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「何叫んでんだか」

 自室に向かっている最中に聞こえた瑞希の声に、夏希は呆れたように呟いた。椿輝と瑞希は仲が良いことを知っているので喧嘩ではないと思うのだが、あまり声量が大きいのも近所迷惑になってしまうから控えてほしいのだけど。
 自室に着いたのはいいが、さしてやることがない。携帯を弄る気にはなれないし、パソコンも同様だった。仕方がないのでベッドに寝転がって、本棚にしまってあった漫画を一冊手に取る。
 本を読むのは好きだ。漫画だけではなく小説もだが、割合は漫画のほうが大きい。だけれど一度読んでしまえば満足してしまう性質上、そう何度も読むことはない。だから瑞希は漫画を集めないのだと言っていた。
 けれどたまにふと読み返したくなる時があって、そういう時にすぐに読めないのは嫌なのだ。古本屋まで行くのが面倒くさいというのもあるけれど。
 夏希が手に取ったのは二十巻近くある長編だった。因みに完結していない。最新刊と第一巻を見比べると、だいぶ絵が変化している。勿論最新刊の絵のほうが好きだが、一巻の頃も別に悪くはない。ただこんな絵柄だったなあと思うくらいだ。
 久しぶりに読む漫画だったので、つい夢中で読み進めてしまった。夏希は小説にしろ漫画にしろ読むスピードは早い方だと思う。自分では自覚はないが、周りからそう言われることが多かった。だがそれでも、二十巻ある漫画を全て読んでいると時間も相当経つもので。

「んー、ちょっと一休みしようかな……って、もうこんな時間?」

 時計の短針は五時を指し示していた。部屋に入ったのは三時くらいだった気がするから、かれこれ二時間は経っている。全く気づかなかった。集中し過ぎである。
 五時ということは椿輝はそろそろ帰る時間だろう。そう思って一階に行くと、丁度彼が玄関で靴を履いているところだった。

「椿輝くん」
「あ、先輩。お邪魔しました」
「いえいえ」

 礼儀正しい子だよなあ、なんて思いながら見送ろうとすれば、瑞希がそういえばと口を開いた。

「そういや椿輝の兄ちゃんって桜華だよな?」
「そうだけど?」
「え、桜華なの? 私も桜華だよ」
「そうなんすか? じゃあ兄貴とどっかで会うこともあるかもしんないっすね。そんときはよろしくお願いします」
「こちらこそ……って言っても面識があるわけじゃないし、話さないかもしれないけど」

 というか誰かも分からないし。少なくとも夏希のクラスには麻生という人物は居ない。

「まあ、機会があったらでいいんで」

 じゃあ俺帰ります、と椿輝は自分の自転車まで歩いていった。夏希と瑞希も見送るつもりなので彼とともに自転車まで向かう。
 道路まで自転車を押し、自転車に跨って瑞希に手を振った。

「じゃあ」
「おう、また遊ぼうぜ」
「んじゃ、今度は何処かに遊びにでも行く?」
「そうすっか」

 どうやら早くも次のスケジュールを立てているようだ。バスケ部は部活がかなりキツく、休みなんてそうそう貰えないので、休みの度に彼らは遊んでいる気がする。まあ引き込まっているよりは良いと思うけど。
 四月初旬の五時過ぎは大分明るくなってきたが、それでも薄暗いし、会社が終わって帰宅途中の車も多くなる。椿輝の家がどこにあるのかは知らない。そこまで遠くなければいいのだけど。

「気をつけてね」

 そう言うと彼はペコリと頭を下げて自転車を漕ぎ出した。
 椿輝が居なくなるまで見送り、家の中に入る。両親はまだ帰ってこない。ご飯を炊くのは夏希の仕事だ。

「龍希は夕飯は要らないんだっけ?」
「そう言ってたけど」
「じゃあちょっと減らして……ていうかいつ帰ってくるって?」
「さあ?」
「もう。暗くなってからじゃ、怒られるって分かっているはずなのに」

 龍希も自転車通学なので、心配だ。親からは遅くても七時までには帰ってこいと言われているはずなのだけど。部活が休みで遊びに行くのはいいが、まだ中学生ということをしっかり考えてもらいたいものだ。

「まあ怒られるのは龍希だし」
「まあね。あ、瑞希お風呂掃除してよ」
「はあ? 何で俺が」

 蒼麻家の家事は分担制である。夏希がご飯を炊き、瑞希が朝の茶碗を洗い、龍希が風呂掃除だ。けれど今は龍希が居ないので、風呂を掃除する者が誰もいない。居るのは夏希と瑞希で、ヒエラルキーの上にいるのは夏希である。
 ということは、だ。

「だって龍希居ないじゃん。怒るなら帰ってこない龍希に怒ってよね」
「……やっぱりアイツを遊びに行かすの止めようぜ。五時までにちゃんと帰ってこいって言いつけよう」
「言っておくけど、それ瑞希にも言えるからね。アンタも五時すぎてから帰ってくることが多いでしょ」

 まあその場合の皿洗い龍希、稀に夏希なのだけれど。
 瑞希は予想外の仕事が増えたことに不満を零しながら、風呂場に向かう。
 夏希も炊きすぎないようにしなくちゃ、とキッチンに向かった。
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