できた者は居ない、と。

「どう、して……」
「あ? 何が?」
「今までの、お前たちは、もっと派手に……暴れて、いたはず……それなのに、今回、は……どうしてたかが六体程度で、満足してるの……っ?」
「……あー」

 つまり彼らは『らしくない』と言いたいのだろう。悪魔の中でも強い力を司るゼクスたちが、ちまちまと魂を食らっているのはらしくないと。今までが今までだけに、特に。例え契約者から人目につかないように行動してくれ、と懇願されたところで従う悪魔はそう居ない。格が高い彼らなら尚更のはずだ。
 それなのに今回はどうして、と。

「いやあ? 俺の飼い主が面倒ごとは嫌いだっていうからさあ。健気な俺は見つからないようにこっそりと、路地裏で生活しているゴミのような人間ばかりを選んで食事をしていたわけよ。でもそんな人間なんてまずいまずい。もっとこう、違うんだよ。生きる希望に満ち溢れた奴がどうしようもなく絶望した瞬間の魂が美味しいのにさ。神父やシスターなんかの清らかな存在は特にね。まずい食事には慣れたけど、たまには美味しいもの喰いたくなるじゃん? 処女とか最高なわけよ、清らかだし? あ、ところでアンタ処女?」
「っ、誰が、いうもんか……!」
「その反応は処女か。しかもエクソシスト。やりい、久々の美味そうな魂! 来てくんないかなあって思ってちょーっと派手めに殺しただけあるかな。あ、ちょっと待ってちょっと待って! 俺がそうやって殺したのは一人だけだから! あとは他の奴らだからさあ、怒らないでよ」

 ――ね、ご主人様?
 ペロリと唇を舐めてそう言ったゼクスに、青年と少女は固まったのが分かった。この場に居るのはゼクスと青年と少女と、それからもう一人だけだ。
 しかし確かに、と彼らは思う。悪魔が現れ、自分を護っているエクソシストが簡単にあしらわれてしまったというのに、動揺一つ見せないのは可笑しいと。そう、可笑しいのだ。だって二人は彼女に貴方は生贄に選ばれたと告げたのだ。次に殺されるのはお前だと。それなのに、初めから動揺することもなく、彼女は。

「……他の奴って誰? レグナ? カイン? クロイツ? ノエル? それともロゼ?」

 はあ、と溜息を零しながら答えたのは、矢張り夏希だった。何故、何故、何故。彼女に悪魔を弾く結界は効かなかったのに。破るにしても、多少のアクションが必要のはず。それなのに、どうして。
 二人が混乱しているうちにも、夏希とゼクスの会話は続く。

「全員だよ、全員。いや、ていうか? 他の奴らを庇うわけじゃないけど、俺たち物凄く我慢した方でしょ? この国に来て五年、騒ぎを起こすこともなく頑張った方でしょ? たまには美味いもん食べても罰は当たらないっていうかあ」
「別に怒ってなんかないけどさ」

 まあ実際、彼らにしたら本当に我慢した方だと夏希も思っているのだ。何せ七つの大罪。悪魔の中でも上級中の上級。そこらの悪魔とは格が違う。今まで散々好き放題してきたのに、いきなり食事量を絞らされ、文句も言わず――とはいかなかったが――大人しく――もしていなかったが――今日まで来たのだから。

「でもまあ、良いかな。そろそろ潮時だとは思ってたし」
「んん? てことは、もしかして、もしかしちゃう?」
「うん、食事制限止めようか」
「よっしゃ、食べ放題!」

 ぐ、と拳を握りしめて喜ぶゼクスに、夏希は他の同居人達にも同様の連絡を入れておくか、と携帯端末を取り出した。簡易的に連絡の取りあえるアプリを起動し、ゼクスに伝えたことを書き込んで送信すると、彼と同じような反応を返す者が殆ど。
 やっぱり我慢してたんだなあ、なんて自分が強いたことにも関わらず他人事のように思う。
 教会にエクソシストが二人ほど居ると送れば、食べたいので今すぐに向かうといった旨の書き込みが四人からされる。残った一人からは返信がないが、きっと誰かに引きずられてくるのだろう。

「ゼクス、皆も来るって」
「え、えー!? こいつらは俺が食っていいんじゃないの?」
「いやあ、それは不公平ってもんでしょ。全員で話し合ってよ」
「相手をしたのは俺じゃん!」
「相手ってほどでもなくない? ちょっと早く動いてブスッてやっただけじゃん」

 待ってる、とだけ返信して携帯端末をしまい、全員集まることをゼクスに言えば、彼は不満そうな表情を浮かべる。独り占めできると思っていたのに当てが外れてしまい、残念で仕方がないのだろう。
 だけれどエクソシストなんて言うご馳走を一人で食べれば他の者たちが黙ってはいない。喧嘩されると迷惑なので、ここは素直に山分けしてほしい。

「契約者、だったの……」
「違うよ」

 椅子に凭れ掛かって憎々しげにこちらを見つめ、そういう少女に、夏希は首を横に振った。まるで裏切られたとでも言いたげな表情だったが、そもそも夏希は悪魔と関わりがないとは一言も言っていない。勝手に生贄だと勘違いしたのはそっちだ。こっちは悪くないはず。

「契約者でも召喚者でもない。契約なんてする意味がないし、召喚したのは別の人だし。……もう死んでるけどね」
「それ、なら、どうして、悪魔、と……」
「……私、いくつに見える?」
「な、に……」

 いきなりされた突拍子もない質問に、二人は訝しく思う。そんな二人の様子に苦笑し、彼女は告げた。

「これでももう百年は生きてるの。見えないでしょ?」

 百年。その数字に二人は驚いた。それもそのはず。夏希の年齢は少女と同じくらい――精々二十代前半にしか見えない。東洋人は幼く見えるというので、それも相まって尚更若く見える。

「悪魔に力を譲渡されてから成長しなくなっちゃってね」

 思い出すのは真っ赤な記憶。友人と海外に旅行に来て逸れてしまい、ふと目についた路地裏で倒れていた『彼』。血塗れで傷だらけの身体に、今にも尽きそうな命。あの時は悪魔の存在など思いもしなくて、だから夏希は必死に倒れている彼を助けようとした。
 そんな彼女に彼は言ったのだ。
 ――君に全部あげる、と。
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