03

「……ん……」

 ふ、と夏希は目を覚ます。寝ぼけ眼で辺りを見回すと、見慣れた風景が映し出されていた。

「……あー、小説を読んでる途中で眠っちゃったのか……」

 手には閉じられた小説。ベッドの上で布団をかけることも無く眠ってしまったのか、少し喉が痛い。寝起きだからか、風邪でも引いたか。後者だったら嫌だなあ、と思いながら時計を見て、飛び起きた。

「やば、もうこんな時間! 遅刻しちゃう!」

 時刻はいつも起きる時間より二十分遅い時間を差していて、慌てて学校へ行く準備をする。母親に落ち着きが無いなあ、と呆れられたが、そんなことを気にかけている時間は無い。

「いってきまーす!」

 準備もそこそこに、家を飛び出した夏希を待っていたのは。

「ナツキ」
「レオン! イオ! 待たせてごめん!」
「遅い」
「だからごめんってば!」

 幼馴染であるレオンとイオ。彼らは夏希が小さい時に隣に引っ越してきた。外国人だが日本語は上手く、ともすれば夏希よりも上手いかもしれない。ただ、彼女の名前だけは幼い時の癖か、漢字の発音ではないが。
 黒い髪に紫色の目をしたレオンと金髪碧眼のイオの顔は整っていて、二人とも周りの目を引く。そんな二人は仲良くなってから何をするにも彼女を優先させた。まあ、夏希も人のことは言えないけれど。
 日課となっている彼らとの登校の時間に少し遅れてしまった夏希を、眉を顰めて出迎えたイオに謝りながら駆け寄ると。

「わっ!」

 慌ててたが故に足が縺れ、転びそうになってしまった。だが来るはずの衝撃は一向に訪れず、見るとイオが受け止めてくれたようで。

「ありがと、イオ……」
「馬鹿女。もっと周りを見ろ」
「う……」

 辛辣な言葉に何も返すことが出来ずに居れば、「ナツキ」とイオに呼ばれて、さっさと行くぞと月曜日だからいつもより多かった荷物を奪い取られた。
 イオは辛辣で人間嫌いではあるが、何だかんだ言って優しい。こうして荷物も持ってくれるし、名前を呼ばれているから少なからず嫌われては居ないと思う。
 嫌いな人間はとことん存在しないように振舞うから、イオは。最も彼が話す者は夏希とレオンの二人だけであるということを、彼女は知らない。
 イオの優しさに触れた夏希は笑顔を浮かべながら彼に近づく。「気持ち悪いな」とイオに思い切り顔を歪められたが、気にすることは無く。
 そんな夏希とイオを後ろから見ていたレオンに近づく、黒い猫が居た。

「良かったのですか、これで」
「ああ。残っていた人間も記憶を無くしてこの世界に転生させ、残りは全て殺した。彼女の記憶も一から無くし、こうやって元の生活に支障が出ないようにしたし。俺達の記憶を滑り込ませてはもらったが」

 一番の心配は記憶云々よりもイオとの関係だったが、中々どうして上手くやれているではないか。特にイオの方が。彼の人間嫌いは筋金入りで、この世界にやってきて話すのは夏希とレオンの二人だけという徹底振り。その夏希でさえ最初はレオンと同じように話すことさえ嫌がったが。

「平和だからか、この世界の住人はあの世界より幾分か魂が綺麗だ。この分なら当分壊さずに済みそうだが……まあ、どうなるかは分からない。だが、壊したらまた新たな世界を探せば良いこと」

 そう、彼女と過ごせる世界を、何回も。何故ならば『世界』なんてものは、数え切れないくらい無数にあるのだから。今もこうしている間に新たな世界が出来、一つの世界が壊れていく。
 それはまるで、全ての生命がこの瞬間にも生まれ、死んでいくのと何一つ変わらない状況。日常になっている世界の崩壊を、誰が気に留めようか。
 だからレオンも気にしない。壊れた世界のことなど、既に忘れかけていた。例え自分が創った世界だったとしても、要らなくなったものに関心はない。

「さて、今日も人間の生を謳歌しようか。人間は嫌いだが、彼女が望むのなら、それも良い」

 くつりと嗤ったレオンに返す言葉は無く、黒猫は「にゃー」と鳴いて何処かに去っていく。それを見届けると、自分を呼ぶ声にレオンは顔を上げた。

「レオンー、早くしないと遅刻しちゃうよ!」
「ああ、今行く」

 自分を呼ぶ夏希の姿に目を細めると、言い争いをしている二人の元に、レオンは歩を進めるのだった。





End.
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