01

 後もう少しで、この世界を崩壊に導くことが出来た。魔物を世界中に蔓延らせ、人間共を皆殺しにして、この世界を掌握することが出来たのに。
 それを邪魔したのは、人間達から勇者と崇められた少年とその仲間達だった。
 少年は本当に人間なのか疑わしくなるほどに強く、不可思議な力で守られているのか、魔術の類が一切通用しない。そうして仲間達とのチームワークの末、魔王と呼ばれる男は追い詰められていた。

「これで終わりだ、魔王!」
「くそ……っ、人間共が!」

 振り上げられた刃を退けるだけの力は既に彼の中にはなく、勇者によって心臓を貫かれた。しかし人間ではないその心臓は簡単に止まらずに、徐々に灰になっていく体を見ながら目の前の人間に憎悪の目を向ける。

「覚えていろ、人間……っ次こそは、必ず!」

 ――必ず、お前達を根絶やしにしてやる!
 その言葉を最後に、人間達を苦しめていた魔物の王は灰となって消え去った。勇者は少し目を伏せた後、仲間達と共にこの城を後にする。
 世界に訪れた平和に人々は涙を流し合って喜び、魔王を倒した勇者とその仲間達を大いに讃えた。
 そうして、彼は後世にまで語り継がれることとなる。
 しかし物語は終わらない。死んだはずの魔王の魂は、やがて転生し、再びこの世に生まれ来ることになる。記憶と、人間達への恨みを持ったまま――。



* * *



 蒼麻夏希は、ある日別の世界へと召喚されてしまった普通の女子高生だ。しかも召喚されたその世界は魔王が世界を滅ぼそうとしているという世界で。
 神子とか、よくある小説の設定で召喚されてしまった為、人々から大いに期待され、勇者と共に旅に出ることになってしまったのだった。
 正直治癒魔法も何も使えないんだが、これ死亡フラグしか立ってなくないか? と冷や汗ものではあったが、いつの間にか使えるようになった魔法によって今のところ何も問題なく旅を続けることが出来ていた。
 ところで勇者だったが、何故か知らないが彼は人に感謝されたり期待されたりするのが嫌なようで、よく顔を歪めている。黒い髪に紫色の目をした顔は格好いいのだが、いつも眉間に皺が寄っている所為で近寄りがたい。
 行く先々に出会う人も彼が勇者だと知ると初めこそ信じられないようだが、彼の活躍で問題が解決するとこぞって彼を崇めるようになる。掌を返すのが上手なようで、と元の世界でこういうゲームをする度思っていたことを改めて思う。というか、実際に見ると中々に気分が悪いな。
 最初は夏希にも素っ気無かったが、というか話しかけても無視だったが、いつしか返事をしてくれるようになった。根気強く話しかけ続けた結果だろう。だって二人しか居ないのに、会話もしない旅路なんて嫌過ぎる。
 そんな彼にどうして勇者としてこの旅を続けるのか、聞いたことがあった。

「どうして貴方は、旅を続けるの?」
「……勇者としてこの世界を巡れば、何故アイツがあそこまで強くなれたのか、知ることが出来るかも知れないと思った」

 アイツって一体誰だろうと思ったが、彼はそれ以上答えてくれることはなく、だから良くは分からない。ただ、何かを知る為にこの世界を旅をしているのであって、決して人を救う為ではないのだということは、何となく分かっていたけれど。
 仲間も徐々に増え、魔王の城にも近づいてきた。最初は戦闘に不慣れで明らかに勇者の足を引っ張ってばかりだった夏希もそこそこ強くなったと、自分で思えるようになった頃。
 立ち寄った街で、事件が起きた。

「ゆ、勇者一行はどのようにしても構いません! ですから、どうかわしらの命だけは……!」

 魔物に占拠された街の住民が、夏希達を魔物に差し出すことで自分達だけ助かろうとしたのだ。それはこの街で起きていた問題を解決し、いつものように彼女達に不信感を抱いていた彼らがあっさりと彼らを祭り上げた夜であった。
 コロコロと変わる彼らの態度に、夏希はいい加減辟易していた。勝手にこの世界に呼び出され、勝手にこの世界を救ってくれと期待した挙句、夏希の意思も聞かずに旅立たせた結果がこれか、と。
 本当は嫌で仕方なかった。普通の女子高生である夏希が魔物なんてものが蔓延るこの世界を旅して、怪我もせずに居られるわけがない。何度も死にそうな目にあった。帰りたくて仕方なかった。けれど帰れなかったから、帰りたかったから旅を続けてきた。それなのに。
 今までの旅路で酷い有様を見てきたし、彼らに同情もした。夏希達を助けてくれる良い人たちも少なからず居た。そしていつか帰れると、それだけを信じて今まで旅をしてきた。
 それでもやはりこの世界は、執着のない夏希が自分の命を捧げてまで救いたいというものではなかった。
 今まで彼女達に良くしてくれた人たちは助かって欲しいと思う。けれど殆どの人間は、彼女達を勝手に祭り上げておきながら、いざとなったらあっさり敵に売り渡す。救えなかったら罵倒する。恨み、憎悪の目を向けてくる。夏希達も所詮は彼らと同じ人間で、全てを救うことなど出来ないと分からないのだろうか。
 そんな世界の為に、死にたくはない。

「……」
「……何だ?」

 夏希は勇者を見た。彼は夏希の視線に気付いて、問いかけてくる。因みに彼らの仲間二人は、今は精神的に疲れて眠ってしまっていた。

「どうして、こんな目にあってまでこの世界を救おうと思えるの?」
「……」
「私には無理だよ。この世界で生まれ育っても居ない私には、無理やりこの世界の為に働かされている私には、そうは思えない。今まで助けてもらった貴方を裏切る行為かもしれないけれど、やっぱり私は、これ以上旅を続けることは――」
「それなら、もう止めれば良い」
「……え?」
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