〔83〕

ドレスローザ各地では、ルフィ達麦わらの一味やルフィに加担した者達、そしてキュロスによってドフラミンゴファミリーの者達が次々と崩れていた。絶望の淵から見える一筋の光に、それぞれが希望を見出していた。
残っていたピーカもゾロによって討ち取られ、SMILE工場もトンタッタ族により吹き飛び、ドフラミンゴファミリーの戦力はトレーボルと、そしてドフラミンゴだけとなる。それでもなお、劣勢と言わざるを得なかった。鳥カゴに支配されているこの国の行く末はルフィと、そしてローの手に委ねられていた。

「べへへへ〜〜〜!!まだ生きてるぞ!」
ボォンと、何かが爆発したような音を立て周囲は炎と、そして煙に包まれた。息も絶え絶えに辛うじて瓦礫に寄りかかり座り込むローをドフラミンゴとトレーボルが見下ろす。
そこにはまだ、ルフィの姿はなかった。ジリジリと詰め寄るドフラミンゴとトレーボルは片腕を失いなお諦める様子のないローへと語りかける。
「もう……休め、ロー……おれ一人にも敵わねェお前が、なぜおれ達二人に挑む……!“麦わら”はそう簡単には来ない……あいつが“友達”を即刻ブチ殺す気概がありゃあお前を救えたかもしれねェが、つくづく不憫な奴だ」
残された左手で鬼哭を握り締めたまま、ローは必死に呼吸をする。目の前の、ドフラミンゴを討つ為だけに、その瞬間の為だけに。
「“白い町”という地獄に生まれ、未来などただの暗闇だった幼少期……コラソンに出会い寿命を引き延ばされるもまるで奴の亡霊かのように……!!おれを恨み、復讐の為だけに生きてきた。実に意味のない13年間……同情するよ」
「!!」
自身に向けられた銃口の気配にローはわずかに顔を上げる。徐々に胸の高さにまで下がるそれに視線を向ける。そして……ドフラミンゴの向こうに見える、横たわったままのリイムの姿を一瞬だけ捉えるとすぐに銃口へと戻した。
「今からお前は間違いなく、死ぬ!救いのねェ犬死だ……!!だがどうせ死ぬんだ、利のある最後にしないか?」
「!?」
「ああ、心配するな、もしまだ息があるんだとすりゃァ……リイムにはいくらでも“使い道”がある。だがら安心して――おれに“オペオペ”究極の業、不老手術を施しそして死ね……!!それと引き換えにおれは、お前の望みを何でも叶えよう……!」
「……!!?」
ドフラミンゴの言葉に、ローはすぐに視線を上げる。ギリギリで生きているような状況でも引く事などなかった。
「何でも……!?それが本心なら名案だな、互いに利がある……ハァ、――よし……のった……!ハァ」
「べっへっへ!物わかりがいいんねー!ドフィに永遠の命が〜!?」
あっさりとそう答えたローにトレーボルが顔を緩め鼻水を垂らし、声を弾ませる。だがそれはすぐに崩れる事になった。

「……じゃあ今すぐコラさんを蘇らせてくれ!そしてこの国の国民全員のケツを舐めて来い」
「!!!」
「状況がわかってねェのはてめェだドフラミンゴ。“麦わらの一味”はこれまであらゆる奇跡を起こしてきた奴らだ……!!!お前には倒せねェ……!シーザーも取り返せねェ!!!」
ブチッ!!と血管が切れたかのように顔を引きつらせたドフラミンゴに、ローは挑発するかのように中指を立てる。
……“D”の名を持つ麦わら屋がいる。そして、敵であれば最悪の“死神”は今や自身の右腕……そしてまだ“使い道”があると言うドフラミンゴに、すぐに殺されてしまう可能性も低いハズ、だ。
ローは倒れたままのリイムを視線に入れる事無く、あいつはおれにとっても……そんな事を思いながら言葉を続ける。
「てめェの未来こそすでに……!」
ローがそこまで発した所で、ドフラミンゴが銃を握る手に力を込めた。至近距離でドンッ!と放たれた銃弾はローの体に命中する。痛々しい声と共にローはその場に倒れこんだ。鉛玉が撃ち込まれた場所からは血がボタボタと、流れ落ちる。
「その背中の文字、“corazón”は何への当てつけだ……!?そもそもてめェの“ハートの海賊団”の名は!!何への当てつけだ!!!」
ヒステリックに叫び、何発も、次々と銃弾をローへと打ち込むドフラミンゴ。まるで癇癪を起こした子供のような、取り乱したようも見える姿にトレーボルも言葉無く、その光景を眺めているだけだった。
「ハートの席にも座わらねェお前が!!!なぜ“ハート”を背負ってんだ!!ロー!!!」
ローの背中のcorazónの文字目掛けて、ドフラミンゴは銃弾を打ち込み続ける。そして、カチ、カチと弾切れを起こすまでそれは続いた。ローにとっての13年、ドフラミンゴにとっての13年……どす黒く滲んだ背中のマークと文字。そしてその体の下に溜まる大量の、血。
聞こえなくなった声と銃声。ドフラミンゴは息を切らしながら動かなくなったローを見下ろす。
「フ――……ハァ、ハァ……忌々しい!!ロー……コラソン……!てめェらの呪縛も……ここまでだ!!」
血溜まりで動かなくなったロー。目を覚まさないままのリイム。王宮の最上階はほんの一瞬の静けさに包まれた。



……たぶん、どこかで気付いてた。そうかもって、思ってた。パンクハザードでの言葉もさっきの言葉も、思い返せばあれもこれも嘘だったのかなって。
本心を私に気付かれないようにと、もしどこかで気付いたとしても、確信に迫れないようにと張り巡らされた、本当の言葉で塗り固められた嘘。残酷な、ローの優しさだ。
未来の話をしているのに、どこか、そこにもう自分はいないかのような違和感。それは少しずつ膨らんで、ドフラミンゴの言葉と、ロー本人からの言葉と繋がって、今、私の中で、整理しきれないほどの情報と、現実と、感情とが絡まりあった重いソレは、目の前にくっきりと浮かび上がった。

ずっと目を背けてた、敵わないなって、思った時からずっと。

それにしても私も、随分と感情的に動く人間になったものだ。さっきの一撃だって、もう王宮ごと消えてしまえばいい……今考えると恐ろしい事が一瞬私の脳裏に浮かんで、でも天は、空はそれを善しとしなかった。私の出る幕ではないのだと、そう思い知らされてしまった。
けれどもそれ程までに人を、誰かを想う力は巨大なモノなんだって事を身をもって実感した。それはローを見ていても、そう思う。
……もしも、私が同じ状況下にいたらローと同じような言動を取ったかもしれない。私とローはなんとなく似てる部分があるような、そんな気がするから、たった数年のき合いだけど、そうかなって。そう思うと、ガツンと言いたい事も言えない、かな。
そもそも、文句を言おうにも真っ暗で何も見えないし、目を開こうとしても開かない。覚めない夢の中にいるみたいでどうにもならない。もちろん、動こうと思っても体の感覚も、ない。けれどかすかに音だけは、音は聞こえているような気がする。
ルフィと、ベラミーだろうか。それともローとドフラミンゴ?ルフィが上へと戻ってきたかはわからない。……あれ、なんだか急に静かになったような……戦局が変わるのか、それとも私の気のせい……ただ、私が死に近付いているからなのか。

でも、ローとルフィ達がいれば奇跡は起こるはず。これまでも奇跡を起こしてきた海賊だから。そんな未来が、あるはずだから。それに、今ここにはふたりも“D”がいるじゃない。だから……
ゾウで待っているみんなの為にも……それに、“コラさん”の為にも、きっとあなたは生きなければならない。コラさんの事、コラさんとの事、13年前の事、私何も知らないけど、勝手にそう思うから。たぶん、人って、そういうものでしょ?ロー……お願いだから、生きていて。



希望

「ドフラミンゴォ〜〜〜〜〜!!!」
「フッフッフッフ……猛獣が吠えてやがる、さっさと上がって来るがいい。驚くだろうな、ロー……あいつがこの状況を、現実を、お前の死体を……見ちまったら」

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