02

 一組が退場し、そのまま二組、三組、四組と続いていく。ようやく五組に差し掛かって夏希の順番になった。

「蒼碼夏希」
「……はい」

 夏希は返事をして立ち上がる。五組の生徒も全て呼び終わり、体育館を退場していく。
 完全に体育館の外から出るとさっきとは打って変わって生徒たちは賑わい始めたので、夏希も弥生を探して隣に立った。

「はー、終わった終わった」
「んー」

 夏希は伸びをしながら頷いた。ずっと座りっぱなしだったし、堅苦しい話を聞いていたので眠くなってしまった。どうして校長先生というのはいつでも話が長いのだろう。入学おめでとうだけでは駄目なのだろうか。駄目なんだろうな。

「後は教室で担任の話を聞いて、それで終わりだよね?」
「まあ多分、そんなものだと思うけど」

 そんなに長引かないはずだ。親も待たすことになってしまうし。
 五組に着いてみると、名前の順での席順が黒板に書かれていた。夏希は一番後ろで、その隣は男子らしい。男子か、と少し肩を落とす。こういう時は女の子が隣だった方が、仲良くなれるのに。
 友達を作ることも頑張らないとな、と夏希は思う。友達を作るのは最初の方が良い。出遅れないようにしないと。
 席に着いていると、それほど時間が経たないうちに担任の教師が入ってきた。

「えー、全員揃ってるな。自己紹介から始めるが、俺は戸田将行。ま、よろしく」

 何か軽い感じの教師だった。じっくり見てみたが、やはり若い。下手をすれば二十五、六歳ぐらいではないだろうか。
「お前らもさっさと帰りたいと思うから、話は簡単に終わらせちまうぜー」
 それじゃあ人数分取って左に回せー、と戸田は一番右の一番前の人間にプリントを丸ごと手渡す。中学校では教師が人数分配っていたのだが、高校では違うのだろうか。それともこの教師だけか。
 堅苦しい、真面目な教師よりは取っ付きやすいと思うが、軽すぎるのもどうかと思う。

「まあ詳しいことはそのプリントに書かれてんだけどな。月曜日は身体測定があるから、体操着を忘れんなよ。以上、解散」

 それだけを言って、戸田は教室から出て行ってしまった。確かに最初に簡潔に終わらせると言っていたが、本当に簡潔に終わらせてしまった。
 夏希は唖然として戸田が出て行った教室の入り口を見ていた。他の人たちもそうだったが、やがて我に返ったかのように自身も教室から出て行く。
 そこでようやく、彼女も動き始めた。
 貰ったプリントを鞄にしまい、弥生の席まで歩く。

「弥生」
「あ、夏希。思ったより早く終わったね?」
「……早すぎでしょ。他のクラスの人達、まだ終わってないみたいだし」

 夏希は呆れながら廊下の外を見やった。まだ他クラスの人間を一人も見ていない。と言うことは、他クラスは終わっていないと言うことだ。
 そりゃあ、説明もしないで簡潔に終わらせたこのクラスが一番早いよなあ、と思う。戸田が入ってきて、五分くらいで終わったし。

「まあ、早く終わったのはラッキーと言うことで。帰ろ」
「うん」

 確かに弥生の言うとおりだったから、さして反論せずに頷く。そして教室を出て、車で待っているであろう両親の元に向かった。

「じゃあ、また月曜日ね」
「バイバイ」

 弥生とは駐車場で別れた。車に乗り込むと、まだ全然人が出てきてなかったため、母親が不思議そうに言う。

「早かったね。まだ他の人達、あまり出てきてないみたいだけど」
「んー、まあ……担任の人が早く終わらせてくれたから」
「ふうん。お父さん、出して」

 早く終わらせてくれた、というよりは面倒だった、という方が正しいように思えたが、いちいち報告することでもないので黙っていた。
 動き出した車の中で、夏希はホッと一息つく。

「あー、疲れた」

 早く制服が脱ぎたかった。夏希は元々スカートよりもズボンの方が動きやすくて好きだし、制服が皺になるのでこのままでは寝転がることも出来やしない。
 月曜日からはまた学校か、と少しだけ憂鬱になる。春休みという二週間ぐらいの休み明けのため、余計にそう思うのだろう。
 けれど中学校の時よりは学校が始まるのが遅いため、長く眠れるからそこは良いかもしれない。
 それに高校は中学校と違って、携帯や財布を持っていっても良いことになっているから、帰りに友達と何処かに寄り道が出来る。休み時間なら携帯を弄っていても怒られないし、義務教育じゃないって素敵だ。最も、その分退学や停学などのリスクも増えるのだけど。
 グッと伸びをして窓の外を見ると、自分の家が見えてきた。家が三軒くらい並んでいて、その一番奥が彼女の家だ。
 因みに棗の家は夏希の隣に建っている。割と近しい位置に建てられているが、それでも漫画のように窓と窓を行き来できるくらいには密集していない。駐車場挟んでいるし。そもそも夏希の部屋の隣は棗の部屋ではないので、密集していても行き来はしないだろう。他人が勝手に自分の部屋に入ることは、例え家族であっても嫌なものだ。
 車が停まったので降りると、隣の家から誰かが顔を出した。

「夏希、高校入学おめでとう」
「辰巳兄」
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