09

「あ、龍希は友達と遊んで帰ってくるから、夕飯は良いって言ってたぜ?」
「龍希も部活ないの? 入学式はあって、今日がないって……変なの」
「まあ、それは同感だけども。椿輝、俺は着替えてくるから適当に寛いでろよ」

 ひらひらと椿輝に手を振って、瑞希は二階の自室に向かっていった。
 残った夏希は椿輝に出す飲み物の準備をする。何かお菓子でも無かっただろうかと探し、クッキーがあったことに少しホッとしながら、椿輝にジュースとお菓子を差し出した。

「はい、椿輝君」
「あ、どうも……」

 申し訳なさそうな表情をする椿輝に、気にしなくて良いと笑う。客人に飲み物を用意するのは当然のことだ。
 椿輝の分の飲み物を用意する時についでに自分の分も用意した夏希は、その飲み物を持ちながら椿輝の向かいに座った。
 クッキーを摘みながら他愛ない話をしていると、着替え終わった瑞希がリビングにやってきた。そして用意してあるお菓子と、二人分しかないジュースに、顔を顰める。

「姉貴、俺の分は?」
「用意してないけど」

 あっけらかんと言い放った夏希に、瑞希は文句を言った。自分で用意するのが面倒らしい。だったら、と夏希は瑞希に提案をした。

「じゃあ瑞希の分を用意してあげるから、二階の洗濯物取り込んできてくれる?」
「……やだ」

 キッチンで自分の分のジュースを用意するのと、二階に行き直して洗濯物を取り込むのとでは、明らかに前者の方が楽である。
 瑞希も二つを天秤にかけ、不満そうにしながらも前者を取った。

「瑞希が洗濯物取り込んでくれてたら、私が楽できたのになあ」
「なら言えば良かっただろ」
「言わなくても分かってたんでしょ、時間が時間なんだから」
「……」

 図星なのか、それとも口を開くのが面倒になったのか、瑞希はそれ以上何も言わなかった。
 夏希はまあ良いけど、と溜息を吐いてから、洗濯物を取り込むために二階に上がっていく。
 夏希が居なくなったリビングでは、瑞希が自分の分のジュースを用意し、椿輝の隣に座った。
 椿輝は二人のやり取りを見て可笑しそうに笑っていた。瑞希は椿輝に言う。

「ったく、姉貴もワザと俺の分を用意しなかったくせに」
「……瑞希って何だかんだで先輩に弱いよな」
「はあ? そんなことねえし」
「いや、そんなことあんでしょ」

 椿輝は一年生の頃から何回もこの蒼碼家に遊びに来ているため、夏希と瑞希、瑞希と龍希、夏希と龍希のああいったやり取りを何回か目にしたことがあった。
 瑞希は夏希に強く言われると逆らえないらしく、そのやり取りの度に最終的には渋々言われたことをやっている彼を見る。
 初めて見た時から、彼らの力関係は何も変わっていない。瑞希が姉に弱い代わりに、彼は弟に強く出れるのだが。
 つまり一番可哀想なのは、誰にも強く出れない龍希である。

「俺にも兄貴が居るけど、俺達はこういったやり取りは全然しないしなー」
「……マジかよ」
「うん、マジ」
「羨ましいな、椿輝の家」
「そう? 俺は瑞希の家の方が羨ましいけど。それに、瑞希も何だかんだで楽しんでるくせに」
「……うっせ」

 瑞希は椿輝から視線を逸らす。しかし椿輝の言葉を否定しないことから、やっぱり楽しいんだな、と椿輝は笑った。笑うな! と瑞希は怒鳴ったが、椿輝は気にしない。

「あれ、何か楽しそうだね?」

 洗濯物を全て取り込み終えた夏希が、リビングに戻ってきた。そこで笑っている椿輝とぶすくれている瑞希を見て、首を傾げる。

「何かあったの?」
「あ、いや……ただ瑞希が……」
「何でもねえし。つうか姉貴、さっさとどっか行けよ」
「……何、もう。冷たいな。私だって椿輝君と話したって良いじゃん」

 瑞希のケチ、とボソッと呟いた夏希は、飲みかけだったジュースを飲み干し、コップをキッチンの流し台に置いてリビングから出て行った。
 玄関が開いた気配がしなかったから、恐らく二階に行ったのだろう。

「素直じゃないなあ、瑞希は」
「もうこの話は良いんだよ!」

 瑞希は赤くなって椿輝に向かって叫んだが、椿輝はやっぱり笑うだけだった。
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