02

 責められるかもしれないという思いを抱いたままそう告白すれば、思いもがけない勇者の言葉に夏希は呆然として彼を見る。勇者は落ち着いたまま――最も彼の慌てふためく姿は、魔物に売られた時でさえ見たことは無いが――夏希に言った。

「正直もう潮時だと思っていたんだ。勇者として世界を巡れば、俺を殺した勇者の強さの秘密がいつか分かるんじゃないかと思っていた。だけど見えたのは、人間の醜さだけ。こんな人間を命を賭して救ったアイツを知ることは、やはり俺には無理だった。だからもう『止める』」
「レ、オン……?」

 淡々と言った勇者――レオンは、紫色の綺麗な目で夏希を見た。

「俺は世界を救うのを止める。こんな人間、やはり救ってやる価値など無い。人間の所為でこの世界が壊れそうだというのに、それを知らずにあいつ等は俺たち魔族の所為にして、自分達の非を認めもしない。お前達が最も罪深い生物だというのに」

 そもそも魔物と人間達は呼んでいるが、本当は彼らは人間なんかよりもずっと尊い神の眷属で、魔族と呼ばれる者達は神の一端なのだ。人間がやろうとしている行為は、即ち神殺しに過ぎない。

「レオン……何、言ってるの?」
「ナツキ……違う世界から来たというお前の魂は、この世界の者達とは違って非常に澄んでいる。だから、お前が望むなら救ってやってもいいかと思った。けれど」

 お前は無理だといったな。それならばやはり、この世界は救う価値は無かったということだ。
 レオンはそう言って自分達を閉じ込めていた檻を壊し、夏希の手を引いて鉄格子を後にして去っていく。レオンに連れられて歩き出した夏希は慌てて置き去りにした仲間達を見やるが、そこに仲間は居らず、居たのは銀と黒の狼だけ。

「ふ、二人は? それから、あの狼達は……」
「あれらは元から俺の眷属だ。お前以外の人間を連れて歩くなど、冗談じゃない」
「……レオン、貴方は一体……」

 嫌悪感を隠さないまま吐き捨てたレオンに、先程檻を破った力も相まって思わず彼に尋ねた。レオンは立ち止まり、夏希をジッと見て、そして。

「俺は『元』魔王だ。魔王、というよりはこの世界で一番位の高かった神だったと言った方が正しいが」
「え……か、み……?」
「そう。俺は人間に……『勇者』に殺されて再び生まれ変わった。勇者として。だから旅をした。アイツの強さの理由を知るために。人間の愚かさ、醜さを再確認しただけだったが。恐らくアイツは神と人との混血児だろうな。神の力は差があれど同じ神には利かない。だけど人の血も混じっていたアイツは俺を殺すことが出来た。……全く、裏切り者が居たとはな」

 人を愛したが故に神を裏切り、人間側についた者が居たのだ。前世、何故か勇者の生まれ育った故郷とその周辺の征圧に時間がかかったのはその所為だろう。小さな村だったというのに。
 その結果としてレオンは殺され、生まれ変わってしまった。彼が忌み嫌う、『人間』として。
 元が神であるレオンは、人として生まれ変わった後もその力を失うことは無かった。制限はついても、神としての力が使えることは変わらない。しかし人であるからか、レオンを殺した勇者のように神を殺すことは出来る。
 だからレオンは今もまだ生きていた裏切り者の神を殺し、勇者として今まで在った。レオンが殺されたことでこの世界を滅ぼそうとしている『魔王』を倒してくれ、という人々の期待を背負って。
 しかし彼に世界を救う気なんて更々無かった。魔王の城に着き、魔王と呼ばれる前世の彼の腹心に会ったところで旅を終え、人間達を殺すつもりでしかなかった。人間達に希望を見せ付けた上で絶望させるために。そしてそれは、簡単に行えるはずだった。勇者である自分が世界を救うことを止めれば、彼らの邪魔をする者など居なくなるのだから。
 けれどその計画に狂いが生じた。それが夏希の存在である。
 一人で魔王の城に行くはずが、別の世界から呼び出した人間と共に旅をしろと言われてしまった。別の世界から存在を呼び出すという神の術を人間に教えていたなんて、とレオンは殺した裏切り者を恨んだ。それこそ、心の中で何度痛めつけても足りないくらいに。正直生き返らせてまた殺したいと思ったほどだった。
 大嫌いな人間と旅をするなんて冗談じゃないと思ったが、勇者を演じていた手前嫌とは言えなかった。仕方なく彼は夏希と旅を始めたのだ。
 仲良くなる気なんて毛頭無かった。しかし別の世界から来た所為か澄んでいるその魂と、平和な世界から来たが故に困っている人間を放っておけないその性格、問題を解決するたびに、人から感謝される度に浮かべるその笑顔にいつしか絆されていて。
 夏希が望むならばこの世界を壊すのを止めてやっても良いというのは本当だった。だが人間達はそんな彼女でさえ無理だと言わせるほどのことをしたのだ。それならば、もう助けてやる理由など無い。

「ナツキ」
「レオ……んっ」

 名前を呼ばれたかと思うと、レオンにキスされた。突然のことに驚き、固まっていた夏希だったが、絡められる舌とレオンの技術とに、体の力が抜けて立っていられなくなり、レオンに縋りつく。

「ん、ふ……は、ぁ、んん……っ」
「は……っ」

 少し唇を離してからまた深く口付けられ、もう何も考えることが出来なくなっていた。その為にレオンの瞳が妖しく光っていたことにも気付かず、急速に意識が遠のいていく感覚に呑み込まれる。
 レオンは体の力が抜けて倒れそうになった夏希を支え、抱き上げたかと思うと再び歩き始めた。
 辿り着いたのは魔王の城。城に近かったあの街からこの場所まで人間に知られずに来るのは、レオンにとって簡単なことだった。
 魔王、と呼ばれるかつての彼の腹心は、人間となってもレオンのことは分かったらしく、深く頭を下げる。その腕に抱いている人間の少女のことが気にかかったが、その魂と彼の目を見て何も言うことは無く。

「イオ、全てを壊せ。この世界には何の価値も無い」
「はっ。今すぐにでも、この世界をあるべき姿へと戻しましょう」

 主の言葉に頷くと、眷属を連れて外へ赴いていった。直後聞こえる人間達の醜い悲鳴。けれどレオンにはどうでも良かった。
 腕の中の少女を見据え、頬に手を滑らせる。

「お前が気にかけていた道中に良くしてくれた人間達は救ってやる。あと、元の世界に帰りたがっていたな。全てが終わったら残った人間と共にお前の世界へ行こう。お前が深く想うその世界なら、上手くやれるかもしれないしな」

 微笑みながら、彼女の額にそっと唇を落とした。
 この日、世界は終わりを告げた。唐突に、残酷に。
 人々が希望を抱いていた勇者は世界の崩壊を止めることも出来ず、殺されていく人々は勇者を深く憎んだが、そんな憎悪は勇者に届くことはなかった。
 だって彼は、勇者ではなかったのだから。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -