01

 桜が満開に咲き誇っている。薄紅色の花びらが風に乗って散っていく――まるで桃色の雨のようで、とても美しかった。
 四月初旬。今日は高校の入学式で、夏希は今日から高校生になる。初めて袖を通した新品の制服は、まだ着慣れなくて違和感がある。靴だって運動靴からローファーに変わり、歩きにくくて仕方がない。
 父親の運転する車の後部座席に座りながら、流れていく景色を眺める。これからは自転車で高校に通うことになるのだ。道順をしっかり叩き込んでおかねばならない。
 そう思いながら窓の外を眺めていると、助手席に座っていた母親に話しかけられた。

「夏希、今何時?」
「九時二十三分。入学式って十時半からでしょ?」

 オリエンテーションの時に配られた紙を見ながら携帯で時間を確認し、母親に告げる。それから忘れ物がないか、不安になってもう一度確認し始めた。勿論、出る前に何度も見てきてはいるのだが、どうにも心配症なのだ。
 再三のチェックに今度こそ安堵の息を吐いた夏希は、紙をしまい、再び窓の外を見やる。
 高校が近づいてきた。
 正門から校舎までは少し距離があるのだが、道の両脇には桜が幾本も植えられていて、そのどれもが見事に満開だ。最近は花見に行ってないなあ、などと考えながら、夏希はその光景を見ていた。
 彼女がこれから通う高校は桜華高校と言って、県立の進学校だ。倍率もそこそこ高く、夏希の中学からも何人か試験を受けていた。落ちた友人も知っているので、受かって良かったと改めて思う。
 それにしても大した桜の数だ。やはり名前に桜がつくだけあって、桜の木の手入れには力を入れているらしい。
 一足先に正門で降ろしてもらって、校舎に向かってゆっくりと歩き始める。まだ時間はたっぷりとあるからだ。少々早く着すぎたかとも思うが、車を駐車場に停めるためには致し方ないといえる。紙には出来るだけ公共機関を使ってくれと書いてあるが、その通りにする者は少ないだろうし。
 校舎へと向かう者の中には緊張した面持ちで歩いている者が何人もいる。彼らも夏希と同じ新入生だろう。
 校舎に近づいていくと、人でごった返している場所があった。入学式が行われる体育館の入り口である。どうやらクラス分けの紙が張り出されているようで、それを確認するために詰まっているらしい。
 面倒だなあ、と微かに思う。人混みはあまり好きではないのだ。
 だがここで突っ立っているわけにもいかない。ごった返している人の中に入っていって、クラス分けの紙が見える場所まで進んでいく。
 紙は小さく、自分の名前を見つけるのが大変だった。見つけた瞬間に人混みから抜け出す。長居などしたくはない。今度からはもっと紙を大きくするか、もう一つ確認する場所を作るかしてもらいたいものだ。

「あー、疲れた……」

 入学式はまだ始まってもないというのに、何だかとても疲れた。溜息を吐いていると後ろから肩を叩かれた。

「やほー、夏希」
「弥生」

 中学の同級生の逢坂弥生だった。三年間同じくクラスで同じグループだった彼女とは仲が良い。ようやく知り合いに会えた安心感で、夏希は笑みを零した。

「何組だった?」
「五組。弥生は?」
「私も五組! 今回も同じクラスだね!」
「あ、そうなの? 良かったあ」

 他にも同じ中学から進学してきた知り合いがいるが、一番の友人と同じクラスなのはやっぱり嬉しいものだ。高校は中学とは違い九組もあるようで、六組しかなかった中学よりも更に同じクラスになれる確率は低かっただけあって、余計に。
 さて、弥生にも会えたことで余裕が出来た夏希は、辺りを見回した。どうやらクラス分けを確認した後は、そのクラスの場所に並べられている椅子に座るらしい。夏希と弥生は五組だったので、前から五列目に並べられている椅子の、名前の順で自分の番号の席に座るようだ。
 時計を見ると時刻は十時十分を指していた。式が始まるのは三十分。他の生徒達もちらほらと座り始めているし、もうそろそろ行ったほうが良いだろう。

「えーと、私こっちかな」
「じゃあ、また後でね」
「うん」

 弥生と別れて自分の席に着いた。番号はちゃんと数えたし、間違いはないはず。
 席に着いてやることがなくなったので、周りを観察することにした。といっても精々入り口の方をぼんやりと眺める程度だ。誰か知り合いでも見つけられたら良い。そんな感じで。
 夏希と弥生の中学からこの学校に進学した中で夏希が知っている者は五、六人だ。弥生と、あとは少し話す友人と、それから。

「あ、棗だ……」

 幼馴染の天宮棗である。棗は夏希よりも後ろの方に歩いて行く。どうやら彼は九組のようだ。
 そういえば彼の兄や姉もこの学校に進学したはずだ。長兄は現在二十歳なのでとっくに卒業しているとしても、姉は三年生でまだ在学中のはず。家に帰ったら挨拶しに行こう。
 そんなことを考えていると、左側の席に誰か座った。男子らしい。右隣は女子だったので、男子に囲まれなくて本当に良かったと思う。中学の時は両隣とも男子だったし。名前の順だから仕方はないと分かっているけれど。

「――えー、それでは入学式を始めたいと思います」

 まだざわついている中、誰かがそう言った。顔を上げて前を見てみると、初老の男性がマイクを握っている。時計は確かに三十分を示していて、ようやく入学式が始まるようだ。
 徐々に喧騒が落ち着いていく。やっと始まるのか、と姿勢を正した。待ちくたびれた。

「開会の言葉。新入生、起立」

 男性の言葉で、生徒たちが立ち上がった。

「礼。……着席」

 椅子に座り、舞台を見た。マイクを握っている男性とは別の男性が舞台に上がる。そして開会の言葉を言い、入学式は始まった。
 入学式では校長先生の話や、これから一年間夏希たちの担任を務める教師の紹介などがされる。因みに彼女の担任は若い男の教師だった。
 閉会式を済ませば退場ということになるのだが、その時に新入生は担任から名前を呼ばれて起立しなければならないらしい。クラス全員が立ち上がったらそのまま退場、自身のクラスに行くようだ。
 一組から順番に呼ばれていくから、名前の五組に行くまで結構時間がかかる。そんなことを言ってしまえば、棗の九組なんて大変だろう。つくづく最後のクラスでなくて良かったと思った。
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