02

「ひゃっ」
「ん……良い匂い」

 突如後ろから抱きつかれて首元に顔を埋められ、スンスンと匂いを嗅がれた。声的に男だろうが、いきなり抱きつくなんて。あと髪が当たってくすぐったくって仕方ない。

「今まで来た女は皆臭かったし、匂いがキツイから嫌いだったけど、アンタの匂いは好き」
「おやおや、神威も気に入ったみたいですね。これは期待できそうです」
「あ、あの、笑ってないで助けてください! あと、これは一体どういう……」

 何が何だか分からずに混乱していると、白髪に蒼い瞳の青年が近づいてきた。白髪と言っても老けているようには見えず、先程のワイルドなイケメンと同い年くらいに見える。因みにこちらもイケメンだった。
 助けてくれるのかと見ていたら、確かに後ろに抱きついてきた男性を引き剥がしてくれたが、代わりに耳を甘噛みしてきた。全身が粟立つ。離れようともがいたが、抱き込まれてそれも出来なかった。

「ちょ、……ん、やめ……っ」
「美味そう。……喰いたい」
「く、喰うって……っ」
「大河も気に入ったんですね。優秀ですね、貴方。この分だと心配いらないかな」

 だから、説明! それか助けるかどうかしてよ、と夏希は笑っている須川を恨めしげに見つめる。須川の横にムッとしている黒髪に灰色の目の青年を見つけたが、先程後ろから抱き着いてきた男性だろう。
 もう本当に何なんだ、と半ば諦め気味に溜息を吐くと、ふとソファーの陰からこちらを警戒するように見つめている青年に気付いた。

「えーと、あの人は……」
「ああ、樟葉ですね。彼はこの中でも警戒心が強くてですね。近づいてあげてくれますか?」
「……」

 今警戒心が強いと言ったばかりなのに、会ったばかりの自分に近寄れ、と。須川が何を考えているのかさっぱり分からないが、大河と呼ばれた青年を引き剥がしてこちらを見つめてくる目は、期待に満ち溢れている。
 他の青年もジッとこちらを見てくるし、行かないという選択肢はないように思えた。
 避けることは出来なさそう、と夏希は彼に視線を向ける。茶髪に焦げ茶の髪をした青年は、夏希と視線が合うとびくりと体を震わせた。その様子に申し訳なく思ったが、後ろからの圧力にそろそろと歩を進める。

「あ、あのー……」
「……」
「えーと……」
「……」

 警戒を解かない青年と見つめあい、どうしたらいいか迷っていると、須川が後ろから撫でてみてください、とスケッチブックに書かれた文字を見せてきた。何処から出したとか、まるで動物のような扱いだなとか、色々なことは置いておいて。
 失礼します、とゆっくり手を伸ばしてみると。

「!」
「っ、い……っ」

 がぶ、と指に噛み付かれた。叩き落すとかならともかく、噛み付くって。予想外の展開と結構な痛さに戸惑っていると、少し怯えたような目をする青年に気付いた。
 その小動物のような目に、夏希は自分でも無意識の内に、もう片方の手で青年の頭を撫でていた。びくりと震えた青年に苦笑しながら大丈夫だよ、とまるで傷ついた犬猫を安心させるかのように。
 自分でも何でそんなことをしたのか分からない。ただこう、何となく、小動物のような彼にきゅんとしてしまったというか。
 優しく頭を撫でられた青年は自分の予想とは違う彼女の態度に呆然としていたが、やがて噛み付いていた指を離して申し訳なさそうにぺろりと舐める。やっぱり小動物のようだ。自分より大きく見える彼に言うのもなんだが、可愛い。
 そう思いながら撫でるのを止めようとすると、青年はもっと撫でて欲しいと言わんばかりに頭をぐりぐりと擦り付けてきた。

「か……っ!」

 その姿に可愛い! ときゅんきゅんしていると。

「おめでとうございます、蒼麻さん」

 ぱちぱちと拍手が鳴り響いた。

「須川さん……」
「この度の面接で、貴方を採用することに決めました。明日からいつでもいいですけど来てくださいね。それにしても貴方、動物に好かれやすいようですね。特に肉食獣。警戒心の強いこの子達を手懐けてしまうなんて、凄い凄い」

 最初の方は手懐けるも何もなかった気がするが、それにしても。

「いや、特に動物に好かれるってことは無いと思いますけど……あと、動物なんてどこにも居ないじゃないですか」
「何言ってるんです? 動物なら、目の前に居るでしょう?」
「え、いや、そっちが何を言って……」

 夏希の言葉に須川はきょとんとしながらそう言った。そんな須川の態度に、ますます訳が分からなくなると、須川の横に居た三人と、今だ夏希に撫でられていた青年の体が淡い光に包まれ始める。

「え、な、何?」

 彼らは光に包まれて、徐々に姿を変えていった。それはまるでテレビを見ているような、現実ではないような感覚だった。光が消え去った時、そこに長身のイケメン達はどこにも居なかった。
 代わりに居たのは夏希にも馴染みのある肉食獣。百獣の王ライオンに、トラ、狼、そして。

「きゅう」
「狐……」

 この場に居る肉食獣の誰よりも小さな狐は、夏希の腕の中に飛び込んで自身の体を擦り付けてくる。見上げてくる瞳も見覚えがあった。さっきまで撫でていた青年のそれと、とてもよく似ていて。
 狐が夏希に擦り寄ったのを見て、他の三匹も近づいてきた。さすがに自分の大きさを分かっているようで、飛び掛ってくることはしなかったが、撫でろと言わんばかりに夏希の傍に来て体をぐりぐりと押し付けてくる。
 いや、可愛い。可愛いが、しかし。

「な、何なの、これ……!」
「それじゃあ彼らの世話、よろしくお願いしますね。蒼麻さん」

 混乱する夏希を余所に、須川はとても綺麗な笑顔を浮かべてそう言ったのだった。





End.
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